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「わっ、わっ、進藤君大丈夫!? お腹でも痛いのかな!?」

 目の前で急に慌て始めた安心院さんを見て、俺は自分が涙を流している事に気が付いた。

「だ、大丈夫! ごめん、なんでもないんだ!」

 俺は慌てて誤魔化しながら自分の腕で涙を拭い始める。

 いくらなんでもこれはやってしまった。
 安心院さんたちからすれば急に泣き出されてわけがわからないだろうし、クラスメイトたちの視線も集めてしまっている。
 これでは周りから変な奴と言われても文句が言えない。

 だけど、涙は拭っても拭っても溢れてきてしまう。
 安心院さんの笑顔が頭から離れてくれず、胸に色々と込み上げてきてしまって涙が止まってくれないのだ。

「――はい、これで涙を拭きなさいよ」

 何度も何度も腕で涙を拭っている俺に対してソッとハンカチが差し出された。
 差し出してきたのは、安心院さんと一緒に登校していた女の子――白雪しらゆきすずさんだ。

 男嫌いで有名というか、安心院さんに近寄ろうとする男に対して冷たい視線を向けていつも追い払う子なのだが、そんな子が優しくしてくれるほど今の俺はやばいらしい。

 俺は視線をハンカチから白雪さんの顔に移す。
 すると、安心院さんが自殺をしたと知って泣き崩れた時の彼女の姿がフラッシュバックした。
 白雪さんは安心院さんの葬式が終わった次の日から学校にこなくなり、二年生が終わる頃には退学をしてしまった。

 あの時彼女がどれだけ苦しんでいたのか――あまり関わった事のない俺にはわからない。
 しかしこんなふうに優しくハンカチを差し出されると、やはり根は優しい子だったんだと思う。
 そんな子があんなふうに泣き崩れて――。

「――ご、ごめん、大丈夫だから!」

 色々な事を思い出してしまうせいで涙が止まらないと思った俺は、ハンカチを受け取らずに教室を飛び出した。
 涙が止まるまで何処かでやり過ごすしかないだろう。
 後ろでは安心院さんたちが何か言っていたが、今の俺には気にする余裕なんてないのだった。

 ――涙が止まり、ショートホームルームが始まる時間に少しばかり余裕を持って教室に戻ると、既に着席をしていたクラスメイトたちの視線が俺へと集まる。
 そしてところかしこでチラチラと俺を見ながらひそひそ話を行っていた。
 完全に俺はクラスで浮いてしまっているようだ。

『――いったいお主は何をしておるのじゃ』

 自分のしくじりに後悔していると、何処からともなく昨晩と同じ声が聞こえた気がした。
 だけど、周りを見てみても声の主の姿は見えない。
 俺の気のせい……なのだろうか?

「進藤君、大丈夫……?」

 俺がキョロキョロと周りを見回していたからか、それとも先程の一件があるからか、安心院さんが俺に近寄りながら声を掛けてきた。
 周りが遠巻きで見ている中声を掛けてくれるところはやっぱり安心院さんだ。
 彼女は昔から本当に優しくて素敵だと思う。

 俺はゆっくりと安心院さんの顔を見てみる。

 今度は先程のように涙が溢れてくる事はなかった。
 ちゃんと気持ちを作ってきたおかげだろう。
 これからはもう彼女の顔を見るだけで泣く事はなさそうだ。

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