冥界の愛

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彼女の話

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 次にミノスの元にやって来たのは年老いた女性だった。


最初のうちは、「幸せな感謝感謝の人生でした」と語り始めた。
 「小さな頃から何度も戦を生き残り、結婚して立派な旦那様に子供や孫まで持つ事が出来て何よりも恵まれた人生でした。わたくしは、もうここに来て何も思い残す事はございません。」


 まぁ皆が皆こんな風に話し始める訳では無い様で、隣のアイアコスの前にいる死者は先程からずっと黙んまりを決めている。

 少し気になったが、前の御老台が見ているうちに段々と怖い般若の顔になってきたので、こちらに引き込まれた。


 それは 長いこと連れ添ったご夫婦の愛憎の話でした。


 まぁいわゆる浮気をする夫に苦しんだ話で、彼女が話す旦那様なる夫は長い間愛人がいた。随分と苦しみ憎んだり悔しい思いをした。
 その憎しみ怒りが溢れて大声で信じられない程の悪態をつくと、ハッと我にかえり思い出したかの様に仮面を被り、初めのセリフに戻る。「幸せな感謝感謝の人生でした。」そしてその後は「本当に人様に誇れる様な旦那様でした。私は、小さな頃から何度も戦を生き残り、結婚して立派な旦那様に子供や孫まで持つ事が出来て何よりも恵まれた人生でした。」と宣う。そしてまたしばらくすると、夫への不満が爆発する。

 その繰り返しのループを何度も見ていると、彼女の顔が二つに分かれて見えてくる。   
 一つは仮面の様な笑顔が貼りついて表情が全く動かない顔と、もう一つは目が吊り上がり口元は裂け頭部に角ができはじめている怒りと悲しみの怖い顔だ。

 どちらの顔も彼女なんだろう。しかしどちらも素顔には見えない。
 ずっと続くその繰り返しを聞いて、横のミノスさんが「まるで壊れたレコードだな」って呟いている。
レコーダーって意味がわからないけど私も彼女の心は壊れていると感じた。




 彼女の初めに語った幸せな人生、感謝の人生。

 あぁきっとそれこそが彼女の理想だったんだ。自分の人生で夫に浮気をされるというのは受け入れ難い事実だったのだろう。
 受け入れ難い事実は無かった事にする、しかし実際に胸の中に巣食う憎しみや怒りが、生前の罪が明らかになるこの場にきて噴出してしまう。
 その無理矢理に閉じ込めた矛先がどこに向かっていたのか。

 彼女は自分が求めている愛情を自覚しているのか?愛を求めているが故の怒りや憎しみだとわかっているのか?
 無かった事にはならない事実や、押さえることのできない気持ちを持ったまま最後まで時を人生を終わらせてしまった事を後悔していないのか?


 人達の中にも身分制度があるようだ。人の王には側室、妾?愛人?など結婚の契約した者以外で持つ者もいてる。それは公に認められているそうだ。
 王でなくても、ある程度の身分と金銭の余裕のある者であれば、存外に認められている事もあるらしい。彼女の心の中の情報なので不確かだが。


 彼女の夫は長く治水に関しての大きな仕事をしていた。ある程度の地位や力や金銭力もあり、地元ではその地域にも大きな人脈もあった。
 だから彼女はその地域の中でも身分のある者の妻の役割を課せられた。
 そんな中での愛人がいてる事を皆にも知られている。どれほどの屈辱を味わった事だろう。
 しかもその愛人はお金の援助を受けていたわけではなく、いわゆるそういう体を売る様な事を生業にしている者では無かった。普通にごく近所の人妻であった。当然子ども達同士も知り合いだった。
 彼女は子ども達にはバレていない様には思っていた様だが、人の口は残酷で特に力や金のある者の、子どもは妬みを受けやすい。まずバレていただろう。
 だが、その事を子どもに当たらないのは立派だった。しかし父上様を尊敬するように理想をいくら言い聞かせても子どもは別の生き物だ。また息子と娘では感じ方も違うだろう。また、家長を継ぐ者として教育された息子の考える事も、一番幼くまだ母親が大好きな弟も感じ方も違う。良心のどちらの立場により比重を置いて考えるのか。もしかしたら、子ども達が味方になってくれてたら、壊れる手前で本音をぶちまけて関係改善か又はスッキリ結婚契約を無効にする勇気が持てたのかもしれない。
 それを子どもに背負わせる事が酷かもしれない。
 子ども達の生活や今後の人生を考えて行動した母なのかも知れない。


 しかし、何も気がついていない様に、何事もない様に振る舞う人形の様な母の姿はそれぞれの子ども達に影を落とした。






 
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