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四章 虚空を統べる者
72話 剣聖視点
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彼女は、一目見ただけで聖女と分からせるだけの『格』を有していた。
エルグランドの紋章が入った大剣を背負い、純白の荘厳な意匠が施された鎧に身を包み、鋼色の長髪をなびかせる彼女を、人々は『鋼の聖女』と呼ぶらしい。
その慄然とした立ち振る舞いと整い過ぎた天使の如き容姿に、自然と視線が捕らえられてしまう。
ティエレが人々から崇められる存在であれば、彼女は人々を導く先駆者であり先導者だろうか。
信仰心や善行で崇められるのではなく、その戦果と勇猛さで無意識の内に救世主として人々に認められる。
戦場の聖女ミリクシリア。
それがエルグランドを守る、聖女の名前だった。
ティエレは彼女の前に歩み出て、小さく頭を下げた。
最初に頭を下げることで、自分が下だと言外に伝えているのだ。
目を細めたミリクシリアは、私達全員に視線を向けて、初めて口を開いた。
「近衛から貴方達の素性と目的は聞いています。 わざわざ前線基地までようこそ。 それで、私に話とは?」
「聖女ミリクシリア。 私達は王国の為、魔族との戦いに終止符を打つべく参りました。 どうか戦列に加えていただくことはできないでしょうか」
「聖女ティエレ。 それは無理な相談です。 聖戦には正義が必要となる。 しかし貴方達は自分達の名声のために戦いを利用している。 違いますか?」
お見通し、か。思わずため息を付きそうになり、それをどうにか飲み込む。
どうやらミリクシリアは私達が魔族と戦いたい理由に関して、深い部分まで事情を察している様子だった。
さすがは聖女様である。黙り込む私達だったが、その中でも吼える人物がいた。ナイトハルトである。
「ごちゃごちゃうるせえんだよ! 魔族の連中にどれだけ人間が殺されたと思ってんだ!? 殺さなきゃ俺達が殺されるんだぜ!? お前はどっちの味方なんだ! 人間か、魔族か!」
「言葉は悪いが、勇者の言う通りだ。 綺麗ごとでは人類は救われない。 高貴な理由で戦う貴女から見れば、僕達は俗物的な理由で戦っているように見えるだろう。 しかしそれが結果的に人類全体の為になる。 それも聡明な貴女なら理解してもらえると思う」
ナイトハルトに続いて訴えかけるエレノス。
ただその説得も、ミリクシリアには届いているようには見えない。
彼女は藍色の視線を真っすぐと私達に向け続けていた。
「エルグランドは元々、広大な農耕地帯を持つ豊かな都市でした。 運河と山脈からもたらされる恵みの水により作物は実り、この季節ならば収穫の時期だったはずです。 それを奪ったのは他でもない魔族。 農村の殆どが魔族によって滅ぼされ、エルグランドに住む住人以外に生き残ったのはごく少数でした」
ならば、という疑念を断ち切ったのは他でもないミリクシリア本人だった。
「ですが我々は魔族を恨んではいません。 恨みは醜い争いを生み出すだけ。 故に、この戦いはエルグラントの無辜なる民を守るための戦い。 決して魔族を滅ぼすための、報復による戦いではない」
断固たる意志を伴って、聖女は断言した。
説得とは、相手に選択する余地がある場合にだけ有効だ。
だがこの聖女にそう言った隙が存在するとは思えない。
彼女は誰よりも深く物事を考えて、そして自分の中で全てに答えを導きだしている。
今さら私達が懇願した所で、意見を変えるとは思えなかった。
「私からしてみれば、貴族や王族の上流階級の命令によって他種族を滅ぼす者が勇者と名乗るなど、到底理解しがたいことです。 しかしそこの剣士、貴女だけは違う」
「わたし?」
急な指名に驚きつつも、視線を向ける。
もちろん彼女に私が戦う理由など話していない。
しかし彼女は、優し気に微笑みながら、頷いて見せた。
「貴女は誰かに命令されたでもなく、自分の意思で戦いを続けている。 それも、とても純粋な理由で。 違いますか?」
これが聖女ミリクシリアの力か。
それとも人の素性を見抜くスキルや魔法でも持っているのか。
ただ彼女の言葉へ素直にうなずく事はできなかった。
「純粋、と言えるのかな。 ファルクスの……私の幼馴染の後を追いかけているだけですよ。 ただ人々を守りたいという、そんな夢を」
純粋、というのであればあの冒険者や、それを目指そうと真っ先に言い出したファルクスの事だろう。
私はファルクスの見つけた道の後を追いかけているだけに過ぎない。
ただミリクシリアは私の言葉を聞いて、藍色の瞳を戦場の向こう側。険しい山脈が連なる方角へと向けた。
「そこの剣士に免じて、一つだけ助言を授けましょう。 ここより東の山間に小さな集落が存在します。 我々の戒律を破った者達が隠れ住む里です。 その里であれば貴方達を快く受け入れる事でしょう。 戦いの場所は、そこから自分達で見つける事です」
それはミリクシリアの慈悲なのかもしれなかった。
戦場を探す私達と、戒律を破った人々達への。
見ればエレノスはさっそく地図を確認している。
どうやらすぐにでも出発する気らしい。
「ありがとう、聖女ミリクシリア。 助かります」
「礼には及びません。 当然のことをしたまでです」
それは聖女としての言葉なのか。
それともミリクシリアという人物の言葉なのか。
どちらにしても、彼女は選ばれるべくして選ばれた聖女なのだと感じさせた。
「それでも、ありがとう。 貴女、良い人ね」
聖女なのだから当たり前か。
そんな事を考えながら、感謝の言葉を口に出す。
すると意外なことに、聖女ミリクシリアは小さく微笑んだ。
