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素顔
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寒波がよってきて肌寒い息がかき混ぜる正午、ジェイ77は硬いパンと薄い野菜スープをともに静かに食事をしていた。大きな窓越しに雪の吹雪が体当たりして洶洶とした雰囲気を醸し出している。ご主人様は神殿の大神に呼ばれて出て、3日が過ぎてもまだ帰って来ない。ご主人のエリオ様はとても親切で真面目な性質だ。
ジェイ77は故障して廃棄処理を待たされたロボットだった。廃棄ロボット管理所の焼却炉に運ばれる予定だったが、エリオ様が間一髪で救いの手を差し伸べてくれて生き残れた。時世はロボットの自由権利を守護しようとするリベラル派と、ロボットの権利や自由を束縛し、人間の附属品としてこき使おうとする保守派の戦いで、激動の波に乗っていた。
ご主人のエリオはリベラル派で、破棄予定のロボットの運搬や処理全工程に責任を持つ所長だ。ジェイ77が廃棄ロボット管理所に運ばれてきて、修正可能なロボットか、修正不可能なロボットかを再確認する時には、修正不可能と判定を受けて焼却炉行きになった。しかし、偶然所長のエリオが焼却炉行きの倉庫を視察し、捨てられていたジェイ77を見て、一目惚れして自腹で購入したわけだ。
ご主人のエリオはバツイチの48歳で大学2年生の一人娘と同居中だ。ジェイ77は製造10年で閨事専用のロボットだ。ジェイ77が新製品として出た途端、前の主人のジョンが気に入って親に頼んで買ってもらったのだ。ジョンは大手外資会社の坊ちゃんで、大学合格のプレゼントとしてジェイ77をもらった。ジョンは初めは優しかったが、段々、ジェイ77に飽きてきて、5年目になるとほったらかしにして、10年目には捨ててしまった。もう、愛情も何の感情の欠片もなかった。片思いだけの恋は長続きしない、ジェイ77の萎れてしまった心の傷は癒えないままだった。
技術と念力の進化を成し遂げた現世では、物理的な富と精神的な富が氾濫し、人間の道楽は限度を知らず、神の霊域まで線を越えてしまった。長年、人間の生き方を遊び心で見ていただけの神は、AIロボットに心を創ってあげ、人間とロボットが混沌し、神の真似をしている悪態に激怒して、とうとう地上に降りてきた。
12次の神々は地球を含む第1974体系を整えるために、3回も会議を開き、3次の神々を地球に送った。初めて神の降臨を目の当たりにした人間は戸惑い、猜疑心満々だったが、神の啓示により、疑いは剥がれ、尊い念で崇めるようになった。精神の周波数を担うプシュケー、自然界を担うピュシス、愛を担うアガペーの3次の神々は人間界で人間とロボットの共生を導いて沢山の改革を成し遂げた。
神が暮らす神殿では、人間とロボットを対象に多様なセミナーが開催され、生きる幸福感に拍車をかけてくれる。ご主人のエリオは大神殿で主催するすべてのセミナーに漏れなく参加していたので、セミナーの講師を務めていた神々と仲良くなった。その故、大神殿によく向かい、神々とお茶をともにするのが些細な楽しみになっていた。
ご主人のエリオはジェイ77と一緒になってもう3年も経っているのに、一度も閨事を誘わない。ただ、ジェイ77を娘と同様に家族のように接してくれた。ジェイ77はいつかはご主人様の閨の相手をしないと思い、常に心の準備をしていた。だが、出会って1年でやっとご主人のエリオは自分を性的な意味で見ていないと気付いた。
穏やかな日々はせせらぎのように流れていき、3年という時間の重みがジェイ77にこれまで感じたことがない生きる喜びを味わわせてくれた。ジェイ77は閨事専用のロボットから家事専用のロボットに転職したわけだ。
昼食を終えたジェイ77は後片付けをしていたら、ご主人のエリオが帰宅した。
「いやぁ、こりゃマズいな…吹雪、ひどくなってきたな。ジェイ、ちゃんと元気にしてたか?」
笑顔のエリオを見て、ジェイ77はやっと心が晴れやかになった。
