ろくぶんのいち聖女~仮初聖女は王弟殿下のお気に入り~

綴つづか

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実験①


※若干の流血表現を含みます





 今日はルクス殿下による光魔法の実験、もとい調査の日だ。いつも通り騎士団の治療施設で仕事を行ってから、屋敷に戻って実験室でルクス殿下と向き合う。
 室内には二人きり。といっても、開いたドアから続く隣室には、エマ様とディディエ様が控えている。部外者が入室すると結果に影響が出そうで嫌だとルクス殿下がごね、毎度二人を追い出すからだ。
 ルクス殿下は私の手を握りながら、朗々と詠唱する。紡がれたキーワードから鑑みるに風魔法っぽいのだけれど、どういった効果の魔法が行使されたのかまで話が進むと門外漢だ。ただ、ほんのわずか私の身に共鳴する殿下の魔力は、ぽんぽんと軽快に跳ねて存外心地が良かった。

「ルクス殿下は、魔法を使うとき、本当に楽しそうですよね。何だか歌を歌っているみたいで綺麗です」
「そうだね、これ以上もなく愉しいよ。魔力が緻密に構築されていく様は、刺繍やレース編み、数式にも似た文様を描いて美しいんだ。あ、ちなみに今は魔法だけでなく、スキルも併用していて……」
「スキル、ですか?」
「あれ、知らない? スキルっていうのは生まれ持った特殊技能のことで、特に意識せずとも魔力を自動消費しながら勝手に発動する魔法、ってところかな」
「ああ、女神のきまぐれのことですね」
「俗称のほうが通りがよかったか。僕にはね、魔力感知のスキルが備わっているんだ」

 他にも鑑定とか、魅了とか、毒無効とか、多種多様に授かる能力で、本人が思いもよらぬところで自覚する羽目になる故に、女神のきまぐれと呼ばれている。スキルは自動発動するものの、コントロールすれば使いこなすこともできる。

「だから、殿下は私をいつも観察していたんですか」
「そう! 君の魔力の波動は、類を見ないほどに面白くてね!」

 私には感じられない何かを広範囲に探りながらも、ノルンディード王国最強の魔法師は、頬を緩ませすこぶる上機嫌だ。

「うーん、偏りは見られるが、ペンダントを外してもだいぶ距離が伸びている。均一に馴らすようにしても、その分裾野に向けて効果は弱まる。やはり感情に左右されるか……東はいいが西が手薄に……」

 あれこれ言われた通りに協力していると、やがて結果が出たらしく、ルクス殿下はノートに羽ペンを走らせている。満足げににこにこと笑っているので、成果は上々だったのだろう。彼が調査している内容について、私にはさっぱりわからないが。東といったら、うちの領地方面だなあと思ったくらいで。

「うん、少しずつ君の魔力も増加しているね」
「本当ですか!?」
「たくさん魔法を使うと、魔力は少しずつだが増えていくからね」

 嬉しいことを聞いて、私もちょっとはしゃぐ。このままもう少し対応できる患者の数を増やしていきたいものだが、ルクス殿下に無理は厳禁だと止められてしまった。ちぇ。

「さて、次は私に君の魔法を僕に使って見せてくれ」
「うう……」

 キタ。私は眉間に皺を寄せる。正直、ルクス殿下の調査のうちで、これが一番憂鬱だ。

「そう毎回渋い顔をしないでおくれ」
「殿下のせいだから仕方ないです……」
「はいはい。あれは僕が悪かった。僕だって反省したから、あれから傷は浅くしているじゃないか」
「わざわざご自身の身体を傷つける必要はありません」
「体感してみなくては、わからないこともあるからね」

 毎回お決まりのやり取りにむうとむくれるが、ルクス殿下は子供をあしらうように苦笑して流した。人にトラウマを植え付けておいてこれなのだから、魔法狂いの二つ名もさもありなん。
 過去、ルクス殿下は私に魔法を使わせる際、癒すには傷が必要だからとナイフで自分の腕を深く切りつけた。躊躇いもなく、果物をカットするくらいの気軽さで、ざくっと。
 あまりの手際の良さにとっさに反応できず一瞬言葉を失い、ある程度怪我人も血も見慣れている私ですら不意打ち過ぎて恐慌に陥った。母音だけの悲鳴をあげ、涙を流しながら殿下に治癒を施している最中、錯乱する私の大声で何事かと飛び込んできた側近たちも入り混じり、室内は阿鼻叫喚のカオスと化した。まさしく大惨事である。
 そんなときに限って集中が上手くできないせいか、なかなか傷が塞がってくれず、血はだらだら流れ、更に私がみっともない姿を晒したのを、今もまだ覚えている。恥だ。その日はまだ軍部治療院に通う前で、魔力が潤沢に残っていたから、完全に空になるまで何度も治癒魔法を重ねがけ、そうして倒れた。
 次の日、目を覚ました私はルクス殿下から、何故か魔力の使い方についてお叱りを受け、ルクス殿下は私とエマ様と側近の皆様方から特大の雷を落とされた。当たり前である。

(殿下は、あまりご自身を省みないな……)

 鼻歌混じりにナイフを取り出すルクス殿下を横目に、私はそっとため息をついた。
 継承順位は低いものの、王弟という立場でありながら、こうして躊躇せずに自らを傷つけることを厭わない。キマイラに単身立ち向かった時だってそうだ。私が軍部で治療している間にも、あちこちで魔物討伐に向かっては傷をこさえてきたりもする。「ユユア嬢がいるから、派手に魔法が使えるなあ」なんて、嬉しそうに勝手なことをいって。奔放で、魔法で頭がいっぱいで、みんなを翻弄しながらも、結果を出す人。

(何だか、危なっかしくて放っておけないんだよなあ……)

 権力も魔力も国の最高峰に立つ男に、たかが田舎の子爵令嬢がそんな感情を抱くのも、正直どうかと思うのだけれども。

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