女領主とその女中~Femme fatale~

あべかわきなこ

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 ** *
 すっかり日も暮れた頃。
 マリアが屋敷に帰ると、ロアの姿は居間にはなかった。
 厨房を覗いてみると、準備していた夕食も手つかずのまま置いてある。
 普段ならとっくに夕食をとり終わっている時間だ。

「……」

 アマゾネスから帰って来てもう5日。
 間隔的に、ロアはそろそろ血を摂取しなければならない頃合いのはず。お互いに、いつまでも避けてはいられない。
 マリアはきゅっと唇を結んで二階へ向かった。

 最奥にあるロアの部屋へと進むと、珍しく扉が半開きになっていて、部屋の灯りが漏れていた。
 マリアはそっとその隙間から部屋を覗く。そして

「……ロア!」

 ノックをするのも忘れて、マリアは思わず部屋の中に飛び込んだ。
 ベッドの上で膝を抱えるロアは、慌てて腕を隠すように後ろにやった。

「……は、マリア。おかえり」

 どこか焦点の合わない熱っぽい瞳で、ロアはマリアを見た。
 ベッドのシーツには、赤い血が数滴、零れて滲んでいる。
 マリアはかっとなって、拳を強く握り、足早にロアの元に行く。
 間近で見るロアの顔色は随分悪く、額には脂汗が滲んでいた。

「早く血を」

 マリアが手早く自らの襟元を解く。
 しかしロアは首を振った。

「……吸いたくない」
「この期に及んで何を言ってるんですか!」

 先週のあれでは、血の量が足りなかったのだ。それをロアはあえて、マリアに告げず我慢していたらしい。
 血を糧とする吸血種のロアの身体は相当な飢餓状態にある。それこそ自らの腕を噛むほどに。
 マリアの脳裏に、ロンディヌスのホテルでの出来事がフラッシュバックする。

「血をとらないと、貴女が危ないんですよ」

 しかしロアはゆるゆると首を振ったまま、マリアの腕にすがるようにしがみつく。

「……有耶無耶にしたくない、から」
「……?」

 困惑するマリアに、ロアがようやく顔を上げる。
 今にも泣き出しそうな顔で、ロアはマリアに訴えた。

「君に牙を立てると、自分が何してるのかよく分からなくなって。君の血が欲しいのか、君が欲しいのか、わからなくなるから……っ。それで君を傷つけるなら、もう血なんて吸いたくない……!」

 半ば捲られたシャツの袖から覗くロアの腕を見て、マリアは息を呑んだ。
 血が滴っていたはずの傷口が、あっという間に塞がっていく。

「ロア、貴女……それ」
「ごめん。言いづらくて言えなかったんだけど、最近傷がすぐ塞がるんだ。だから、何度噛んでも平気だし、大怪我しても平気。火傷だって、すぐに治っちゃった」

 ロアは蒼白い顔で笑う。

「大して役に立たない半端者の悪魔だけど、君の盾になることぐらいなら出来るみたい。その点は良かったなって……」

 ぱちん、と。
 小さく乾いた音が響く。

 気が付けば、マリアはロアの頬をはたいていた。

「……良くないです。全然良くない」

 人生で初めて、誰かに頬をはたかれたロアは、しばし呆然とマリアを見た。
 マリアは結んだ唇を震わせながら、瞳に涙を溜めていた。

「……怒ってる、の?」
「怒るに決まってるじゃないですか」
「身体のこと、黙ってたから?」
「……それだけじゃないです」

 ロアの身体に多少なりとも変化が出てきているのはマリアも気づいていた。ロアが言わないのであればと、敢えて指摘せずにいた。
 けれど

「私だって貴女が傷つくのを見たくない、見たいわけないでしょう。どうしてそんなこと言うんですか? 痛いの嫌いだったじゃないですか。痛覚だけじゃなくて他の感覚も鈍ったんですか? 私が怒らないと本気で思ったんですか?」

 マリアの目から大粒の涙がぽろぽろと滴っていく。
 ロアは、ああ、と目を細めた。

 以前この場所で、ロアはマリアに言った。
 自分を自分たらしめるのは、彼女を、マリアを想う感情だけなのだと。
 その言葉に嘘はなかった。今だって嘘ではない。

 ふたりだけの世界ならよかったのにと時折思うほど。
 醜い嫉妬心が露わになるほど、純粋に。

「…………大好きだよ。私は、マリアのことが、大好きだから」

 ――だからこそ。
 だからこそ、苦しくて悔しくて、辛くて怖い。
 ロアの眼にもじわりと熱いものがこみ上げる。

「だったら」

 マリアがロアの腕を掴んで押す。
 ふたりの身体が重なるように、ベッドに倒れこんだ。

 マリアの強い意志を感じさせる瞳が、ロアを見下ろす。
 白い首筋が、ロアの目の前に差し出された。

「今すぐ噛んで」
「……、……」

 今さら運命から逃げ出すなんて選択肢はない。今のロア・ロジェ・クロワに、選ぶ権利などないのだ。
 歯を噛みしめて、嗚咽を飲みこむ。
 ロアはマリアに牙を立てた。



 * * *
「……ごめんねマリア。もらいすぎたね」

 マリアの血を摂取して落ち着きを取り戻したロアは、ベッドの縁に座り、傍らに横たわるマリアを心配そうに見つめた。
 少しばかり貧血を起こしたマリアは、そんなロアの申し訳なさそうな表情を見て、やんわりと、力なく笑う。

「あのね、ロア」
「何? 飲み物淹れてこようか?」

 腰を浮かし掛けたロアにマリアは微かに首を振る。

「貴女が傷つくと思って今まで言わなかったんですけど」
「うん?」
「私、貴女の金色の瞳が好きで」

 何を言い出すのかと思えば。その唐突な告白にロアは目を丸くした。
 今は紅く塗りつぶされてしまった、かつてのその色を思い出すかのようにマリアはゆっくりと瞳を閉じ、囁く。

「……お月様みたいに優しい色」
「珍しい色とはよく言われたけど、そんな風に言われたのは初めてかも。嬉しいな」

 そうしている間に、マリアが手を伸ばす。
 マリアの指がロアの頬を撫でるようにそっと触れた。

「……痛かったですか?」

 その冷たい指先に、ロアは自身の指を絡め、きゅっと握る。

「……うん、痛かった。マリアに叩かれるのは、心が痛いね」

 それを聞いて、――よかった、と。
 マリアは複雑な顔で笑った。
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