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25話
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「なんだこれ?見たことないぞ」
吉三はしのから渡されたそれを手に取り、しげしげと眺めた。
しのが吉三からお使いを頼まれた翌日、さっそく父に聞いて栗の材木を手に入れ、雑炊と一緒に吉三に持っていった。
それだけではなく、しのの手元にあった謎の道具も渡し、知っているか尋ねたのだ。
「物知りのアンタでさえ見たことないのか?」
「俺はそこまで物知りじゃないよ。でもそれにしたって、何に使うのか、さっぱり分からない・・・」
吉三はその道具を掲げたりひっくり返したりしながら調べる。
その様子で、本当に知らないことが分かった。
吉三なら知っていると思ったのだが・・・
「アンタですらお手上げとは残念だな。他に知ってそうなヤツはいるかい?」
「いるとすれば、よく町に行って珍しいものを見る庄屋様とかだけど・・・分かるかどうか・・・」
「そっか・・・」
「ところで、これをどこで手に入れたんだい?」
いつの間にかツヅラの中にあった、などと本当のことを言えるはずがない。
「昨日、ここからの帰り道に落ちてたんだよ。藪の中にあったから、誰か落としたのかと思って」
これなら上手くごまかせただろう。
吉三は眉根を寄せて呟く。
「この辺りは普段だれも通らないから、誰かが落とすなんてことないはずだけど・・・」
そういえば、ここは村の端っこ。
しの以外、出歩いているのを見たことがない。
冷や汗を垂らしていると、吉三は顔を上げてしのを見て、
「なんの道具かわからないけど、試しに調べてみるよ。時間はたっぷりあるからね」
あの柔らかい笑みを浮かべて言う。
しのは肩の荷が降りたような気がし、謎の道具を吉三の元へ置いて帰ることにした。
その帰り道、橋の手前で、またもや庄屋と村人数人が集まっていた。
何やら、難しい顔をして話をしている。
そのうちの一人がしのに気づき、声をかけてきた。
「お前さん、川向うに住んでいるしのか。今日は一人か?」
「そうだよ、どうしたんだい?」
村人の視線の先には、無惨に土を掘り起こされた畑と、何者かに食い荒らされた大根。
大根は土にまみれ、かじられた跡が白く光っている。
こんなこと、人間がするはずない。
「昨日の夜、このあたりでイノシシが出たらしくてな。お前さん、ここに来るまで見ていないかい?」
そういえば、見たことがない老人の猟師が、イノシシが出るとか言っていたっけ。
もしかして、そのイノシシが出たのか?
「ここに来るまでは見ていないよ。ずっと草むらを歩いてたから、動物の足跡があったかもわかんない」
そう聞いた村人たちは、ため息をつき、ガックリと肩を落とした。
「ここまで食い荒らされたんじゃあ、一冬食っていけねぇよ」
「早く見つけねぇと、他の畑も、もっと荒らされるぞ」
村人たちが顔を寄せ合って協議を始めたと同時に、一人の老人が畑から橋に近づいてきた。
しのが蛇の抜け殻をもらった、あの老人の猟師だ。
「おう、嬢ちゃん、また会ったな」
「知り合いですか?」
庄屋が老人に問いかける。
「前にこの辺りで会ったんだよ。お前さん、今日も一人か?誰かと一緒にいるようにって言っただろう」
そういえば、そんなことも言われてたような。
蛇の抜け殻が嬉しくて、すっかり忘れていた。
「それで、どうでした?」
庄屋が老人を見る。
老人は背後の山を見て、答えた。
「足跡は、あの山の中に続いていた。足跡が同じだから、やはり、儂が追っているあのイノシシのようだ」
「厄介ですね・・・ぼちぼち冬野菜の収穫も始まったところなのに」
「だからこそ、うまそうな野菜をつまみ食いしてるんだろう。こういう時ほど、山に住んでいる連中の舌は信用できる」
「茶化さないでください」
「この村の作物がそれくらい美味いってことだ。作り手として、これ以上嬉しいことはないだろう?ハハハ」
腕組みして、厳しい顔の庄屋とは対象的に、老人は飄々とした顔で笑っている。
