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第6章 火薬庫に雨傘を

第3話 ステータス主義

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 「ギルドの受付でテオン君のステータスを測定したんだ。皆の前でね。あんな出鱈目のステータスは初めて見たよ。皆、大型新人が来たって大盛り上がり!それで、この通りさ」

 騒ぎのやまないギルド前。日はすっかり沈み、淡い光を西の空に残すのみである。西……帝国がある方向だ。

 「なるほど、そりゃ騒ぎになるわ。彼のステータス、おかしいもの」

 「おかしい?でもテオンは村では普通くらいじゃないの?」

 ララが首を傾げる。確かにアルト村では、彼は新成人の割りに・・・・・・・強いというだけであった。周りには彼以上の化け物がうじゃうじゃいたのだから。

 「テオン君は王都基準でAランクは確実、Sランクになってもおかしくないくらいだったよ」

 アデルが呆れながら彼女を見やる。

 「で?『期待のルーキーがいる限り戦争に負けない』とか言ってたと思うんだけど」

 目の前の冒険者たちは、未だにテオンを担いで大騒ぎしている。

 「あれはどういうこと?」

 少し目に圧力を込めてアデルを見据えると、彼は頭を掻きながら申しわけなさそうに口を開く。

 「何か面倒そうなことになったのは間違いないよね。ごめん、僕も舞い上がっちゃって便乗していたよ。テオン君は恐らく、これから起こるだろう帝国との戦争で、貴重な戦力として期待されているんだ」

 はあ。思わず溜め息が出る。冒険者は耳が早い。戦争ともなれば王都の中心的な戦力である彼らにも必ず依頼が発注される。

 きっとこのギリギリの局面では、いつ戦争に突入しても良いように準備だけはされているだろう。特に有力な冒険者には、暫く長期的なクエストに行かないよう通達されている可能性もある。

 「とりあえず、色々と聞かせてもらわなきゃね。中には入れるかしら?」

 「もちろんだよ。レナさんはここに所属する冒険者なんだろ?」

 「ああ、そういえばそうだったわね。あまり冒険者活動してないから、今じゃすっかり形だけなんだけど」

 「でもちゃっかりテオン君は自分のギルドに引き入れていたんだろ?『糸引』さん」

 !!私は突如呼ばれたその名前にぎょっとした。それは間違いなく私のこと。私の知らないところで決められた、不愉快な二つ名だ。

 「そ、それをどこで聞いたの!?」

 「えっ!?どこってそりゃここだけど、そんなに怒ることなのかい?」

 『糸引』。私の木偶人形マリオネットを見て誰かがそう表現したのが始まりだった。だがそれだけの意味ではない。何にせよ私にとってあまり気持ちの良い二つ名ではないのだ。

 「私の前で二度とその二つ名を口にしないで」

 そう言って私はギルドの大きな扉を押し開けたのだった。




 「うわ!中広っ!!……てかがらがらだな」

 キールの叫び声が軽く反響する。いつもひしめき合って狭いくらいのギルド内は、冒険者たちが皆騒ぎに出ているためか、随分がらんとしていた。

 「本当だ。こんなに広かったのか。皆外に出ているからかな」

 アデルが入るなり。

 「おーい!!アデル、戻ったか。早くこっち来い!!」

 可愛らしい女性が彼を呼ぶ。否、あれは見た目ばかり可憐な少女の癖に、王都で一二を争う最強の一角『昇龍』の異名を持つSランクのドS格闘娘だ。

 「はい、イリーナさん!ただいま!!」

 彼も早速M男っぽく調教されている。

 「あ、あれはフィロソフィアのレナ!遂に戻ってきやがった!!」

 失礼な声が飛ぶ。声の主は知らない冒険者だった。

 「ははは。ベラ、いきなりそれはねえだろ。悪いな、うちのもんが失礼なことを言って。これも巡り合わせだと思って許してくんな。久しぶり、レナ」

 今度は白髪混じりの大柄な男が話しかけてくる。彼はヴェルト・ザイフェルト。トーラス教という珍しい宗教に傾倒しているお爺ちゃんだ。ちなみにその信者はこの人しか知らない。

