花筏

ミミック

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春の宵

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はるよい

 母上達は長い話をしているようだった。
 普段なら、店の中を切り盛りする女中頭と、経理や反物の仕込みを担う番頭を呼びつけて、今日の帳簿と今後の売上高や口入れ先を調整している時刻だった。
 湯浴みもすんでしまい、明日の私塾の予習も済ませてしまった修治は、庭を歩いていた。
 月の丸い夜だ。周囲が青黒く沈んで、庭の池に揺蕩たゆたうもう一つの月が、泳ぐにしきに崩されていく。
 白い梅の花が、はらりとこぼれ落ちる。
 昨日の春一番で、玉砂利の上は、縁を鳶色とびいろに染めた梅の花弁であふれ、しっとりした艶を見せている。
(こんな夜は…)
行燈もいらないな、と思った。青い夜を、炎で焦がすなど風情がないと思った。
(妹をどうするんだろう)
 庭先から、母上達のたむろす部屋が見える。笑い声1つなく、行燈のほのかな灯りが、障子戸越しに確認できるばかりだ。
(父上は5年間この家に置きたいと言ったが)
どういう意味なのだろう。
 何処かの有力な家柄に、妹の縁談を取り付けたいのだろうか。
 大店として家々をみていると、子が多いと良いことが沢山ある事が修治にも理解できていた。
 不慮の事故で跡継ぎが亡くなっても、替えがきく。
 なにより、閨閥けいばつが出来る点が、店の発展にとってどれほど重要なことか。
 大店の跡継ぎに娘や息子を娶らせれば、その繋がりは強くなる。財閥を作り上げることで商売は多岐にわたり、口入れや融通が利きやすくなる。
(父上はそれを考えているのだろうか)
それなら相当な大店のもとへ嫁がせなくては、母上は了承しないだろう。
しかし、と苦い顔をして足元に落ちる自身の影を見る。
(まるで道具のように)
扱うなんて、と言う言葉は、心の中でも飲み込んだ。言ってはならない気がした。言い捨てる権利もないと思った。

 ところでと、庭先の石灯籠に寄り掛かり、月を仰ぎ見る。
 月子という遊女はどうしたのだろうと、思った。
 女中頭の話では、明言されなかったが流れからして妹の母は月子だ。また、父は当然修治の父と同一人物であろう。
でなければ、この家に連れてくるいわれがない。
 ぽちゃ、と錦が尾で水面を内側からなでた。
 濡れた鱗が妖しく照り、暗い水中に消える。
(月子は役人の妾となったが、その後父上とまた関係を結んだのだろうか)
 一度遠目で遊女を見たことがあった。おそらく格安の遊女で、御座を抱えて外で客と寝る、夜鷹よたかと呼ばれるものだ。
その人は着崩した流しに、簪をたいそう着けて、寒そうに客に声をかけていた。
 美しい容姿ではなく、むしろ醜い分類にはいる見てくれだったが、遊女と言われるとドキリとするものがあった。
(月子は、どうしたのだろう)
 父上が妾宅を構えたのなら、月子はそこにいるのだろう。それならば、妹の存在を母上にむざむざばらすこともないはずだ。
 それともやはり、授かった子を寿和家に招き、有効に利用したかったのだろうか。
(母から無理矢理離されてきたのかもしれないな)
 だから無口だったのかも知れなかった。ただの憶測に過ぎないが、妹が憐れだと思った。

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