誰も知らない勇者の話

麻美

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誰もが知る勇者の話

誰も知らない一行の話・2

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「酷い言い方ね、詐欺師だなんて。」

 鍵を閉めたはずの窓から身長の低い女性が入ってくる。ハロルドと同じように被ったフードからは金の髪がもれていた。

「私は勇者サマを救うために魔力を失った魔道士。詐欺師はアナタじゃない、ハロルド」

「リアム程じゃないさ。座れ、話をするぞ」


 もし今ノスの住人が、いや、国民の誰かがこの酒場の扉を開けば叫び声をあげただろう。

 勇者を見つけた国王の腹心の部下。勇者の一番の友、ハロルド。
 国を憂う旅の魔道士。勇者を救うべく自分の魔道士生命を絶ったアリーチェ。
 最後まで故郷を襲う魔物と一人戦い続けた弓士。勇者を思い、今も助ける道を探し続けるリアム。

 国の救世主が勇者を除き全員揃っているのだ。

 彼らは大切な友人を思い、救う方法を各々で探し、時々集まり情報を交換するために人目を偲んで集まっている――のではない。

 彼らが集まり、よく話すのは彼らの保身のためである。

「ハロルドの方は相変わらず?」

「ああ、飽きもせず俺の場所を聞きつけて馬鹿な国民がお礼を言いに来るよ。どうか直接勇者様にお礼を言わせてくださいってな。」

 アリーチェは席に着くと荷物を開けていく。中にはたくさんの宝石、小さな酒のボトルが数本、小さな小瓶が一つ。

「ま、それがアナタの仕事だから頑張ってね。唯一所在の割れてる勇者サマの友人さん」

「貴族出身は大変ですねぇ。大きな役目につかねばいけないし、気軽に国外ソトにも出れない。貴族同士の付き合いもあるでしょうし。僕達平民には分からない世界です。」

 アリーチェの荷物から酒をとり、水で割っていくリアム。台詞とは裏腹に、楽しそうな顔をしている。
そこに酒場の優男はもういない。

「お前らが平民を名乗るのは反則だろう。特にリアム、この王族サマが。アリーチェが平民を名乗ったら平民に失礼だしな、犯罪者め。」

「もう昔の話ですよ。父上は勇者サマに倒されちゃいましたしね・・・・・・・・・・・・・・・・

「そーよ。同業者は全部潰したもの」

 水割りを飲みながら話はすすむ。そこには国民たちの知る勇者一行の姿はない。
そこにいる彼らは、詐欺師の集団でしかないのだ。


 騙す相手は――一国全て。


 腹心の部下? 外ヅラだけだ。

 魔道士生命を絶った? 元々魔力など持ち合わせていない。

 故郷を一人守り続けた? むしろ侵略する側だった。


 もし今ノスの住人、いや、国民の誰かがこの酒場の扉をあけたら真実を知って叫び声をあげただろう。


 誰もが知る勇者様?



「馬鹿な国民たちだ。勇者サマなんて存在しないのにな」

「そうですね。」

「全くだわ。」
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