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「あっ……は、はい……すみません……信じてないです……」

 ここで嘘をついたら本当に殺されると思った俺は、正直に彼女の言葉を肯定する。
 これはこれで彼女の事を疑っている事になるのだからまずいのではないかと思ったが、嘘をつくよりは断然いいと勘が告げていた。
 俺はまるで裁判の断罪を待つかのように少女の言葉を待つ。

 すると――少女は、なぜか優しい笑みを浮かべた。

「脅かしてすまぬな。安心せい、正直者に裁きは下さぬ。話を進めるためには少々理解してもらわねばならなかったからのぉ」

 どうしてだろうか?
 年下の女の子にもかかわらず、まるで年上のお姉さんに包まれるような温かさがあった。

「元々こんな話をいきなり信じろというのが無理な話なのじゃ。だからお主は気にする必要などない」
「あっ、はい……」
「だが、信じてもらわねば妾も困る。だから今しがた力を示した。さて、本題に戻ろう進藤彰。お主には、戻りたい過去はあるか?」

「そ、それは……」

 ――ある。
 本当に戻れるというのなら、何がなんでも戻りたい過去が俺にはあるのだ。

「それを言って……君はどうすると言うんだ?」
「妾がその過去に戻してやろう」
「本気で言ってるのか……?」
「うむ、本気じゃ」

 普通に考えればありえない事だ。
 少女が嘘を言ってるようには見えないが、それも中二病で自分に特別な力があると信じきっているだけの可能性もある。
 こんな話を信じるのは馬鹿な奴くらいだ。

 だけど……少女の纏う雰囲気はなんだか異様だ。
 そう――それこそ、人間ではない別の生きものに見える。

「君はいったい何者なんだ……? それにどうして俺の名前を知っていたんだ?」
「おっと、そういえばまだ自己紹介をしておらなかったの。妾は天津あまつ鈴心すずごころのみことという天照あまてらす大御神おおみかみからめいを授かり、高天原たかまがはらから下界に来た神じゃ。だからお主の名も知っておった」

 彼女が名乗った瞬間、彼女のを照らす月の光が強くなった気がした。
 まるで月が神の降臨を祝っているかのように見える。

「神、様……? えっ、いや、ありえないだろ……」
「ふむ、信じられぬのも無理はない。じゃがな、妾はお主の願いを知っておるぞ。お主は安心院心優を救いに過去に戻りたい、違うか?」

 俺は安心院さんの事を誰かに話した事はない。
 高校時代の友人には俺が安心院さんに抱いていた想いを知る者もいたが、安心院さんの一件があって以降彼女を救いたかったなどと口にした記憶もない。
 だから四、五歳くらい年下であろう目の前の少女が知っているはずがないのだ。

 知っているという事は……本当に神様なのか……?

「どうして神様が急に俺なんかの前に現れたんだ?」

 俺は半信半疑の状態で彼女に話を合わせてみる。
 彼女の言ってる事を全て鵜呑みできるほど俺は純粋ではない。
 もう少し言葉を交わしてから判断するべきだろう。

「それはお主が知る必要はない事じゃ。今重要なのは、お主が過去に戻る気があるかどうじゃ。さぁ、早く答えるがよい。進藤彰よ、お主は過去に戻りたいか?」
「……戻りたいです。過去に戻って……安心院さんを救いたいです……」

 少女の雰囲気に押された俺は、自分の質問が流された事など気にせず正直に答えた。
 それに対して少女は嬉しそうに笑みを浮かべる。

「契約成立じゃの。さて、一つお主には伝えておかなければならない事がある」
「えっ、なんで今頃……? 凄く嫌な気がする……」
「まぁ過去に戻って歴史を変えるという大それた事をしようとしておるのじゃ。それ相応のリスクは背負ってもらわなければならぬ」
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