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第2章 ポエトロの町と花園伝説

第8話 アリシア盗賊団

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―――暴漢たちを追うテオンたちは……

 「ここら辺だった」

 テオンたちを先導していたリュカは、ブルムの森の北西の外れにある少し開けた広場で立ち止まった。ポエトロの町からは走って30分ほど経っていた。谷川の水の流れる音が聞こえている。モエニア山脈との境界の谷がすぐ近くにあるようだ。

 「確かに土が荒れて折れた枝が散乱している。本当に少し前までここで戦っていたんだな」

 エミルは早速辺りを調べている。暴漢たちはもうこの辺りにはいないようだ。広場の端に土が積まれて小山ができている。リュカはその小山へ向かうと、ひとつまみの土を上から掛けた。

 「リュカ、それは?」

 「ああ、お前たちは気にしなくていい。木こりの風習みたいなものです。暴漢たちの臭いは谷の方に続いている。俺たちは鼻が利くから案内できますぞ」

 リュカは広場の先の茂みへ進む。かなり警戒しているようで、慎重に進んでいる。僕も剣を抜いておく。森の中では不意打ちし放題だ。些細な音にも神経を尖らせる。

 茂みを抜けるとぱっと視界が開けた。眼下には急流の川がごうごうと音を立てている。森と川の間には、1Mメトロほどの高さの崖になっていた。

 「テオン、あれ」

 崖を降りていたデュオが指を指す。木と木の間、茂みに隠れるように洞窟の入り口があった。

 「臭いはあの中に続いている」

 洞窟内部から見つからないように、崖に張り付いて姿を隠しながら近付いていく。遠くからでは分からなかったが、その入り口には小さな狐の石像が置かれていた。

 「かなり古い石像だ。暴漢たちのものではないな。昔からここにあったのか」

 「こっちの方はポエトロの町の冒険者は基本近づかないんだ。森の守護者が住んでいるとかで近寄れないらしい。こんなものがあるなんて知らなかったよ」

 「森の守護者?人の立ち入りを禁じているのか?俺たちはなぜ来れた?」

 「ああ、普段ここに人は来れない。あいつらが森を乱して入れるようになった」

 リュカは唇を噛み締めながらそう言う。

 「僕らの村も森から恵みをもらって生きているけど、森の守護者というのは聞いたことがないな。ポエトロの町で信仰されてるものか?」

 「いやいや、森の守護者は実在する。ものすごい強い人間か精霊の類いだって言われているよ。魔物に襲われた人が何度か命を救われているんだ」

 「それならこの辺りへの人の立ち入りを禁じているのも、人間を守るため?」

 「さあ、それは分からないな。ただこの辺りに来ると必ず方向感覚を奪われて、気付いた頃には必ず町の近くに来てしまうって話だよ」

 「何だか怪しいね」

 「二人ともそろそろ静かにしろ。洞窟は音が響く」

 デュオに制止されて口を閉じる。彼は既に入り口に立って中の様子を窺っている。

 「入り口近くには誰の姿も見えない。だが奥から明かりが漏れている。中に入るか?」

 僕はこくりと頷く。彼らが何を探してここに来ているのか知らないが、ララを襲った報いは受けてもらわねばならない。それに……。

 剣を握る手に力がこもる。

 ララは彼らが盗賊のようだったといった。ふと前世の姫様を思い出す。彼女は盗賊を目の敵にしていた。魔王を倒す旅の途中にも、とある盗賊団と戦ったことがあった。忘れたくても忘れられない記憶。その盗賊団はテオンにとっても因縁の相手であった。

 敵の襲撃を警戒しながら洞窟の暗い道を進む。以前もこうして彼らのアジトの細い通路を進んでいた。前世のことが思い出される。

 「テオン、そろそろ明るいところに出る。気を抜くなよ」

 デュオの声に剣を構える。足音を立てないように歩きながら壁に沿って進む。細い通路は右にカクッと折れている。角に立ってそっと奥を覗くと、その先には奴らが何人かせわしなく歩き回っている。確かに何かを探しているようだった。

 彼らの格好には見覚えがあった。赤いバンダナを頭に巻き、腰には見慣れたハウンドの毛皮を着け、シミターと呼ばれる剣に似た、湾曲したなたのような刀をぶら下げている。

 あの姿は……因縁の彼らと同じ格好だった。いや、落ち着け。特徴的な姿だが、彼らにしかできない格好というわけではない。

 「臭いから判断するに30人はいるだろう。こちらに近づいてくる足音もある。見張りだろう。捕らえますか?」

 目の前にいるリュカが神経を研ぎ澄ませている。音に注意を向けたせいか耳がピクピクと動いている。彼の種族はライカンスロープ。狼獣人だ。

 前世では亜人種はお伽噺だけの存在、実在はしていない。逆に前世には魔族がいる。人類最大の敵であり魔王に統べられた凶悪な種族。それは未だ確認されていない。レベルシステムも高度な魔道具もこの世界だけのものだ。僕はここを異世界だと確信している。

 頭に浮かび始めた嫌な記憶を振り払いながら、近寄ってくる盗賊に意識を集中する。

 「うん、色々情報を聞き出そう。奴らがこんなところで何を探しているのかも気になる」

 僕が答えるや否や。

 「よし。俺が行こう」

 デュオが見張りの男の後ろに回り込んで動きを封じていた。

 「え?」

 エミルとリュカがぽかんとその様子を見ていた。流石である。




 「さて、お前たちの目的を教えてもらおうか」

 僕たちは捕らえた男に尋問するために一度洞窟から出ていた。盗賊はずっとだんまりを決め込んでいる。デュオのナイフが首筋に当たる。男はぎょっとするが……。

 "Gomon ka? Dem o nani it teruk a wa kan neyo."

