そして、腐蝕は地獄に――

ヰ島シマ

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第一章 出会い、敗北、勝利

12.面倒くさい奴だな

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「あれ、あんた何でここにいんの?」

 復活したベルトリウスは開口一番に薄く笑いながら尋ねた。
 己に向けられた言葉だと分かっていても、マギソンはそっぽを向いて無視をする。代わりにエカノダが状況を説明してくれた。

「クリーパーが誤って連れてきてしまったのよ。お陰で獄徒が増えた。まぁ、正確には魔物じゃなくて人間だから、魂を縛った奴隷ってところね」
「はぁ……魂をしばる……?」
「とにかく、今回のお前は無駄死にではなかったということ」

 マギソンが同じく仕える身に堕ちたという情報以外は何も得られなかったが、エカノダが上機嫌だったのでベルトリウスはそれ以上のことを聞かなかった。

「さぁ、地上に行きなさい。復活に費やした分の魂を取り戻してくるのよ。新入りには色々と説明しておいたから、二人でたくさんの生者を狩ってきなさい」
「へいへい……行ってきまーす」
「マギソン、逃げられると思わないことね。ちゃんとベルトリウスと協力するのよ」
「……」
「返事をしなさい! 全くお前はいい歳して挨拶も返さないなんてみっともない……」
「……」
「何か言いなさい!」

 ふてくされたマギソンの態度はエカノダのかんさわるらしい。二人が悶着もんちゃくを起こしている隣でベルトリウスは密かにクリーパーを呼んでいた。
 程なくしてクリーパーが到着するもエカノダの指導は止まらなかった。だが、絡まれていたマギソンは自身をこの場に導いた大口の魔物の登場に思わずたじろいだ。
 その一瞬を見逃さなかったエカノダは、ここぞとばかりに背の高い彼の顔を下から覗き込んであざけった。

「あーーらぁーーーー? もしかして……怖いのぉーー? 私にあーーんな強がった態度を取るくせに、こぉーーーーんなカワイイ獄徒がこ・わ・い・のぉーーーー?」
「……」

 わざとらしく抑揚を利かせた挑発は見事マギソンの神経を逆撫でした。
 額の中心で別れた前髪の隙間から物凄い眼力のこもった視線がエカノダに送られる。反応が良くなればなるほど、エカノダにとってはいじり甲斐がいのある良い玩具がんぐになるだけだというのに。

「そうよねぇ、強がってもお前はた・だ・の・人間だものねぇ~~!! 怖いわよねぇ~~!! 私の・カワイイ・魔物がっ!! 怖いわよねぇぇぇ~~~~? お前は人間だものねぇぇぇぇ~~~~?」
「エカノダ様、そろそろしつこいですよ……」
「お黙りベルトリウスッ! こういう生意気な奴は初手で心を折るのが大事なの!! どちらが上か教えてやらなくては!!」
「今から一緒に仕事する奴の心を折ってほしくないんですが……あんたもさぁ、しもべになっちまったからには変に肩張るのやめようぜ? 下に降りてパーッとらししようや」
「こら、甘やかすな!」
「……」
「このっ、何か言いなさいってば!!」

 助け舟を出したはずのベルトリウスも無言で睨み返され、その態度がまた気に障ったエカノダによってさらに収拾がつかなくなる。
 ギャーギャーと騒ぐ人型達に待ちくたびれたクリーパーは、男二人に狙いを定めると海面をはねる魚の如く地表から飛び出て、二人をバクッ! と丸呑みにして地中へ消えた。そのまま二人を届けに地上へ向かうと、一人残されたエカノダはフンッと鼻を鳴らして、どこか別の場所へと歩いていったのだった。



◇◇◇



 恐らくどこかの上空で放り出されるであろうというベルトリウスの予想は的中した。
 真夜中の明かり一つないミハ村の上でペッと吐き出された二人は、民家の屋根を突き破って足から着地した。木製だったから事なきを得たものの、じんじんと痺れる足を押さえて二人はしばらくその場から動けなかった。

「あ”~~ッ、クッソ……しびれるっ……!」
「っ……!」
「いや、あんたも痺れで済んでんのすげぇな? 俺は肉体の強化を受けてっから平気だけど、普通の人間であの高さから落ちたら死ぬだろ。魔術師ってマジで万能なんだな」

 事前にベルトリウスからクリーパーの話を聞き及んでいたマギソンは、必死に重ね掛けしていた身体強化の術のお陰で隣の魔物と同程度の損害で済んでいた。
 ベルトリウスは本音半分、世辞半分で語り掛けたが、予想通りマギソンからの返答はなかった。

