1 / 55
くまちゃん
「侯爵令嬢ロベリア・アラベスク、君との婚約を破棄させてもらう!」
傍らにいる男爵令嬢マリア・ケルビンの肩を抱いたヘンリー王太子は、私を指差し、そう告げた。
今日は王立学園の卒業式。
あろうことか、式の後、王宮内で催された舞踏会に集まった大衆の前で、王太子は告げたのだ。
「なぜ急にそんなことをおっしゃられるのです?」
突然婚約破棄を告げられた私は、ここで怯んではいけないと自分に言い聞かせ、余裕のある笑みを浮かべながら王太子に訊いた。
私の様子に一瞬驚いた顔をした王太子は、目を逸らしながら、いかにも面倒そうに答える。
「……それは、お前が、嫉妬に狂ってマリアを虐めるような腹黒だからだ! そ、そんな女を私の妃に、次代の王妃になどできるはずがないだろう!」
「そうですか。虐めた覚えはないですが……ご自分の浮気を棚に上げて相手だけを責めるというのは、誠実さに欠けますね」
怒りも嘆きもせず、ただ淡々と返す私の様子に、少し怯んだ王太子は癇癪を起こしたように、さらに語気を強める。
「お、お前に誠実さを言われる覚えはない! 陰でマリアを虐めるなど、その上、それを追及されてとぼけるなど、お前のほうこそ歪んでいるではないか!」
「浮気だなんて酷いですわ! わたくしはただ、殿下にご相談をしただけで……!」
ここでようやく口を開いたマリア嬢は、王太子に肩を抱かれながら、わざとらしくシナを作って泣き出すと、さらに王太子に寄り添った。
王太子はさらに彼女を抱き寄せ、優しく声をかける。
「マリア、君は何も悪くない。悪いのは全てロベリアだ」
「殿下……! いいえ。わたくしにもきっと悪いところがあったのですわ。全てロベリア様のせいでは……」
「マリアのせいなはずないだろう? ロベリアが悪いに決まっている!」
そんな二人のやり取りにうんざりしながらも、私はさらに淡々と冷たい視線を送る。
ここで怯むわけにはいかない。きちんと言うべきことは言っておかなくては。
「はあ……きっと何を話しても今は聞く耳を持たれないのでしょう。それに私には婚約破棄を決める権限がございません。陛下にご自身で直接お伝えください。では、私は失礼いたしますわ」
そう言って、私は出入り口に向かって足早に歩き出した。
けれど婚約破棄の承諾をここでどうしても得ておきたいのか、王太子は必死に私を引き留めようと声を上げる。
「ロベリア! おい、待て! ロベリア! ロベリア!」
「チッ……」
取り乱す王太子の隣から小さな舌打ちが聞こえた気がした。
けれど、王太子の叫び声にかき消され、その場にいた他の誰も、それに気づくことはなかった――。
◇
「やったー! これで、これでついに解放よー!!」
会場から離れ、周りに人の気配がないことを確認してから、私は一人喜びの声を上げていた。
五歳の頃に高熱で寝込み、目覚めると同時に前世の記憶を思い出した私は、自分が、前世でプレイしていた乙女ゲームの悪役令嬢に転生したことに気づいた。
そして、その抗えない強制力のようなものによって、七歳の時に王太子との婚約が決まり、真剣に考えるようになる。
断罪自体は別に構わなかったけれど、私は死ぬことだけは、どうしても嫌だった。
なのに、このゲーム、やたらと悪役令嬢死亡ルートが多いのだ。
(冤罪で断罪されて、その上殺されるなんて絶対にごめんだわ!)
そこで記憶の限りを書き出し、なんとか死ぬルートだけを回避すべく動き続けた。
その結果、王太子攻略の修道院送りルートにどうにか辿り着いたのだ。
(なぜか最後のヒロインの台詞だけ、国外追放暗殺ルートの台詞だったのが気になるけれど……王太子の台詞は修道院送りルートのものだったし、大丈夫なはずよね!)
