女領主とその女中~Femme fatale~

あべかわきなこ

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死神と運命の女

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 * * *

 いかにも魔女が住んでいそうな、鬱蒼とした森の奥。
 夜鳥の声がさえずる雑木林を抜けた辺鄙な場所に、その木造の小屋はひっそりと佇んでいた。

「――で、揃ってうちにやって来たってワケかー、ハハハっ」

 香ばしいコーヒーの香りが漂う部屋で、ライア・ロビンソンは笑ってみせる。

「突然にすみません」
「他にあてもなくて」
「まーそうだろうねェ、マリアちゃんの事情はともかくお前交友関係狭そうだしネー」

 まあ飲みなよと、彼女は不揃いのマグカップに淹れたコーヒーを差し出す。
 ふたりがけの小さなソファーに窮屈そうに収まるロアとマリアは、とりあえずと淹れてもらったコーヒーを口に運んだ。砂糖も何も入っていないものだったが、酸味も少なく軽やかな飲み口で、なおかつ香り高いそれにマリアは思わず頬を緩ませる。

「美味しいです」
「そう? 嬉しいなァ。紅茶も良いケドたまにはCOFFEEも良いでしょ? 最近美味しい豆を見つけてネー、近頃はこればっかりサ」

 試験管やらビーカーやら、雑多なもので溢れかえっているデスクにもたれかかり、ライアもコーヒーを啜った。

「まあ私もロアの屋敷ではよく世話になったし、いくらでもここ使ってくれて良いヨ。見ての通り狭いケドそこは勘弁ね」
「ありがとう先生、助かる」

 珍しく正直に礼を言うロアに満足げにライアは頷く。

「でもマリアちゃん、この後どうするの?」
「……私は、ロンディヌスに行こうと思います。出来ればベネリクト副支部長と接触して現状を把握します。最近、教会からの仕事の依頼がぱったりと途絶えていたので既に除籍されている可能性もありますが」
「それなら私が代わりに行ったほうが良くないかな。マリアが行くのは少しリスキーな気がする。ねえ先生」
「ロアの言うことも一理あるかなァ、ロンディヌス支部と本部の間に確執があるって言っても本部が上位組織であることには変わりないわけでしょ?」

 マリアの表情が曇る。ライアは続けた。

「でも自分の耳で聞かないと納得できないってのも分かるヨ。いっそふたりで行って来たらどう?」

 ある意味大胆な提案に、今度はロアが反発した。

「先生はまたそういうことを言う! マリアはここにいたほうが安全でしょう」
「いえロア、私が行かないわけにはいきません。それでは意味がないのです」

 頑として譲らないという決意の表情を見せるマリアに、ロアは諦めを多分に含んだ溜息をつく。こうなるとマリアは止められないことをロアも分かっていた。

「ま、とりあえず今日は夕飯食べてシャワー浴びて寝なヨ。気疲れもあるだろうし休養は大事ヨ」

 ではせめて台所をお借りして夕食の準備を、とマリアが腰を浮かせたとき、

「あのぅ! ワタシもいい加減喉が渇いたんデスけどぅ!」

 ロアが提げていた鞄の口から、黒い子犬が顔を出した。

「お前、いたのか」
「ひどっ!?」
「とりあえず鞄に入れたのをすっかり忘れていましたね」
「マリアしゃんまで!? ちょっとそこのアマゾネスクラスのワイルドな匂いのするお姐しゃん! 真っ赤なカシスオレンジお願いしゃす!」

 てしてしと鞄を叩く子犬の首根っこをつまみ上げ、ライアはじっとそれを見た。

「……な、なんデス? ワタシ服着てないのであんまり見つめないで欲しいデスもん?」
「ハハっ、こりゃまた珍しいもん連れてきたネー」

 そう笑って、ライアは傍らのロアに子犬を放った。

「さっきからワタシの扱い雑じゃないデスもん!? ワタシ一応レディなんデスけどお!?」

 ロアは無言のまま、子犬の両脇に手を入れて掲げる。

「ほんとだついてない」
「ちょッ」

 獣の悪魔は恥ずかしげに顔を手で隠してじたばたと脚を動かした。

「レディの股間をまじまじと見ないでくれますもん!? ワタシもうお嫁に行けない! ロアしゃま責任とってくれるんデスもん!?」

 ロアは曇りのない笑顔で答える。

「絶対とらないし私をロアしゃまって呼んでいいのはロリマリアだけだから」
「ロリ……? 何この人怖いデスもん」

 そこに、こほんとマリアの咳払いが入る。

「ロア。今度ロリとか言ったら変態ポイント上限まで加算して半径一メートル以内侵入禁止にしますよ」
「やだよ!?」

 その隙にマリアがロアの手から獣を奪い取る。すると獣は、マリアの胸にすりすりと頬ずりをした。

「やっぱりマリアしゃんの胸が一番落ち着くデスもん……ちょっとかたいけど……」

 ――のち、ふたつのタンコブを作った獣は、半べそをかきながらビーカーに入ったオレンジジュースを抱えるようにして飲んだ。

 * * *

「――はあ、いや、遂に私にも迎えが来たのかと思ったが。君たちの行動力には心底驚いたよ。ここまでやって来るのは大変だったろう、ミス・マグナス」

 半年ぶりに対面した、教会ロンディヌス支部の副支部長、カーマン・ベネリクトは、やつれた顔をしていた。
 全体的に丸かったフォルムも、気のせいか少しだけ萎んで見える。トレードマークだったチョビ髭も、整える暇がないのか不格好に伸びていた。