まあ、老人はこの村の人間ではないから、他人事でいられるのだろうが、庄屋の背後にいる村人たちはいい気はせず、冷たい視線を送っている。
こいつ、猟師ならさっさと捕まえにいけよ、なんでこんな所でのんびりしてるんだよ。
思わず、しのも冷たい目で見てしまう。
と、いきなり老人が真面目くさった顔でしのに問いかける。
「で?お前さんはなんで一人なんだ?」
先ほどとは打って変わり、厳しい目をしている。
聞かれたしのは、思わず視線をそらす。
「父ちゃんもねえちゃんも用事があるって言うから・・・」
今度は、老人がしのに冷たい目線を送る番だった。
「ふうん、おおかた、親に言うのを忘れてたんだろ。全く、ごまかせると思ったか」
図星を当てられ、しのは老人から視線を外したまま肩をビクつかせる。
「仕方ない、見回りがてらこの子を家まで送っていくわい」
「分かりました。で、どうしますか?どこかで罠でも張りますか?」
腰に手を当て、上体をそらして伸びをする老人に、庄屋が提案する。
伸び終わった老人は、空を見上げて答える。
「いや、このイノシシは慎重なヤツだ。儂らが罠を作って待ち構えていても、その通りには動かない。もう少し、ヤツがどこをどう動くか見極めないと、仕留められないと思う」
「なるべく早くに終わらせたいものです」
「まあ、こればっかりはイノシシに聞かないとわからんがな、ハハハ」
老人は白い歯を見せながら、また笑い、庄屋がため息を付く。
一通り笑い終えた老人は、思い出したように庄屋に問う。
「そういえば、この嬢ちゃんと会った時、近くに小屋があったんだが、誰が住んでいるんだ?あんな所に住んでいるのは、危ないだろう」
問われた庄屋は、不思議そうな顔で老人を見る。
「小屋なんてあるんですか?桶とかカゴとかを置いている小屋ではなく?」
「ああ」
「あんなところに人が住んでいるなんて、聞いたことがありません。何かの間違いでは?」
この村を指導している庄屋が、吉三のことを知らないなんて、あり得るのか?
だって、庄屋なら、誰がどこに住んでいるのか分かっているはずだろう?
しのは、老人と庄屋との会話に割って入った。
「あそこには吉三が住んでいるんだよ。知ってるだろう?」
「ほう!あの吉三か!」
「吉三だって?」
老人は思い出した、というような声を上げたが、庄屋の顔は対象的に厳しくなり、眉間のシワが深くなった。
「私は、吉三は実家に住んでいると当主から聞いている。最近、吉三の姿を見たことはないが、離れて暮らしているなんて、聞いたことないんだが」
庄屋はなぜか、火がつくのではないか、と思わせるほどの厳しい目でしのを見てきた。
いや、吉三を小屋に住まわせてるのはアタイじゃないし!そんな目で見るなよ!
ということは、吉三の兄貴は・・・
「さて、これ以上、長々と話していても仕方ない。儂はこの子を送っていくわい。お前さんたちもそれぞれ持ち場に戻ると良い」
老人の声がけを合図に、集まった村人たちが一人、二人と去っていった。
それでも庄屋は残り、厳しい目を老人に向けていた。
「私は、吉三がそんな扱いを受けているとは、聞いていない」
「それは吉三の兄貴に聞くしかないだろう。くれぐれも、責めたりするなよ」
庄屋は不承不承といった様子で頷き、しのたちと別れた。
しのは、老人と並んで歩き始める。
しのの方が体が小さい分、歩幅も小さく動きが遅いのだが、老人はそんなしのに合わせて歩いている。
その歩調は、しのが知りたいことを聞かせてくれる気がした。
「なあ、アンタは吉三を知っているのか?」
さっき、老人は吉三のことを知っているような口ぶりだった。
「ああ、庄屋から聞いたことがある。ずいぶん頭の良い若者がいると言っていてな、実家の畑を耕すだけではもったいないと悔しがってたぞ」
あの庄屋が悔しがる、なんてことがあるのか。
それにしても、吉三の頭の良さはみんなが認めていたんだ。
なのに。
「吉三の兄貴は、吉三をどうしたいんだ?あんな所に閉じ込めるようにして」
隣で聞いていた老人の目つきが厳しくなった。
吉三の様子について、庄屋に嘘をつくとはどういうことだろう?
吉三に関わるな、とでも言いたいのか?
あるいは、吉三を孤立させたいのか?