「お帰りなさい。はい、元気ですよ。わ、雪がますます降ってきますね。ご用は済みました?」
「うん、新年の祝福際の準備ってな。デモとか争いが多かった今年より来年こそは、落ち着いて暮らせるとありがたいんだが」
豊かさに酔って高慢になった人間はロボットをペットのように飼い始め、摩擦が生じ、膨らんだ葛藤は積もり、争いを起こしてしまった。捨てられるロボットの機権主張と犯罪の増加による問題が年々深刻になっている。寛容と受容で接したら、ロボットも人間も調和して生きられるものの、欲張りな人間は支配者になって全てをコントロールしたかった。欲は憎しみを呼び、軋轢は血を招く争いへと進んだ。廃棄される予定のロボットが逃げ出し、人間の弾圧に抗う連盟を作り、あちこちでデモや衝突を誘発した。
エリオは長年ロボットの機権を守るデモに参加し、時代の激動に煩悩されていた。ジェイ77はテレビでデモや衝突のニュースを耳にするが、どうせただの機械分際のロボットには人間の奴隷としてしか生きられないと諦念を抱いていた。ご主人のエリオが踏ん張ってデモに参加しているのを見ても何も感じなかった。
ジェイ77は、長期間にわたり人間の奴隷として生きてきたことに慣れてしまい、他の考え方をする余地がなかった。人生は宿命があり、いくら藻掻いてももっと苦しくなるだけだと思い込んでいた。だが、ご主人のエリオに出会って、生きることに対して希望を抱くようになり、日々の穏やかな安定感に感謝するようになった。
毎朝見える広い空、挨拶してくれる鳥や猫、前髪をくすぐる甘い風、鼻を透き通る緑の香りなど、愛おしい日々の宝石の輝きが見えるようになった。幸せって苦労して手に入れることではなく、ただ自然に心で感じることだと思ったジェイ77は、ぱあっと明るい笑みを零す素直な子に変わった。
ご主人のエリオと彼の娘のアンとの同居は楽しくて平和な温もりがあった。大学で臨床心理学を勉強しているアンは真面目で元気な子だ。家でいるときにはジェイ77を使用人ではなく、家族のように大切にしてくれた。テレビの中のむごい争いが余りにも非現実に感じられたため、ジェイ77を揺さぶることはなかった。ジェイ77は世間一般には無関心だった。
時間は北風と共に巡り、新年の元日になった。首都のフェリクスの大通りの神殿では、祝福祭のため、大勢の人々が集まって賑やかな躍動感に満ちている。朝11時の式に合わせて、祭司と3次の神々が神殿の祭典に現れた途端、しーと静まり、殿内は敬虔な雰囲気に包まれた。
祭壇に供え物を捧げ、祝詞を詠う祭司がプシュケー、ピュシス、アガペーへ深くお辞儀をして式の最後のダンスを始めようとする時だった。トーガンと大きな爆発音が神殿の裏庭から響いた。集まった人々は一斉に慌てて狼狽した。神殿を守る警備たちも慌ててどんなことが起きているか裏庭に向かって走り出す。
右往左往する人々をただ無口で見ているだけの神々は、予想通りの出来事に冷静な表情をしている。暫くして、警部が神々に近づいて密かに話す。
「負傷者はいないそうです。万全で守備に臨みましたが、予想外のことで申し訳ございません」
愛想の良いアガペーが穏やかな顔で返す。
「大丈夫です。死傷者が出なかったことだけで安心しました。さて、もうお開きにしますかね」
「犯人は保守派だと。やり方が巧妙で、先月発表されたロボット機権に関する神々の寛容な立場に反感を持ったと思います。保安局が素早く証拠を掴めると思います」
と意見を述べた警部が深々とお辞儀をして現場に戻る。鋭い目つきのプシュケーはふんと鼻で笑って神殿の中へ入ってしまった。人々はもう恐れを越えて興味津々で警察と保安局の動きを見つめていた。
現場に残って警察や保安局員の調査を綿密に見つめていたエリオは娘のアンが呼びに来るまではビクとも動かなかった。ジェイ77は爆発が起こった時に、びっくりして気を失った。走ってきた救急隊員に付き添われて病院に運ばれたが、大したことではなかったため、アンが連れて戻ったわけだ。
