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四章 虚空を統べる者
65話
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総合窓口は、野戦病院の様な有様になっていた。
事務手続きをする奥の建物には住人が、そして冒険者達は建物の正面ロビーに集まっている。
襲ってきたゴーレムを対処できるようにという配置だが、すでに何人かの冒険者が神官や僧侶といったジョブの冒険者から治療を受けている。見れば建物にも多少の被害が出ていた。
俺達が出ていった後に、何度か襲撃を受けたのだろう。
上手く迎撃した様子だが、今では重装備の冒険者が見張りもかねて道を封鎖している。
帰ってきた俺達、というよりも俺は体を休める意味もかねて、ロビーの硬い床で横になっていた。
魔力の消費が激しく、これ以上の魔法の使用に支障が出るのは間違いない。
眠ることが一番効率的に魔力を回復できると書籍で読んだのだが、その効果はあまり期待できそうになかった。
「ファルクス。 イリスンから薬を貰ってきたが、飲めそうか?」
目を空ければ、緑色の液体の入った瓶が揺れていた。
その向こうでビャクヤが心配そうに俺を見下ろしていた。
そして額に冷たい物が触れていると思ったら、アリアの小さな手だった。
ここまで心配されるとは、どうやら俺は想像以上に酷い有様を晒しているらしい。
「あ、あぁ。 ありがたい。 もしもの時に魔法が使えなかったら、申し訳ないからな」
「そんな心配はいいから休んでなさい。 ここの安全は私が保証するわ」
「そうだぞ、ファルクス。 お主は十分に戦った。 後はパーシヴァル達に任せよう」
「そう言われても、安心はできないな。 ハイゼンノードが何をするか予想がつかない。 そもそもあのハイゼンノードが自治権を欲しがると思うか?」
襲撃がなぜこのタイミングだったかは理解できる。
銀の翼の構成員の多くを失ったために、切札を切らざるをえなかったということだろう。そこまで追い詰めたと言い換えてもいい。だがあのハイゼンノードが自治権を欲しさに切札を切るとは思えなかった。
そもそもあのゴーレムの軍勢を使って自治権を手に入れようとすること自体、話が破綻している。
自分の統治する街を破壊して回っている時点で、彼の主張がデタラメという事は容易に想像できる。
あくまで自治権というのは建前で、他に目的があるとしか考えられなかった。
「我輩はその男を見たことがないから、なんともいえんな。 どうなのだ? アリア」
「主観的な意見になるけれど、彼は熱心な研究者というだけで権力や利権とは無縁に見えたわ。 研究所や研究材料の方がハイゼンノードには魅力的に見えたでしょうね」
「ハイゼンノードがおこなっていた研究っていうのは、どういうものなんだ?」
俺は遠目に見ただけだが、相当な研究施設だったのを覚えている。
黄昏の使徒だったヴァンクラットと同等かそれ以上だ。
となれば相当に専門性の高い研究だったことが窺える。
そして案の定、アリアは思案顔で自分の記憶を確かめるように答えていく。
「主には物体への魔力転写、だったかしら。 ゴーレムみたいな物体に自分の魔力を転写させて、自在に操る技術よ。 私の能力も彼の教えを受けているから、わかりやすいでしょ。 最近だと、ある素材を熱心に研究していたみたいだけれど」
「その素材っていうのは?」
「それは私も詳しくは知らないわ。 でも彼が必死になってその素材をどこかから集めて、研究してたのを覚えてる。 なんでも革命的な素材で、自分の夢を実現するのに絶対に必要な物だ、とかなんとか」
◆
その音が鳴るのは、その日で実に二度目の事だった。
すでに慣れた冒険者達は弾かれたようにある方向へ視線を向けた。
寝るに寝付けない俺は窓の外を伺っていたが、代わりに眠ってしまったアリアは、音に驚いて飛び起きていた。
「中央塔の鐘の音だ」
「勝ったってこと?」
「そんな簡単な話ならいいんだけどな」
一足先に外へ出ていったビャクヤを追いかけると、外には冒険者の人だかりができていた。
総合窓口の前の広場で、冒険者達は一応に中央塔へ視線を向けている。
そして全員が、同じ感情を抱いていた事だろう。
「嘘だろ、まさか……負けた、のか」
