女領主とその女中~Vacances!~

あべかわきなこ

文字の大きさ
10 / 35

領主と女中と雨の夜(後編)

しおりを挟む
「!」

 ベッドの上でそんなことを言われて顔を真っ赤にしたマリアは、反射的にロアに頭突きをお見舞いしていた。

「ブフッ!?」

 マリアの石頭が顎にジャストミートし、ロアはそのまま派手に後ろに倒れた。

「大丈夫ですか!?」

 だ、だいじょうぶだよ、とロアは上体を起こす。

「マリアってば恥ずかしがると頭突きするクセあるよね」

 そこも可愛いんだけどね、と心の中でロアは付け加える。
 一方のマリアはというと、耳まで真っ赤になるほど頬を紅潮させていた。ここに穴があれば入っていそうなほどだ。

「……すみません。慣れなくて」

 この部屋で、このベッドの上で、唇を重ねたことだってある。
 だというのに、冗談めかして言われた言葉にすら過剰に反応してしまう未熟な自身がマリアはとても恥ずかしかった。
 マリアはそれを明確な言葉にはしなかったが、当事者であるロアにはそれが理解できてしまう。

(――可愛い)

 日常的に、今夜も幾度となくロアの脳内に浮かんだ言葉が、過去最大規模の破壊力をもってロアの思考を停止させた。
 同時に、軽々しくあんなことを言った自身の軽率さをひどく恥じた。

 冗談めかして本音を隠すのは自分の悪い癖だと、ロアは今になって自覚する。

 きっと最初から。
 今夜彼女をこの部屋に誘ったその時から。
 ロアは彼女に触れたくて仕方がなかったのだ。

 それを無意識に自覚させるマリアには、本当に叶わない。
 ロアは心底そう思った。

「……降参、です」

 俯き気味のロアの小さな呟きに、マリアは首を傾げる。心なしか、ロアの顔が赤くなっていることにマリアは気づいた。

「どうかしました? 顔が……」
「もう寝ようね! 良い子はもう寝る時間だからね!」

 ロアはベッドの足もと側に追いやっていた掛け布団を拾い上げる。それをガバリと自身とマリアに覆いかぶせ、もろともベッドに倒れこんだ。
 頭まですっぽりと掛け布団に覆われたマリアは思わず抗議する。

「わかりましたからいきなりお布団かぶせないでくださ」

 マリアが言い切る前に、ロアはマリアの頭を抱き寄せて、その額にキスをした。
 マリアの頭に添えられていたロアの右手は、髪を撫でるように滑り落ちていき、マリアの腰を引き寄せる。
 一方で、もう片方の手はマリアの手を探り当て、ぎゅっと指を絡ませた。
 薄布越しに触れ合った体温はとても熱く、マリアは思わず息を呑む。

「あの、」

 マリアはロアの意図を確認しようと顔を上げるが、ロアは逆に顔を隠すようにマリアの首元に顔を埋めた。
 同時に、肌を這った舌の感触に、マリアの背筋はびくりと跳ね、思わず顎が上がる。

「ロア、」

 すかさず喉に落とされる、試されているかのような甘い口づけに、マリアは思わず目を瞑った。
 掛け布団に覆われているせいか、吐息すらも熱く感じる。

 ロアの唇は喉から鎖骨まで下りていき、優しいキスを落としていく。

「……、眠る前に、こういうことをするのは、」
 むしろ、目が冴えてしまいますよ、と。

 まるでうわ言のように、途切れ途切れにマリアの唇は言葉を零す。自身が何を言っているのかもわからないくらい、頭の中が霞みがかっていた。
 そうしている間に、ロアの右手が再度、マリアの頬に触れる。
 マリアはこの時ようやく、ロアの顔を正視することができた。

