愛玩動物(ペット)な人生では終わりません! ~ネコによるネコのためのネコ生改善計画~

蟻と猿の糸つむぎ

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34皿目:物語の結末

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 目が覚めると、部屋の中は薄明るくなっていた。

 ボガードは腕の中のチビを確認し、出来るだけゆっくりと起き上がる。


 昨晩無理をさせてしまった体だ、今日は存分に眠っていて欲しい。
 そして出来れば……チビの機嫌が悪くないと良いな……と、ボガードは前回の事を思い出して笑った。



 夜までの風は落ち着き、家の中にはシンと冷えた空気が漂っている。

 ボガードは桶を持って玄関を出ると、裏手へと回って水路を辿り、止水板を開けて水を流し込んだ。
 ザァザァと流れる水の輝きに、以前チビが楽し気に走り回っていた記憶が呼び覚まされ、人知れず頬が緩む。


 ――キャァア、ニャウウ!


 舞う水しぶきと、チビの白い肌。
 太陽の光にキラキラと照らされ、弾けるように踊るチビの黒毛。
 これまで見たどんな動物より、人族より、可愛くて、尊くて、美しい生き物。



 ――また、やりすぎただろうか。



 ふと、そんな考えが頭をよぎる。

 ボガードの顔を叩こうとして、しかし寸前で思いとどまったチビの黒瞳が、ゆらゆら揺れていた事を思い出す。

 甘えた鳴き声、気持ち良さに震える体、キスを強請る小さな唇……全てがボガードを許し、受け入れてくれているようで……嬉しくて嬉しくて、言葉は分からないと知りながら、いいのか、本当にいいのかと繰り返してしまった。
 その度に繰り返される、甘やかな笑顔とキスに安心し、甘え、縋るように小さな体を貪った。