「それで……あんた、やる事は聞いてるんだよな? 誰でもいいからぶっ殺すってのが俺らの仕事なんだが……ここいらにある村とか街、知ってるか?」
「……ここから西に一つ村がある」
「あー、カナーって所だろ? あそこは先客にやられちまって……というか俺もられたんだけど。とにかく、もう何も残ってないと思う」

 ベルトリウスは頭をひねりながら、しなやかな動きで己を殺害したあのトカゲ男を思い出した。襲撃されてから幾日か経っているので奴がカナーに留まっていることはないだろうが、行ったところでお目当ての生者もいないだろう。

「じゃあ、他に近い集落はあるか? この際距離があってもいいや」
「……」
「……」
「……」
「……え、シカト? この流れで?」

 黒いまなこが足元に落とされて黙り込んだので、てっきり記憶を辿ってくれていると思い込んでいたベルトリウスはそうでないと迅速じんそくに気付くと、驚き呆れた風にツッコんだ。
 まさかこの流れで無視を決めるとは……エカノダや、自らの手でほうむった元お仲間の傭兵達にも配慮のない態度で刺激していたし、なかなか難しい性格をしているのだとベルトリウスは苦笑いする他なかった。一応は仲間なので、最低限のやり取りはしてもらいたい。

「なぁ、仲良くしようぜ? あの女王様に何されたか知らねぇけど、どうせ逆らえねぇようになってんだ。俺もそうなんだよ。命を握られた者同士、せめて返事だけでもしてくれね?」

 首を傾げて一歩近付く。
 よくよくマギソンの表情を観察してみると、鉄仮面を装ってはいるが瞳が細かに揺れ動いている。短い間に色々な事が起こり、彼なりに動揺しているのかもしれない。
 ベルトリウスは飼い慣らされた犬のように無害そうに目を丸め、人懐っこい笑みを浮かべて言葉を待った。
 すると、張っていた気を体外へ放出するような小さな溜息が一つ漏れ、根負けしたようにマギソンが口を開いた。

「俺は……誰も信用しねぇ。お前も、あの女も、これから出会う誰も。だが死にたいわけでもねぇ。だから……他に選択肢がないから協力するだけだ」
「ああ、充分だ! 完璧! 俺達は仕事仲間であってお友達じゃない! 肝に銘じとくよ!」

 ベルトリウスはこの意味のないやり取りがようやく終わることに満足げに頷いた。
 マギソンはまず目を合わせ……気怠げだが、先程よりは協力的な姿勢を見せてくれた。

「他に近いのは俺が来たガガラっつー街だ。国の中でも力のある領主が治めてる街で、一般人は勿論、傭兵や騎士団みてぇな武装集団も集まってる。騒ぎを起こそうもんならすぐに捕まるか、その場で切り殺されるかだ」
「お前がいても厳しいもんか?」
「俺を買い被りすぎだ。確かに俺は魔術を使うが、一軍隊を相手にできるような力はない。俺の魔術はほとんど……使えないものばかりだからな……」

 最後の方は声がしぼんでしまって上手く聞き取れなかったが、マギソンは己の魔術に自信がない様子だった。一度壮絶な痛みと共に命を奪われたベルトリウスとしては、”らしくない謙遜”としか受け取れなかった。

「俺のこと瞬殺したし、前のお仲間さん達に切り掛かられた時も一瞬で制圧したろ?」
「普通の人間で、あれぐらい小規模の人数なら何とかなる。お前の場合はたまたま効果的な魔術だっただけだ。それに、これはガガラに限った話じゃねぇが、どこの領主も魔術師を囲ってるもんだ。領主がそばに置く術師が凡庸ぼんようなわけがないからな。俺達二人じゃまず勝ち目はない」

 点在する魔術師についてはベルトリウスも盗賊時代に彼らに目を付けられまいと大都市を避ける要因となっていたが、同じ術師であるマギソンがいても未だにおびえなければいけないのかと、やや懐疑的な部分もあった。何と言われようが実際マギソンには一度殺されているのだから。
 しかし、自分はどちらかというと裏方向き。主戦力となるであろうマギソンが嫌と言えば、別の作戦や襲撃を考えるしかない。

「分かった。ガガラは戦力が整うまで関わらないことにしよう。まずはもっと地方のこじんまりとした集落を狙おう」
「こじんまり、か。他に居住地がないからガガラを最寄りに挙げただけで、実際はここらは遠郊えんこう……タハボートの田舎の方だからな。集落を探すならガガラ方面に寄るしかない」
「そう……ん? タハボート? タハボート共和国? ここってジールカナンじゃねぇの?」

 ベルトリウスは首を傾げて聞いた。マギソンは不思議そうに、片眉を少し上げて答える。

「ここはタハボートでも北端の地域だ。ジールカナン帝国はずっと西の、何ヶ国も通り越した先にある。なんだ、ジールカナンに用があったのか」
「いや、用があるってわけじゃねぇけど……単にジールカナンだと勘違いしてただけだ」