 熱を帯びながらも切ないほど真摯なまなざしが、マリアの瞳を見つめている。
 そのまなざしだけで、マリアの鼓動はさらに速くなる。

「……じゃあ、もう少し、付き合ってくれる?」

 『マリアが嫌がることはしない』
 その言葉を裏切らないようにするためか、ロアはマリアに尋ねた。

 頷くか。首を振るか。
 マリアは、

 ――ピチャン。

「「……?」」

 部屋の中で、妙に大きく、生々しい水音が響いた。
 そろそろと、ロアが掛け布団を上げると。

 ぽたぽたと天井から雨水が漏れ、床に水たまりが出来ていた。

「……雨漏り……」
「……バケツ。バケツ、取ってきます」

 マリアは慌ててベッドから抜け出し、部屋を出た。
 ひとり残されたロアは思わず額に手をやって、頭を抱える。

 安堵と残念さが入り混じった溜息が思わず零れた。



 翌朝。
 昨日までの雨が嘘のように、ボルドウには快晴の空が広がっていた。

「えぇー? マリアの部屋の屋根も直しちゃうの?」

 朝一番で大工に屋根の修理を依頼したというマリアの報告に、ロアは思わずそうこぼした。

「当然です。直さない意味が分かりませんし、お屋敷腐りますからね!?」

 マリアの正論に、ロアは明確にしょぼんと肩を落とす。
 そんな彼女の様子を見て、マリアは思わず目を伏せる。

 昨日の出来事は、確かに想定外のこともあったが、楽しかったのは事実だ。
 だから

「……たまになら」
「え?」

 マリアの小さなささやきに、ロアは耳を傾ける。

「たまになら、お部屋に遊びにいっても、いいです」
「……!」

 マリアは赤くなった顔を隠すように、そそくさと居間を出ていこうとする。
 そんな彼女の背中に向かってロアは叫んだ。

「ま、毎晩でも、全然いいよ!」
「毎日は無理です!」
「待ってるから!」
「待たなくていいですから!」

 マリアは真っ赤になりながら、そう叫んで出ていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

【完結】【ママ友百合】ラテアートにハートをのせて

千鶴田ルト
恋愛
専業主婦の優菜は、夫・拓馬と娘の結と共に平穏な暮らしを送っていた。 そんな彼女の前に現れた、カフェ店員の千春。 夫婦仲は良好。別れる理由なんてどこにもない。 それでも――千春との時間は、日常の中でそっと息を潜め、やがて大きな存在へと変わっていく。 ちょっと変わったママ友不倫百合ほのぼのガールズラブ物語です。 ハッピーエンドになるのでご安心ください。

放課後の約束と秘密 ~温もり重ねる二人の時間~

楠富 つかさ
恋愛
 中学二年生の佑奈は、母子家庭で家事をこなしながら日々を過ごしていた。友達はいるが、特別に誰かと深く関わることはなく、学校と家を行き来するだけの平凡な毎日。そんな佑奈に、同じクラスの大波多佳子が積極的に距離を縮めてくる。  佳子は華やかで、成績も良く、家は裕福。けれど両親は海外赴任中で、一人暮らしをしている。人懐っこい笑顔の裏で、彼女が抱えているのは、誰にも言えない「寂しさ」だった。  「ねぇ、明日から私の部屋で勉強しない?」  放課後、二人は図書室ではなく、佳子の部屋で過ごすようになる。最初は勉強のためだったはずが、いつの間にか、それはただ一緒にいる時間になり、互いにとってかけがえのないものになっていく。  ――けれど、佑奈は思う。 「私なんかが、佳子ちゃんの隣にいていいの?」  特別になりたい。でも、特別になるのが怖い。  放課後、少しずつ距離を縮める二人の、静かであたたかな日々の物語。 4/6以降、8/31の完結まで毎週日曜日更新です。

【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!

satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。 働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。 早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。 そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。 大丈夫なのかなぁ?

ハナノカオリ

桜庭かなめ
恋愛
 女子高に進学した坂井遥香は入学式当日、校舎の中で迷っているところをクラスメイトの原田絢に助けられ一目惚れをする。ただ、絢は「王子様」と称されるほどの人気者であり、彼女に恋をする生徒は数知れず。  そんな絢とまずはどうにか接したいと思った遥香は、絢に入学式の日に助けてくれたお礼のクッキーを渡す。絢が人気者であるため、遥香は2人きりの場で絢との交流を深めていく。そして、遥香は絢からの誘いで初めてのデートをすることに。  しかし、デートの直前、遥香の元に絢が「悪魔」であると告発する手紙と見知らぬ女の子の写真が届く。  絢が「悪魔」と称されてしまう理由は何なのか。写真の女の子とは誰か。そして、遥香の想いは成就するのか。  女子高に通う女の子達を中心に繰り広げられる青春ガールズラブストーリーシリーズ! 泣いたり。笑ったり。そして、恋をしたり。彼女達の物語をお楽しみください。  ※全話公開しました(2020.12.21)  ※Fragranceは本編で、Short Fragranceは短編です。Short Fragranceについては読まなくても本編を読むのに支障を来さないようにしています。  ※Fragrance 8-タビノカオリ-は『ルピナス』という作品の主要キャラクターが登場しております。  ※お気に入り登録や感想お待ちしています。

俺様上司に今宵も激しく求められる。

美凪ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。

処理中です...