アスカニア大陸戦記 英雄の息子たち

StarFox

文字の大きさ
55 / 63
第四章 トラキア連邦

第五十三話 トラキア連邦

しおりを挟む
 バレンシュテット帝国帝都ハーヴェルベルクから遥か東。

 帝国領東端国境となっているトラキア山脈の東側に位置するトラキア連邦は、数多くの騎馬民族の小国が集まって連邦を構成してできた国家である。

 トラキア連邦に所属するそれぞれの小国は、連邦議会に王族や貴族の代議員を送り、連邦議会の議長が元首を務めていた。

 国土の多くを原野が占め、原生林が点在しているだけで、主な産業は農業と牧畜であった。

 バレンシュテット帝国建国以前の遠い昔、貧しいトラキアの騎馬民族たちは食糧と豊さを求め、峻険なトラキア山脈で唯一、人が通行可能であるトゥエルブ渓谷を通り抜け、穀倉地帯であるバレンシュテットへ攻め込み、食糧や金品を奪うことがあった。

 しかし、初代皇帝であるバレンシュテット大帝がバレンシュテット帝国を建国。トラキア山脈で唯一の通行路であったトゥエルブ渓谷に難攻不落の要塞都市トゥエルブブルクを建設してからは、トラキアの騎馬民族たちがトラキア山脈を越えることはできなくなったのであった。

 そして中世の文明と技術しか持たないこのトラキア連邦は、今、まさに滅亡の危機に瀕していた。





--トラキア連邦 連邦議会 会議場

 トラキア連邦の首都ツァンダレイにある連邦議会では、臨時総会が開催されていた。

『我がバレンシュテット帝国は、トラキア連邦領内に本拠地がある鼠人スケーブンたちにより被害を受けている。よって、帝国はこれを排除するため、越境して武力を行使する。トラキア連邦は、帝国に協力するか否か、72時間以内に回答せよ』

 バレンシュテット帝国皇帝ラインハルトの名前で書かれたその通達は、トラキア連邦にとって『死刑宣告』を意味していた。

 帝国からの通達に対して『トラキア連邦として、どの様に対処するのか』を決めるために急遽、開催された臨時総会は、帝国と協力しようという『協力派』、帝国に徹底抗戦しようという『主戦派』、帝国に降伏して従属しようという『降伏派』の三派に別れて紛糾を極めた。



 会議場の議員達は、それぞれ持論を展開する。

「帝国からの通達は、まさに神の助けだ! 帝国と力を合わせて鼠人スケーブンを倒すべきだ!」

「何を馬鹿なことを! 先人達は帝国に対抗するために集ってトラキア連邦を作ったのだ! 帝国による主権の侵害である越境、武力行使には断固として撤退抗戦するべきだ!」

鼠人スケーブンは、作物や家畜だけでなく人間まで食べてしまう。鼠人スケーブンと奴らが撒き散らす疫病だけでも手に余っているのに、常備軍五万の連邦が百万の軍を動員する帝国に勝てるものか! 人民のため潔く帝国に降伏して従属しよう!」

「降伏など論外だ! 大体、あの鼠人スケーブンはどこから来たのだ? 大陸の鼠人スケーブンは絶滅したはずだ! なぜ、突然、我が連邦領に湧いてきたのだ?」





 鼠人スケーブンは、本拠地を構えたトラキア連邦領内で暴れ回った挙げ句、疫病を撒き散らしていた。

黒死病ペスト』である。

 バレンシュテット帝国で黒死病ペストが蔓延しなかったのは、文明化によって上下水道が整備されていたからであった。

 しかし、中世の文明しか持たず、上下水道設備の無いトラキア連邦では、黒死病ペストは猛威を奮い、多くの人命が失われていた。




 鼠人スケーブンの侵略、黒死病ペストの蔓延、バレンシュテット帝国による越境武力行使。

 トラキア連邦は、まさに内憂外患、滅亡寸前であった。



 臨時総会は、通達を受けた早朝から開催していたが、夕刻になっても混乱して収拾がつかないほど紛糾し続ける。

 トラキア連邦議長であるフェリシア・アーゴットは、一時休会を宣言する。

「皆さん、時間です! 本日の臨時総会はここまで! また明日に同じ時間から始めましょう!」

 一時休会になった議場から議員達が退出していく。

 フェリシアは、疲れきった顔で連邦議会の会議場を後にし、側近と共に議長府に向かう。





--トラキア連邦 議長府

 連邦政府は連邦議長を元首とし、トラキア連邦に属する小国の王たちが外務委員、軍事委員、内務委員など各種の委員を務める委員会制を執っており、議長府の会議室に連邦政府の首脳が集まる。

 その会議室に、連邦政府の人間ではない者が一人だけいた。



 褐色の肌に尖った耳。意匠を凝らしたミスリルの鎧を身に付け、レイピアを腰から下げている。

 ダークエルフの魔法騎士、シグマ・アイゼナハトであった。



 フェリシアは、シグマを睨みながら詰め寄り、激しく詰問する。

「シグマ! どういう事ですか!?   貴方は父に『霊樹の森が帝国を牽制する』と言いました! 約束しました! しかし、その霊樹の森から現れたのは鼠人スケーブンです! そして、帝国は我が連邦への武力行使に踏み切りました! ……おかげで我が連邦は滅亡寸前です!  どう説明するつもりですか! 私は、連邦諸侯や民になんと申し開きをしたら良いのですか!」