 痛そうに歪められた表情が、切なくて、可哀想で……それでも必死に耐えようとする姿が、愛おしくて、愛おしくて。

 小さな唇が紡ぐ優しさ。白く細い腕に篭められた愛情。
 温かく、強く自身を包み込む、ねっとりとしていながら真っ直ぐな欲望。

 チビが自分に向ける全ての感情に、愛情に、ずぶずぶと依存していく。



 庇護するものと、庇護されるもの……もし、その足枷が、無くなったら。




 ――もし、チビが言葉を話せたのなら。



 愛していると囁き、愛を乞うたボガードを、チビは……どうするだろう。



 ……ザァザァと音を立てて流れる水路に桶を浸し、ボガードはふと家の窓を覗いた。

 雲の合間から差し込む朝日だけが頼りの室内は、外よりも数段薄暗く、ボガードの位置からは見えづらい。

 ……しかしそこ、床よりも1段高い場所にあるベッドの上に、あるべき姿がない事に気が付き、ボガードはハッと身を起こした。


「またか」


 慌てて桶を引き戻し、玄関へと駆け出す。

 好奇心旺盛で子猫のような生き物は、何をしでかすか分からない。


 ーー風呂場か、釜戸か、流し台か……



 そう思い巡らしながら開けた扉の先……ボガードはすぐに、異変に気がついた。



 ――雑然とした室内。


 玄関を入って右手、昨日買ってきた物資を乱雑に詰め込んだ木箱や本棚のすぐそばに、こんもりとした大きな山が出来上がっている。


 ――チビの大きさではない。


 しかし、その大きな山には寝室にあった毛布が被せてあり……中心が、もぞもぞ、もぞもぞと動いている。



「…………」



 一歩、踏み出したボガードの足に、カサリと小さな紙が当たる。

 拾い上げてみると……それは昨日、チビが欲しい欲しいと必死にアピールして購入してやった、便所用の小さな粗紙だった。

 粗紙の上には、炭のような黒い汚れと、子どもの落書きのような文字。


「…………“うつくしいひと”」


 かろうじて読めたその文字は、拙くてぎこちなく、どこか見覚えのある筆致である。


 弾むように楽しげで、伸び伸びしていて、でも、とても下手くそで…………チビが書いていた“ネコ”と同じ、どこか可愛いらしい、チビらしい文字だった。


 それは、不自然な毛布の山のふもと……何枚も、何枚も、落ちている。
 ボガードは笑って、1枚1枚、拾い上げていった。


「……“ひめは、ほおをバラいろにそめました”」


 こんなに目の粗い紙に、よく書けたものだ。

 昨日、弟の絵本を見て目を輝かせていたチビの姿が目に浮かぶ。
 大喜びするチビを見て、あの我儘が盛りの弟までもが、大量の絵本をチビに差し出してきた。


「“やさしいおうじさま”」


 チビがボガードに可愛くおねだりをして欲しがった鉛筆は、木灰と粘土を練り合わせて作られたものだ。

 汚れやすく擦れやすいが、筆圧の弱い小さな子どもが書くのには向いていて、文字の練習をするのに丁度いい。

 まさに、チビが必要としているだろう物だった。



「………………“しんじつのあいで、まほうはとけました”」


 チビが楽しく暮らせるように、ケラケラと笑って過ごせるように。
 ボガードがチビに、買い与えた物だった。


「……“みごとだ!おまえと、けっこんしよう”」



 ボガードは、もぞもぞと動く大きな山の端……毛布の縁を掴み、そっと持ち上げる。



 ひょこりと覗いた、小さくて真ん丸な黒瞳。

 毛布を取り去れば…………大量に開かれた、絵本の山の上。

 チビが、大量の粗紙を抱えて座り込んでいた。


 どの絵本も、開いてあるのは終盤の……王子と姫が、手を取り合っているシーン。



 ――アルゥ……ナァァア!



 鉛筆のカスで真っ黒になったチビの、両手に握られた、小さな小さな粗紙。
 そっと受け取れば、形の良い歯列がニッと唇の間から覗く。


「“そうしてふたりは、いつまでもすえながく、しあわせに”…………?」


 一生懸命に書かれたであろう、長い文字が、途中で途切れ、擦れて潰れている。


 真っ黒な汚れがくっついたその紙は、筆記の圧力に耐え切れなかったのか……所々に穴が開き、皺々になっていた。



 ……ふと、チビが紙の裏側を目でなぞっていることに気が付く。


 ボガードが紙をひっくり返してみると……そこには、紙の隅から隅までを埋め尽くすように……たくさんの言葉が、書かれていた。



 ”いとしいひと”
 ”あいしてる”
 “すきです”
 ”いっしょういっしょに”
 “けっこんしてください” 
 “しあわせになりました”
 “だいすき”
 “たいせつなあなた”
 ……




「……“りょうしさん”、“ごしゅじんさま”…………はははッ」



 付け加えられた単語に、ボガードは思わず笑みをこぼした。



 ――ニャアア?ァルゥ、アルゥ?……ナァァアアゥ



 そうだ、この生き物は…………今まで自分を、何と呼んでいたのだろう。

 皺々の粗紙を握りしめたチビの手に、ボガードは優しくキスを贈る。



「俺もだ。俺も……愛してる。好きで、一生一緒にいたくて、結婚したくて、幸せで、大好きで、大切だ。……俺の、大切な大切な…………」


 ーー名前を…………


 ーー名前を、教えて欲しい。



 ーーもしお前と、言葉が交わせるなら。



 まずは、名前を呼んで、愛してると伝えよう。



 ーー皺だらけの紙に、目一杯の愛をもらったように……俺も、たくさんの愛を、伝えたいから。



 チビの手の平を開いて、くしゃくしゃになった紙を丁寧に伸ばす。
 いびつな文字で、一生懸命に書かれた言葉。


 それが、真実になるように。



 ーーそうしてふたりは、いつまでもすえながく、しあわせにくらしました。



 ーーめでたし、めでたし。


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感想 3

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みんなの感想(3件)

RAIRU
2025.04.24 RAIRU

完結おめでとうございます!!🎉

不知火とボガードが可愛いくって一気に読み進めてしまいました
最後の終わり方も綺麗で…!涙😭

この物語に出会えてとても嬉しいです(*´ω`*)
最高の物語をありがとうございました!!

2025.07.11 蟻と猿の糸つむぎ

気づくのが遅れ大変申し訳ありません;;

自分で読み返してみても拙いばかりの文章で恥ずかしい限りですが、
不知火とボガードの幸せを喜んでいただけたこと、とっても嬉しいです…!
お読みいただきありがとうございましたm(__)m

解除
赤坂
2025.04.13 赤坂

毎話更新を楽しみにしていました
とても面白かったです
あっという間に完結してしまいちょっと寂しいです…
番外編や続編があったら是非よろしくお願いします

2025.04.13 蟻と猿の糸つむぎ

お読みいただきありがとうございました!
番外編、アフターストーリー、また書きますので遊びにきてくださいね!

解除
mo
2025.04.12 mo

とても楽しく読ませていただきました
是非是非、番外編や日常のワチャワチャやラブラブを読みたいです(⁠≧⁠▽⁠≦⁠)

2025.04.12 蟻と猿の糸つむぎ

読んでいただきありがとうございました!
また書きますので、是非是非遊びにきてくださいねー!

解除

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