「お前さんは、どう思う?」
唐突に、老人がしのに問いかけてきた。
その目の中には、先程の厳しい様子はなく、何かを面白がるような好奇心の色があった。
「どうって、その家の事情があるのはわかるけどさ、吉三は頭がいいんだ。兄貴だってそれが分かってるなら、使い所を与えればいいと思うよ。その方が家のためになるし、もっと金を稼げるだろう?」
しのが答えると、老人はウンウンと頷く。
「嬢ちゃんの言うとおりだ。人間には、それぞれに合った使い所がある。それを見極めるのは難しいが、それができれば、吉三の兄貴はもっとでかい男になれるのになぁ」
老人がしみじみと言う様子を見た時、しのはなんとなく、
「もしかして、吉三の兄貴はずっと昔からそんなことを言われてたのか?」
と、思ったことを口にしたら、老人は何かを懐かしむような顔になった。
「そうだなぁ、長男だからという理由で、跡継ぎにふさわしいように、なんて、色々制限されて育てられてたな。しかも、一番下には親からとびきり可愛がられて優秀で、みんながちやほやする。いい気はしないだろう」
「そうなのか?」
「弟は可愛くていい子だ、それに比べれば兄貴は・・・なんて視線に囲まれて生きていたいか?」
それは、確かに嫌な気持ちだ。
自分は自分でしかないのに、どこかの誰かと勝手に比べられて、勝手に期待されて、勝手に失望される。
とんでもなく理不尽な世界だ。
「だからといって、兄貴が弟を雑に扱っていいはずはない」
勝手に比べてきたのは周りの人間なのに、今は弟に対して、その恨みをぶつけるようなことをしている。
子どもの八つ当たりみたいだが、当の本人でないとわからないこともあるのだろう。
そう、老人は話を締めくくった。
「ところで、嬢ちゃんは明日もあの小屋に行くのか?」
「うん、雑炊を届けなきゃいけないから」
「なら、明日は儂が護衛につこう。嬢ちゃん一人では危ない」
「そんなのいらないよ、子どもじゃあるまいし」
老人は吐息がわかるくらい顔を近づけてきた。
近い近い、じいさんの口の匂いがする。
「嬢ちゃんはどう見ても子どもだ。イノシシに襲われた子どもが死んだこともある。襲われたら、一人でなんとかできるのか?」
「そんなの、逃げればいいだろ。もしくは、木の上に登るとか」
「いつまでも木の上にいるわけにはいかんだろう。ともかく、明日は、儂が小屋までの護衛をするからな」
「いらないって言ってんじゃん!」
「子どもは大人に甘えるもんじゃ」
しのの話を聞いていない返答をして、老人は歩く。
蛇の抜け殻は金ではなく、変な老人を連れてきたようだ。
吉三はしのから渡されたそれを手に取り、しげしげと眺めた。
しのが吉三からお使いを頼まれた翌日、さっそく父に聞いて栗の材木を手に入れ、雑炊と一緒に吉三に持っていった。
それだけではなく、しのの手元にあった謎の道具も渡し、知っているか尋ねたのだ。
「物知りのアンタでさえ見たことないのか?」
「俺はそこまで物知りじゃないよ。でもそれにしたって、何に使うのか、さっぱり分からない・・・」
吉三はその道具を掲げたりひっくり返したりしながら調べる。
その様子で、本当に知らないことが分かった。
吉三なら知っていると思ったのだが・・・
「アンタですらお手上げとは残念だな。他に知ってそうなヤツはいるかい?」
「いるとすれば、よく町に行って珍しいものを見る庄屋様とかだけど・・・分かるかどうか・・・」
「そっか・・・」
「ところで、これをどこで手に入れたんだい?」
いつの間にかツヅラの中にあった、などと本当のことを言えるはずがない。
「昨日、ここからの帰り道に落ちてたんだよ。藪の中にあったから、誰か落としたのかと思って」
これなら上手くごまかせただろう。
吉三は眉根を寄せて呟く。
「この辺りは普段だれも通らないから、誰かが落とすなんてことないはずだけど・・・」
そういえば、ここは村の端っこ。
しの以外、出歩いているのを見たことがない。
冷や汗を垂らしていると、吉三は顔を上げてしのを見て、
「なんの道具かわからないけど、試しに調べてみるよ。時間はたっぷりあるからね」
あの柔らかい笑みを浮かべて言う。
しのは肩の荷が降りたような気がし、謎の道具を吉三の元へ置いて帰ることにした。
その帰り道、橋の手前で、またもや庄屋と村人数人が集まっていた。
何やら、難しい顔をして話をしている。
そのうちの一人がしのに気づき、声をかけてきた。
「お前さん、川向うに住んでいるしのか。今日は一人か?」
「そうだよ、どうしたんだい?」
村人の視線の先には、無惨に土を掘り起こされた畑と、何者かに食い荒らされた大根。
大根は土にまみれ、かじられた跡が白く光っている。
こんなこと、人間がするはずない。
「昨日の夜、このあたりでイノシシが出たらしくてな。お前さん、ここに来るまで見ていないかい?」
そういえば、見たことがない老人の猟師が、イノシシが出るとか言っていたっけ。
もしかして、そのイノシシが出たのか?
