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第5章 不穏の幕開け

第24話 黄昏の王都

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 「今夜時間を作ろうと思う。少し話せないか?ここまでの旅の話とか、聞かせて欲しいんだ」

 ゼオンの優しい声がクレイス修理店の地下に響く。さっきまで饒舌に商談を交わしていたルーミは、その小さな口をすっかり閉ざしたまま頷く。

 静かで暗いこの空間で、静かな、しかし確かに温かな親子の時間が流れていた。

 階段の下で立ち止まる私と、丁度親子を挟んで向かい合っているブレゲ――メリアンも何だか少し涙ぐんでいる。が、私と目が合った途端に顔を背けてしまった。

 「全く人の店の地下で何やってんだか。大体ここは関係者以外立ち入り禁止だよ!ほら、用が済んだら出ていきな!!」

 「え……。あ、お金!まだ数えてないですよ?」

 「あたしが数え間違えたとでも言うのかい?袋に詰めてやるから持ってきな!」

 収納袋にさっとリブラを詰め、雑に投げて寄越す。

 「足りなかったらまた……わっ!!」

 ルーミはその重さに驚いて取り損ねてしまう。

 「ははは。流石にこの量のお金は扱い慣れないかな……そうだ!!」

 ゼオンは懐から巾着袋を取り出すと、その中身を別の袋に移してルーミに手渡した。

 「これは……?」

 「ああ。インベントリといって、重くならない収納袋だよ。お父さんはまた新しいのを買うから、持っていきなさい」

 な!?あんな高価なものをそんな簡単に!!これだからお金持ちの父を持つ子は……まあ私も持ってるからいいけど。

 「インベントリ?何だいあの研究野郎、遂に完成させたのかい」

 ブレゲが驚く。

 「ちょっと前に出来たみたいですよ。何でもあのヒルちゃんの力が元になったんだとか」

 ヒルちゃん?

 「その呼び方はあの子への当て付けかい?あのスキル『誘重不断』はヒルディスにとって親の形見みたいなものだ。まったく、優柔不断なあの子たちだからこそ、何の問題も起こさない平和なスキルだったのに。魔道具なんかにしちまって……どうなったって知らないよ」

 「そういえばメリアンさんはアリスト博士のAIには反対でしたね」

 え……博士の研究って機密事項じゃないの?

 「当たり前だよ。スキルの力ってのは女神様から授けられるものだ。まあ別にあたしゃ女神教信者じゃないけどね。あそこの、力はその人に合うように、心に寄り添うように授けられるものだって考えには大賛成さ。長く生きてると本当に、そういう自然のままの姿ってのが1番だったって思うよ」

 「あのメリアンさんからそんな言葉が出るなんて……。聞く人が聞いたら激昂しますね」

 「ふん。だから所詮これは年寄りの後悔……あんたらにはただの戯れ言だね。ほら、行った行った!!」

 彼女は一層不機嫌になり二人を追い立てる。私も慌てて階段を駆け上る。上では心配そうな顔のフィリップがこちらを覗き込んでいた。




 「あ!レナやっと来た!!」

 店の外に出るなりララが駆け寄ってくる。西日で街が仄かに赤く染まる。

 「テオンが先にギルドに向かったから、そっちで合流しようってさ。大分前にアストがここに来て連れていったの」

 「そう、アスト君が……」

 彼とテオンが接触……少し胸がざわついた。

 「ところで」

 ふとリットが私に話しかける。

 「レナさんはどうしてこちらに?門の前に集まる約束でしたのに」

 は!!そうだった。私がここに来たのは、ユカリを見張るためだった。

 「ねえリット。ユカリちゃんはどこ?」

 「え?ララさんたちと一緒にこちらへ来たはずですよ?」

 彼女もきょろきょろとユカリを探す。この場に彼女の姿は見当たらないが、かといって店内でもその姿は見ていない。

 「そんな!どこに行ったの!?」

 「ええと、ララさんなら分かるのではないかしら?」

 そうか、その手があった!!彼女の気配察知で見つけられない人はいない。

 「え?ユカリちゃん……?うーん、そういえば見当たらないね?」

 「見当たらないね、じゃないわよ。気配察知は?」

 「うん。その力を使っても見つからないよ?」

 何だって!?そんなことがあり得るの?ユカリ、まさかララの気配察知の力を上回る隠蔽系のスキルの持ち主だとでも……?

 脳内の警笛は激しさを増し、私の中で彼女の存在が悪い意味で大きくなる。だがその動向は全く捉えられない。完全に見失っていた。

 「おいレナ、大丈夫か?そんなにユカリが気になるのか?」

 ポットが尋ねるが、私は言葉に行き詰まる。

 「そ、そりゃ、こんな複雑な王都で一人はぐれちゃったのよ?心配じゃない」

 彼女はなおも怪訝な顔を向けてくる。だがリットはそれに納得したようで。

 「大丈夫ですよ。彼女も元は一人で旅をしていたんです。どうにでもなりますよ」

 「そ、そうね……」

 一先ずそれで、ここまで私がユカリを疑っていることをそれ以上怪しまれずに済んだ。

 がたっ。

 後ろで音がして振り返ると、メリアンが1階に上がってきていた。梯子を2階に向かって伸ばしているようだ。奥にいてよく見えないが、フィリップも手伝っている。

 「あれ、まだいたのかい?」

 「あ、メリアンさん、その梯子って……」

 ゼオンは心当たりがあるらしい。

 「は!?メリアン!?いやでもフィリップが奥さんって……」

 後ろの方が騒がしいが、メリアンは気にも止めずに話し続ける。

 「あんた、今夜娘と話す時間を作るって言ってたね。でも場所は?この王都にあんたがゆっくり落ち着ける場所なんてあるのかい?まさかあの汚い事務室を使うつもりじゃなかろうね?」