それは先ほどまでの物とは違い、ごく自然な物だった。
「ふふ、そう言われたのは、何年ぶりでしょうか」
そう呟いた彼女が、酷く印象的だった。
エルグランドの紋章が入った大剣を背負い、純白の荘厳な意匠が施された鎧に身を包み、鋼色の長髪をなびかせる彼女を、人々は『鋼の聖女』と呼ぶらしい。
その慄然とした立ち振る舞いと整い過ぎた天使の如き容姿に、自然と視線が捕らえられてしまう。
ティエレが人々から崇められる存在であれば、彼女は人々を導く先駆者であり先導者だろうか。
信仰心や善行で崇められるのではなく、その戦果と勇猛さで無意識の内に救世主として人々に認められる。
戦場の聖女ミリクシリア。
それがエルグランドを守る、聖女の名前だった。
ティエレは彼女の前に歩み出て、小さく頭を下げた。
最初に頭を下げることで、自分が下だと言外に伝えているのだ。
目を細めたミリクシリアは、私達全員に視線を向けて、初めて口を開いた。
「近衛から貴方達の素性と目的は聞いています。 わざわざ前線基地までようこそ。 それで、私に話とは?」
「聖女ミリクシリア。 私達は王国の為、魔族との戦いに終止符を打つべく参りました。 どうか戦列に加えていただくことはできないでしょうか」
「聖女ティエレ。 それは無理な相談です。 聖戦には正義が必要となる。 しかし貴方達は自分達の名声のために戦いを利用している。 違いますか?」
お見通し、か。思わずため息を付きそうになり、それをどうにか飲み込む。
どうやらミリクシリアは私達が魔族と戦いたい理由に関して、深い部分まで事情を察している様子だった。
さすがは聖女様である。黙り込む私達だったが、その中でも吼える人物がいた。ナイトハルトである。
「ごちゃごちゃうるせえんだよ! 魔族の連中にどれだけ人間が殺されたと思ってんだ!? 殺さなきゃ俺達が殺されるんだぜ!? お前はどっちの味方なんだ! 人間か、魔族か!」
「言葉は悪いが、勇者の言う通りだ。 綺麗ごとでは人類は救われない。 高貴な理由で戦う貴女から見れば、僕達は俗物的な理由で戦っているように見えるだろう。 しかしそれが結果的に人類全体の為になる。 それも聡明な貴女なら理解してもらえると思う」
ナイトハルトに続いて訴えかけるエレノス。
ただその説得も、ミリクシリアには届いているようには見えない。
彼女は藍色の視線を真っすぐと私達に向け続けていた。
「エルグランドは元々、広大な農耕地帯を持つ豊かな都市でした。 運河と山脈からもたらされる恵みの水により作物は実り、この季節ならば収穫の時期だったはずです。 それを奪ったのは他でもない魔族。 農村の殆どが魔族によって滅ぼされ、エルグランドに住む住人以外に生き残ったのはごく少数でした」
ならば、という疑念を断ち切ったのは他でもないミリクシリア本人だった。
「ですが我々は魔族を恨んではいません。 恨みは醜い争いを生み出すだけ。 故に、この戦いはエルグラントの無辜なる民を守るための戦い。 決して魔族を滅ぼすための、報復による戦いではない」
断固たる意志を伴って、聖女は断言した。
説得とは、相手に選択する余地がある場合にだけ有効だ。
だがこの聖女にそう言った隙が存在するとは思えない。
彼女は誰よりも深く物事を考えて、そして自分の中で全てに答えを導きだしている。
今さら私達が懇願した所で、意見を変えるとは思えなかった。
「私からしてみれば、貴族や王族の上流階級の命令によって他種族を滅ぼす者が勇者と名乗るなど、到底理解しがたいことです。 しかしそこの剣士、貴女だけは違う」
「わたし?」
急な指名に驚きつつも、視線を向ける。
もちろん彼女に私が戦う理由など話していない。
しかし彼女は、優し気に微笑みながら、頷いて見せた。
「貴女は誰かに命令されたでもなく、自分の意思で戦いを続けている。 それも、とても純粋な理由で。 違いますか?」
これが聖女ミリクシリアの力か。
それとも人の素性を見抜くスキルや魔法でも持っているのか。
ただ彼女の言葉へ素直にうなずく事はできなかった。
「純粋、と言えるのかな。 ファルクスの……私の幼馴染の後を追いかけているだけですよ。 ただ人々を守りたいという、そんな夢を」
純粋、というのであればあの冒険者や、それを目指そうと真っ先に言い出したファルクスの事だろう。
私はファルクスの見つけた道の後を追いかけているだけに過ぎない。
ただミリクシリアは私の言葉を聞いて、藍色の瞳を戦場の向こう側。険しい山脈が連なる方角へと向けた。
「そこの剣士に免じて、一つだけ助言を授けましょう。 ここより東の山間に小さな集落が存在します。 我々の戒律を破った者達が隠れ住む里です。 その里であれば貴方達を快く受け入れる事でしょう。 戦いの場所は、そこから自分達で見つける事です」
それはミリクシリアの慈悲なのかもしれなかった。
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「ありがとう、聖女ミリクシリア。 助かります」
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それは聖女としての言葉なのか。
それともミリクシリアという人物の言葉なのか。
どちらにしても、彼女は選ばれるべくして選ばれた聖女なのだと感じさせた。
「それでも、ありがとう。 貴女、良い人ね」
聖女なのだから当たり前か。
そんな事を考えながら、感謝の言葉を口に出す。
すると意外なことに、聖女ミリクシリアは小さく微笑んだ。
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