日が沈み、空が濃い紫色で染まり始めると、人々は踵を返して神殿を離れて行った。エリオは後片付けを助けようと乗り気で現場に立ち尽くんでいる。今日の出来事で何かが発足されて変化が起こることはない。これまで爆弾を仕掛けても人的な被害が出なかったため、政府は徹底的に対応してこなかった。今回もただ2,3日間くらいマスコミ沙汰で収まると誰でも感じていた。
一昨日の祝福祭での爆発事件はやっぱり保守派の仕業だと判明された。神殿の神々がロボットの権利を主張して機権について擁護した立場を宣明したため、保守派の若者たちが企んだ事件だった。
暫く神殿は閉館になった。プシュケー、ピュシス、アガペーは静かにお茶を飲みながら今後の予定について話していた。
「いつまでこの星で仕事しないといけないのかな、早く本所に戻りたいー」
プシュケーがぶっきらぼうに言い出す。
「そろそろ私たちにできることもないので、本所から指令が出ると思いますよ」
ふわふわな笑みを含んでアガペーが言い返す。
「保守派とリベラル派の衝突によって、緊張が張っていることは変わらないでしょう。神が創ったこの宇宙で偶然物質の発火によって生命が生まれた。その責任を取るために人間界で降りたんだから、いくらでも援けようとしても。。。どこまで干渉したらよいのかな。。。で、このざまを見ろ、もう神の威厳を軽んじているぞ」
大きな体を反らし、頭を掻きながら口を開いたピュシスは、うんざりした表情をしている。
降臨してもう5年を迎える。初めての激しい戦争は収まって、デモや爆弾テロに方向性を変えたものの、安心できる状況ではない。プシュケーは人間界に全く関心がなかった。ピュシスは人間界を興味津々にゲームのように見ている。アガペーは人間たちを自分の子のように哀れな気持ちで見ていた。
新年の祝福祭でのテロ事件を直に目の当たりにしたジェイ77は、人が集まる場所を避けるようになり、家へ籠る事態になった。ご主人のエリオが付き添う時だけに散歩や買い物を済ませた。テロ犯は逮捕されたが、いろいろな組織があって、警察の目を逃れて動くので、全圧は厳しいのだ。
ジェイ77は書斎の本で見た分句を思い出す。
『人間はお互いに合わさない。違いを認めてこそ、自分の存在感を見いだすからだ』
運よく今のご主人に出会って思い存分楽に暮らしているけれど、もし廃棄処分されたら、自分はこの世でもう存在すらしないだろう。再び与えられた人生を有意義に生きたいと願った。夜伽を務めなくなったから自由になれたのではなく、自分の意志を言えるようになったから自由だと感じた。
神殿は新しい信託にそわそわしていた。本所から戻ってくるようにとの指令が下りたからだ。神々はもろもろを整理して帰還する準備で忙しい。アガペーと仲が良かったエリオは複雑な心境で手伝いをしている。
「もう来月に帰りますね。本当に寂しくなりますよ」
肩を落としているエリオがアガペーと二人になった途端、口を開いた。
「エリオさんには本当にお世話になり、感謝しています。離れてもテレパシーで会話はできるので、そんなに気を落とさないでくださいね」
お茶目なアガペーが美しい笑みで言った。
エリオはアガペーが大好きだ。いや、愛していると言った方が正しいと思う。エリオより高く、美しく、親切なアガペーは鼻高別の神とは違って、親しみやすいオーラがあった。
別れを惜しむ時間もあっという間に過ぎてしまって、もう神々の帰還の日が明日と迫ってきた。風呂上がりのジェイ77は、一人でビールを呑んでいるご主人エリオの機嫌が好ましくないことに気づいた。
「大丈夫ですか?エリオ様。何を手伝いましょうか?」
優しい鈴のような声に促されて顔を上げたエリオは、真剣な眼差しで真っすぐにジェイ77の紫瞳を射る。
「ねぇ、ジェイ、別の惑星で暮らしてみるかい?」
不意打ちの話にぽかんとなったジェイ77は言葉を失った。
「実はアガペー様が帰還なされ、友情の証としてお前をあげたいんだ。お前の体のメモリチップに俺との思い出をコーディングしたら、向こうでも俺と繋がるから。まぁ、強制ではない。ただ訊くだけだから」