「ベネリクト副支……いえ、支部長。これは一体どういうことです?」

 修道服を身に纏ったマリアと、同じく修道服を拝借したロアがカーマンに怪訝な視線を向けると、彼は眉を下げて肩を竦めた。

「見ての通りだよ。ヘルマー支部長は更迭、私は形だけ支部長に引き上げられたものの、ここに軟禁状態で身動きがとれん」

 今カーマンが座っているこの部屋は、『支部長室』と扉に掲げられてはいたものの、照明は暗くやけに窮屈な部屋だった。それこそ実際に幽閉に使用される部屋――お説教部屋と呼ばれていた小さな事務室だ。

 加えて部屋の外に監視役らしき男がひとりいたが、ライア・ロビンソンから念のためと渡されていた催眠スプレーが役に立った。

「マグナスの件は聞いたよ。姿を消したと聞いているが、君がここにいるということは君にも行方が分からないということだね」

 その通りですとマリアは頷く。

「すまないが私にも詳しい事情はわからない。本部はどうやらマグナスの行方を探しているようだが、他にも妙な動きをしているみたいだ」
「妙な動きとは?」
「君とも面識があったね、エレン・テンダーが本部から直に何かしらの命を受けて出張中だ。聞けば、本部は他にも各支部の幾人かに直接声を掛けていたらしい」
「命令の内容をご存じないのですか?」
「ああ。あの時から我々も妙だなとは思ってはいたんだ。ヘルマー支部長や私に内密、ということは恐らくマグナス絡みなんだろうが」

 カーマンは実に申し訳なさそうに、俯き加減に言った。

「ミス・マグナス、危険を冒してここまで来てくれたのに大した情報を持ち合わせていなくてすまない。領主殿の件もあるだろうが、君はしばらく身を隠していたほうが良い。……ヘルマー支部長の代わりに本部からやって来た男がなかなかの曲者でね、あれはなかなかに食えない男、」

 言いかけて、カーマンは口をつぐむ。その折、支部長室の部屋の扉が開いた。

「人のいないところで悪口ですか支部長? 良いですね、私そういうの大好きですよ。それでこそ組織って感じですし」

 第一印象は、『黒い』だった。
 それは、黒髪、黒い眼、黒一色の衣服のせいでもあるだろう。
 襟足の短い、艶のある黒いショートヘアはまるで学生のよう。一方でいかにも顔に無理やり貼り付けたかのような微笑みは世間擦れした大人のもので、切れ長の黒い瞳は感情を一切映さない。
 そこに立っているだけで妙な緊張感を他者に与える、そんな男だった。

「いやまさか、マリア・マグナス自ら教会の懐にやって来てくれるとは。探していたんですよ君を」
「ガトー君、ミス・マグナスは神父のことは何も知らない。無関係だ」

 カーマンが口を挟んだが、ガトーと呼ばれた男はそれをやんわりと笑って流した。

「さて、ベネリクト支部長はああ仰っているが私は疑い深い人間です。クレセント・J・マグナスの身内はただひとり、君だけ。君ならあれが行きそうな場所がわかったり、彼の使い魔である悪魔との連絡も実はとれるんじゃないかな、なんて疑ってしまうんですよね」
「いいえ、残念ながら私は弟子として不出来でしたので。ここ数年、師とは離れて暮らしていましたし、師の使い魔とも特段繋がりがあったわけではありません」

 神に誓いましょう、とすら言ってのけたマリアに、男はほう、と息を吐いた。

「嘘ではなさそうだ」

 カーマンが明らかにほっとした様子がマリアからも窺えた。しかし男は作ったような、かつ嫌味な笑みで続ける。

「しかし、それでよく分かりました。クレセント・J・マグナスはいたく君を大事にしていたらしい。あえて自身から君を遠ざけていたようにも見えないですか? 私にはそう見えますね」

 彼は少し大仰に、マリアに縄をかけるようなジェスチャーをした。

「どうでしょう、ここで君を捕らえてきっつい尋問なんかしていたら、案外彼はひょっこり君を助けに来たりして」
「そんなはずないです」
「……ノータイム?」

 マリアの即答に、男は黒曜石のような漆黒の瞳を丸くさせた。

「ミスター・ガトー。私がここにやって来た目的は、師の件について許しを請うためでも、命乞いをするためでもありません。ひとつ確認ですが、私は教会から除籍されているのですか」
「まあ、ほぼそういうことになっていますね」
「でしたら復帰を希望します。復籍させていただけるなら、私が師を探し出します。もし見つけられなかったら……その時は、どんな処分も受けましょう」
「マリア」

 教会内では口を出さないと約束していたロアが思わず声を上げたが、マリアは無視する。へえ、とガトーはマリアに一歩近づいた。

「勇ましいことですが、マグナスを捕らえられないならば君を処分したところでこちらとしてはあまり旨味がありません。君のその特異能力――悪魔を手懐ける誘引力を一生、死ぬまでこの教会のために捧げる、というのなら話は別ですけどね?」

 くるくると糸を巻き戻すように、彼は話の主導権を再び握る。この場では頷くしかないマリアは、こくりと頷いた。ガトーはにこりと笑って諸手を叩いた。

「いいでしょう。君を教会のシスターとして再び認めます。早速ですが、仕事を頼めますか?」
「構いません」
「良い返事ですねシスター・マリア。君には神父の捜索をしてもらう傍ら、先んじてイアロに出立しているエレン・テンダーの補佐を命じます。彼女はまだ年若い。あの悪名高い街に女性ひとりでは不安でしょう」

 詳細な内容は後ほど書類で、と言って、ガトーは踵を返した。
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