上 下
105 / 114
第九章 皇太子

第百話 決戦、死の山(五)

しおりを挟む
 転移水晶球によってラインハルト達は、死の山ディアトロフ内部の別の場所に転移させられる。

 ラインハルトは周囲を見回す。

「・・・ここは?」

 小隊の他のメンバー達も周囲を見回す。

 ナナイが口を開く。

円形闘技場コロシアム闘技会場アリーナみたいね」

 魔法の青白い光に照らされる闘技会場アリーナのような周囲を見回して警戒するユニコーン小隊に対して、壇上から声が掛けられる。

死の山ディアトロフ円形闘技場コロシアムへようこそ! 皇太子殿下!!」

 革命政府の幹部であるヴォギノ主席、軍事委員のコンパク、秘密警察長官のグレインが壇上からユニコーン小隊を見下ろす。

 闘技会場アリーナからユニコーン小隊の面々が革命政府の幹部達を睨み上げる。

 ラインハルトが革命政府の幹部達に告げる。

「投降しろ。公正な裁判を受けさせてやる!」

 ヴォギノが答える。

「ふはははは! 皇太子殿下からの折角の申し出だが、断る!! 帝国の『国家反逆罪』は『死刑のみ』が刑事罰だからな!」

 ジカイラが革命政府の幹部たちに悪態を突く。

闘技会場アリーナに降りて来いよ、ガマガエル一味! オレが相手してやる!!」

 ヴォギノが乾いた笑い声を上げる。

「元気がいいな!」

 ジカイラが更に悪態を突く。

「何なら、三対一でもいいぜ?」

 ヴォギノが答える。

「良いことを教えてやる! 過去のバレンシュテット皇帝は、ここで戦時捕虜や死刑囚に殺し合いをさせて見物していた。だからこの山は『死の山ディアトロフ』と呼ばれているのだ! 残念だが、我々は忙しい! お前達の相手は用意しておいた!!」

