異世界美容院『ANGEL』

イタズ

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ベルメゾン伯爵の苦難

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フェアリーバードが温泉街『ララ』に現れてからというもの、ロッテルダム・フェン・ベルメゾン伯爵は息を付く暇がない程、仕事に忙殺されていた。
ベルメゾン伯爵にとっても、あの伝説の聖獣が自分の領地に現れた事は誇りに思っている。
この上ない栄誉だと感じていた。

しかし、フェアリーバードが顕現したインパクトは、伯爵の想像をはるかに超えていたのだった。
連日訪れるVIPからの面談希望、温泉街『ララ』の街の開発事業、王家のお世話、温泉街『ララ』の警護等々、これまでに無い業務が立て込んでいた。
そして現在の最たる業務はジョニーのご機嫌伺い・・・

伯爵にとって、ジョニーは気心知れた相手だ。
あのフェリアッテの呪縛から解放し、温泉街ララを造った人物。
最愛の妻も心を許し、そしてこのメイデン領を発展させた立役者である。
ある意味伯爵にとっては、頭の上がらない人物であった。
しかし、今はそれ以上に最も敬意を払わなければいけない相手となっている。
それはヘンリー・ミラルド・ダンバレー国王をも凌駕する。

伯爵はフェアリーバード顕現の一報を聞いた時に、真っ先にジョニーの顔を想い浮かべた。
そんな事が出来るのはあの人物以外あり得ないと。
そしてその予想は正しかった。
あろうことかフェアリーバードはジョニーの相棒であると、そして最愛の者であると本人から聞かされたのだ。
喜んでいいのか、はたまた面倒事に巻き込まれたと頭を抱えるべきなのか、複雑な想いを抱える事になった。
こうしてベルメゾン伯爵の苦難は始まったのである。

こうなってしまっては伯爵の第一優先事項はジョニーのご機嫌伺いとなる。
それはその筈で、ジョニーが機嫌を損ねれば、フェアリーバードを独占し、他の者達には会わせないと言い出しかねない。
実際その傾向にあるとベルメゾン伯爵は睨んでいる。
それ即ち伯爵の責任問題へと発展しかねないからだ。

VIPからの面談のほとんどがフェアリーバードに会わせて欲しい、それも優先的にという内容がほとんどだった。
というのも、ジョニーは取り付く島が無く、無遠慮に美容院『アンジェリ』に足を踏み入れた者には容赦をしなかったからだ。
ある者は追い出され、ある者はブチ切れられ、ある者は絶対にララには会わせないと絶望的な一言を投げかけられていた。
ジョニーは美容院『アンジェリ』を愛している、いや溺愛している。
お店の営業の妨害となりえる事を許しはしないのだ、そう、それは相手が何者であったとしてもだ。
ジョニーにとっては立場など一切関係ない。
美容院ファースト、お客様ファーストなのである。
逆に立場に物を言わせようものなら、手痛いしっぺ返しを受けてしまう。
立場ある者こそジョニーを恐れていた。
ヘンリー国王が良い例である。

実際に無遠慮にお店に踏み込んだ、隣国のリッツガルドの国王は、ジョニーにブチ切れられた挙句、出入り禁止を言い渡されていた。
始めは納得のいかないリッツガルドの国王であったが、ジョニーとフェアリーバードの間柄を知ると膝から崩れ落ち、青ざめた挙句、一気に態度を改めて、挺身低頭で土下座する勢いでジョニーに謝罪していた。
鮮やかなまでの掌返しである。
ジョニーは許さないと息巻いていたが、ヘンリー国王とベルメゾン伯爵の説得により、矛を収めていた。

そう今のこの世界の最高権力者はある意味ジョニーなのである。
それを理解していない当のジョニーは、好き勝手に自分の拘りを優先しているだけであるのだが・・・悪気が無いだけに質が悪い。