急に黙り込んだエリオの目は悲しみに満たされていた。ジェイ77は心が引き裂かれるような痛みを覚えた。そうなんだ。みすぼらしい自分を完全に愛してくれる人はいないのを忘れていた。私は命令に従うしかできないしょせんロボットだ。いつかそうなるとは思っていたが、ちょっと早めに来てしまった。息を飲み込んだ後、やっと口を開くジェイ77は無表情で涼しい目じりを緩んでいた。
「はい、ご主人様の望みなら、別の惑星でも構いません」
あっさり頷いてくれるジェイ77を見て、「ありがとう」と言って涙を拭くエリオは少年のような気の抜けた雰囲気があった。
ジェイ77は明日この地球を離れて別の銀河の惑星に向かう。初めての経験で怖くて体がぶるぶる震えるほど落ち着きがなかった。でも、ご主人のエリオと約束したので、新しく更新されたメモリチップを搭載してこの星を離れる。
神殿の広場には大勢の人々が神々の昇天を見たくて集まっていた。エリオは既にジェイ77をアガペーに手渡して最後の挨拶を交わした。アガペーは意外なプレゼントに驚いたが、気を取り直して感謝の言葉を述べた。
ジェイ77は神の住む惑星や銀河に関して聞いたことも見たこともないけれど、人間より優しいかもしれないと期待を抱いていた。最後のあいさつでエリオは「ありがとう」と囁いた。ジェイ77は胸の底が熱くなり、涙をこぼしたが、エリオはわざと顔を逸らして目を合わせなかった。
短いようで長かったエリオとの同居は終わりだ。この地球がどうなるかは知らない。でも、自分はご主人様の幸せのために生きるんだから、この道しか知らない。
プシュケー、ピュシス、アガペー、ジェイ77は手を繋いで呪文で描いた円の中に入った。すぐに大きな光柱が降りてきて一瞬で光ったが、すぐに4人の姿は見えなくなった。煌々しい光の輝きに一瞬目を瞑った人々は、一瞬でいなくなった神々の霊力に感嘆してたちつくんでいた。
その神々しい光景に惹かれている間もなく、急にドカンと大きな爆弾の音が響いた。慌てる人々の間を押し付けてくる装甲車が数台見える。
「始まりだ!俺たちの勝利のために戦うぞ!」
神殿に向かってくる武装した軍隊と装甲車の陣は新たな終わりと始まりを警告している。
【完】
ジェイ77は故障して廃棄処理を待たされたロボットだった。廃棄ロボット管理所の焼却炉に運ばれる予定だったが、エリオ様が間一髪で救いの手を差し伸べてくれて生き残れた。時世はロボットの自由権利を守護しようとするリベラル派と、ロボットの権利や自由を束縛し、人間の附属品としてこき使おうとする保守派の戦いで、激動の波に乗っていた。
ご主人のエリオはリベラル派で、破棄予定のロボットの運搬や処理全工程に責任を持つ所長だ。ジェイ77が廃棄ロボット管理所に運ばれてきて、修正可能なロボットか、修正不可能なロボットかを再確認する時には、修正不可能と判定を受けて焼却炉行きになった。しかし、偶然所長のエリオが焼却炉行きの倉庫を視察し、捨てられていたジェイ77を見て、一目惚れして自腹で購入したわけだ。
ご主人のエリオはバツイチの48歳で大学2年生の一人娘と同居中だ。ジェイ77は製造10年で閨事専用のロボットだ。ジェイ77が新製品として出た途端、前の主人のジョンが気に入って親に頼んで買ってもらったのだ。ジョンは大手外資会社の坊ちゃんで、大学合格のプレゼントとしてジェイ77をもらった。ジョンは初めは優しかったが、段々、ジェイ77に飽きてきて、5年目になるとほったらかしにして、10年目には捨ててしまった。もう、愛情も何の感情の欠片もなかった。片思いだけの恋は長続きしない、ジェイ77の萎れてしまった心の傷は癒えないままだった。
技術と念力の進化を成し遂げた現世では、物理的な富と精神的な富が氾濫し、人間の道楽は限度を知らず、神の霊域まで線を越えてしまった。長年、人間の生き方を遊び心で見ていただけの神は、AIロボットに心を創ってあげ、人間とロボットが混沌し、神の真似をしている悪態に激怒して、とうとう地上に降りてきた。
