傘を差すのが下手だから。

Kaito

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#3 今も

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#3 今も

「今日だよね、この前言ってたやつ」

「うん...」

深結は不安で朝からずっと元気がなかった。

「やっぱり病院の前まで一緒に行こうか?」

「大丈夫」

病院の前でお母さんと待ち合わせしている。二人でいる姿を見られたくないわけじゃない。これは挑戦なのだ

私は大丈夫。心の中で自分に言い聞かせて落ち着かせた。大丈夫。大丈夫。

病院までの道中ずっとその言葉を反芻する。頭の中でとどめていたつもりだったが気がつくと声に出ていたようで一人で恥ずかしくなった

「頑張るんだ、私」

今度はわざと少しだけ声に出して言った。


「お母さん、おまたせ」

少し早めに来ていたお母さんと合流してから病院に入る

「深結ちゃんこんにちは!お母様もお忙しい中お越し頂きありがとうございます」

お母さんに対しては敬語で話しているが、私には友達みたいに接してくれることが嬉しかった

「それではこちらにお越し下さい」

先生が案内されていつもの診察室に入る。

「深結ちゃん、今日はいつもと少し違うけどいつも通りにして良いからね」

先生はそう言ってくれた。

「はい!」

私はそう答えた。


「最近の深結ちゃんは本当に元気で毎日楽しそうにしています」

「良かった...本当にいつもありがとうございます」

お母さんは深く頭を下げる。

深結はずっと笑っていた。時々二人の話に入ったりして

面談がもうすぐ終わりそうな時

「深結ちゃんから言いたいこととかある?」

急に話を振られて動揺した

「私からですか....」

「ゆっくりで良いよ」

先生の言葉を聞いて一度深く深呼吸をする

「あっ!お母さん、私バイト始めるんだ!」

そういえばまだ伝えていなかった。深結は昔から一人でなんでもやってしまうタイプだったので特に気にしていなかったが、流石に何も言わないのはまずいだろうと思っていた。

「バイト...?」

突然のことに困惑している。無理もない。

「そっか、頑張ってね!」

お母さんは応援してくれた。

「他に言いたいことはある?」

「ないです」

深結がそう答えると先生は再びお母さんの方に視線を戻して

「それでは面談は以上になります。本日はお忙しい中お越し下さりありがとうございます。」

深くお辞儀をすると

「こちらこそ、これからも宜しくお願いします。」

お母さんも深くお辞儀をした。

「深結ちゃんまたね!」

二人が顔を上げた後先生は深結に向かって微笑んで小さく手を振った。

深結も笑って手を振りかえした。


帰り道。お母さんと二人きり。

「頑張ってるんだね」

沈黙を切り裂くようなお母さんの言葉に

「私も前に進まなきゃって」

深結は足を止めた

「深結?」

振り向くお母さん

深結は駆け寄ってお母さんに抱きついた

「こんな私で心配かけて、面談の事を伝えた時も酷いこと言って...」

今度は正面から伝えた

「私なんかでごめんね」

面談のことを伝えた後、独り机に突っ伏して考えたことだった

"私なんか"

それは私の全てを否定する言葉。でも、それで良かった。

毎日頑張って笑うのが辛かった。みんなから嫌われて一人になりたい。そうすれば笑わなくていいから。

独りで考えれば考えるほど気持ちは沈んでいった。大切な物がどうでも良くなった。

「そんなこと言わないで」

お母さんの言葉は震えていた

まただ、また言ってしまった。また悲しませてしまった。笑わなくちゃ

「って思ってたのが、最近は毎日が楽しいんだ!」

満面の笑顔で見つめた

「そっか、なら良かった」

お母さんも笑ってくれた。


深結の心は限界だった-------------。


震える瞳を抑えながら家まで歩いた。

家に入るとすぐに自分の部屋に入って鍵を閉めた

その場に跪いて嗚咽した。

視界に手首の傷が入る。怖い。あの日を思い出す。

暗くて、冷たくて、寒い。不意に記憶が鮮明になって吐きそうになる。両手で口を塞いだ。

丸くなるように蹲って額が床に当たる。

いっぱい泣いた。我慢してたものを全て吐き出すように泣いて泣いて泣いた。

一通り泣いたら、机の引き出しから置き鏡を取り出して机に置いて笑顔をつくった。

「これでまた笑える」

鏡には可愛く笑う深結の顔が映っていた。


「お母さん、お腹すいた」

深結は感情のコントロールが苦手だ。だからあんな酷い態度をとってしまう。

自分に期待なんてしていない。だからこそ、良い娘でいられる時は良い娘でいる。

お母さんと一緒にごはんを食べるのは一週間ぶりだった

「おいしい」

「良かった」

お母さんは笑った。嬉しかった。


ごはんを食べ終えてお風呂に入って、歯磨きをして布団に入る

毎日布団に潜ってから独りで今日の反省会をする。

「明日も頑張らなきゃ」

そう意気込んでから目を瞑る。


目覚めたら

「憂鬱だなぁ」

その一言から始まる。

制服に着替えて。クローゼットの横にある体全体が映る鏡の前に立って身嗜みを整えてから、にこっと笑った

「今日も大丈夫」

自分に言い聞かせるように呟いてから部屋を出る

「おはよう!お母さん!」

朝ごはんを食べてから顔を洗って歯磨きをして家を出るのが日課だ。

玄関のドアを開ければ

「おはよう!深結!」

紗奈が微笑んで待っていてくれる

「おはよう」

深結も微笑んだ。

幸せだ。紗奈とこうしている時は安心していられる。

「私に隠してることあるでしょ」

「えっ....?」

足を止めてしまった。

「やっぱり」

紗奈が体を180度回転させて深結の方を向く

「じゃあちょっとだけ話してみよっかな」

「なんでも聞いてあげるから」

二人はこの前並んでブランコに乗った公園に来た。平日の朝で人は誰もいなかった。

「親が別居したって言ったじゃない」

この前みたいにブランコに乗って深結は口を開いた

紗奈も深結の隣のブランコに乗って話を聞いてくれた

「なんか...辛くて」

抽象的な言葉に紗奈は戸惑うだろうと思った。

「きっと..すごく苦しかったよね..ごめんね、気付けなくて」

胸が締め付けられた

「ごめんなさい」

深結の無機質な言葉に紗奈は驚いている

「全部私のせいだよね、親が別居したのもお母さんを傷つけたのも、紗奈に....」

「やめてっ!」

ブランコから勢いよく立ち上がって両手で口を塞がれた

「それ以上..言ったら、また苦しくなっちゃうでしょ」

下を向いた紗奈の顔から一滴の涙が地面に落ちた。
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