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第3章 旅は道連れ、よは明けやらで

第18話 朝の光に照らされて

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―――レナサイド

 「おい女、なんださっきのは!?」

 レオールは呆然と光の鎮まった方を見ている。何人かの人影が敵将の船の近くに倒れており、立っているのは太った男一人。だが今のは彼の仕業ではないだろう。

 これがテオンとアルト村の村長が話していた光、そしてテオンのステータスに記されていた謎の古代スキルの正体……?だがそんなことより今は。

 「知らないわよ。それより何であんたはそれで余所見していられるの!!」

 私の機械兵デウスエクスマキナは光には目もくれず、長剣を振り回し弓を引き絞り、怒濤の攻撃を続けている。私の魔力もどんどん費やされており、そろそろ尽きそうだ。

 それを、この男は余所見しながら最低限の動きでかわしたりいなしたり……。腹立たしいことこの上ない。

 「鬱陶しい。発!!」

 彼はそのままぐっと距離を詰めて、機械兵の胴に左の掌を当てると、魔力を集中させて一気に解放した。どんな衝撃にも耐えられる6本足は、その衝撃に踏ん張れず大きく吹き飛ぶ。

 「女、こんなおもちゃじゃ何も守れないぞ。王都の奴らに言っておけ、自惚れるなとな」

 彼はそれだけ言うとティップとやらのもとへ走っていった。砂の地面を走っているとは思えない速度……というか少し浮いてない?

 追撃をしようとする機械兵に停止信号を送り、はあと息をつく。王都最強の近衛騎士団でも相手になるかどうかのあの強さ、騎士特有の決闘の仕草、そして最後のあの言葉……。

 「訳分かんない……」

 くらっ。

 立ちくらみがする。魔力を使いすぎたらしい。これはしばらく動けそうもないかな。その場に座ってレオールの去った先を見る。

 「テオン君たち……大丈夫よね」

 恐らくテオンとララはレオールの向かった先にいるだろう。だけど何故だか、彼らが危害を加えられるとは微塵も思わなかった。砂に寝転ぶと少し白んだ空が目に飛び込んできた。




―――テオンサイド

 「おい!てめえ、一体何をしやがった!!」

 消滅の光を浴びたはずのティップは、消滅することなく佇んでいた。彼の足元には麻痺弾を打ち込まれて動けないララが倒れている。

 未だ彼女はピンチのままだ。だが全身に力が入らない。前に暴走したときも直ぐに意識を失ってしまった。膨大な魔力を一気に放出してしまったのだから当然と言えば当然。今回はまだ意識を保てているだけましなのかもしれない。

 しばらく辺りを見回していたティップは、きっと僕を睨む。その表情は怒りではなく恐怖に染められていた。首だけを何とか回して睨み返す。威嚇して追い返せないものか……。

 「まだ……何かしようっていうなら……、今度こそお前を…………」

 声を出すのもやっとだ。

 「畜生……。誰か無事なやつはいねえのか」

 彼は後ろを振り返る。僕の位置からは光の進んだ先を全て確認することはできない。だが彼の様子を見るに、あの大群はほとんど消滅してしまったのだろう。

 そう思ったとき、アルタイルの黄色いスカーフを着けた男がティップの傍に駆けつけた。

 「ティップ様、よくぞご無事で」

 「ああ、レオール!!無事だったか……」

 「この者があれを……?」

 こいつが……ゼルダが言っていた要注意人物、赤い短髪のレオール……。彼は僕の方を向くと、目を細めて探るように全身を見てきた。

 やがて、ふっと息を吐くとティップをさっと担いで船に飛び乗った。後ろの荷台はすっかり光に侵食されているが、残った部分だけでも動くようだ。

 「ひとまず退却します」

 「ま、待て!あの小僧を生かしておくのは危険だ!!」

 レオールはティップの言葉も聞かずに船を動かす。目の前で船は方向を転換し、軽く砂埃を上げて彼らの来た方向へと引き返していく。

 どうやら脅威は去ったようだ。持ち上げていた頭をどさっと砂の上に落とす。冷たい砂がゆっくりと体温を奪っていく。安心はするが、助かった喜びはどうしても湧いてこなかった。




 『無いね、トットの姿……』

 脳内でライトの声が響く。トットは光が暴走したとき、僕と一緒に荷台に倒れていた。膨張する光は僕の身体を丸ごと包み荷台の左半分ほどを消し去った。

 床がなくなって僕は砂に転がり落ちたが、横に彼の姿はなかった。もしかしたら残った荷台の右側に倒れているかもしれないと思っていたのだが……。

 去っていく船の荷台は扉を失い、後ろからでも運転席が見えるほど筒抜けになっていた。死角はなかった。間違いはない。

 また、一人味方を…………。

 東の山から朝日が漏れて砂漠に差し込んできた。少し砂塵の舞う戦場に、その光はくっきりと白い線を描いていた。僕はそのまま、意識を失った。




―――ルーミサイド

 その後、ルーミたちはファムから終結の連絡を受けた。救急用具を手にして外へ出た彼女たちの目に飛び込んできたのは、朝日に照らされた大きな窪地だった。そこは流砂の罠を展開した辺り、アルタイルの大群が捕まっているはずの場所だった。