ベルメゾン伯爵にとっては頭痛の種であった。
その為、ベルメゾン伯爵は美容院『アンジェリ』の営業時間終了後に必ず顔を出し、ジョニーのご機嫌を窺っている。
何とも骨の折れる話である。
当のジョニーは、毎日ご苦労さんぐらいにしか思っていなのだから浮かばれない。
気苦労の絶えないベルメゾン伯爵であった。

まだ唯一の救いは、ジョニーが伯爵の話に耳を貸す事だった。
ジョニーは切れると厄介だが、話の分からない相手ではない。
幸い人間関係は構築出来ている為、話をすることは可能だ。
だが聞き入れてくれるのかはその時々で変わる。
実際ジョニーの言い分は、その大半が筋が通っている。
ごもっともな意見が多いのだ。

例えば、優先的にフェアリーバードに会わせろという話は全く応じてはくれない。
相手が誰であってもだ。
更に美容院の予約を無理やり捻じ込む事も応じない。

そして警護に関してはクレームが入った。
ライルの警護は緩々らしい。

ジョニー曰く、
「いくら予約を入れに来たとか店販商品を買いに来たと言っても、嘘ぐらい見破れるだろうが!誰かれでも信じてるんじゃねえよ!相手の眼をよく見ろ!ライル!職務怠慢だ!」
とのこと。

ライルには無理だろうなと肩を落とす伯爵だった。
ライルは腕っぷしは強いが、人を見る眼は残念なぐらい皆無だ。

こうなると執事のギャバン以外適任者は居なかった。
でもギャバンが居ないと仕事にならない、公務が滞ってしまう。
しかしここはジョニーのご機嫌を窺うことが優先される。
結果、ギャバンは警護の責任者になっていた。
これにジョニーは大喜びしていた。
ジョニーのギャバンへの信頼は厚い。
そしてギャバンも何故か嬉しそうにしていた。
一人肩を落とす伯爵であった。



そして遂にこの時がやって来た。
伯爵家の朝は早い。
特に今は忙しい伯爵家だが、夜明けと共に起き出し、優雅に朝の一時を過ごしていた。
そこに嬉しい一報が入る。

フェアリーバード様が美容院『アンジェリ』に顕現された、参上されたし!

念の為にと、ジョニーに渡しておいた通信用の魔道具からの通信内容が、執事のギャバンから伝えられた。
ちょうどギャバンも美容院『アンジェリ』に向かう処であったみたいだ。

馬車を飛ばして美容院『アンジェリ』に急行した伯爵一家。
そしてフェアリーバードをその視界に捕らえた。

これまでの努力をどうとも感じない程の、フェアリーバードの圧倒的な神々しさ。
この一瞬の為に、これまでの自分の人生があったのではないかと錯覚するほどの濃密な時間。
気が付くと伯爵は崩れ落ちる様に跪いていた。
無意識に涙を流していた。

隣に控える家族も同様に跪いていた。
とても真面に視界に捕らえていい相手ではない。
その存在を近くで感じる事が出来るだけで幸福感に包まれる。
伯爵の胸は張り裂けんかの如く、感無量となっていた。

(これが伝説のフェアリーバード・・・何とも神々しい・・・)
メルメゾン伯爵は心の中で呟く。
それを拾うララ。

(ベルメゾン伯爵家であるな、余はララ、フェアリーバードである)

「「「はっ!」」」

(今後も余はこの領地にお世話になるつもりである、ジョ兄の事も引き続き宜しく頼む、ベルメゾン伯爵よ)

「「「有難き!」」」
伯爵は肩を震わせていた。
名を覚えて貰っていたのだと。
そして心の中でこう呟いた。

(ジョニー店長・・・ありがとう・・・)
この後ベルメゾン伯爵は大役を仰せつかることになった・・・



時は三日遡る。
この世界で最も文明化された村がある、その村はエルザの村。
エルザの村は世界と拒絶した村であり、村の住民は全員魔導士である。
世界の他の国や村よりも優れた魔法の技術と、確固たる魔法の実力を持ち、その文明は優れた魔道具で豊かな暮らしぶりを営んでいる。