とはいえ、死ぬルートからは逃れられたものの、修道院行きは決まってしまった。
先を考えれば、明るいばかりではいられない……。
「家に帰れるのも今日が最後かもしれないわね……はあ、修道院送りか。どんな生活になるのかしら」
帰るのが少し怖くなってきてしまった。
他の関係者に遭遇するのも避けるべく、会場の反対方向に位置する中庭へ向かい、その中の四阿の椅子に腰を下ろす。
それからおもむろに、ドレスの隙間に入れていたお守り『くま吉』を取り出す。
前世の記憶が発現してすぐの頃、あまりの心細さから、前世で大好きだったゆるキャラ『くま吉』の小さなマスコットキーホルダーを侍女と共に作った。
前世の私は無類のゆるキャラ好きで、日本各地のゆるキャラグッズを集めることを趣味としていた。
まさかその旅行のお供にやっていた乙女ゲームの世界に転生するなんて……。
そんなゆるキャラたちの中でも、一番最初に心惹かれた『くま吉』は、私にとって特別な存在だった。
これまで前世でも今世でも、心が折れそうになる度、『くま吉』を支えに耐えてきた。
「くま吉……私これからどうなるのかしら……」
くま吉を手に、拝むように項垂れる。
ここまではゲームのシナリオ通り回避できたけれど、ここから先のシナリオは全く知らない。未知の領域だ。
未来への不安に押し潰されそうになり、必死に堪えていた涙がじんわりと滲み始めたその時だった。
「そのクマちゃん……!」
突然、背後から声をかけられ、その声の低さと告げられた単語に違和感を覚えながら思わず振り向いた――。
傍らにいる男爵令嬢マリア・ケルビンの肩を抱いたヘンリー王太子は、私を指差し、そう告げた。
今日は王立学園の卒業式。
あろうことか、式の後、王宮内で催された舞踏会に集まった大衆の前で、王太子は告げたのだ。
「なぜ急にそんなことをおっしゃられるのです?」
突然婚約破棄を告げられた私は、ここで怯んではいけないと自分に言い聞かせ、余裕のある笑みを浮かべながら王太子に訊いた。
私の様子に一瞬驚いた顔をした王太子は、目を逸らしながら、いかにも面倒そうに答える。
「……それは、お前が、嫉妬に狂ってマリアを虐めるような腹黒だからだ! そ、そんな女を私の妃に、次代の王妃になどできるはずがないだろう!」
「そうですか。虐めた覚えはないですが……ご自分の浮気を棚に上げて相手だけを責めるというのは、誠実さに欠けますね」
怒りも嘆きもせず、ただ淡々と返す私の様子に、少し怯んだ王太子は癇癪を起こしたように、さらに語気を強める。
「お、お前に誠実さを言われる覚えはない! 陰でマリアを虐めるなど、その上、それを追及されてとぼけるなど、お前のほうこそ歪んでいるではないか!」
「浮気だなんて酷いですわ! わたくしはただ、殿下にご相談をしただけで……!」
ここでようやく口を開いたマリア嬢は、王太子に肩を抱かれながら、わざとらしくシナを作って泣き出すと、さらに王太子に寄り添った。
王太子はさらに彼女を抱き寄せ、優しく声をかける。
「マリア、君は何も悪くない。悪いのは全てロベリアだ」
「殿下……! いいえ。わたくしにもきっと悪いところがあったのですわ。全てロベリア様のせいでは……」
「マリアのせいなはずないだろう? ロベリアが悪いに決まっている!」
そんな二人のやり取りにうんざりしながらも、私はさらに淡々と冷たい視線を送る。
ここで怯むわけにはいかない。きちんと言うべきことは言っておかなくては。
「はあ……きっと何を話しても今は聞く耳を持たれないのでしょう。それに私には婚約破棄を決める権限がございません。陛下にご自身で直接お伝えください。では、私は失礼いたしますわ」
そう言って、私は出入り口に向かって足早に歩き出した。
けれど婚約破棄の承諾をここでどうしても得ておきたいのか、王太子は必死に私を引き留めようと声を上げる。
「ロベリア! おい、待て! ロベリア! ロベリア!」
「チッ……」
取り乱す王太子の隣から小さな舌打ちが聞こえた気がした。
けれど、王太子の叫び声にかき消され、その場にいた他の誰も、それに気づくことはなかった――。
◇
「やったー! これで、これでついに解放よー!!」
会場から離れ、周りに人の気配がないことを確認してから、私は一人喜びの声を上げていた。
五歳の頃に高熱で寝込み、目覚めると同時に前世の記憶を思い出した私は、自分が、前世でプレイしていた乙女ゲームの悪役令嬢に転生したことに気づいた。
そして、その抗えない強制力のようなものによって、七歳の時に王太子との婚約が決まり、真剣に考えるようになる。
断罪自体は別に構わなかったけれど、私は死ぬことだけは、どうしても嫌だった。
なのに、このゲーム、やたらと悪役令嬢死亡ルートが多いのだ。
(冤罪で断罪されて、その上殺されるなんて絶対にごめんだわ!)
そこで記憶の限りを書き出し、なんとか死ぬルートだけを回避すべく動き続けた。
その結果、王太子攻略の修道院送りルートにどうにか辿り着いたのだ。
(なぜか最後のヒロインの台詞だけ、国外追放暗殺ルートの台詞だったのが気になるけれど……王太子の台詞は修道院送りルートのものだったし、大丈夫なはずよね!)
