傘を差すのが下手だから。

Kaito

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#7 また

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#7 また

「ただいま」

「おかえり」

病院での話は先生から電話で伝えてもらったからお母さんも知っているはずだ。それでもいつも通りに話してくれて安心した。

「深結」

そそくさと自分の部屋に行こうとした深結を呼び止めた。振り向いてお母さんの方を見ると

「頑張ったね!」

咄嗟に顔を背けた。直視できなかった。

「ごめ...違うか、ありがとう。お母さん」

勇気を出して視線を合わせて、はっきりとそう言った。


自分の部屋に戻ってベッドに倒れるように横たわる

「好きってなんなんだろ」

枕に顔を埋めた。

怖い。

「えっ?」

思わず声が出た。

今なんて思った?怖い?どうして?

ああ、やっぱりだ。所詮私はこんな人間なんだ?

誰かに頼る。笑わせるな。今更何を...全部無駄って最初から解ってたじゃないか

「また笑わないとな」

そう呟くと深結はベッドから起き上がって毎朝のルーティンと同じように立ち鏡の前に立ってニコッと笑った。


翌日の放課後。

「深結!服買いに行くよ!」

「う、、うん!」


行き慣れないショッピングモールを並んで歩く。

落ち着いた感じの清楚な服からキラキラした服までなんでも揃っていた。

「これ似合いそう!」

紗奈はその言葉を連呼してはいろんな服を紗奈に着せた。

「もー、私は着せ替え人形じゃないんだからね」

「私が最高に可愛いコーディネートにしてあげるから!」

他愛ない会話に自然と口角が上がった。


「やっぱり..流石にこれは派手過ぎない?」

試着室のパーテーション越しに深結は言う

「大丈夫!大丈夫!男の子はそれぐらいが好きなの!」

本当かそれ?なんて思いながらも、こうしている時間は最高に楽しい。

最終的に深結が普段着ている服よりも露出多めな服を一式揃えて買うことになった。


「深結~、お腹すかない?」

「すいた」

「何食べる?!」

紗奈は目を輝かせて案内板を眺めている

「んー、こことかどう?」

深結が指を指す

「はんばーぐぅ!」

紗奈は少し大きく喜びの声をあげた。

「じゃあ行こっか」

「うんっ!」


「おいしいね」

「おいしい」

人気店なのか入る前に20分ほど店の前にあった椅子に座って待った。でもそれでも来て良かったと思えるほどにおいしかった。

「今日はありがとね」

深結の言葉に紗奈は手を止めて言った

「今日は..楽しかった?」

どことなく涙目のように見えた。

「楽しかったよ、すっごく」

紗奈の顔が一気に明るくなった

「一つ....頼って良いかな?」

もう嘘はつかないと決めたから。心の中で自分に言い聞かせてから放った言葉は思いのほかハッキリとしていた。

「もちろん!なんでも言って」

二人は公園のベンチに移動して一息つくと深結から話し始める

「怖くてさ、好きなのが。」

紗奈は深結の言ったことに少し動揺していた。深結は続けた

「私が成瀬君を好きでいたら、いつか私を知られてしまう」

この前見せてしまった自傷の痕。あの時に時計を落としてしまって夏だというのに長袖のカーディガンを着て隠していた。袖を少し捲って見つめる

「これを見せてから、一回も話せてないんだ。嫌われちゃったんだよ。でもね、それで良いんだ、こんな私嫌われて当然なんだから」

「嘘つき」

長いようで一瞬で過ぎた沈黙を切り裂くように放たれた言葉に深結は顔をあげた

「嘘つき」

また言った。言われた。紗奈も私を嫌ったんだ。

「そうだよね、私なんか」

「嘘つき」

遮られた

「何が言いたいの?」

冷たかった。まるで大きな怒りを感じている時のようだった

「本当は嫌われたくなんかないでしょ」

紗奈は深結の手を握ってさらに言う

「その傷痕は確かに辛いかもしれない、でもそれに囚われ続ける必要なんてない」

そんなことわかってる。喉まで出かかっていた言葉を深結は呑み込んだ。

「私だって...そうしたいよ」
「でも、こんな私のことを知ったら成瀬君はきっと私のことを嫌いになる」

「ならない」

紗奈はそう断言した。深結は何も言えなかった。

「じゃあ確かめてみない?」

「話すってこと...?」

「そう、もちろん無理にとは言わないけど」

紗奈はじっと深結の顔を見つめた。

「好きだってことは絶対に伝えたほうが良い」

それを言い終えるとすぐにいつもの笑顔に戻った。


伝える。伝える。伝えたほうが良い。その言葉がずっと頭の中を反芻していた。

ぼーっとしていると

「もう暗いしそろそろ帰ろっか」

紗奈に続いて立ち上がった時だった

かちゃ。スカートのポケットから落ちた物がベンチに当たって音を立てた

「深結...それって........」

悲しそうな紗奈の声が朦朧とした頭を劈いて意識が鮮明になる

「大丈夫!..大丈夫だから..!」

そう言って拾うと手を伸ばした

「やめてっ!」

紗奈に強く腕を掴まれた。

「離して、私は大丈夫だから」

「また..そうやって言うの.............」

紗奈は悲しそうな声をしていた。

「...ごめんなさい」

深結は耐えきれず走り出そうとした

「深結?..」

あの時と同じだ。見られてしまう。

「ごめんなさい」

そう言って今度こそと走り出した。...と思った。

「大丈夫か?!」

制止され、踠いていると。体が優しく包まれた。成瀬君が深結を抱きしめた

「何があった?良かったら話してくれないかな?」

深結は涙を堪えるのが精一杯だった

成瀬君は背中をさすって落ち着かせてくれた

「ごめんなさい、ごめんなさい.......」

その言葉を口にするたびに自分が否定された感覚に陥る。

上手く呼吸ができない、溢れた嗚咽で息が詰まった。

「話してみてくれないかな?」

成瀬は焦らずに深結と向き合った。

「ごめんなさい」

冷たく言い放つと同時に思いっきり成瀬君を突き飛ばした。いくら女の子の力といえど不意にやられたら足元がふらつく、成瀬君は数歩後ろに退いてすぐにバランスと取り戻した。

深結は一瞬の隙を突いて走り出してその場から逃げ出した。

走って走って自宅に入るやいなやお母さんの"おかえり"の声も無視して雑に靴を脱ぎ捨てて自分の部屋に入って鍵をかけて閉じこもった。

心配したお母さんが部屋の前まで来てくれたが無視した

ベッドの上に体育座りをして膝に顔を埋めて啜り泣いた

スマホが鳴っている、きっと紗奈か成瀬君からだろう。無視だ。無視すれば良いんだ。



どれくらいの間こうしていたのかも分からない。

「お腹空いた..」

こんな時でもお腹は空くんだなと心の中で悪態をついた

部屋を出てキッチンに向かった。

冷蔵庫を開けると

"お腹空いたら食べてね"

そう書かれた正方形の付箋と一緒にラップに包まれたおかずがいくつかあった、それと温めた味噌汁とごはんをよそってリビングの机に並べた。

「いただきます」

手を合わせてから食べ始める

「おいしいな.....」

ぐしゅん、と鼻をすすった。泣いていた。
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