 「まさか上の部屋を貸してくれるんですか?」

 「もう長らく使ってないから綺麗ではないがね。それでもまだましだろうから、掃除しておくから夜になったらまたおいで」

 「メリアンさん……ありがとうございます」

 何だかんだ言って、メリアンはゼオンにとても協力的だった。それにしても、ゼオンと言えば几帳面な人だという印象があるのに、事務室はそんなに汚いの?

 「ほら、行った行った!!」

 彼女はまた無造作に私たちを追い払う。だがその姿に何故か温かさを感じたのだった。

 「ではまだいくつか仕事があるので僕はこれで。ルーミ、またあとでな」

 彼が彼女の頭をぽんと撫でてから動き出す。

 「うん、お父さん……。お仕事、頑張ってね!」

 見送る彼女に、マギーが無言のまま後ろから抱きつく。ルーミの頬が赤いのは夕日のせいだけではないだろう。

 「じゃあテオンが待ってるから、皆でギルドに行きましょう!」

 ララの言葉に、ようやく私たちも歩き出す。そういえば王都のギルドに顔を出すの、凄く久しぶりだ……。

 実は気の乗らない胸のうちを隠しながら、私は急いで先頭に立つ。一番前なら、今の私の顔を見ることの出来る者はいないから。

 ただ不気味なほど静かに佇む住宅街の建物が、仏頂面で私を覗き込んでいた。




―――刑事局

 暗い部屋……そこは取調室として使われている王都刑事局の一室。先ほどまで二人の男――オルガノとバートンがこちらの刑事に事情を話し、一人の男を引き渡していた。

 男の名はブラコ・ピンクニー。キラーザの町で闇組織オオカムヅミのリーダーだった男。暗殺者を使って町に混乱を招き、さらにその暗殺者を殺した罪で勾留されていた。

 彼は今もここで取り調べを受けている。向かい合うのは刑事ライアン。亜麻色のボンバーヘアーがトレードマークの大柄なアイルーロス。情熱的に悪を取り締まる刑事として人気だった。

 「まさかあんたが捕まっちまうとはねえ。まあ心配すんなよ。今日中には釈放されるから」

 「悪いな。俺のミスに付き合わせちまって」

 ブラコの名もオオカムヅミも、さる業界では有名だった。手広く慈善事業・・・・を行う正義の組織として。

 こんこん。

 「ライアンさん、遅くなりました。持ってきましたよ、保釈金」

 「おう、入りな。あんたも久しぶりに会いたいだろ?旧友と」

 取調室にもう一人、男が入ってくる。

 「ブラコさん、事情は色々と耳に入ってきていますよ。大変でしたね」

 「おうゼオン。すまねえな、まだ前に借りた金も返せてねえのに」

 「いいんですよ。私のお金であなた方の力になれるなら、返済はいつまでも待ちますから」

 「ちゃらには……ならねえよな」

 「流石にそれは」

 男たちは和やかに言葉を交わす。古い馴染みのちょっとした同窓会のようだった。

 「結局、キラーザの夜は免れられなかったねえ。こうなると王都も……」

 「ああ、やべえだろうな。だがこっちにも化け物はいる。もしかすると?」

 「もしかするかもしれませんね。すべては」

 「「「神のみぞ知る……」」」

 男たちはまた誰からともなく席を立ち、部屋を出ていく。ある者は娘との約束に向かい、ある者は夜勤に向かい、そして闇から表へと引きずり出されたある者は、再び闇へと潜り行く。

 「ん?何だか通りが騒がしいな」

 「ええ、ちょっとしたお祭り騒ぎのようです。それではお元気で、ブラコさん」

 1日騒がしかった取調室は、不意に訪れた無音に戸惑うようにその扉を閉めた。王都に夜が迫っていた。




―――大通り脇

 「さっきからこの騒がしい音は何ニャ?」

 私の後ろを歩くマギーが前方を指差す。

 「え?そんなのするか?」とキール。私もしばらくは分からなかったが、ギルドに近付くにつれて何やら人の歓声のようなものが聞こえてくる。

 「ほら!やっぱりはしゃいでるニャ!!お祭りならマギーも行くのニャ!!」

 そのまま駆け出してしまう。方向はギルド。まあいいかと思って見送る。やがて彼女は住宅街の出口で……立ち尽くしていた。

 「ふう、やっと追い付いたぜ。どうしたんだ、マギー?」

 「ああ、キール。見るニャ」

 彼女はいつの間にか夜マギーになっていた。そして彼女の視線の先……。

 「「期待のルーキー爆誕だー!!メラン王都は安泰だー!!」」

 一人の男が人の群れに担ぎ上げられて町を練り歩いていた。

 「「魔導兵器も蹴散らすぜ!!帝国なんて怖くねえ!!」」

 その群れの上には。

 「「期待のルーキー『テオン・アルタイル』がいる限り、この戦争に負けはない!!」」

 私たちのよく知る青年テオンが、夕日の残光を湛えた真っ赤な顔を両の手で覆っていたのだった。
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