とはいえ、死ぬルートからは逃れられたものの、修道院行きは決まってしまった。
先を考えれば、明るいばかりではいられない……。
「家に帰れるのも今日が最後かもしれないわね……はあ、修道院送りか。どんな生活になるのかしら」
帰るのが少し怖くなってきてしまった。
他の関係者に遭遇するのも避けるべく、会場の反対方向に位置する中庭へ向かい、その中の四阿の椅子に腰を下ろす。
それからおもむろに、ドレスの隙間に入れていたお守り『くま吉』を取り出す。
前世の記憶が発現してすぐの頃、あまりの心細さから、前世で大好きだったゆるキャラ『くま吉』の小さなマスコットキーホルダーを侍女と共に作った。
前世の私は無類のゆるキャラ好きで、日本各地のゆるキャラグッズを集めることを趣味としていた。
まさかその旅行のお供にやっていた乙女ゲームの世界に転生するなんて……。
そんなゆるキャラたちの中でも、一番最初に心惹かれた『くま吉』は、私にとって特別な存在だった。
これまで前世でも今世でも、心が折れそうになる度、『くま吉』を支えに耐えてきた。
「くま吉……私これからどうなるのかしら……」
くま吉を手に、拝むように項垂れる。
ここまではゲームのシナリオ通り回避できたけれど、ここから先のシナリオは全く知らない。未知の領域だ。
未来への不安に押し潰されそうになり、必死に堪えていた涙がじんわりと滲み始めたその時だった。
「そのクマちゃん……!」
突然、背後から声をかけられ、その声の低さと告げられた単語に違和感を覚えながら思わず振り向いた――。
あなたにおすすめの小説
【完結】悪役令嬢はおねぇ執事の溺愛に気付かない
As-me.com
恋愛
完結しました。
自分が乙女ゲームの悪役令嬢に転生したと気付いたセリィナは悪役令嬢の悲惨なエンディングを思い出し、絶望して人間不信に陥った。
そんな中で、家族すらも信じられなくなっていたセリィナが唯一信じられるのは専属執事のライルだけだった。
ゲームには存在しないはずのライルは“おねぇ”だけど優しくて強くて……いつしかセリィナの特別な人になるのだった。
そしてセリィナは、いつしかライルに振り向いて欲しいと想いを募らせるようになるのだが……。
周りから見れば一目瞭然でも、セリィナだけが気付かないのである。
※こちらは「悪役令嬢とおねぇ執事」のリメイク版になります。基本の話はほとんど同じですが、所々変える予定です。
こちらが完結したら前の作品は消すかもしれませんのでご注意下さい。
ゆっくり亀更新です。
ヒロインしか愛さないはずの公爵様が、なぜか悪女の私を手放さない
魚谷
恋愛
伯爵令嬢イザベラは多くの男性と浮名を流す悪女。
そんな彼女に公爵家当主のジークベルトとの縁談が持ち上がった。
ジークベルトと対面した瞬間、前世の記憶がよみがえり、この世界が乙女ゲームであることを自覚する。
イザベラは、主要攻略キャラのジークベルトの裏の顔を知ってしまったがために、冒頭で殺されてしまうモブキャラ。
ゲーム知識を頼りに、どうにか冒頭死を回避したイザベラは最弱魔法と言われる付与魔法と前世の知識を頼りに便利グッズを発明し、離婚にそなえて資金を確保する。
いよいよジークベルトが、乙女ゲームのヒロインと出会う。
離婚を切り出されることを待っていたイザベラだったが、ジークベルトは平然としていて。
「どうして俺がお前以外の女を愛さなければならないんだ?」
予想外の溺愛が始まってしまう!
(世界の平和のためにも)ヒロインに惚れてください、公爵様!!
悪役令嬢ですが、当て馬なんて奉仕活動はいたしませんので、どうぞあしからず!
たぬきち25番
恋愛
気が付くと私は、ゲームの中の悪役令嬢フォルトナに転生していた。自分は、婚約者のルジェク王子殿下と、ヒロインのクレアを邪魔する悪役令嬢。そして、ふと気が付いた。私は今、強大な権力と、惚れ惚れするほどの美貌と身体、そして、かなり出来の良い頭を持っていた。王子も確かにカッコイイけど、この世界には他にもカッコイイ男性はいる、王子はヒロインにお任せします。え? 当て馬がいないと物語が進まない? ごめんなさい、王子殿下、私、自分のことを優先させて頂きまぁ~す♡
※マルチエンディングです!!