 「これは……一体?」

 後から出てきたネクベトがルーミの横に立ち、同じ光景を見て言葉を失う。しばらく呆然とした後、彼女はそのまま窪地へと下りていった。

 「皆さん、お気持ちは分かりますが今はテオンさんたちの方を」

 ゼルダとファムが坂を登ってやってくる。二人とも全身砂まみれだ。ゼルダはかなり疲弊した様子ではあるが、傷ひとつ無いようだ。

 「あちらに皆さん倒れています。しばらく前から物音が完全に止んでますので、恐らく動けない状態かと。今魔物にでも襲われたらひとたまりもないでしょう」

 「はっ!そ、そうですよね。行きましょう!!」

 ファムの言葉にルーミが駆け出す。すぐに砂に足を取られて転んでしまう。

 「そこまで慌てる必要はありませんよ。先程の光に怯えているのか、魔物の動く音も皆無なのです」

 「あ、さっきの連絡にあった光?一体何のことなの?」

 ミミが首を傾げる。作戦中の畏まった様子はどこへやら、すっかりいつもの砕けた感じに戻っている。

 「今皆さんが驚かれているこの地形の変化は、その光……正しくは一発の消滅魔法か何かで起こったのです。それによってティップとレオール以外はほぼ全滅したのです」

 彼女は尚も納得できない顔をしている。

 「実際に見てなきゃ分からないよニャー。もうすごかったのニャ!一瞬でぱーって、みんなぱっくりいなくなっちゃったのニャ!!」

 横から突如、昼マギーの明るい声が飛ぶ。彼女は仰向けに寝転がるレナの傍に足を投げ出して座っていた。

 「ちょ、マギーちゃん、酷い傷!!」

 ミミが驚いてマギーの背中の傷を治療し始める。

 「急所じゃないし、まだ少し麻痺が残ってて痛みはないニャ。でもまだ這ってしか動けないニャ」

 「ふふふ。皆さんしばらくは動けなさそうですね。ネクベトさんに甘えてしばらく宿で休みましょう。最初はどうなることかと思いましたが、この程度の傷で助かったのは皆さんのおかげです」

 ゼルダは頭を下げる。

 「ゼルダちゃんの作戦勝ちニャ!皆無事で良かったニャ」

 やがてバートンとメルーに担がれてテオンやララ、プルース三兄妹の妹二人も運ばれてきた。しかしやはり兄の姿はどこにもなかった。




―――宿屋内、広間

 戦いから2日経った昼、僕はようやく目を覚ました。あのとき魔力を消耗したレナやゼルダは昨日のうちに目覚めたのに、僕だけが目を覚まさなかったことで、ララがひどく心配していた。

 そのあとしばらく体調の確認やら魔力の確認やらをしたあと、広間に揃っていた皆に顔を見せに行く。ネクベトにレナたち、ゼルダたち、バートンたち……そしてポットとリットの二人も椅子に座っていた。

 「目を覚まして良かったわ、テオン君。もう大丈夫そう?」

 「え……ええ、ひとまず身体は。ただ……」

 「お兄さまのこと……ですか?」

 向かいに座るリットが口を開く。その目は強く鋭く僕を捉えている。隣に座ったララが心配そうに僕の顔を覗く。

 そう、ララはあのとき麻痺で倒れていたが、意識はあったはずだ。今まで隠してきたこの光の力のこと、すなわち2年前の消滅の光の真相を知られてしまった。もう隠す意味はない。

 僕はリットとその隣で上を見上げているポットを見ると、こくんと頷き、改めて頭を下げた。

 「あの光は間違いなく僕の仕業です。あのとき隣にいたあなた方のお兄さん、トット・プルースは、光に巻き込まれて……」

 「暴走……だったんだろ」

 ポットが口を開く。相変わらず上を見たままだ。

 「ごめん、あたしが話した」

 レナが言う。

 「前にもその力は暴走したそうですね。それで普段は使わないようにしていたとか。どうしてそれを使おうとしたのですか?」

 リットはさらに問い詰めてくる。兄を失った妹の悲しみは僕にはとても推し量れない。僕に出来ることは、ただ知ってることを全て伝えることだけだ。

 僕はあのときの状況を細かく話した。僕もアルタイルに捕まったこと、魔力を封じられたこと、ララが危なかったこと……。

 「まああたしらも捕まった身だ。どうなっててもおかしくなかったところを、あたしとリットは寧ろあんたに助けられたんだ。トットのことで責める気はない。それよりもだ」

 ポットは顔を下ろして僕を見る。その目は赤く腫れていた。

 「何でそんなリスクを抱えてあんたはこの戦いに参加した?部屋で待機する道もあったんだろう?」

 「いやそれは私が」

 ゼルダが口を開きかけるが、ポットがきっと睨み付けると黙ってしまった。

 「すまない。終わってから言っても仕方がないな。だが二度とこのような無茶はするな。それだけだ」

 ポットはそれだけ言って席を立つ。

 「それだけ……ではないでしょう、お姉さま。レナさんたちは王都に向かいながら、お兄さまと同じように行方不明になったキューという方を探しておられるんですよね。目撃情報があったとか」

 今度はリットの鋭い眼光がレナを捉える。

 「今朝お姉さまと決めました。私たちもその旅に同行させて頂きたいのですけど、構いませんよね?」
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