 シグマは、嫌味を交えて答える。

「その剣幕では、美しい御顔が台無しですよ?」



 フェリシアは、黒目黒髪で目元にほくろのある美人であった。

 先代の連邦議長を務めた父王が鼠人スケーブンとの戦いで戦死したため、娘であったフェリシアが父王から王位と議長職を引き継いだものの、その統治は困難を極めていた。

 先代の父王は、強大なバレンシュテット帝国を恐れるあまり、仲介した奴隷商人の甘言に乗って他の連邦諸侯に内密でダークエルフと取引し、トラキア連邦領内に『霊樹の森』の移設を認めた。

 それが全ての国難の元凶であった。

 霊樹の森を住処すみかとする鼠人スケーブンたちは、食糧を求めて森から周囲に溢れ出し、トラキア連邦領内をところかまわず食べ尽くして暴れ回っていた。



 露骨にシグマに小馬鹿にされたフェリシアは、更に強く叫ぶ。

「誤魔化さずに答えなさい! あと二日で帝国は宣戦布告してくるのです!」

 呆れたようにシグマが答える。

「皇帝からの通達を良く読め。『帝国は鼠人スケーブンによって被害を受けた』と。確かにそう書いてあるだろう? 霊樹の森の鼠人スケーブンは、帝国に被害を与え、牽制していた。そういう事だ」

 フェリシアは、シグマの言葉に絶句する。

 シグマは歪んだ笑みを浮かべながら続ける。

「単に鼠人スケーブンの住む霊樹の森が、帝国にも、お前たちにも害のある『諸刃の剣』だっただけだ。ハハハハ」

 高笑いしながらシグマは立ち去ろうとする。

「待ちなさい!」

 シグマは振り向くと、自分を咎めるフェリシアを侮蔑した目線で見下す。

「ほう? 鼠人スケーブン黒死病ペスト、バレンシュテット帝国。……トラキア連邦は、この上、我らダークエルフとも戦いたいのか?」

「くっ……」

 シグマからの侮辱に、何も言い返す事が出来ないフェリシアは、拳を握り締めながらシグマを睨み付ける。

 シグマはフェリシアに背を向けると、あざ笑う。

「お前たち、人間が愚かなだけだ。ハハハハ」

 そう言うと、シグマは高笑いしながら議長府から去って行った。


 
 シグマたちダークエルフは、魔神たちによって『下僕のまとめ役』として生み出された自分たちを『支配民族マスター・レース』と位置付け、他の種族を侮蔑して見下しており、弱い種族を奴隷として使役していた。

 ダークエルフは、創世記の時代から高い魔力と優れた身体能力を持ち、高度な魔法文明を築いている強力な種族であるが、反面、繁殖力に乏しく、人口が少ないために世界を支配することができずにいた。

 彼らは、人口を増やして世界中のいたるところに生活圏を拡大していく人間や亜人たちを苦々しく思っており、人間や亜人たちの国家や社会を破壊するべく、様々な謀略を巡らせ、破壊工作をおこなっていた。

しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

『専属メイド全員が重すぎる愛で迫ってくる!~大学生の僕、11人?の美女に24時間甘やかされ尽くす生活~』

まさき
青春
僕は、ちょっと普通じゃない日常を送ることになった――それは、専属メイドが全員僕のことを溺愛してくれる暮らしだ。 朝は髪を整えてくれるリナ、朝食で笑顔を見せてくれるミユ、どの瞬間も全力で僕を甘やかす。掃除、料理、悩み相談まで、僕のためだけに動くメイドたち。 「ご主人様の笑顔が見たいんです」 その一言で、僕の毎日はちょっとドキドキ、ちょっと幸せ。 全員が僕を独占したいと競い合う日常の中、僕はどうやってこの溺愛地獄(?)を生き抜けばいいのか――!? 甘々、至れり尽くせりの日常ラブコメ、開幕。 ​「作品への感想代わりの『いいね❤️』や『エール📣』、心よりお待ちしております。」 ​「【応援のお願い】『いいね❤️』や『エール📣』をいただけると、作者のモチベーションが爆上がりします!」 ​「最後までお読みいただきありがとうございます。温かい『いいね❤️』が更新の支えです。」

貞操逆転世界に転生したのに…男女比一対一って…

美鈴
ファンタジー
俺は隼 豊和(はやぶさ とよかず)。年齢は15歳。今年から高校生になるんだけど、何を隠そう俺には前世の記憶があるんだ。前世の記憶があるということは亡くなって生まれ変わったという事なんだろうけど、生まれ変わった世界はなんと貞操逆転世界だった。これはモテると喜んだのも束の間…その世界の男女比の差は全く無く、男性が優遇される世界ではなかった…寧ろ…。とにかく他にも色々とおかしい、そんな世界で俺にどうしろと!?また誰とも付き合えないのかっ!?そんなお話です…。 ※カクヨム様にも投稿しております。内容は異なります。 ※イラストはAI生成です

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

触手エイリアンの交配実験〜研究者、被験体になる〜

桜井ベアトリクス
恋愛
異星で触手エイリアンを研究する科学者アヴァ。 唯一観察できていなかったのは、彼らの交配儀式。 上司の制止を振り切り、禁断の儀式を覗き見たアヴァは―― 交わる触手に、抑えきれない欲望を覚える。 「私も……私も交配したい」 太く長い触手が、体の奥深くまで侵入してくる。 研究者が、快楽の実験体になる夜。

処理中です...