誰かが呟いた言葉は、想像以上に大きく、冒険者の中を伝播した。
中央塔はいわばこの街の心臓部だ。行政を司る議会も入っており、街の根幹を作る場所と言ってもいい。
そしてそれが今や、紅蓮の炎に包まれつつあった。
鐘を鳴らしているのが誰なのかは不明だが、狂ったように打ち続けられる鐘の音だけが街中に響き渡る。
そして数分後、大通りの向こう側から冒険者の一団が現れた。
出ていった冒険者と比べて、戻ってきた数はごく少数だ。
残りの冒険者はどうなったのか、聞くまでもない。
先頭の冒険者が背負っていたパーシヴァルの容体を見れば、誰もが理解しただろう。
「誰か! 誰か治療を早くしてくれ! パーシヴァルが、ギルドマスターが死んじまう!」
パーシヴァルを背負った冒険者が叫ぶよりも先に、神官が駆け付けた。
回復魔法を受けながら、パーシヴァルは総合窓口の中へと搬送されていく。
元プラチナ級冒険者、パーシヴァル・エドウィン。その雄姿を知る者は、みな口々に彼を英雄と称えたという。
そんな彼は今や、手足を潰され腹部には風穴が空いていた。特に左足に至っては、千切れる寸前といったところだ。
もはや治療を受けても、元の生活を送れる見込みはないだろう。
そんな彼の惨状を見て、冒険者達は口を紡ぐ。
彼の容体が心配だという感情もある。しかし冒険者が考えるのは、その先。
元プラチナ級冒険者と熟練の冒険者達を壊滅に追い込んだ存在が、あの中央塔にいるという事だ。
「総員戦闘準備!」
「神官や僧侶はできるだけ安全な場所でパーシヴァルの治療を続けろ! 彼を絶対に死なせるな!」
「重装備の冒険者は防衛線の再構築を! 家を壊してでも、バリケードを構築するんだ!」
誰ともなく声が上がり、冒険者全員が即座に行動に移った。
大きな盾を持った冒険者達が道を塞ぎ、その後方では魔導士達が魔法を起動させる。
戦士達はいつでも前へ飛び出せるよう、家屋や防衛線の陰から様子を伺っている。
そして時を待たずして、ゴーレムの群れが大通りを進んできた。
その先頭には、見間違えるはずもない。
乱れた赤髪に曇ったメガネ、そして様々な薬品の付着した衣服。
異常な姿を見て、誰もがその男が元凶だと理解しただろう。
「あははははは! 逃がさないよ、パーシヴァル! 僕の、親友!」
メイヤード・ハイゼンノードは、高らかにそう宣言した。
事務手続きをする奥の建物には住人が、そして冒険者達は建物の正面ロビーに集まっている。
襲ってきたゴーレムを対処できるようにという配置だが、すでに何人かの冒険者が神官や僧侶といったジョブの冒険者から治療を受けている。見れば建物にも多少の被害が出ていた。
俺達が出ていった後に、何度か襲撃を受けたのだろう。
上手く迎撃した様子だが、今では重装備の冒険者が見張りもかねて道を封鎖している。
帰ってきた俺達、というよりも俺は体を休める意味もかねて、ロビーの硬い床で横になっていた。
魔力の消費が激しく、これ以上の魔法の使用に支障が出るのは間違いない。
眠ることが一番効率的に魔力を回復できると書籍で読んだのだが、その効果はあまり期待できそうになかった。
「ファルクス。 イリスンから薬を貰ってきたが、飲めそうか?」
目を空ければ、緑色の液体の入った瓶が揺れていた。
その向こうでビャクヤが心配そうに俺を見下ろしていた。
そして額に冷たい物が触れていると思ったら、アリアの小さな手だった。
ここまで心配されるとは、どうやら俺は想像以上に酷い有様を晒しているらしい。
「あ、あぁ。 ありがたい。 もしもの時に魔法が使えなかったら、申し訳ないからな」
「そんな心配はいいから休んでなさい。 ここの安全は私が保証するわ」
「そうだぞ、ファルクス。 お主は十分に戦った。 後はパーシヴァル達に任せよう」
「そう言われても、安心はできないな。 ハイゼンノードが何をするか予想がつかない。 そもそもあのハイゼンノードが自治権を欲しがると思うか?」
襲撃がなぜこのタイミングだったかは理解できる。
銀の翼の構成員の多くを失ったために、切札を切らざるをえなかったということだろう。そこまで追い詰めたと言い換えてもいい。だがあのハイゼンノードが自治権を欲しさに切札を切るとは思えなかった。
そもそもあのゴーレムの軍勢を使って自治権を手に入れようとすること自体、話が破綻している。
