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第5章 不穏の幕開け

第14話 魔族の脅威

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―――場面は一転して魔族の村周辺

 がきんっ!!

 私の渾身の剣は2本の短い刃によって受け止められていた。更に力を込めて剣を圧していく。魔力を絞り出して剣の先まで巡らせる。それでようやく互角。

 しかしすぐに私の剣は受け流される。込めた力がそのままあらぬ方へと流れて、私はバランスを崩す。そこに刃の二連撃が迫る。それを身を捻ってギリギリかわす。恐らく少しでも触れればやばい。麻痺か毒か、何かしら塗られていると考えて立ち回らなければならない。

 私――スフィアはまさに今、魔族と剣を交えている最中であった。子供奪還作戦は今朝の明け方、遂に開始されたのだ。




 作戦が固まったのは3日前。まずロドリゲスの指揮で白いゴーレムが森を進む。敵に気づかれないよう迷彩の布を被せ、ゆっくりと村の裏側まで回り込む。

 作戦はシンプルだった。ゴーレムによる陽動で魔族を村の裏手へ回らせる。出来ればそこで相手の戦力を削り、その後私が率いる本隊が正面から村へ突入する。

 戦闘に長けた者さえゴーレム側に引き付けることが出来れば、子供たちの奪還は可能だろうという判断だ。

 魔族が人族の子供を拐った理由は未だに分からない。しかし自分達の身が危ないとなれば、放置して逃げ出すだろうと言われていた。すなわち、私たちは殆ど戦わずして子供を奪還出来る可能性もあった。

 早朝、ゴーレムが暴れだした。青い森の中に白い影が飛び跳ねる。作戦通りに物見櫓ものみやぐららしき塔に立っていた魔族が、森の方を指差した。

 初めに作戦からずれたのはここだった。

 作戦では、それから魔族がゴーレムの元に向かうまで少しかかるだろうと予想していた。ゴーレムの移動がばれていなければ、魔族たちにこちらの先手を打つ術はない。そして見たこともない魔導兵器に混乱し、どう対処すべきか分からず混乱する時間があるはずだった。

 「報告します。既にゴーレム『モンブラン』が魔族と接敵したということです」

 『モンブラン』とは、あの真っ白のゴーレムに付けた名前だ。ゴーレムが移動する間手持ち無沙汰になった私たちは、そんなことに時間を費やしていたのだ。セバス曰く「ゴーレムにも愛を、ゴーレムにも名前を」だそうだ。

 「そうか……。ん?もうか?流石に早すぎるだろう」

 「はっ。あの櫓の見張りが見付ける前に、2体ほどゴーレム『モンブラン』の方へ向かったようです。偶然かとも思ったのですが、躊躇うことなくそのまま戦闘に移ったようで」

 「こちらの動きが魔族にばれているのか?」

 「そこまでは。偶然魔物と戦おうとしてゴーレム『モンブラン』に出会い、焦りを見せずに、ということも考えられるかと。魔族のことですから、仲間に報告する考えが無いのではないかと」

 「馬鹿者。お前は魔族を何だと思っている!魔物と同じだと侮ってはいないだろうな!!」

 「はっ!!す、すみません。しかし、魔族はそれほど知能が高くないというのが常識なのではなかったのですか?」

 実際、魔族のことを少し知恵を付けた魔物、程度に考える兵士は多い。言葉を解さない、戦略的な行動が出来ないという。だがその多くは根拠を持たない。彼らの醜い見た目や獣じみた鳴き声から、そういう偏見が生まれたに過ぎない。

 「お前は魔族と戦ったことがないのか?彼らは高度な戦略も使うし科学文明も有している。私が魔族に抱いている印象はな、生まれつきレベルが高くスキルも豊富な新人類だ。買い被りと言われることもあるが、見くびるよりはましだと思っている」

 「はっ……。新人類、ですか?」

 この者も納得していないようだ。彼は偵察が主な任務、戦うことはなくとも魔族の観察なら私よりも重ねてきたはずだ。それでも魔族の本当の脅威に気付いていないというのか。

 「偵察部隊なら間違った常識に囚われるな!もちろん私の意見にもだ。自分で見たことだけを信じ、それをありのまま伝えてくれればいい。ゴーレムと接敵した二人は、本当にゴーレムの存在に気付いて向かったと考えた方がいい。正面のこの隊にも気付かれる可能性がある。とにかく楽観はするな。心配しすぎるくらいで丁度いい」

 「はっ!肝に命じておきます」

 男はそのまま下がった。拠点を担うロイにも報告するためだろう。

 「我々も警戒を強めなければな。もう少しゴーレムの騒ぎが大きくなるまで見つかるわけにはいかない」

 森の中で一層息を潜める。やがて見張りの報告が集落の長らしき者に伝わったのか、魔族の村は俄に騒然としだした。

 「そろそろだな。魔族の主力の何人かはさっきゴーレムに向かった一団に含まれていただろう。依然門番に立っているものは強そうだが、この数で行けば押し切れるだろう」

 こうして正面の隊も村へ向けて進行を開始した。魔族の表情は分からないが、恐らく咄嗟のことで混乱していただろう。そこまでは気付かれずに運べた。それだけでこれほど安堵を感じるとは。