世界からその存在は殆ど知られておらず、一部の出身者が外の世界で暮らしているが、村の様子を語る事は一切無かった。
それはエルザの村には規約があり、エルザの村に暮らしている者は、全員がその規約に従うことに成っているからだ。
それは単に約束という簡単な事では無く、契約魔法に寄って縛られている為、その拘束を解くことは無理に等しい。
よってエルザの村の詳細は外界では全く語られていない。

今では、メイフェザーとその姪のクロエがメイデン領で生活を営んでいるが、この二名にもその契約魔法は効力を発揮している。
この契約は尊い。

実はエルザの村で語り継がれている言い伝えがある。
エルザの村の創設者である賢者マルーンは、ダンバレー国設立後にフェアリーバードから啓示を受けたのであった。



ダンバレー国の建国に尽力し、その役割を終えた賢者マルーンは悩んでいた。
この先も魔法を武力として行使する日々を送らなければいけないのだろうかと。
彼は内心では愛して止まない魔法を武力として行使することを、快くは思っていなかったのだ。
そんな賢者マルーンに突然天啓が舞い降りる。

(賢者マルーンよ、余はフェアリーバードである)
突然頭の中に声が響き、戸惑う賢者マルーン。

(フェ・・・フェアリーバード様で御座いますか?・・・)

(そうである)

(!!!・・・)
眼を見開くマルーン。

(そう驚かずともよい、ずっと天界からお主の事は見ておったぞ)

(ほっ!本当で御座いますか?)

(そうである・・・)

(有難き幸せで御座います・・・)
ここで賢者マルーンは跪いた。

(そう畏まらずともよい)

(はっ!)
そう声を掛けられても姿勢を崩さないマルーン。
それを咎める事無くフェアリーバードは話し始めた。

(賢者マルーンよ、余の話を聴くがよい)

(はっ!)

(お主はダンバレー国の建国に貢献した、その磨き抜かれた魔法の力量によって)

(・・・)

(だが・・・その心は壊れる寸前であるな・・・)

(!!!)
思わず上を向く賢者マルーン。

(言わずともよい、余には分かっておる)

(うう・・・)
今度は泣き崩れそうになっているマルーン。
心情を慮ってくれたことが嬉しいのだろう。

(本当は魔法を武力になどしたくは無かった・・・違うか?)

(御慧眼・・・恐れ入ります・・・)
肩を振わせて静かに涙するマルーン。

(余には分かっておる、そこでこの後お主の功績を称える褒美が国王より下賜されるであろう)

(左様で御座いますか・・・)

(そこで国の僻地にある土地を所望するが良い)
首を傾げるマルーン。

(僻地の土地で御座いますか?)

(そうである、そこで魔導士の村を造るのだ)

(魔導士の村で御座いますか?・・・)

(そしてその村を隠蔽の魔法でこの世界から隔離する様にせよ)

(・・・その心は?)

(フッ・・・その村で魔道の高みを目指すがよい、そして武力では無く生活に根付いた魔法を開発せよ)

(おおっ!・・・生活に根付いた魔法・・・)

(そうである、お主が最も望んでいる魔道であろう?)

(有難き幸せにて御座います!)
マルーンが歓喜の表情を浮かべていた。

(世界から距離を置くのが憚られるのであれば、多少の情報収集や魔導士の派遣などを行うとよい)

(ハッ!)

(魔道を究め、豊かな生活を送るが良い、励むのだぞ、マルーンよ)

(ハッ!)

(そして数年後・・・否・・・数千年後になるやも知れぬが・・・余がこの世界に再び顕現した時に・・・村の隠蔽を解き、余の元に参上せよ・・・よいな?)

(仰せの儘に!)

(ではその時を楽しみにしておるぞ、賢者マルーンよ)

(有難き幸せ!)



この天啓はエルザの村では語り継がれていた。
エルザの村でこの天啓を知らない者は一人もいない。
全員がフェアリーバードの顕現を待ちわびていたのだった。
そしてその時が遂にやってきた。
エルザの村には激震が走っていた。

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