「ここに来るまでは見ていないよ。ずっと草むらを歩いてたから、動物の足跡があったかもわかんない」
そう聞いた村人たちは、ため息をつき、ガックリと肩を落とした。
「ここまで食い荒らされたんじゃあ、一冬食っていけねぇよ」
「早く見つけねぇと、他の畑も、もっと荒らされるぞ」
村人たちが顔を寄せ合って協議を始めたと同時に、一人の老人が畑から橋に近づいてきた。
しのが蛇の抜け殻をもらった、あの老人の猟師だ。
「おう、嬢ちゃん、また会ったな」
「知り合いですか?」
庄屋が老人に問いかける。
「前にこの辺りで会ったんだよ。お前さん、今日も一人か?誰かと一緒にいるようにって言っただろう」
そういえば、そんなことも言われてたような。
蛇の抜け殻が嬉しくて、すっかり忘れていた。
「それで、どうでした?」
庄屋が老人を見る。
老人は背後の山を見て、答えた。
「足跡は、あの山の中に続いていた。足跡が同じだから、やはり、儂が追っているあのイノシシのようだ」
「厄介ですね・・・ぼちぼち冬野菜の収穫も始まったところなのに」
「だからこそ、うまそうな野菜をつまみ食いしてるんだろう。こういう時ほど、山に住んでいる連中の舌は信用できる」
「茶化さないでください」
「この村の作物がそれくらい美味いってことだ。作り手として、これ以上嬉しいことはないだろう?ハハハ」
腕組みして、厳しい顔の庄屋とは対象的に、老人は飄々とした顔で笑っている。
まあ、老人はこの村の人間ではないから、他人事でいられるのだろうが、庄屋の背後にいる村人たちはいい気はせず、冷たい視線を送っている。
こいつ、猟師ならさっさと捕まえにいけよ、なんでこんな所でのんびりしてるんだよ。
思わず、しのも冷たい目で見てしまう。
と、いきなり老人が真面目くさった顔でしのに問いかける。
「で?お前さんはなんで一人なんだ?」
先ほどとは打って変わり、厳しい目をしている。
聞かれたしのは、思わず視線をそらす。
「父ちゃんもねえちゃんも用事があるって言うから・・・」
今度は、老人がしのに冷たい目線を送る番だった。
「ふうん、おおかた、親に言うのを忘れてたんだろ。全く、ごまかせると思ったか」
図星を当てられ、しのは老人から視線を外したまま肩をビクつかせる。
「仕方ない、見回りがてらこの子を家まで送っていくわい」
「分かりました。で、どうしますか?どこかで罠でも張りますか?」
腰に手を当て、上体をそらして伸びをする老人に、庄屋が提案する。
伸び終わった老人は、空を見上げて答える。
「いや、このイノシシは慎重なヤツだ。儂らが罠を作って待ち構えていても、その通りには動かない。もう少し、ヤツがどこをどう動くか見極めないと、仕留められないと思う」
「なるべく早くに終わらせたいものです」
「まあ、こればっかりはイノシシに聞かないとわからんがな、ハハハ」
老人は白い歯を見せながら、また笑い、庄屋がため息を付く。
一通り笑い終えた老人は、思い出したように庄屋に問う。
「そういえば、この嬢ちゃんと会った時、近くに小屋があったんだが、誰が住んでいるんだ?あんな所に住んでいるのは、危ないだろう」
問われた庄屋は、不思議そうな顔で老人を見る。
「小屋なんてあるんですか?桶とかカゴとかを置いている小屋ではなく?」
「ああ」
「あんなところに人が住んでいるなんて、聞いたことがありません。何かの間違いでは?」
この村を指導している庄屋が、吉三のことを知らないなんて、あり得るのか?
だって、庄屋なら、誰がどこに住んでいるのか分かっているはずだろう?