 ジカイラが驚く。

「何だと!?」

 ハリッシュが呆れたように呟く。

「・・・本当に悪知恵だけは回る人達ですね」

 程なく、エリシスとリリー達の帝国不死兵団が、次いでナナシと帝国魔界兵団が闘技会場アリーナに転移してくる。

 エリシスやリリー、ナナシ達も周囲を警戒する。

 ヴォギノが続ける。

「おおっと。皇太子の他に帝国軍も現れたか。我々はこれで失礼するよ、皇太子殿下。

 そう告げると、乾いた笑い声を上げながら、ヴォギノ達は壇上から出口へ逃げて行った。

 鉄鎖が巻き上げられる音と共に、闘技会場アリーナに繋がる通路の鉄格子が引き上げられる。

「お約束の怪物の登場かよ!?」

 ジカイラの軽口を合図にユニコーン小隊は、鉄格子が引き上げられた通路に向けて警戒態勢を取る。 








 それは通路の奥の暗がりから、鉄鎖を引き摺る音を立てながら、ゆっくりと小隊に向かって歩いて来た。

 それは暗がりから姿を現す。

 動死体ゾンビ

 ジカイラが構えていた海賊剣カトラスを肩に担ぎ、軽口を叩く。

「・・・なんだ。動死体ゾンビか。脅かすなよ。」

 動死体ゾンビは、通路から一番近いナナイを目指して、鉄鎖を引き摺りながらゆっくりと歩み寄る。

 ナナイは動死体ゾンビに向けて剣を構えた。

 しかし、ナナイは何かに気付いたようにハッとする。

 みるみるナナイの顔から血の気が引いていく。

 ナナイの動死体ゾンビに向けて構える剣先は震え、ナナイは後退りする。

 ジカイラが怪訝な顔をする。

「鬼副長、どうした? 動死体ゾンビなんて楽勝だろ??」

 ナナイは引きつった顔でラインハルトの方を向き、救いを求めるように答える。

「・・・駄目。・・・私、・・・できない」

「・・・ナナイ?」

 ラインハルトがナナイを心配する。

 震えるナナイの目に涙が浮かぶ。

「この動死体ゾンビは、・・・この人は、・・・皇妃様!! ・・・貴方のお母さんよ!!」

 ナナイが悲痛な叫びを上げる。

 ハリッシュが中指で眼鏡を押し上げる仕草をした後、呟く。

「確かに。色褪せては居ますが、肖像画の皇妃殿下と同じ衣装です」

 ティナも悲痛な声を上げる。

「そんな・・・あれがお兄ちゃんのお母さんなんて・・・」

 ナナシが傍らのエリシスに呟く。

「賊め! 皇太子を母の骸に襲わせるのか!!」

 動こうとするナナシをエリシスが制する。

「心配ないわ。手出しは無用よ」






 皇妃の動死体ゾンビは両腕を伸ばしてナナイに襲い掛かる。

 ラインハルトは、ナナイと皇妃の動死体ゾンビの間に割って入った。

 そして、素早くサーベルを抜くと、水平に払い、皇妃の動死体ゾンビの胴体を一刀両断する。
 
 ラインハルトは、サーベルを鞘にしまうと、無言で皇妃の動死体ゾンビを見詰めていた。
 
 体が上半身だけになっても、皇妃の動死体ゾンビはラインハルトを襲おうと床を這いずっていた。

 ラインハルトがナナイに告げる。

「ナナイ。母上を天に帰してやってくれ」

 ラインハルトの言葉を聞いたナナイの目から大粒の涙がこぼれ、頬を伝う。

 床を這いずる皇妃の動死体ゾンビを見詰めるラインハルトが続ける。

「・・・頼む」

 ナナイは覚悟を決め、祈りを始める。

 巨大な法印がラインハルトと皇妃の動死体ゾンビの周囲の床に現れる。

Laudatusラウダートス・ sis,シス、 miミ・ Domine,ドミーネ propterプロープタ・ illos,イロス、 quiクゥイ・ dimittuntディミトゥント・ propterプロープタ・ Tuumトゥーム・ amoremアモーレム,」
(私の主よ、あなたの愛のゆえに赦し合う者)

Beatiベア・ illi,イーリィ、 qui eaクイ・イア・ sustiシスティnebuntネブント・ in pace,イン・パーチェ、
(安らぎのうちに耐える人は幸いです)

quia a Te,クイ・ア・テ、 altissime,アルテシメ、buntur.ブゥントゥル
(その人々が、至高のあなたから栄冠を賜りますように)

quamクゥア・ nullusヌルルス・ homoオーモ・ vivensヴィーヴェンス・ potestポーテスト・ evadere.エヴァードレ
(この世に生を受けたものは、これから逃れることはできません)

上位解呪ハイネス・ディスペル!!」

 ナナイの祈りによって、法印から立ち上る光の中で、皇妃の動死体ゾンビは消滅していく。

 ラインハルトは、光の中に消えていく皇妃の骸をただ見詰めていた。



 
 奇跡が起こる。

 法印から立ち上る光の中に透き通る皇妃の亡霊が現れる。

 皇妃の亡霊は宙に浮かび、自分を見上げるラインハルトの頬を両手で撫でると、微笑み掛ける。

 ラインハルトは、僅かにしか無い母の記憶を胸に、されるがままに無言で皇妃の亡霊を見上げていた。

 そして、皇妃の亡霊はラインハルトの頭を撫で、自分の胸に抱き抱えようとする。

 しかし、亡霊に実体は無く、常世の物に触れることは出来ないため、ラインハルトの体をすり抜けてしまう。

 やがて皇妃の亡霊はナナイの方を見る。

 皇妃の亡霊は、ナナイに何かを語り掛けていたが、言葉を発することが出来ない。

 ナナイは皇妃の亡霊の唇の動きから言葉を読み取った。

(この子を、お願いね)

 皇妃の亡霊は確かにそう言っていた。

 ナナイは皇妃の亡霊に答える。

「判りました」

 ナナイの答えを聞いた皇妃の亡霊は、ナナイに微笑み掛けると、目を閉じ、満たされた表情で法印の光の中、ゆっくりと消え去り、天に帰っていった。

 法印の光の中、消え去る皇妃の亡霊を見詰めていたラインハルトが口を開く。

「ナナイ。ありがとう」

 ラインハルトの言葉を聞いたナナイの目から再び大粒の涙がこぼれ、頬を伝う。

 ナナイは新たに決意する。

(あいつら、絶対に許さない!!)

しおりを挟む

処理中です...