六華 snow crystal 8

なごみ

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春のきざし

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*潤一*


お袋はこの結婚に反対するだろうな。


相性の問題だけじゃなく、茉理はあまりに若すぎる。誰が考えてもあいつが大人しく家庭に収まっていられるとは思えない。


茉理は若者特有の情熱で俺と結婚しようとしているのだろう。結婚という現実を知ったら、急激に冷めてしまうのは目に見えている。


似た者同士の俺たちは衝突することも多い。正直あまり上手くやっていける自信はないが、あいつと別れたくない。今じゃ俺のほうが茉理に夢中なんだからな。


だけど似た者同士だからこそ、上手くいくこともある。あいつは花蓮や彩矢のようにヤワじゃないから、忙しくてかまってやれなくても、自由に好きなことを楽しんでいられるような気がする。


大人しく家庭的な女より、茉理のような逞しさを持った女のほうが俺には合っているのかも知れない。


大学には行くかもしれないと言っていたけれど、結局なにがしたいのか。


専業主婦は似合わないけど、OLだの企業戦士なってバリバリ働くような姿も想像できない。


あいつには何にが向いているのかな。


バンドのボーカルなど許せるわけもないが、そういったクリエイティブな仕事が向いているようにも思える。


成功できるかもしれない茉理のチャンスを、俺は奪おうとしているのか。







とにかく俺は茉理に結婚を申し込んだのだ。エンゲージリングぐらいは贈らないとな。


俺のために茉理は自分の慰謝料から一億も送金してくれた。


あいつのせいで負わされた借金だったけど、責任を感じて悩んでいた茉理には、いじらしさと愛おしさを覚える。


開業前で無駄な出費は控えたいところだが、茉理のためなら惜しいとは思わない。


新婚旅行にも行けないと思うと、申し訳ない気持ちになる。


病院経営が落ち着いたら一緒にヨーロッパをまわるのもいいな。


高校中退とはいえ、あいつは日本語、ドイツ語、英語、フランス語の4ヶ国語が話せる。


偏差値の低い大卒出などよりは、よほど役に立ちそうだ。


やりたいことがあるなら、無理に大学に行かなくても良いのかもしれない。


空気など読もうとしない茉理は、日本という社会の仕組みに適さないのだろう。







そんなことをアレコレ考えながら病院の食堂で昼メシを食っていたら、研修医の川崎が向かい側にトレイをおいて座った。


川崎が選んだ日替わり定食も、俺と同じ豚肉の生姜焼きだった。


「開業のほうは順調に進んでますか?」


真面目な話をしてもチャラく見える川崎が、ニヤニヤしながら言った。


「まぁ、ボチボチってとこだよ」


そう答えて、ふた切れ付いているたくあんを最後に口に入れた。


「本当に凄いもんですよ。その若さで開業なんてね。そんな思いきったこと、松田先生じゃなきゃ出来ないなぁ」


まんざらお世辞でもなさそうに言った川崎は、備えつけの千切りキャベツに青じそドレッシングをかけた。


「止むに止まれぬ事情があったんだよ。俺だってこんなに早く開業するつもりはなかったんだ」


「止むに止まれぬ事情? 」


キャベツをモグモグ食べながら、川崎は興味深げに視線を向けた。


こんなチャラい研修医に秘密ごとなど話すと、尾ヒレ羽ヒレまでついてとんでもないウワサになる。


だけど茉理ともうじき結婚するとなると、いずれバレてしまう。


しかも茉理は川崎がゾッコンだった憧れの女子高生だから、なんとなく言い出しにくかった。









「一億の借金が出来てしまったんだよ。返済するには開業するしか道がなくてな。銀行から融資が受けられるだろ」


「えー! な、なんでまた一億も借金なんてしたんですか?」


川崎は人懐っこい目を見開いて、驚きの声をあげた。


こいつはチャラい奴だけど、人当たりはソフトだし、ルックスも悪くない。茉理はどうして川崎じゃなく俺が良かったのだろう。


「訴訟を起こされてな。殴った相手が悪かった」


「訴訟!! いったい誰を殴ったんです?」


「そのうち話すよ。じゃあな、ゆっくり食べろ」


トレイを持ち、立ちあがる。


「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!  気になりすぎでしょ、その話!」



立ち上がりかけた川崎を残して、食堂をでた。


川崎はそこそこモテる男だから、俺が茉理と結婚すると言っても、それほどショックは受けないだろ。気を悪くするかもしれないけどな。


悪い奴ではないけれど、遊び人であることに変わりない。まだ本気で結婚など考えてはいない。一般の男たちみたいに、遊びつくして気が済んだら結婚に落ち着くタイプだろ。


茉理が餌食にされなくて良かったというものだ。







午後から一つ簡単なVPシャントのオペをやり、特に急患もなく、入院患者の急変もないまま午後の診療を終えた。


茉理が待っていると思うと、家に帰るのも楽しみだ。


ロッカー室で急いで着替えていたら、俺を見つけた川崎がすっ飛んで来た。


「松田先生、さっきの話の続き聞かせてくださいよ。一体なにがあったんですか? 誰を殴ったんですか?」


「いま急いでるんだよ。可愛い彼女が俺の帰りを待ってるんだ。おまえも知ってるオンナだぞ」


一度にバラすのもつまらない気がして、もったいぶったようなヒントを与えた。


「えっ? 誰ですか、それ? ここの職員ですか? ナースですか?」


「違うよ。おまえがゾッコンだったオンナだ」








いくらゾッコンだったとしても、一年近く前に退院した茉理のことなど、とうに忘れているだろう。


「えーっ、だ、、誰です?」


川崎はなにか思い当たるふしでもあるのか、うろたえたような顔で俺を見つめた。


「まぁ、そのうちな。そのうちわかるよ。じゃあな」


「ちょっと待ってくださいよ!  気になって眠れなくなるじゃないですか!」


消化不良でも起こしたような不快な顔つきで訴えた。


「どうせ今日は当直だろう。寝ないで考えてろ。ハハハッ」


「そんな、、待ってくださいよ。話しの続き聞かせてくださいよ~」


引き止めようとする川崎を無視してロッカー室を出た。






三月も半ばとなり、雪解けもかなり進んだ。ジャリジャリとした雪道を歩きながら、職員用の駐車場へと向かう。


こんなにワクワクと高揚した気分を味わうのも久しぶりだ。


茉理とはまだ深い関係になるつもりはない。


母親から結婚の承諾が得られるまでは自制しようと思う。


未成年のあいつを恐れている訳じゃなく、なんとなく結婚するまで楽しみは取っておきたい気分もある。三十三にもなると、若い頃とは愛し方も違ってくる。


パッと燃え上がって、すぐに冷めてしまうような恋ではなく、これからは精神的な繋がりも大切にしたい。


開業の準備でこれから益々忙しくなる。新婚なのに茉理には寂しい思いをさせてしまうから。


まだ若い茉理にそんな寂しさを与えると思うと、なんとなく気がとがめた。







茉理は4月1日で18歳になる。


法改正で今後18歳は成人として扱われるらしい。親の承諾がなくても一応結婚が可能になる訳だ。


いずれにしても茉理の母親には、近いうちに会っておかなければいけない。


玄関ドアを開けたけれど、茉理はいないのかなんの反応もなかった。


部屋の照明がついているから来てはいるのだろう。


料理中で手が離せないのかも知れない。


今日のメニューは何かな?


リビングのドアを開けると、茉理がソファに腰掛け、呆けたような顔をして宙を見つめていた。




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