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幕間

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 * * *
 秋らしい、乾いた日差しが部屋に差し込む昼下がり。
 田舎町ボルドウの領主、クロワ家の屋敷の居間で、ソファーに向かい合って座るふたりがいた。
 一方はクロワ家唯一の女中。
 黒のワンピースに、程よくフリルの効いた白いエプロン。非常にオーソドックスなメイドスタイルは彼女の栗色の髪によく映える。
 その向かいに座るのは、珍しい銀色の髪を惜しげもなく短く刈り込む、中性的な顔立ちの女性だった。女性が着るにはややシンプル過ぎるカットソーも、彼女が纏えば様になる。

「はァ。武者修行をしたい、と」

 気まぐれにクロワ家の屋敷を来訪するなり、唐突にマリアからそんな相談を受け、ライア・ロビンソンは目を丸くした。

「なんでまた急に?」
「いえ、少し前から危険な悪魔の相手をロア任せにするのもどうかと頭を悩ませていたのです。ミス・ロビンソンの体術の腕前はロアから聞いて存じています。私にも手ほどきをお願いできないでしょうか」

 マリアの真剣な頼みごとに、ライアはティーカップを置いてにっこりと笑う。

「そりゃあ、可愛いマリアちゃんのお願いなら朝から晩まで手取り足取り手ほどきをしてあげたい気も山々だけど、私じゃあ無理かな」

 さっぱりとした笑顔できっぱりと断られ、マリアは思わず目を丸くする。そんな彼女を見てライアは微苦笑した。

「理由はあるんダヨ。私の体術は体格の面で言っても君にはきっと相性が悪い。マリアちゃんがスカートの下に隠してるのは日本(ジャポン)の武器でしょう? 習った先生はどこにいるの?」
「それが行方知れずで……もともと根無し草みたいな人だったのですが」

 マリアは目を伏せて、かの人に想いを馳せる。
 遠い島国の、シノビだったというその人は、何の見返りもなくマリアにその技を伝授してくれた。
 今思えば、少し変わった御仁ではあったが。

「『金髪(ブロンド)に日本刀、セーラー服に機関銃(マシンガン)。最の高』、があの人の口癖でした」
「アハー、何それ気が合いそうダネ」

 ライアがけらけらとひとしきり笑ったあと、再び紅茶の入ったティーカップに手を伸ばす。ちょうどその折、マリアが小さく溜め息をついて独り言のように呟いた。

「……昔のアマゾネスにでも行くことが出来れば、私も訓練場で研鑽できたのでしょうか」

 ぶほっと、ライアが咳き込んだ。

「……なんでそこでアマゾネス?」

 アマゾネスというのは、有名な、歴史ある都市の名だ。
 ライアの驚きようにマリアは内心首を傾げながらも胸に手を当て語る。

「いえ、私の憧れなのです。今こそ多くの知識人、芸術家が集うアマゾネスは、昔はどの領よりも野蛮で劣悪な土地だったと聞きます。それをたったひとりの女性戦士が塗り替えて、訓練場で多くの女性に『生きる力』を与えたという話……名前すら伝わっていませんが、私はその人をとても尊敬しているのです。出来ることなら私も彼女から教えを請いたかったです。いえ、私の師達がどうのというわけではないのですが」
「へぇ……マリアちゃんて結構、なんていうか、渋いネ……?」

 確かにアマゾネスの女戦士については有名な話ではあるが、今どきの若い女性が『憧れの人』として名を挙げるのは珍しいだろう。

 そのままふたりが居間で談笑していると、ロアが屋敷に戻って来た。

「……うわ、なんで先生ここにいるの」

 ライアの顔を見て早々、ロアはげ、と顔を歪めた。

「相変わらずだなァロア。たまには良い笑顔で出迎えろヨ」
「そうですよ。そういう裏腹な態度は子供っぽいのでやめてください」
「先生が来るとマリアがいつもより冷たいから嫌なの!」

 ロアは泣きそうな顔で叫びながら、手に提げていた紙袋をマリアに差し出した。

「これは?」
「お土産のカヌレ。先生が来るって知らなかったから二人分しかない」
「では私の分はいいので、おふたりでどうぞ。……というよりどこに行っていたのですか? お菓子を買いに出かけていたわけではないでしょう?」

 何かを感じ取っているのだろう、マリアの視線が少し鋭く感じられたが、ロアは毛頭口を割るつもりもなく、もう片方の手に持っていた封筒をマリアに差し出す。

「さっき玄関先で郵便配達の彼と会って。教会本部からの手紙だよ」

 既に見慣れた愛想の無い白い封筒を受け取り、マリアは少しだけ眉間にしわを寄せた。
 教会本部から届く手紙の用向きなど、仕事の依頼しかない。

「……随分と期間(スパン)が短いものです」

 そうこぼしたマリアの声には少しだけ苛立ちが見えた。
 前回の件についての報告書に、使い魔が負傷したという旨の一文は強調して入れておいたのに、それがまったく斟酌されていないことに腹が立っているのだ。

「悪魔祓い側の人手不足もあるのかナ? どーもここ最近、悪魔が増えてるんじゃないかって話もあるようだし」

 ライアの不穏な言葉を聞きながら、マリアはその場でそれを開封する。

「次はどんな依頼? 場所は?」

 ロアがマリアの肩越しに覗く。
 折られた紙を開いたときには既に、マリアの顔から険が抜けていた。

「……アマゾネスです」
「「え?」」

 マリアの呆けたつぶやきに、ロアとライアの声が重なる。

「アマゾネスの、女学院からの依頼です」

 想像だにしなかった行き先に、その場にいた三人はしばらく言葉を失った。
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