自分の統治する街を破壊して回っている時点で、彼の主張がデタラメという事は容易に想像できる。
あくまで自治権というのは建前で、他に目的があるとしか考えられなかった。
「我輩はその男を見たことがないから、なんともいえんな。 どうなのだ? アリア」
「主観的な意見になるけれど、彼は熱心な研究者というだけで権力や利権とは無縁に見えたわ。 研究所や研究材料の方がハイゼンノードには魅力的に見えたでしょうね」
「ハイゼンノードがおこなっていた研究っていうのは、どういうものなんだ?」
俺は遠目に見ただけだが、相当な研究施設だったのを覚えている。
黄昏の使徒だったヴァンクラットと同等かそれ以上だ。
となれば相当に専門性の高い研究だったことが窺える。
そして案の定、アリアは思案顔で自分の記憶を確かめるように答えていく。
「主には物体への魔力転写、だったかしら。 ゴーレムみたいな物体に自分の魔力を転写させて、自在に操る技術よ。 私の能力も彼の教えを受けているから、わかりやすいでしょ。 最近だと、ある素材を熱心に研究していたみたいだけれど」
「その素材っていうのは?」
「それは私も詳しくは知らないわ。 でも彼が必死になってその素材をどこかから集めて、研究してたのを覚えてる。 なんでも革命的な素材で、自分の夢を実現するのに絶対に必要な物だ、とかなんとか」
◆
その音が鳴るのは、その日で実に二度目の事だった。
すでに慣れた冒険者達は弾かれたようにある方向へ視線を向けた。
寝るに寝付けない俺は窓の外を伺っていたが、代わりに眠ってしまったアリアは、音に驚いて飛び起きていた。
「中央塔の鐘の音だ」
「勝ったってこと?」
「そんな簡単な話ならいいんだけどな」
一足先に外へ出ていったビャクヤを追いかけると、外には冒険者の人だかりができていた。
総合窓口の前の広場で、冒険者達は一応に中央塔へ視線を向けている。
そして全員が、同じ感情を抱いていた事だろう。
「嘘だろ、まさか……負けた、のか」
誰かが呟いた言葉は、想像以上に大きく、冒険者の中を伝播した。
中央塔はいわばこの街の心臓部だ。行政を司る議会も入っており、街の根幹を作る場所と言ってもいい。
そしてそれが今や、紅蓮の炎に包まれつつあった。
鐘を鳴らしているのが誰なのかは不明だが、狂ったように打ち続けられる鐘の音だけが街中に響き渡る。
そして数分後、大通りの向こう側から冒険者の一団が現れた。
出ていった冒険者と比べて、戻ってきた数はごく少数だ。
残りの冒険者はどうなったのか、聞くまでもない。
先頭の冒険者が背負っていたパーシヴァルの容体を見れば、誰もが理解しただろう。
「誰か! 誰か治療を早くしてくれ! パーシヴァルが、ギルドマスターが死んじまう!」
パーシヴァルを背負った冒険者が叫ぶよりも先に、神官が駆け付けた。
回復魔法を受けながら、パーシヴァルは総合窓口の中へと搬送されていく。
元プラチナ級冒険者、パーシヴァル・エドウィン。その雄姿を知る者は、みな口々に彼を英雄と称えたという。
そんな彼は今や、手足を潰され腹部には風穴が空いていた。特に左足に至っては、千切れる寸前といったところだ。
もはや治療を受けても、元の生活を送れる見込みはないだろう。
そんな彼の惨状を見て、冒険者達は口を紡ぐ。
彼の容体が心配だという感情もある。しかし冒険者が考えるのは、その先。
元プラチナ級冒険者と熟練の冒険者達を壊滅に追い込んだ存在が、あの中央塔にいるという事だ。
「総員戦闘準備!」
「神官や僧侶はできるだけ安全な場所でパーシヴァルの治療を続けろ! 彼を絶対に死なせるな!」
「重装備の冒険者は防衛線の再構築を! 家を壊してでも、バリケードを構築するんだ!」
誰ともなく声が上がり、冒険者全員が即座に行動に移った。
大きな盾を持った冒険者達が道を塞ぎ、その後方では魔導士達が魔法を起動させる。
戦士達はいつでも前へ飛び出せるよう、家屋や防衛線の陰から様子を伺っている。
そして時を待たずして、ゴーレムの群れが大通りを進んできた。
その先頭には、見間違えるはずもない。
乱れた赤髪に曇ったメガネ、そして様々な薬品の付着した衣服。
異常な姿を見て、誰もがその男が元凶だと理解しただろう。
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