12次の神々は地球を含む第1974体系を整えるために、3回も会議を開き、3次の神々を地球に送った。初めて神の降臨を目の当たりにした人間は戸惑い、猜疑心満々だったが、神の啓示により、疑いは剥がれ、尊い念で崇めるようになった。精神の周波数を担うプシュケー、自然界を担うピュシス、愛を担うアガペーの3次の神々は人間界で人間とロボットの共生を導いて沢山の改革を成し遂げた。
神が暮らす神殿では、人間とロボットを対象に多様なセミナーが開催され、生きる幸福感に拍車をかけてくれる。ご主人のエリオは大神殿で主催するすべてのセミナーに漏れなく参加していたので、セミナーの講師を務めていた神々と仲良くなった。その故、大神殿によく向かい、神々とお茶をともにするのが些細な楽しみになっていた。
ご主人のエリオはジェイ77と一緒になってもう3年も経っているのに、一度も閨事を誘わない。ただ、ジェイ77を娘と同様に家族のように接してくれた。ジェイ77はいつかはご主人様の閨の相手をしないと思い、常に心の準備をしていた。だが、出会って1年でやっとご主人のエリオは自分を性的な意味で見ていないと気付いた。
穏やかな日々はせせらぎのように流れていき、3年という時間の重みがジェイ77にこれまで感じたことがない生きる喜びを味わわせてくれた。ジェイ77は閨事専用のロボットから家事専用のロボットに転職したわけだ。
昼食を終えたジェイ77は後片付けをしていたら、ご主人のエリオが帰宅した。
「いやぁ、こりゃマズいな…吹雪、ひどくなってきたな。ジェイ、ちゃんと元気にしてたか?」
笑顔のエリオを見て、ジェイ77はやっと心が晴れやかになった。
「お帰りなさい。はい、元気ですよ。わ、雪がますます降ってきますね。ご用は済みました?」
「うん、新年の祝福際の準備ってな。デモとか争いが多かった今年より来年こそは、落ち着いて暮らせるとありがたいんだが」
豊かさに酔って高慢になった人間はロボットをペットのように飼い始め、摩擦が生じ、膨らんだ葛藤は積もり、争いを起こしてしまった。捨てられるロボットの機権主張と犯罪の増加による問題が年々深刻になっている。寛容と受容で接したら、ロボットも人間も調和して生きられるものの、欲張りな人間は支配者になって全てをコントロールしたかった。欲は憎しみを呼び、軋轢は血を招く争いへと進んだ。廃棄される予定のロボットが逃げ出し、人間の弾圧に抗う連盟を作り、あちこちでデモや衝突を誘発した。
エリオは長年ロボットの機権を守るデモに参加し、時代の激動に煩悩されていた。ジェイ77はテレビでデモや衝突のニュースを耳にするが、どうせただの機械分際のロボットには人間の奴隷としてしか生きられないと諦念を抱いていた。ご主人のエリオが踏ん張ってデモに参加しているのを見ても何も感じなかった。
ジェイ77は、長期間にわたり人間の奴隷として生きてきたことに慣れてしまい、他の考え方をする余地がなかった。人生は宿命があり、いくら藻掻いてももっと苦しくなるだけだと思い込んでいた。だが、ご主人のエリオに出会って、生きることに対して希望を抱くようになり、日々の穏やかな安定感に感謝するようになった。
毎朝見える広い空、挨拶してくれる鳥や猫、前髪をくすぐる甘い風、鼻を透き通る緑の香りなど、愛おしい日々の宝石の輝きが見えるようになった。幸せって苦労して手に入れることではなく、ただ自然に心で感じることだと思ったジェイ77は、ぱあっと明るい笑みを零す素直な子に変わった。
ご主人のエリオと彼の娘のアンとの同居は楽しくて平和な温もりがあった。大学で臨床心理学を勉強しているアンは真面目で元気な子だ。家でいるときにはジェイ77を使用人ではなく、家族のように大切にしてくれた。テレビの中のむごい争いが余りにも非現実に感じられたため、ジェイ77を揺さぶることはなかった。ジェイ77は世間一般には無関心だった。
時間は北風と共に巡り、新年の元日になった。首都のフェリクスの大通りの神殿では、祝福祭のため、大勢の人々が集まって賑やかな躍動感に満ちている。朝11時の式に合わせて、祭司と3次の神々が神殿の祭典に現れた途端、しーと静まり、殿内は敬虔な雰囲気に包まれた。