しのは、老人と庄屋との会話に割って入った。
「あそこには吉三が住んでいるんだよ。知ってるだろう?」
「ほう!あの吉三か!」
「吉三だって?」
老人は思い出した、というような声を上げたが、庄屋の顔は対象的に厳しくなり、眉間のシワが深くなった。
「私は、吉三は実家に住んでいると当主から聞いている。最近、吉三の姿を見たことはないが、離れて暮らしているなんて、聞いたことないんだが」
庄屋はなぜか、火がつくのではないか、と思わせるほどの厳しい目でしのを見てきた。
いや、吉三を小屋に住まわせてるのはアタイじゃないし!そんな目で見るなよ!
ということは、吉三の兄貴は・・・
「さて、これ以上、長々と話していても仕方ない。儂はこの子を送っていくわい。お前さんたちもそれぞれ持ち場に戻ると良い」
老人の声がけを合図に、集まった村人たちが一人、二人と去っていった。
それでも庄屋は残り、厳しい目を老人に向けていた。
「私は、吉三がそんな扱いを受けているとは、聞いていない」
「それは吉三の兄貴に聞くしかないだろう。くれぐれも、責めたりするなよ」
庄屋は不承不承といった様子で頷き、しのたちと別れた。
しのは、老人と並んで歩き始める。
しのの方が体が小さい分、歩幅も小さく動きが遅いのだが、老人はそんなしのに合わせて歩いている。
その歩調は、しのが知りたいことを聞かせてくれる気がした。
「なあ、アンタは吉三を知っているのか?」
さっき、老人は吉三のことを知っているような口ぶりだった。
「ああ、庄屋から聞いたことがある。ずいぶん頭の良い若者がいると言っていてな、実家の畑を耕すだけではもったいないと悔しがってたぞ」
あの庄屋が悔しがる、なんてことがあるのか。
それにしても、吉三の頭の良さはみんなが認めていたんだ。
なのに。
「吉三の兄貴は、吉三をどうしたいんだ?あんな所に閉じ込めるようにして」
隣で聞いていた老人の目つきが厳しくなった。
吉三の様子について、庄屋に嘘をつくとはどういうことだろう?
吉三に関わるな、とでも言いたいのか?
あるいは、吉三を孤立させたいのか?
「お前さんは、どう思う?」
唐突に、老人がしのに問いかけてきた。
その目の中には、先程の厳しい様子はなく、何かを面白がるような好奇心の色があった。
「どうって、その家の事情があるのはわかるけどさ、吉三は頭がいいんだ。兄貴だってそれが分かってるなら、使い所を与えればいいと思うよ。その方が家のためになるし、もっと金を稼げるだろう?」
しのが答えると、老人はウンウンと頷く。
「嬢ちゃんの言うとおりだ。人間には、それぞれに合った使い所がある。それを見極めるのは難しいが、それができれば、吉三の兄貴はもっとでかい男になれるのになぁ」
老人がしみじみと言う様子を見た時、しのはなんとなく、
「もしかして、吉三の兄貴はずっと昔からそんなことを言われてたのか?」
と、思ったことを口にしたら、老人は何かを懐かしむような顔になった。
「そうだなぁ、長男だからという理由で、跡継ぎにふさわしいように、なんて、色々制限されて育てられてたな。しかも、一番下には親からとびきり可愛がられて優秀で、みんながちやほやする。いい気はしないだろう」
「そうなのか?」
「弟は可愛くていい子だ、それに比べれば兄貴は・・・なんて視線に囲まれて生きていたいか?」
それは、確かに嫌な気持ちだ。
自分は自分でしかないのに、どこかの誰かと勝手に比べられて、勝手に期待されて、勝手に失望される。
とんでもなく理不尽な世界だ。
「だからといって、兄貴が弟を雑に扱っていいはずはない」
勝手に比べてきたのは周りの人間なのに、今は弟に対して、その恨みをぶつけるようなことをしている。
子どもの八つ当たりみたいだが、当の本人でないとわからないこともあるのだろう。
そう、老人は話を締めくくった。
「ところで、嬢ちゃんは明日もあの小屋に行くのか?」
「うん、雑炊を届けなきゃいけないから」
「なら、明日は儂が護衛につこう。嬢ちゃん一人では危ない」
「そんなのいらないよ、子どもじゃあるまいし」
老人は吐息がわかるくらい顔を近づけてきた。
近い近い、じいさんの口の匂いがする。
「嬢ちゃんはどう見ても子どもだ。イノシシに襲われた子どもが死んだこともある。襲われたら、一人でなんとかできるのか?」
「そんなの、逃げればいいだろ。もしくは、木の上に登るとか」
「いつまでも木の上にいるわけにはいかんだろう。ともかく、明日は、儂が小屋までの護衛をするからな」
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