女領主とその女中~Vacances!~

あべかわきなこ

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領主と女中の誕生日5

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 ロアが食器洗いを終えて食堂に戻ると、テーブルの上にメモが置いてあった。
『先に庭に出て風に当たってきます』
 と書いてある。
 ロアは不思議に思いながらも、庭に出た。

 マリアは玄関を出てすぐの広場に、ロアを待つように佇んでいた。

「ごめん、お待たせ」

 ロアは彼女に近づいて、あることに気づく。

 ――口紅だ。
 普段はつけない口紅を引いたマリアの唇は、宵闇の中でも美しく艶めいていた。
 今日のマリアの髪型、服装も相まって、少し大人びて見える。

「綺麗だね」

 ごく自然とこぼれたロアからの賛美に、マリアは少し照れたように俯く。頬にかかった後れ毛を、耳にかけながらつぶやいた。

「……本当は、今朝出かける前につけようかと思ったのですが……」

『私以外の前では、あんまり使わないで』
 この口紅を渡された時、ロアがマリアに囁いた言葉だ。

「私の我が儘、聞いてくれてありがとう。
 ごめんね、ひとり占めにしちゃって」

 ロアの切ない微笑みに、マリアはさらに顔を赤くした。

「ごめんついでに、これを受け取ってくれる?」

 ロアは後ろ手に隠していた手のひらサイズの長方形の箱をマリアに差し出す。

「マリアは要らないって言ってたプレゼントなんだけど」

 申し訳なさそうに苦笑するロアに、マリアも複雑な表情を浮かべた。

「お洋服をいただいて、食事も、ケーキも準備していただいたのに、これ以上いただいては罰が当たってしまいます」
「これは私の我が儘だから、マリアには罰は当たらないよ」
 罰が当たるなら私かな、と笑うロアに、マリアはすぐに首を振る。

「貴女に当たっては困るので、いただきます。開けても?」

 マリアの言葉に少し照れ臭そうに頷いて、ロアは彼女にそれを手渡す。
 マリアがリボンを解き、箱を開けると、赤色の、見覚えのある宝石箱が出てきた。

「これ、もしかしてあのオルゴールですか?」
「そうだよ。蓋を開いたら鳴るんじゃないかな」

 勧められるままに、マリアは蓋を開く。
 すると、今日まさに観劇した『魔女と野獣』のメインテーマが、ころころとした可愛らしい音色で流れ始めた。
 いつの間に購入していたのやら、劇場の出口付近の売店で売ってあったものだ。

 今日の思い出は決してなくなるわけではないけれど、このオルゴールを見るたびに、きっともっと鮮明に思い出すことが出来るだろう。

「ありがとうございます。大切にしますね」

 ロアはその場で胸に手を当て一礼し、右手を差し出す。

「1曲、お相手願えませんか、マドモアゼル」

 マリアは背後にあった煉瓦の上にオルゴールをそっと置き、ロアに向き直る。
 そしてスカートの裾を両手で持ち、軽く会釈をした。

「……お願いします」

 そしてそっと、ロアの手をとる。

 オルゴールの音色が流れる中、ロアはマリアの腰に手をやり、ゆっくりとステップを踏み始める。
 マリアからすれば、まさか庭でこうしてロアと踊ることになるなんて、今朝は思いもしながったが、実際こうしてみると、思いのほか楽しい。
 最初は足の動きを気にして俯き加減だったマリアも、徐々に顔を上げ始め、しばらくする頃にはロアの顔をしっかりと見上げていた。

「上手だね」
「貴女のリードが上手いのでしょう。……一体何人と踊ったのやら」

 マリアが意地悪く笑うと、ロアは少しひるんだ顔をした。

「そんなに、ほんとにそんなに踊ってないよ! 社交界では大体壁の花になってたし、ダンスだって、ずっと先生と練習してたんだから」

 慌てて弁明するロアの様子を見て、マリアは微笑む。

「意地悪を言ってごめんなさい。少し妬いてしまったのですよ」
「え?」
「悔しいことに、貴女は器量が良くて世辞も上手くて、ダンスもとても上手なので、他にも沢山こんなに楽しい思いをした人がいるのかと思うと、少し」
「……」

 ロアは右腕を上げて、マリアの身体をくるりと回す。
 不意を突かれたマリアを、ロアは後ろからぎゅっと抱きしめた。

「こんなに楽しく踊れたのは、今夜が初めて。マリアだけだよ」

 マリアの耳元で、ロアはまるで恋愛歌劇のような甘い台詞を優しく囁く。
 マリアの顔は急速に火照っていく。
「ですからそういうところですよ!」と言おうとマリアが身体の向きをもとに戻そうとすると。

「!?」

 むぎゅうと。
 突然にロアの身体がマリアに雪崩かかって来て、マリアは危うくロアの胸部に押しつぶされるところだった。

「えっと、ちょっと!?」
「……ごめん、なんかちょっと目が回って……」

 足元がおぼつかなくなったらしい。

「寝不足のせいですよねそれ!?」





 ふらつくロアを、マリアはどうにか支えて居間に連れて帰った。
 成り行き上、ソファーの上でマリアがロアに膝を貸す形になってしまったが、とりあえずマリアは一息つく。

「もう。寝不足の上に食べ過ぎて無理して踊るから」
「……無理なんてしてないよ。楽しかったもの」

 ロアは心底悔しそうに額に手をやった。

「もう少しマリアと踊りたかったなぁ」

 苦笑いを浮かべるロアに、マリアは微笑みを返す。

「それは今度、また。今日はもうおやすみになってください。ベッドの準備をしてきますから」

 そう言ってマリアがロアの頭から膝を外し立ち上がろうとすると、

「……待って。もうちょっとだけこのままいさせて」

 ロアはマリアの手を引っ張ってそれを止めた。

「最後の最後に、かっこ悪くてごめんね」

 彼女の言う「かっこ悪くて」というのは、寝不足による貧血で倒れたことなのか、それともこうしてマリアに甘えることなのか、マリアには判断がつかなかったが

「……かっこ悪くないですよ。今日は貴女から沢山のものを、思い出をいただきました。私には勿体ないくらいですが、どれもとても嬉しかった」

 マリアはそう言って、浮かし掛けた腰を再度ソファーに下ろし、ロアの額をそっと撫でる。

「……ほんとに?」
「ええ、本当ですよ。今までで一番、楽しい誕生日でした」

 マリアがそう言うと、ロアは照れ臭そうに、そして嬉しそうに笑った。
 こめかみから前頭部を撫でていく緩やかなマリアの手の動きと、後頭部にじんわりと感じる彼女の膝の温もりは、ロアを心地よい眠りに誘っていく。

「素敵な一日をありがとう、ロア」

 そうしてロアが寝息を立てた頃、マリアはそっと身体を倒し、ロアの唇に口づけを落とした。
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