 自分が死んだ地から程遠くない場所で活動しているものと勝手に思い込んでいたベルトリウスは、ここがジールカナンとは別の国だと知って驚きと若干の安堵に包まれていた。
 人間だった頃の自分に引導を渡した、”太陽”と呼ばれていた騎士に出会うかも……などと頭の隅にわだかまりが居座っていたので、遭遇する確率が下がったのならそれに越したことはないと気が楽になった。
 だが、盗賊業で国内をあちこち移動していたとはいえ、生涯ジールカナンから出ることのなかったベルトリウスにとって他国は未知の世界だ。一つだけ確かなのは、今いるタハボートという国が厄介な所にあるということ……。

「それにしてもタハボートかぁ~。ユージャムルの隣……また面倒な国の近くだなぁ……」

 ベルトリウスは面倒くさそうに眉間を揉みながら呟いた。



 ―― ユージャムル国。
 タハボートの遥か南東に本土を置くこの国は、元は小規模面積の緑豊かな穏やかな南国だった。四十年ほど前から好戦的な指導者が続けて台頭し、北征ほくせいで次々と敗戦国を吸収したことにより大国に化けたという過激な歴程れきていで恐れられている。ベルトリウスはタハボートがユージャムルの隣にあると言っていたが、正確にはタハボートの隣に位置しているのは、ユージャムルの傀儡かいらい国家であるスティングラ王国である。

 そんなユージャムルは世界中ほとんどの国々と敵対中だ。
 侵略行為を行ってきたがために蛇蝎だかつの如く嫌われるのは当然の応報とも言える。この国を唯一止められると期待されているのが何百年と歴史をつむぐジールカナン帝国であったが、双方の間には物理的な”距離”の問題があった。
 征服の終点に定められているジールカナンとしても、これ以上勢力を強める前にユージャムルを叩いておきたいのは山々だったが、遠征に向かおうにも通り道にはジールカナンと長らく対立してきた非友好国が連なっており、”帝国に手を貸すくらいならユージャムルと戦って散った方ががマシ”などと考える国も多く、結局今日こんにちに至るまでジールカナンが静観の椅子から立ち上がることはなかった。

 ユージャムルの方も最近では勢力拡大の代償として各地で反乱が勃発しており、内輪の火消しで外に手が伸ばせない時期に突入していた。
 未だ侵略されていない国々はこの間に対策を取ろうと、軍事に力を注いだり同盟を組んだりと、てんてこ舞いだった。
 そこにきて近年多発してきた魔物被害……世界情勢は混迷を極めていた。



「何でもすんなり事は運ばないな。とりあえずあの森の生き物を狩って小金稼ぎすっか。エカノダ様いわく、人間も犬も虫も魂の大きさに違いはないらしいぜ。どれでも殺せば一つの魂。ただ、死に際に強い情念を持っていた魂は質がいいらしい。よく分かんねぇけど」
「生き物は全部殺せばいいってことだろう」
「ま、そういうこったな。じゃあ……とりあえず服調達してくるわ」

 ベルトリウスは纏っている長布をつまんで言った。
 初めて地上に降りてからお世話になっていた長布は度重なる戦闘により最早ボロボロになっていた。この機会にまともな服に着替えようと、ベルトリウスは一番近い家に乗り込むとベッドに横たわる死体の身ぐるみを剥ぎ、丸々頂戴して身に着けた。

「お待ちどう。早速行くか」
「今は夜中だろう。暗すぎる。出発は朝になってからだ」
「ええ? せっかく乗り気だったのに……」
「俺は寝る」

 マギソンは少々苛立ったような様子で、先程ベルトリウスが入り込んだ家へと姿を消した。
 明け方に団員と共にガガラを出発し、二日かけてミハに到着したのだ。そこから仲間割れ、地獄行き……と、目まぐるしく起こる出来事に一睡する暇もなかった。緊張の糸が切れ、どっと疲れが押し寄せてきていた。

 生理現象なので避けられないことだが、睡眠を必要としなくなったベルトリウスにとっては、またしても持て余す時間である。
 しかし……家にこもったはずのマギソンは入口の戸から顔だけのそっと覗かせると、無言でベルトリウスを睨み付けてきた。

「……何だよ?」
「言っておくが、寝てようが気配が近付けば目は覚める。妙な真似をしたら殺すからな」
「するわけねぇだろ! これから協力する奴の寝首掻いてどうすんだよ!? とっとと寝ろ!」

 ベルトリウスが頬を引きつらせて叫ぶと、マギソンはまたヌッと中へ戻っていった。
 ”面倒くせぇよ”と後に吐いた呟きは、村人が消えた血生臭い村のどこか暗闇へと消えていった。
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