祭壇に供え物を捧げ、祝詞を詠う祭司がプシュケー、ピュシス、アガペーへ深くお辞儀をして式の最後のダンスを始めようとする時だった。トーガンと大きな爆発音が神殿の裏庭から響いた。集まった人々は一斉に慌てて狼狽した。神殿を守る警備たちも慌ててどんなことが起きているか裏庭に向かって走り出す。
右往左往する人々をただ無口で見ているだけの神々は、予想通りの出来事に冷静な表情をしている。暫くして、警部が神々に近づいて密かに話す。
「負傷者はいないそうです。万全で守備に臨みましたが、予想外のことで申し訳ございません」
愛想の良いアガペーが穏やかな顔で返す。
「大丈夫です。死傷者が出なかったことだけで安心しました。さて、もうお開きにしますかね」
「犯人は保守派だと。やり方が巧妙で、先月発表されたロボット機権に関する神々の寛容な立場に反感を持ったと思います。保安局が素早く証拠を掴めると思います」
と意見を述べた警部が深々とお辞儀をして現場に戻る。鋭い目つきのプシュケーはふんと鼻で笑って神殿の中へ入ってしまった。人々はもう恐れを越えて興味津々で警察と保安局の動きを見つめていた。
現場に残って警察や保安局員の調査を綿密に見つめていたエリオは娘のアンが呼びに来るまではビクとも動かなかった。ジェイ77は爆発が起こった時に、びっくりして気を失った。走ってきた救急隊員に付き添われて病院に運ばれたが、大したことではなかったため、アンが連れて戻ったわけだ。
日が沈み、空が濃い紫色で染まり始めると、人々は踵を返して神殿を離れて行った。エリオは後片付けを助けようと乗り気で現場に立ち尽くんでいる。今日の出来事で何かが発足されて変化が起こることはない。これまで爆弾を仕掛けても人的な被害が出なかったため、政府は徹底的に対応してこなかった。今回もただ2,3日間くらいマスコミ沙汰で収まると誰でも感じていた。
一昨日の祝福祭での爆発事件はやっぱり保守派の仕業だと判明された。神殿の神々がロボットの権利を主張して機権について擁護した立場を宣明したため、保守派の若者たちが企んだ事件だった。
暫く神殿は閉館になった。プシュケー、ピュシス、アガペーは静かにお茶を飲みながら今後の予定について話していた。
「いつまでこの星で仕事しないといけないのかな、早く本所に戻りたいー」
プシュケーがぶっきらぼうに言い出す。
「そろそろ私たちにできることもないので、本所から指令が出ると思いますよ」
ふわふわな笑みを含んでアガペーが言い返す。
「保守派とリベラル派の衝突によって、緊張が張っていることは変わらないでしょう。神が創ったこの宇宙で偶然物質の発火によって生命が生まれた。その責任を取るために人間界で降りたんだから、いくらでも援けようとしても。。。どこまで干渉したらよいのかな。。。で、このざまを見ろ、もう神の威厳を軽んじているぞ」
大きな体を反らし、頭を掻きながら口を開いたピュシスは、うんざりした表情をしている。
降臨してもう5年を迎える。初めての激しい戦争は収まって、デモや爆弾テロに方向性を変えたものの、安心できる状況ではない。プシュケーは人間界に全く関心がなかった。ピュシスは人間界を興味津々にゲームのように見ている。アガペーは人間たちを自分の子のように哀れな気持ちで見ていた。
新年の祝福祭でのテロ事件を直に目の当たりにしたジェイ77は、人が集まる場所を避けるようになり、家へ籠る事態になった。ご主人のエリオが付き添う時だけに散歩や買い物を済ませた。テロ犯は逮捕されたが、いろいろな組織があって、警察の目を逃れて動くので、全圧は厳しいのだ。
ジェイ77は書斎の本で見た分句を思い出す。
『人間はお互いに合わさない。違いを認めてこそ、自分の存在感を見いだすからだ』
運よく今のご主人に出会って思い存分楽に暮らしているけれど、もし廃棄処分されたら、自分はこの世でもう存在すらしないだろう。再び与えられた人生を有意義に生きたいと願った。夜伽を務めなくなったから自由になれたのではなく、自分の意志を言えるようになったから自由だと感じた。
