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第3章 偽の同情で釣れる恋はない

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「川野さん、これって大丈夫?」
「うん大丈夫…」
「あ、川野さんこっちも確認してもらえる?」
「うん今行く…」
なぜか衣装係の女子は、ほとんどが亜子のことを川野さんと呼ぶようになっていた。今まで通り亜子と呼ぶのは華だけ。
けれど亜子は平気だ。美咲が全て教えてくれたからだ。
「私も最初は亜子ちゃんのことあんまり分かんなかったから、仲良い華ちゃんが言うならそうなのかな…って思ってた。ごめんね」
そう前置きして美咲が話した内容は、亜子の予想がほとんど当たっていた。
初めて衣装係で集まったとき、すでに"華に内緒で亜子が学祭委員を楽しんでいる"と思い込んだ華は、クラスの女子を味方につけようとした。
そのための手口は中学時代とほぼ同じである。
実は亜子は2人の時にみんなの悪口を言っている、反論すると怖いから言えない、今回の委員で風谷くんと仲良くなろうとしていて、華を邪魔者扱いしている…など。
純粋な実結はおそらく全て信じたのだろう。だから華ちゃん、華ちゃん、と近づくようになったし、亜子のことを威嚇するような目つきをすることもあった。
ただ、もう高校生だ。1人の一方的な言い分をすべて信じる人はそう多くはない。
美咲の他にも「亜子ちゃんの姿見てたら、そうは思えなくなって…」と言ってくれた子は何人もいた。
それに学祭も明日で終わりである。みんなでまとまって準備をすることもなくなれば、自然とこの変な雰囲気もなくなるだろう…と亜子は楽観的に考えていた。
そう、だから油断したのだ。