 「久しぶり。いきなりで悪いんだけど、うちのテオン君をあの騒ぎに巻き込んだのは誰?」

 「おうおう、珍しく随分不機嫌そうだな。あの騒ぎがそんなに気に入らねえか?」

 「当たり前でしょ!?あの子は国家戦力級よ。軍に所属してもらわなきゃ困るわ」

 「ふん。お前さんだって戦争にあの少年を巻き込む気満々じゃねえか。冒険者として参加しようが、軍の犬として参加しようが、同じ輪を巡るんじゃねえのかい?」

 「そうね。私の方も面倒な点は変わらない。でもあの子の力はあなたたちのやり方では絶対に扱いきれない」

 「何を言ってんだ。イグニスの力を扱えなかったお前らに、そんなことを言う資格はねえだろ?また同じ軌道を通るぞ?」

 「何ですって!!」

 思わずヒステリックな声が出てしまう。私の一番嫌いな声。

 「そうよ、あの子の力はイグニスと同じ。ステータスだけじゃ分からない危険性があるの」

 「言いたいことは分かった。ステータス主義の俺らじゃ、あの少年の力を見誤るってことだな?」

 流石は老獪。理解は早い。だがその分頑固なのも知っている。

 「おい待てよ」

 そこへキールが割って入ってきた。

 「レナ、さっきから何を言ってんだ。テオンをどうするつもりだったって?」

 横には彼同様に厳しい目を向けるマギーがいる。彼らの言いたいことは分かる。戦争を巻き込むことに憤った私は、自分でも彼を戦争のために利用しようとしている。

 何なら、自分でも嫌になるほど最悪の事態を想定している。だからこそ……だからこそ彼は冒険者ではなく軍に属してもらわねば困るのだ。

 「ねえ」

 そこへララがやって来る。その顔に厳しいところは全く見られない。

 「ララ、お前はテオンが戦争に巻き込まれても良いのかニャ?」

 「そりゃ、そうならない方がいいけど、大丈夫だよ。テオンなら絶対勝つから」

 彼女のあっけらかんとした笑顔に、私はふっと胸の支えが取れるような思いがした。

 「それよりもレナ」

 いつも通りに明るく話しかけてくるララ。さっきまでの怒りや苦悩が馬鹿らしく思えてきた。全く……。敵わない、そう思った。

 「ステータス主義って、何?」

 彼女は単純に知らない言葉が気になったのか、それともテオンが今巻き込まれている状況に関わっていると直感したのか。

 「まさかそのお嬢さんもアストと同じ村なのかい?」

 「ええ。だからステータス主義も知らないわ。そうね、クールダウンついでに説明しますか。

 ステータスは分かるわよね、レベル測定のときに測るやつ。今ではあれを測るのは全国で当然の義務になっているの。何たって戦わなくてもすべてが分かるんだからね。

 王都ではこのステータスを大事な指標として、適正を判断したり職業を決めたりするのにも使うの。いつしか、生まれたときのステータスが、人生の全てを決めるとまで言われるようになったわ。ここではステータスが全てなのよ」

 「何それ、変なの」

 ララが素直な感想をこぼす。

 「ははは、流石アルト村の娘だ。数字ですべてが決まるなんて、ちゃんちゃらおかしいのさ」

 イリーナが笑い飛ばす。その後ろでアデルが書類の整理のような雑用をやらされている。

 「僕もステータス主義は嫌いでね。強さはやっぱり直接ぶつからなきゃ分からないと思うんだ」

 「あなたのもちょっと特殊よ。人には得意不得意があって、強さじゃ人の上下なんて決まらないんだから」

 「いやいや、そもそも人に上も下もないですぞ。まあステータスの優劣はありますが」

 ヴェルトやイリーナのように、『竜頭龍尾』の人たちは比較的弱いステータス主義という感じだ。もちろん考え方は人それぞれではあるが、トップの二人、リーダーのイリーナと、もう一人のSランク、アストが否定的であるのが大きいだろう。

 「私も元々はステータス絶対主義だったんだけどね。アルト村をこの目で見て考えが変わったわ。勿論みんなステータスも優秀だったけど、そこそこのステータスであたしよりずっと強いんだもの」

 「ふぅん。私たち、ステータスはそんなに高くないんだ」

 「いや、一般人と比べたらものすごく強いのよ?それ以上に戦闘技術が凄いってだけで」

 ララは少し口を尖らせている。もしかしたら今の話でテオンへの信頼が薄れてしまったかも……。

 「なあ」

 キールが口を開く。

 「今テオンが騒がれてるのは、ステータス以上の力を見せたからとかそういうのか?」

 その問いにヴェルトが「いや」と首を横に振る。

 「彼のステータスが純粋に高かったからだが」

 「嘘!?それであそこまでの騒ぎになるの?」

 私は大急ぎでメモを取り出す。彼のステータスを走り書きしたもの。それによるとテオンのステータスはせいぜいBランクというところだ。

 「HP421、MP127……そんなに騒ぐような数値には思えないんだけど」

 「ん?それは何の数字かね?」

 「何って、テオン君のステータスだけど。レベル32のときの」

 「おかしいですな……」

 ヴェルトは首を捻る。そのとき。

 ばたん!!

 再び勢いよくギルドの扉が開けられ、騒がしい声が飛び込んでくる。

 「「はっはっはっは!期待の新人テオン様のお戻りだ!!」」

 男の声に背中を押されるように、へとへとになったテオンが飛び込んできた。

 「も、もうやめて。目がぐるぐるする……」

 ふらふらとよろめき、そのまま床に倒れてしまう。持ち上げられ過ぎて平衡感覚が無くなってしまったのだろうか。

 「テオン!!」

 ララが駆け寄る。

 「あ、皆来たんだね。ごめん、逆に僕が待たせちゃったみたいで」

 「ううん。何か、大変なことになってるね」

 倒れた彼を起こしながら何気なく声を掛けるララ。その途端、彼の目が光る。

 「そうなんだよ!聞いた?僕、期待の新人だって!!」

 あれ?テオン、調子乗っちゃった?

 「すごいね。ねえ、ステータスどれくらいだったの?」

 尋ねるララに彼はさっと懐から冒険者カードを取り出し、見せびらかす。私もつい気になって目を向ける。そこにはとんでもない数値が並んでいた。

 「HP616、MP309、レベル……48!?」

 「どう、レナ。ちょっとは成長したでしょ?」

 得意気な顔を見せるテオン。その顔はほくほくと赤らんでいた。

 「ちょっとどころじゃないわよ!!」
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