推しと行く魔法士学園入学旅行~日本で手に入れた辞典は、異世界の最強アイテムでした~

ことのはおり

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五章 入学旅行五日目

5-06a 白痴と賢者 1

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 リューエストたちが過酷な地下階を潜っている――その、少し前のこと。

 霧は上も下もない、奇妙な空間の中にいた。目を開けているのに、何も見えない。

《無茶をする……》

 その声と共に、暗闇の中にぼんやり現れたのは、レイだった。今は魂だけとなった『竜辞典』の主、ソイフラージュにそっくりな、双子の片割れ。5歳ぐらいの女の子の姿をした彼女は、溜息をついて言った。

《自分から飛び込むなんて……。まったく霧の行動は、予想がつかない》

「ああ、レイ、ホッとしたぁ……。心細くて死にそうだったよ。ねえ、ここって、あの言獣げんじゅうのお腹の中?」

《お腹……とは違うけど、の中、ではある。何だろう、ここ……不思議な空間。の……人間だった頃の意識が作りだした、安全地帯のようなもの……? 今のところ危険な気配はしないけど、早く脱出した方がいい。まず食料が手に入らないし、永遠の暗闇と孤独は、人の心を破壊する》

「確かに。レイがいてくれなかったら、あたしもう、わめき散らしてたと思う。本物の闇って、もんがあるね。夜でさえ、ここより明るい。何にも見えないって、きついわ。……ねえレイ、あたし、まだ、生きてるよね?」

《もちろん、生きてる。運良く……というべきか。死んでいてもおかしくなかった。霧、に呑み込まれたら即死する可能性を、考えなかったの? 前にも言ったよね? その命を、簡単に手放さないで、と》

「ごめん。でも、即死の可能性を考える余裕はなかったな。アルビレオがパクッと食べられちゃって、あたしとにかく慌てちゃって。言獣げんじゅうは、魔法攻撃も物理攻撃も効かないんでしょ? でも立ち位置の交換なら、対象はあたしとアルビレオだし、作動するんじゃないかと思ってさぁ……結果、狙い通りだったよ、あはははは!」

 やけくそ気味に笑う霧を見つめながら、レイは呆れた表情で溜息をついた。

《 『白痴はくち』の禍々まがまがしさを見て、よく場所を交換する気になれたね?》

「う~ん……。確かに不気味だったけど、クジラみたいで可愛い……と言えなくも無かったよ、うん。子供の頃、絵本に出てきたクジラのお腹の中に入ってみたいと思ってたんだよね……」

《もっと、自分を大事にして……そう言っても、無駄なのね》

「うっ……心配かけてごめん、レイ。でも、ホラ、あたしまだ生きてるし、あたしの手には、ウルトラツヨツヨ辞典がある。つまりまだ、現状打開策はある! とりあえず、物理的に呑み込まれたんだから、物理的に吐き出される方法、何かないかな? このクジラもどき、潮吹きする? ……しないか。ねえレイ、お願い、知恵を貸して! 本当言うと、めちゃレイを頼りにしててさぁ、きっと助けてくれるって思った上での行動だから、あたしはかなりずるい人間だとしみじみ思うよ、うん、自覚ある。ほんとごめん」

《……ずるい人間は、自ら危機に飛び込んだりしない……。ずるい人間は、自らの利益のことしか考えない。ずるい人間は、保身に回る。すなわち、霧はずるい人間とは言えない》

 淡々とそう返され、霧は苦笑いした。

「うおおぉぅ、そんなに褒められたら、照れちゃうぅ~!」

「褒めてない。事実を言っただけ。ただ、呆れてるだけ」

「そうだよねぇ……よく考えたら、アルビレオにとっちゃ、いい迷惑だ。あたしの犠牲の上で救われた命だなんて、気持ち悪いよね。だからあたし、全力で無事に帰る。本当だよ、最初からそのつもりだった。だからお願い、知恵を貸して、レイ。……あっ、そういえば、他にも食べられた人、いないよね? ここにいるのあたしだけだし、あの後、食べられた人、いないよね?」

「霧だけ。はアデルの辞典の色に驚いて、霧を呑み込んですぐ、図書塔最下層に逃げ帰ってきた。は昔、赤い辞典を持つ子に、大怪我させられたの。だから怖くなって、逃げた。それが幸いだった。今のところ犠牲者は霧だけ」

 それを聞いて霧はホッとしながら、疑問を投げかける。

「ところでレイ、この言獣と知り合いなの? 一緒に花冠作ったとか、パイを食べたとか。それに……さっき変なこと言ってたよね、『の人間だった頃の意識が作りだした』……とか何とか?」

《この子は、ダリアの改革前に、悪しき人間たちの犠牲となった哀れな子供。わたしとソイは小さいころにいた施設で、この子と一緒に育った。やがてわたしたちはある男に引き渡され、この子と別れたの。そしてこの子に――こんなひどいことが起こったとき、わたしはもう死んだ後だった》

「この子……じゃあ……言獣じゃなくて……」

《非人道的な実験から生み出された、言獣と人のハイブリッド。発狂して暴走したため、失敗作とののしられ、封印されていた》

 ヒュッ……と、霧の喉が詰まった。怒りに、顔が染まる。

《かつて権力者たちがおこなった人工的な言獣生産は、多くの仲間を苦しめた。ダリアの革命後、そのほとんどは解放されたけれど、この子だけは、あらゆる手を尽くしても、救ってやれなかった……。あの時……ソイフラージュとダリアが、泣きながらこの子を再び封印するのを、わたしは何もできず、ただ、見ていたの……》

 そう言って辛そうにうつむくレイに共感しながら、霧はしばらく黙っていたが、やがてキョロキョロと周囲を見回した。

《どうしたの? 霧?》

「レイ、あたし、その子と話がしたい。呼びかけたら答えてくれるかな? その子の名前は?」

《剥ぎ取られた。自己を奪い、言獣化するため。それは不可逆的な、特殊魔法。世界中の存在から、この子の名前が消える。わたしも覚えていない。その後、失敗作だとののしりながら、彼らがこの子に与えた名は、『白痴』》

 あまりの酷さに、霧は言葉を失った。
 一方、レイは空間に投げるように、声を上げる。

《ねえ君……おいで。話を、しよう。わたしはここにいる。どうか、ここに出てきて》

 どこからか、シクシクと泣く声が聞こえてくる。
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