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第7章 黄昏に燃える光

第1話 誇り高きメラン騎士

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【重要キャラ紹介】
テオン  主人公。古代スキルでゴーレムを一掃した。
ララ   テオンの幼馴染み。強力な気配察知を持つ。
レナ   Aランク道具魔術師。軍人として戦場にいるはずだが。
ユカリ  スイーツハンターを名乗る謎の女冒険者。
アキ   本名アキレス、またの名をキュー。今は帝国側にいる。




 私はあの日目にしたことを、一生忘れないだろう。絶望を悟ったあの地獄の入り口に、突如降りてきた希望を。あの光の輝きを。女神様の尊きお導きを……。




 それはまだ日も昇らぬ内だった。

 「奴らの手の内はまだ掴めないのか!もう開戦だぞ!!いい加減向こうも配置には着いているだろう?」

 「いえ、それが本当に敵の影も見えないのです。奴ら、本当にバルト地方を捨てる気で手前の方で守っているのではないでしょうか」

 私たちは急作りの櫓に登り、敵陣の方を偵察していた。

 「たわけ!戦に楽観など持ち込むな!!今お前の心に生じた隙に!敵は必ず入り込んでくるぞ!!」

 私は厳しいことで有名な騎士だった。此度の戦争でも、メラン王国軍騎士隊の隊長として戦場へ来ていた。

 開戦は日の出。だというのに、国境の向こうにはまだ敵影も見えない。当然、敵の兵力も作戦も、この戦争がどのような幕開けを迎えどう転がっていくのかも、何もかもが見えなかった。

 「それにしてもやけに霧がかっているな。特にあの畑の向こう、あの見えにくい場所に敵兵が隠れていたら厄介だぞ」

 「畑……ああ、あの川沿いのですね。ですが霧ですよ?作戦に取り入れるには余りにも不確かです」

 「いや、川があるのだぞ?川霧が出る。土地鑑があれば容易に予想できることだ。砲兵隊にあそこを狙っておくよう伝えろ。弓兵隊にもだ」

 敵は必ずこちらが嫌だと思うところに駒を置いているはずだ。早めに警戒しておくに越したことはない。戦とは、常に先を読んだ者が勝つのだ。

 「隊長はいつも考えすぎなんですよ。あんなところに隠れていたとしても、弓も大砲も射程外。今から警戒していなくたって、近付いてくる前に必ず放火を浴びせられますよ」

 「甘いっ!この戦場で次にそんな甘い言葉を吐いて見ろ!!私が斬り殺してくれる!いいから早く伝えてこい!!」

 「は、はいっ!!!!」

 伝令兵の声は頼りなく上擦っていた。

 正直言ってこの国の軍部は弛んでいる。このままではいけない。騎士でもある私が引っ張っていかなければ。

 「隊長、そろそろ日が昇ります。スケイルフィアに騎乗してください」

 「うむ」

 櫓から降りてスケイルフィア――鱗の鎧をまとう勇ましい鳥に跨がる。この鳥の走力と頑丈さこそ、我々騎士隊の力なのだ。

 目の前には精悍な顔つきの兵士たち。他の部隊のようなだらけた兵士は、この騎士隊には一人もいない。

 「総員、気を引き締めろ!!我々は騎士隊。いち早く敵陣に近付き、かき回し、戦争を有利に運べるように立ち回るのが仕事だ。怯えるな、敵を怯えさせろ。我らの運命は常に女神と王の元にあるぞ!!」

 剣を天に掲げる。朝日が射す。王城の影が伸びる。あの高い塔から王も見ているだろう。女神も必ず我々の味方をしてくれる。楽観はないが悲観もない。我々は必ず勝つ。そう……信じていた。




 「やあ」

 その声はどこからともなく響き渡った。そして目の前の霧。霧はいつの間に国境間近にも立ち上り、その中に巨人が浮かび上がっていた。

 「驚いているね、メラン王国の諸君。安心したまえ、私は巨人などではない。これは空中に映像を投影しているだけだ、といって意味が分かるかは知らぬが、これは宣戦布告のために映し出した映像だ」

 その巨人はベルトルト・シュレジンガーと名乗った。その名は聞いたことがある。剣士でありながら、スキルで相手の視界を奪って戦う邪道な男だ。

 つまり彼が女神から授けられたのは敵の視界を奪うスキル。あんな面妖な巨大化の力などではない。それなのに、初めからスキルとは異なる力でこちらの度肝を抜こうとする。正に邪道だ。

 しかし、敵の思惑通り折角上げた我らの士気は散逸させられてしまった。それに加えて……。

 「て、敵影!敵影!!霧の中から大きな影が……あ、あれは!!ゴーレム、ゴーレムです!!」

 櫓の上から怯えきった声が飛ぶ。あんな報告の仕方ではどう対処しようとも判断がつかない。いたずらに恐怖を広げるだけだった。

 「隊長!どうしましょう!!あんなの、もう我らでは対処のしようがありません!!あれは剣も弓も大砲も、強力な魔法すらも効かない化け物だと聞いております!!何か、何か作戦を……っ!!」

 目の前には森の木と見紛うほどの魔導兵器。帝国が近年開発に力を入れているという裏情報のあった、古代の兵器を模したおもちゃ。そう、我々はあれを玩具だと笑って来たはずだった。

 私が直々に鍛え上げたはずの側近ですらこの慌てぶり。ただの玩具と侮ったゴーレムに、我々は確かに希望を絶たれつつあった。

 つい先日、王都に魔導兵器の残骸が持ち込まれた。ブルム地方の片隅で発見されたらしい。それは未知の素材で出来ており、即席の耐久試験であらゆる攻撃を耐えて見せた。それを我々騎士は目の当たりにした。