コルネリウス(兄)&ルジェク(王子)好きなエンディングをお迎えください m(_ _)m
2024.11.14アイク(誰?)ルートをスタートいたしました。
楽しんで頂けると幸いです。
※他サイト様にも掲載中です
最強令嬢とは、1%のひらめきと99%の努力である
megane-san
ファンタジー
私クロエは、生まれてすぐに傷を負った母に抱かれてブラウン辺境伯城に転移しましたが、母はそのまま亡くなり、辺境伯夫妻の養子として育てていただきました。3歳になる頃には闇と光魔法を発現し、さらに暗黒魔法と膨大な魔力まで持っている事が分かりました。そしてなんと私、前世の記憶まで思い出し、前世の知識で辺境伯領はかなり大儲けしてしまいました。私の力は陰謀を企てる者達に狙われましたが、必〇仕事人バリの方々のおかげで悪者は一層され、無事に修行を共にした兄弟子と婚姻することが出来ました。……が、なんと私、魔王に任命されてしまい……。そんな波乱万丈に日々を送る私のお話です。
リリィ=ブランシュはスローライフを満喫したい!~追放された悪役令嬢ですが、なぜか皇太子の胃袋をつかんでしまったようです~
汐埼ゆたか
恋愛
伯爵令嬢に転生したリリィ=ブランシュは第四王子の許嫁だったが、悪女の汚名を着せられて辺境へ追放された。
――というのは表向きの話。
婚約破棄大成功! 追放万歳!!
辺境の地で、前世からの夢だったスローライフに胸躍らせるリリィに、新たな出会いが待っていた。
▹◃┄▸◂┄▹◃┄▸◂┄▹◃┄▸◂┄▹◃
リリィ=ブランシュ・ル・ベルナール(19)
第四王子の元許嫁で転生者。
悪女のうわさを流されて、王都から去る
×
アル(24)
街でリリィを助けてくれたなぞの剣士
三食おやつ付きで臨時護衛を引き受ける
▹◃┄▸◂┄▹◃┄▸◂┄▹◃┄▸◂┄▹◃
「さすが稀代の悪女様だな」
「手玉に取ってもらおうか」
「お手並み拝見だな」
「あのうわさが本物だとしたら、アルはどうしますか?」
**********
※他サイトからの転載。
※表紙はイラストAC様からお借りした画像を加工しております。
悪役令嬢はモブ化した
F.conoe
ファンタジー
乙女ゲーム? なにそれ食べ物? な悪役令嬢、普通にシナリオ負けして退場しました。
しかし貴族令嬢としてダメの烙印をおされた卒業パーティーで、彼女は本当の自分を取り戻す!
領地改革にいそしむ充実した日々のその裏で、乙女ゲームは着々と進行していくのである。
「……なんなのこれは。意味がわからないわ」
乙女ゲームのシナリオはこわい。
*注*誰にも前世の記憶はありません。
ざまぁが地味だと思っていましたが、オーバーキルだという意見もあるので、優しい結末を期待してる人は読まない方が良さげ。
性格悪いけど自覚がなくて自分を優しいと思っている乙女ゲームヒロインの心理描写と因果応報がメインテーマ(番外編で登場)なので、叩かれようがざまぁ改変して救う気はない。
作者の趣味100%でダンジョンが出ました。
悪役令嬢のはずですが、年上王子が幼い頃から私を甘やかす気でいました
ria_alphapolis
恋愛
私は、悪役令嬢なのかもしれない。
王子の婚約者としては少し我儘で、周囲からは気が強いと思われている――
そんな自分に気づいた日から、私は“断罪される未来”を恐れるようになった。
婚約者である年上の王子は、今日も変わらず優しい。
けれどその優しさが、義務なのか、同情なのか、私にはわからない。
距離を取ろうとする私と、何も言わずに見守る王子。
両思いなのに、想いはすれ違っていく。
けれど彼は知っている。
五歳下の婚約者が「我儘だ」と言われていた幼い頃から、
そのすべてが可愛くて仕方なかったことを。
――我儘でいい。
そう決めたのは、ずっと昔のことだった。
悪役令嬢だと勘違いしている少女と、
溺愛を隠し続ける年上王子の、すれ違い恋愛ファンタジー。
※溺愛保証/王子視点あり/幼少期エピソードあり
気配消し令嬢の失敗
かな
恋愛
ユリアは公爵家の次女として生まれ、獣人国に攫われた長女エーリアの代わりに第1王子の婚約者候補の筆頭にされてしまう。王妃なんて面倒臭いと思ったユリアは、自分自身に認識阻害と気配消しの魔法を掛け、居るかいないかわからないと言われるほどの地味な令嬢を装った。
15才になり学園に入学すると、編入してきた男爵令嬢が第1王子と有力貴族令息を複数侍らかせることとなり、ユリア以外の婚約者候補と男爵令嬢の揉める事が日常茶飯事に。ユリアは遠くからボーッとそれを眺めながら〘 いつになったら婚約者候補から外してくれるのかな? 〙と思っていた。そんなユリアが失敗する話。
※王子は曾祖母コンです。
※ユリアは悪役令嬢ではありません。
※タグを少し修正しました。
初めての投稿なのでゆる〜く読んでください。ご都合主義はご愛嬌ということで見逃してください( *・ω・)*_ _))ペコリン