冥界の愛

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忘却は、罪です。忘れたと言われたらどうすればいいんですか?

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 ハデスの所にミノスが行くと先にヘカテーが跪いて首を垂れていた。

 ヘカテーはコレーが部屋に閉じこもっているのは、きっと自分の所為だとハデスに言いに来ていた。
あまりにミノスやカロンがコレーに心を寄せているのを感じて、この地を離れた後の心配をしていた。その為コレーに、きつく当たってしまったとハデスに謝罪していた。
 ハデスはヘカテーの所為ではないと言った。しかし、このままでは地上の死者が増えると考え、界渡りの花の後遺症である記憶障害の対応を考える為にミノスを呼んだと言う事だった。

 ミノスはハデスに向かって話し始める。


 今の状況では決して進展しないだろう事。心を閉じて殻に入ったまま記憶だけ蘇る事は無理だと。
全てを持ったまま、何も傷つけずに事をなそうとしても決して成功しない事は皆がわかっている。

 今の現状は
この冥界の事を思い出す事が無いように
一つ、彼女の名前を呼ばない。
一つ、ハデス様は彼女と会わない。
一つ、冥界での思い出を作らない様に冥界の住人と関わらせない。
 これらは彼女が地上に帰った後の事を考えてだ。
 そして彼女の心の負担を考えて記憶が戻ってから忘却の術を行う事。

 「 こんな雁字搦めの状況で、心だけ解放しろと言われても無理なはずだ。そりゃ部屋に閉じこもりもするだろう。
 何かを諦めなければ。」

そう言ってミノスはヘカテーに頭を下げた。

 「 本来なら、ヘカテー様にこんな風に間近に話す事も私には恐れ多い事です。
なのに、私の心配をしてくださりまたカロン様の事を思って、お客人に距離を取るように言ってくださったんですね。
ヘカテー様の寛容さと優しさにとても感謝致します。有り難く思っております。
 けれど、やはり地上のこの様子では急いだ方がいい事と、何より俺自身が彼女と話してみたいと思っております。カロン様も同様の意見でしょう。
 見ている分に不快にお思いになるやもしれません。優しいヘカテー様が傷つくかもしれませんが、私達は彼女と関わってみたいと思っております。

 確かに、忘却は罪です。
再会して忘却故に傷ついた事もあります。忘れられて声をかけようにも、何もなくて不審な顔どころか『お前も怪物を殺しにきたのか?』と殺されかけたり。やり直しを覚悟の上に転生したのに忘却によりまた同じ罪を繰り返す様を何度も見てきました。

 しかしヘカテー様、忘却は結局は忘れているだけなのですよね?
 その記憶や体験など事実がその者の中から無くなってしまう訳では無いでしょう。

 それは私自身の大きな楔です。私の罪は無くなりはしなかった。今でもここで何度でも反芻して懺悔しなければならない罪でした。
 それと同じ、いや、それ以上に楽しみの体験も 例えどちらかが忘れ去ってしまっても、楽しかった事実が消し去る事はない。犯してしまった罪が無くなりはしないのと同じ様に、それはもしかして彼女に取っても楔となる体験、出会いになるかもしれません。忘れるからと出会いをなかった事にはならない。

 最後に悲しい思い出になったとしても出逢った頃の楽しさ優しさ愛が真実であれば無くなったりはしないでしょう。
 どうせ最後は死んでしまって忘れてしまうからと一生懸命に生きなかった命がここに来てどれだけ後悔するかは、私はこの仕事をしてて毎日見せつけられてます。
 ですからヘカテー様、どうかコレー様と関わる事をお許し下さい。カロン様も同じ気持ちです。ケイロン殿だけズルいとわしの方が老い先は短いのにと拗ねてましたから。」

そう微笑んでヘカテーに赦しを乞うた。

ヘカテーは思わず熱くなる目頭をハデスに目線を移して耐えた。


「 全ては冥界の王の思う様に。我々はただハデス様の手足に過ぎない。

 ただ、その手が傷つくのを覚悟で手を差し伸べたいと言われたら私にはもう何も主に申し上げる事はないのだ。
 ハデス様、私が勝手な事をお客人に伝えてしまい申し訳なかったです。私こそがこの咎は必ず受けます」
 そう言ってヘカテーはハデスに向かって頭を下げた。


 ハデスは静かに、皆に告げる。


 「 彼女との面談を早めに行う。
皆もすまないが他の仕事と併用で動いて欲しい。
 そして、それでも記憶が戻らないならばそのまま地上に帰ってもらう。もうあまり時間が無いだろう。もちろん忘却の術は行って戻ってもらう。それによって障害が残ったり、地上で思い出してしまい色々と冥界の理をお喋りする様ならば、その時は私が責任とる。彼女に罰を受けさせよう。」




 そう言うハデスの決断の声は、まるで自身を呪っているかの様に苦しげに聞こえた。
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