 「う、狼狽えんなよ!情けねえぞ、てめえら!!」

 真っ先に声を上げたのは、私の近くにいた若い男だった。

 「あんなの、あんなのただの玩具だろ!?あれくらい、どうってことねえ。びびってんじゃねえよ、騎士だろ!!騎士になったんだろ、俺……」

 その拳は震えていたが、その勇気ある言葉は確かに私を奮い立たせた。

 「そうだ。お前ら、新人に発破かけられるような腑抜けに育てた覚えはないぞ!我らは誇り高きメラン騎士!!必ずやあの玩具の森を屑鉄の山にしてやろうぞ!!」

 私は再び剣を天高く突き上げる。かたかたかた。私の剣は情けなくも震えていた。恐怖はある。この剣はあの実験体に難なく弾き返された剣だ。だが……。

 今、我々は王の期待を背負っている。女神様の加護を背負っている。恐れている場合では……。震えている場合では……。

 「「お、おーーーっ!!!!」」

 周りの騎士たちも精一杯の声を上げて、剣を天に向ける。

 「くそ……っ!!震えるな!震えるなよ、俺の剣!!震えるんじゃねえよ……」

 天を見上げる我らの顔を、女神様はどのようにご覧になっているだろうか。さぞ、情けなかろう。さぞ、格好悪かろう。それでも行こう!!我らはメランの騎士なのだから。

 ぴかっ!!!!

 そのときだった。我らの元に、女神様のもたらした希望の光が顕現した。太く、力強い光の柱が、我らメランの陣頭に降り注いだ。

 「あ、あれは……??」

 「加護だ!!女神様の加護だ!!あの絶望を前に、女神様が力を貸してくださったのだ!!」

 光の柱は横凪ぎに倒れ、ゴーレムたちを凪ぎ払った。強力な魔力のうねりを迸らせ、我らの視界を白く染め上げた。そしてその光が消えたとき……。

 「う……。あ、あれ?ゴーレムは?」

 目の前を埋め尽くしていた絶望の塊は、鉄屑も残さず跡形もなくなっていた。

 「き、奇跡だ!!」「奇跡が起こった!!」「女神様のお力だ!!」

 その驚愕の光景に、私たちは腕を振り上げ天を仰いだまま固まり、ただ思い思いに感嘆を漏らした。奇跡……まさに奇跡だ。我々では太刀打ち出来なかったはずのあれを、見事に一掃して見せた。

 「見たか、お前たち!!これが女神様の思し召しだ!!女神様は常に我らと共にある。我らの王と共にある!迷うな!!我らは必ず勝利する!!!!」

 「「「おおおおおっ!!!!」」」

 それはさながら勝鬨かちどき。地面を鳴らす歓声が、恐怖に凍りついていた我らの士気を解放し、これ以上ないほどの興奮を呼び覚ました。我らは本当に、このとき勝利を確信したのだ。

 敵軍はまだまだ健在だ。消えたのはどうやらゴーレムだけ。人は残っているようだ。恐らく彼らはゴーレムを操作、統率するために配置された兵士。その武器を取り上げられ、混乱のさなかにいた。

 「よし、進め!!当初の予定通り、我らは先陣を切って戦場を駆ける。誇り高きメランの騎士たちよ、女神の加護を受けし勇敢な者たちよ、駆け抜けよ!!」

 私の号令を受け、騎士隊が一斉に駆け出す。もうもうと砂煙を上げ、荒涼とした荒れ地を駆け抜けてあっという間に国境を越える。そう、この勢いこそメラン騎士なのだ。




 「……さて」

 私はというと、まだ自陣の中にいた。

 「隊長、俺たちはまだ行かないんですか?」

 「ああ。まず先に確認しなければならないことがある。お前は私に付いてこい」

 「はっ!!それで、どこへ?」

 とぼけた顔の新兵の問いには答えず、スケイルフィアを陣の左へと駆る。目指すのは光の柱が降りた場所。ゴーレムを凪ぎ払ったときの扇形の動きの中心もあの辺り。間違いはない。

 あの力は確かに女神様の加護。だがこの世界に顕現した力であるということは、この戦争に参加している誰かのスキルとして与えられた力ということ。

 スキルは女神様の思し召しを反映して与えられる。その力は過ぎることも足りぬこともない、その人に釣り合った物であるというのが女神教の教義である。

 すなわち、あの光の力を授かった者自身もまた、この国の行く末を担うだけの器であるに違いないのだ。

 「隊長、こちらは冒険者たちの戦場じゃねえのか?何だってこんな方に……」

 「お前、少しは頭を使ったらどうだ?学校では成績良かったのだろう?」

 この新兵、今はまだ騎士隊としての教育を始めたばかりで頼りないのだが、その才能は折り紙つきだった。

 「す、すみません。俺、どうせ万年2位なんで……」

 彼は今年の騎士学校を次席で卒業した金の卵、生まれも実力も申し分ない逸材だ。だが、舐めた口調の割りに自分に自信が持てず、ぱっとしないのは、首席ではなかったからだろうか。

 「こっちってあの女神様の光が降りたとこだよな。まさか、この辺りに本当に女神様が!!」

 「何を言っている。あれは女神様の加護でありながら、確実に誰かのスキルだろ」

 「……あっ!そうか。あれほどの加護を受けるお人……軍人ではなく冒険者なのが残念だが、しっかりお守りせねば、ということだな!!どんな人なんだろ。凄く強そうな冒険者なんだろな!!」

 期待に胸を膨らませる彼。

 「それはどうかな」

 私はふっと笑い冒険者の群れの向こうを見据える。そこには彼と同じくらいの歳の少年がいたのだった。
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