「男子の衣装お披露目だよー!」
華の声でみんなが一斉に注目する。怖そうなら何でもアリ、というゆるいテーマなので、ヴァンパイアやミイラ男、かぼちゃお化けまでいる。
笑い声や携帯カメラを向けるシャッター音が鳴り響く中、亜子は蓮から目が離せなかった。
「(うわ…スーツの破壊力やばい…カッコ良すぎ…)」
切り裂きジャックをモチーフとしたらしいスーツ姿に、蓮の端正な顔立ちがよく映えている。
「(あたしも写真撮りたい…でも勝手に撮って良いのかな…)」
悩んでいると、蓮も振り向いて目が合った。手振りで写真OK?と確認すると、蓮はうなずいてくれたので数枚撮らせてもらう。
「(やったぁ…これでいつでも見れる~!)」
ふと顔を上げると、そこにはニヤニヤしながらこっちを見ている華がいた。
「(やば…今のやりとり全部見られてた!?)」
カモフラージュに他の男子の写真も撮っておいたが、華の目はごまかせていないだろう。
男子が着替えに入ったと同時に、華が亜子に耳打ちした。
「亜子の好きな人って海原くんなの?言ってくれれば協力したのに~」
「ち、違うよ…」
「ごまかさなくていいじゃん、さっきの写真撮るときの嬉しそうな顔見たら誰でも分かるよー?ね、協力してあげるからさっ」
「いらないから…!」
思わず強く声が出てしまった。周りの子が何人かこちらを注目している。やばい、と思った時には華が泣き出した。
「ひどい亜子…私今までも我慢してたのに…」
すぐにやって来たのはやっぱり実結だ。
「川野さん、華ちゃんに何したの?2人の時にひどいことしてるのは女子みんな知ってるよ。それでも華ちゃんは川野さんのこと大切にしてるのに…ひどくない!?」
亜子以上の大声に、着替え終わった男子も何人か注目し始めた。
「実結ちゃん…ありがとう、大丈夫だから…」
「でも…」
華は涙を拭き、周りに向かって言った。
「びっくりさせてごめんね、何でもないから!明日が学祭本番だし、頑張ろうね!」
その言葉で作業に戻った人もいれば、まだチラチラとこちらを見ている人もいる。何か、何か言い返さなきゃ…と亜子が焦っていると、華が言った。
「あ、海原くん、服のサイズどうだった?ちょっと大きめだったかなーと思ったけど、大丈夫そうだったかな?」
そこには着替え終わった蓮がいて、こちらを見ていた。
「あぁ、サイズは大丈夫だったけど…そっちは大丈夫なの?」
「うん…ちょっと聞いてくれるかな?」
華はそのまま蓮を廊下に連れ出してしまった。実結もちらりと亜子を見て廊下に出て行く。
亜子もついていくのはおかしい…でも華にあることないこと吹き込まれちゃう…と亜子が逡巡していると、翔の声がした。
「川野さんも大変だねぇ。山里さん、川野さんのことを好きすぎるのか?よく分からん」
「え…?」
翔は華が買い出しについて来たときの話をしてくれた。
華はやっぱり亜子についてあらぬことを言っていたらしい。翔はその時から華の言っていることをおかしいと思っていたようだ。
「だって普段一緒にいる子のことをそんなに悪く言うのおかしいじゃん。たぶん買い出しの時に来てたやつみんな何言ってんだ?って思ってたと思うよ」
「ほんと…?華の言うこと信じなかったの…?」
「だって俺川野さんがそんなことする子に見えなかったし。他のやつらも大体そうだよ。蓮なんて山里さんの話聞いちゃいなかったと思うよ」
「あ、そうなんだ…」
良かった。華の言うことを鵜呑みにする人ばっかりじゃないんだ。それに、海原くんもそうなんだ…。
「あたしちょっと廊下出てくるね」
翔に言い残して廊下に出る。華と実結が蓮に色々言っていて、蓮はげんなりした様子で聞いていた。
「華…あたしのことで嘘ばっかり言うのやめてくれる?」
亜子が来るとは思っていなかったようで、華と実結は一瞬驚いた顔をした。2人が口を開く前に、蓮が言った。
「やっぱ嘘だよなぁ?」
そう言って亜子の方を見る。亜子は懸命にうなずいた。蓮も軽くうなずき返し、そのまま続ける。
「俺女子が友達の悪口言うのすげー嫌なんだよね。しかもなぜか1人対複数人になるじゃん?フェアじゃねーよ。
それに山里さんの話は俺の知ってる川野さんと全然違ったし、どちらかというと普段から川野さんの方が気ぃ使ってるように見えてたけど?」
華が反論しようと口を開いたとき、蓮はさらに言った。
「っていうか、好きな人の悪口を延々と聞かされるとか最悪なんだけど」
「…え?」
蓮は亜子の方をまっすぐ見て、言い直した。
「俺、川野さんのこと好きなんだよね…付き合ってくれる?」
「え…えっと…はい、あたしも好きです…よろしくお願いします…」
やり取りを見ていた華は悔しそうに後ろを向き、そのまま去っていった。取り残された実結は事の展開についていけず戸惑っている。
「実結…聞いてた通り、華の言ってたことは嘘だよ。華の言ってたことはいったん忘れて、もう1回普通のクラスメイトとしてやり直してくれない?」
実結はまだ飲み込めていないながらもうなずき、去っていった。
そして亜子と蓮が残った。
「え、さっきの…ほんと?」
「当たり前だよ、なんでここで嘘つくんだよー!あー緊張した!」
「うわ…嘘みたい…嬉しいー…」
2人で顔を見合わせて、笑った。
「俺ね、実はクラス替え初日から気になってた」
「え?そんなに早く?」
「うん、可愛い子いるなーと思って。で、見てたら明るいしいろんなこと頑張ってるし、すっげぇ楽しそうに笑うし」
「そうなんだ…あのね、あたし誰かと付き合うの初めてなんだけど、こんなに嬉しいんだね…!」
「これからたくさん楽しいことしような」
「うん!」
そのとき翔が教室から呼ぶ声がした。
「おーい、まだ?そろそろ手伝ってほしいんだけどー!」
「はーい、今行く!」

気持ちよく学祭が楽しめそうだ。
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