 弓の攻撃を掻い潜りながらも少なからぬ被害を出し、ようやく村に辿り着いたとき、私は大きな思い違いを悟ったのだった。

 「どういうことだ…………?」

 「どこかに隠れているのでしょうか?」

 数人の戦士を残し、殆どの魔族の姿が村の中から消えていた。助け出すべき子供の姿さえも。

 魔族たちは拐ってきた子供を取り返されないようにしている。つまりこの誘拐には、明確に目的があるということだ。そうなるとこの作戦の難易度は一気に増すことになる。

 「村からは出ていないはずです。探しましょう」

 そう。子供の姿も見当たらない以上、探し出さねばならない。村の裏手はゴーレム騒ぎ、表は私たちが見ていた。必ず村の中にいる。だが。

 「いや待て。物陰などに潜んでこちらの隙を窺っているかもしれない。少人数で動くことはないようにしろ」

 そのとき、予想もしていなかった報告が入る。

 「姫騎士様!至急お耳に入れなければならないことが!!」

 「何だ?」

 「ゴーレム『モンブラン』から緊急信号が発信されました!!」

 「何だと!!」

 「ゴーレムが倒される可能性があります。至急作戦の修正を!!」

 「偶然か……?いや、楽観はするべきではない。1度撤退しよう」

 ようやく突破できた敵の防御網。ここまで踏み込めることはもうないかもしれない。この襲撃で我々の存在に気付かれてしまった。ゴーレムとの関係も勘づかれるかもしれない。

 この陽動作戦はもう通用しない。

 「ここまで来たのに、何もせずに帰るのですか!?」

 兵士の一人が反発する。

 「気持ちは分かるが、欲を掻いて生き延びれるほど魔族は甘くない。ゴーレムが絶対の兵器とならない以上、作戦は変更せねばなるまい」

 「しかし……」

 そのときだった。

 「いた!子供だ!!子供がいたぞ!!」

 村の中心辺りまで進んでいた隊の先頭から、待ち望んだ声が上がる。

 「よし、その子だけでも確保しろ!それで引き上げるぞ!!……これで成果ゼロは免れたな」

 私は唇を噛む兵の肩をぽんと叩き、門へと向かう。そこで振り返り引き上げる兵を先に行かせる。撤退の殿しんがりを担うのは必ず私と決めていた。

 「その子か。無事そうでよかった」

 子供を担ぎ上げた兵士が通り過ぎる。子供は3歳くらいだろうか。訳も分からずきょとんとして揺られている。

 「ええ。もう一人助け出しましたよ。そっちは元気のいい男の子です」

 その言葉の通り、激しく暴れる子供が担ぎ出されてきた。もう一人の子供に向けて必死に手を伸ばしている。魔族に囲まれた中で、二人で生き抜いてきたのだろう。

 もう大丈夫だと安心させたい。早く親の元に返してあげたい。

 すべての兵が門から出たことを確認し、私も引き上げようとしたとき、物陰から魔族が一人飛び出してきた。俊敏な動きだった。私は咄嗟に剣で受ける。腕に痺れるような衝撃が走る。

 「「姫騎士様!!」」

 「構うな!早く行け!!」

 剣を振り回して魔族を飛び退かせる。相手はかなりの手練れだった。何度かお互いに打ち込み合う。私の剣は幅広で厚みもあり、人の身長に迫るほどの大振りなもの。それを小さなナイフ2本で捌かれるのは不思議な心地がした。

 「これでどうだ!!」

 やがて私の剣がまともに魔族の腹部を捉える。均衡が崩れた。素早く切り返して反対からも斬りつける。魔族の身体は強靭だが、剣の威力で吹き飛ばすことは出来た。

 魔族は首だけを起こしてこちらを睨み付けている。その表情は分からないが、恐怖よりは怒りが浮かべられている気がした。剣を振り上げて止めを刺す。

 「悪く思うなよ」




 村から引き揚げた私たちは、森まで下がって追っ手がいないことを確認し、夜になってから拠点のキャンプに帰った。

 「うわああぁぁぁぁん!!」

 連れ帰ってきた子供は、そこでようやく泣き出した。

 「長らく魔族に囲まれていた子供です。久しぶりの人間の大人に驚いたのかもしれません」

 子供を連れ帰ってきた兵士が懸命に世話をするが、二人は泣き叫ぶばかり。彼らはキャンプ地近くの洞窟に用意した簡易的な小部屋に匿われている。泣き声が岩窟に反響して耳に響く。

 「早くラミアの町に連れて帰りたいですね。親に再会すればこの子たちも収まるかもしれません」

 現状を報告しあったのち、ロイと二人で子供の様子を見に来たのだ。

 「そうだな。しかし魔族たちの目的は一体何なのだ……。それさえ分かれば、次の作戦も立てられるのに」

 「そんなの考えるだけ無駄ですよ。魔族どもの考えることなんて分かるわけないじゃないですか」

 はあ、そうなのだろうか。子供たちの泣き声が耳を通って私の心を抉る。私には他人の考えは理解しきれない。またその壁にぶつかろうというのか。

 「それよりセバス博士が何か思い付いたようです。次はそちらに賭けてみましょう」

 ロイの言葉にそうだなと頷く。空返事だ。私の心はあの日に立ち戻りつつあった。

 私の胸に巣食う大きな後悔の蜘蛛くも。その糸に触れると、頭の中に鮮明な泣き声が響くのだ。他でもない私の泣き声。2年前のことだった……。
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