神殿は新しい信託にそわそわしていた。本所から戻ってくるようにとの指令が下りたからだ。神々はもろもろを整理して帰還する準備で忙しい。アガペーと仲が良かったエリオは複雑な心境で手伝いをしている。
「もう来月に帰りますね。本当に寂しくなりますよ」
肩を落としているエリオがアガペーと二人になった途端、口を開いた。
「エリオさんには本当にお世話になり、感謝しています。離れてもテレパシーで会話はできるので、そんなに気を落とさないでくださいね」
お茶目なアガペーが美しい笑みで言った。
エリオはアガペーが大好きだ。いや、愛していると言った方が正しいと思う。エリオより高く、美しく、親切なアガペーは鼻高別の神とは違って、親しみやすいオーラがあった。
別れを惜しむ時間もあっという間に過ぎてしまって、もう神々の帰還の日が明日と迫ってきた。風呂上がりのジェイ77は、一人でビールを呑んでいるご主人エリオの機嫌が好ましくないことに気づいた。
「大丈夫ですか?エリオ様。何を手伝いましょうか?」
優しい鈴のような声に促されて顔を上げたエリオは、真剣な眼差しで真っすぐにジェイ77の紫瞳を射る。
「ねぇ、ジェイ、別の惑星で暮らしてみるかい?」
不意打ちの話にぽかんとなったジェイ77は言葉を失った。
「実はアガペー様が帰還なされ、友情の証としてお前をあげたいんだ。お前の体のメモリチップに俺との思い出をコーディングしたら、向こうでも俺と繋がるから。まぁ、強制ではない。ただ訊くだけだから」
急に黙り込んだエリオの目は悲しみに満たされていた。ジェイ77は心が引き裂かれるような痛みを覚えた。そうなんだ。みすぼらしい自分を完全に愛してくれる人はいないのを忘れていた。私は命令に従うしかできないしょせんロボットだ。いつかそうなるとは思っていたが、ちょっと早めに来てしまった。息を飲み込んだ後、やっと口を開くジェイ77は無表情で涼しい目じりを緩んでいた。
「はい、ご主人様の望みなら、別の惑星でも構いません」
あっさり頷いてくれるジェイ77を見て、「ありがとう」と言って涙を拭くエリオは少年のような気の抜けた雰囲気があった。
ジェイ77は明日この地球を離れて別の銀河の惑星に向かう。初めての経験で怖くて体がぶるぶる震えるほど落ち着きがなかった。でも、ご主人のエリオと約束したので、新しく更新されたメモリチップを搭載してこの星を離れる。
神殿の広場には大勢の人々が神々の昇天を見たくて集まっていた。エリオは既にジェイ77をアガペーに手渡して最後の挨拶を交わした。アガペーは意外なプレゼントに驚いたが、気を取り直して感謝の言葉を述べた。
ジェイ77は神の住む惑星や銀河に関して聞いたことも見たこともないけれど、人間より優しいかもしれないと期待を抱いていた。最後のあいさつでエリオは「ありがとう」と囁いた。ジェイ77は胸の底が熱くなり、涙をこぼしたが、エリオはわざと顔を逸らして目を合わせなかった。
短いようで長かったエリオとの同居は終わりだ。この地球がどうなるかは知らない。でも、自分はご主人様の幸せのために生きるんだから、この道しか知らない。
プシュケー、ピュシス、アガペー、ジェイ77は手を繋いで呪文で描いた円の中に入った。すぐに大きな光柱が降りてきて一瞬で光ったが、すぐに4人の姿は見えなくなった。煌々しい光の輝きに一瞬目を瞑った人々は、一瞬でいなくなった神々の霊力に感嘆してたちつくんでいた。
その神々しい光景に惹かれている間もなく、急にドカンと大きな爆弾の音が響いた。慌てる人々の間を押し付けてくる装甲車が数台見える。
「始まりだ!俺たちの勝利のために戦うぞ!」
神殿に向かってくる武装した軍隊と装甲車の陣は新たな終わりと始まりを警告している。
【完】
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そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
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