 口から発されたのは聞き取れない言語だった。

 「まさかこちらの言葉がわからないのか?」

 「この世界でこの言葉が通じない国は魔国だけだぞ?まさか山を越えて来たってのか?」

 「参ったな。これじゃ尋問しても意味がない……」

 あれ?さっきの言葉、僕は本当に知らないのか?

 "N? Shira nai kot obadat o kid suit aka?
 ……ナラバヨ ウズミ コロ サレル ノカオレ?"

 男が再び口を開く。やはり僕はこの言葉を知っている。長らく使っていなかったから聞き取れていないだけだ。意識を集中する。聞き取れると分かれば、あとは耳を慣らすだけだ。

 "ミギテノ ツチマジュツニ コノママ キヅカナければ たすけは よべる。 もう少し……"

 よし、聞き取れた!!見れば男は右手の人差し指を地面に突き刺して何やら魔力を流し込んでいる。これで仲間に異常を知らせようとしているらしい。まずはその右手を持ち上げて術を止めさせる。

 "ちっ、気付かれた。他に手は……"

 "ワルイナ ナカマヲ ヨバセル ワケニハ イカナイ"

 "!?"

 話すのも久し振りすぎて片言になってしまう。今の言葉にはない発音もあり、喋りにくい。だがやはり男に通じたようだ。

 それは紛れもなく前世で僕が使っていた言語だった。奴らはやはり前世の世界と関わりがある。ならば……まず聞かなければならないことがある。

 "オマ……お前たちは、アリシア盗賊団なのか?"




 僕が姫様に出会ったのは僕が11歳のときだ。故郷のココプア村に二人の子供を連れた召使いらしき女性がやってきた。その子供の一人が、当時6歳の姫様である。召使いは全身に火傷を負っており、間もなく息を引き取った。

 当時は知らなかったが、その頃ブラン王国という大国が滅びた。建国100周年記念の式典の最中、大きな盗賊団に襲われたのだ。何かを盗むために襲撃したと言われているが、詳しいことは世間に公表されていない。そして、姫様はその王族の生き残りだった。

 生き残った二人の子供は僕の村で一通りの治療を受け、ひと月ほど休んでから近くの街ミールへと引っ越していった。

 彼女と再会したのはそれから7年後のことだ。僕は出稼ぎのためにミールで傭兵を始めた。街のお屋敷で警備兵をしていたとき、近くにあった市長の館から出てくる彼女を見つけたのだった。

 彼女はミール市長に養女として迎え入れられこの街で暮らしていた。13歳の若さで類い稀なる剣の才能を示し、街中に名前を知られていた有名人だった。さらに成人を迎えるとミール自衛兵団に指揮官候補生として入団し、16歳で第二部隊隊長に就任した。

 僕もその年には自衛兵団候補生になっており、街の闘技会で準優勝して第二部隊に配属させてもらった。彼女は僕のことを覚えていなかったが、訓練以外にもしばしば顔を合わせるうちに打ち解けていった。一度、彼女に尋ねたことがあった。

 「姫様はなぜ元王族でありながら剣を取ったのですか?」

 「姫様は止してくれないか。私が王族だった王国はもうないのだから。私の剣は国の仇であるアリシア盗賊団を討ち、王国を再建するためにある。私が王女に戻るのは私が王国の再建を為したとき。そうしたら改めてそう呼んで欲しい」

 「何をおっしゃいます。そのときはあなたは女王でしょう。王家の誇りを失わず剣を取ってまで戦う次期女王。私はそんなあなたを応援し支える者として、やはり姫様と呼ばせてもらいます」

 「ふっ。応援してくれると聞いたら無下に止せとは言えないではないか。しかし今は私もただの一兵卒だ。思うのは止めないから人前で呼ぶのはやめてくれ」

 姫様は照れて赤くなりながらそう言った。厳格で鬼隊長と恐れられる彼女も中身はまだ10代の少女だ。愛おしい。恋が愛に変わった瞬間だった。僕と姫様が魔王を倒す勇者の候補として王国軍に召集されたのは、それから間もなくのことだ。

 彼女の母国の仇、アリシア盗賊団……。魔族にも通じていると言われている、得体の知れない組織だ。魔王に向けて旅に出たその道中、まさか彼らのアジトを発見することになるとは思っていなかった。

 ただの野盗にも激しく怒りを露にした姫様が、彼らを見過ごすはずはなかった。たとえ彼らの規模が、魔王に挑もうとした僕らですら足元にも及ばないようなものだったとしても……。
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