そして、腐蝕は地獄に――

ヰ島シマ

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第二章 帰郷

31.駻馬ならし

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 夜道を動く影は少なく、通りに並ぶ建物から漏れ出る明かりは微々たるものだ。
 多くの住民は家の窓を閉め切って眠りについていた。日が沈めば人々は休息を取る……世界中どこも同じだ。要は治安が悪いのだ。屈強な男性ですら少々の揉め事で命を落とし、それを事件として取り扱われないくらいなのだから、被害をこうむりたくない者は自衛のためにも大人しくしているのが一番だった。
 そんな閑散とする市内でベルトリウス達は――。

「ウィ~~……こぉらニイちゃん! ホントぉ~に、病気じゃねンだろぉなぁ~?」

 ―― 絡まれていた。
 大門を抜けて正面の通りを進み、四軒目の建物を過ぎた辺りで、対向から千鳥足で歩いて来た酔っぱらい三人組に呼び止められたのだ。やはり街中で包帯頭は目立つのか、突然言い寄ってきた男達は”病気ではないのか?”と、無視を決め込むベルトリウスの顔をしつこく覗きながら後をつけてきた。薄い反応しか返ってこなかったのが面白くなかったのか、三人のうち真ん中に立っていた腹の膨れた白髪頭の中年男性がベルトリウスの肩を掴んで無理矢理振り向かせると、至近距離で生暖かい吐息を吹き掛けられたベルトリウスはげんなりと口の端を下げて渋々対応した。

「包帯なんて巻いてよぉ~、エェ~~? 感染症でもぉ持ち込んでみやがえ、ヒック……ブッ飛ばすぞお!!」
「大丈夫ですよ……それじゃ……」
「オォーーイッ!!待ぁーーて待てこのあんちゃんっ、いまおれの肩をド突きやがったぞおっ!!」
「ハァ!? オレなんもしてねぇしっ!! テメェからぶつかってきたんだろうが!?」

 なあなあで済ませようとしたベルトリウスの隣で、別の酔っぱらいがスビを捕まえて言い掛かりを付ける。簡単に喧嘩を買ってしまったスビはすっかり標的にされ、ベルトリウスに絡んでいた男もそちらへ歩み寄り、酔っぱらい全員に囲まれてしまった。

「おいおいおいどぉーすんだよぉ……骨でも折れてたらよぉ?」
「およよよぉ……痛ェよお……」
「クッソ……ふざけんじゃっ……!!」
「オ”ォン!? やろうってかぁ~、チビ助ぇ~!?」
「と、と、年うえに対するレイギを~、おおしえてはにゃにゃぁ……」

 指の関節を鳴らしてにじり寄ってくる男達に、頭一つ分背の低いスビも負けじと拳を作って凄む。
 今いる場所は門の近場。先程の抜けてきた門番達からよく見える位置であり、彼らはまたも喧騒の中心にいるベルトリウス達を注視していた。いくらなんでも先程怪しんでいた連中が目の前で取っ組み合いの喧嘩をおっ始めたとなれば、門番達も見逃してはくれないだろう。顔を覚えられたくなかったベルトリウスは急ぎ場を収めようと、髪の毛を逆立てて前のめりになっているスビの首襟を後ろから引っ張って下がらせた。

「いやぁ~、何だかご迷惑をお掛けしたみたいですね! お詫びに酒場で一杯おごらせてください!」
「ちょっ、オレはマジで何もしてねぇっすから!」

 スビはカッと目を見開いて訴えたが、ベルトリウスは取り合わなかった。誘われた男達は”奢り”の一言でコロッと態度を変え、赤ら顔に笑みを浮かべた。

「ほおーん……いいのかぁ?」
「ン! まぁ今回は水……酒に流してやろうかね! イコイコ!」
「飲めんなら何でもええわなぁ……」

 酔っぱらいが乗り気になったところで、ベルトリウスは一人納得がいっていない様子のスビの肩に手を回して三人組に背を向けると、裏でひそひそと内緒話を始めた。

「スビくん、重大な任務だ……あいつらを適当に飲ませてこの街の領主の情報を仕入れてこい。俺とマギソンは別の用事を済ませてから合流する」
「え、領主って……つかオレだけで!? オレっ、酒代なんて持ってないっすよぉっ……!」
「んなの行きの道であいつらから盗みゃいいんだよ。誰だってポケットにいくらか小銭を忍ばせてるもんだ。転ばせて手を貸すふりしてまさぐってみろ」
「そ、そんな無茶な……!」
「後で迎えに行くから逃げようなんて思うなよ。ちなみに俺らも持ち合わせはねぇから、そっちで用意しとけ」

 しっかり脅しまで掛けられると、スビはもう一度”そんな無茶な……”と言って肩を落とした。男達に向き直るとベルトリウスはスビを差し出し、先に酒場へ向かうよう伝えた。とにかくタダ酒が飲めればいい酔っぱらい共は二つ返事で頷いた。

「んじゃあなぁ~、そっちのニイちゃんらも早よ来いやぁ。ここの通りのぉ、こん先の店だかんなぁ~」
「はーい、それじゃあー」
「……」

 恨めしそうにこちらを見つめながら連行されるスビに手を降って見送る。遠のく影に一息つくと、ベルトリウスは放置するべきではなかった男を放置していたことに気が付き、ハッと後ろを振り向いた。
 口論の間、一言も発さずに集団から距離を取って控えていたマギソンは、今はまばたきもせずにじっと地面を見つめていた。元々寡黙かもくな男ではあったが、オーレンで黙られると爆発前の”溜め”に思えて気が気でない。石像のように微動だにせず足元に目を落とすマギソンになるべく刺激しないよう小さく声を掛けると、彼は無表情のままゆっくりと顔を上げた。

「……終わったか」
「あぁ、うん。終わったぜ。お前は……大丈夫か?」
「……ああ。ここは騒がしいから、なるべく考えないようにしてた。この辺りは物売りの女の呼び込みがうるさいんだ。怒鳴られてるみたいですごく疲れる」
「女? あ、うーん……ちょっと休む?」

 周辺のどこにも女の姿など見えなかったというのに、マギソンの意識は時々過去に飛んでいるらしかった。橋の上でごねた時のように人の注目を集めるのも嫌だったので、休憩を挟もうかと提案するベルトリウスに対し、マギソンは虚ろなを向けながら静かに答えた。

「……いや、お前もいい加減鬱陶しいだろ、こんな……いつもこういうのの相手をするのは。だから気にせず先に進むのでいい……付いていく」
「お、おおおお……!! そうかっ、何か成長してるみたいで嬉しいぞマギソンっ……!!」

 人並みに感激したベルトリウスは口元を緩ませながら、胸の前で握り拳を震わせた。決して表情は明るくなかったが、その言葉は今までのどんな台詞よりも強い気持ちが込められていた。自分の慰めが実を結んだのだ。マギソンだって彼なりに抗い、前に進もうと努力している。性格のひん曲がった暗い男だと思っていたが、案外悪くない関係を築けるかもしれないと、ベルトリウスは誰も乗ったことのない暴れ馬の手懐けに成功したような気分だった。

 喜びを表すようにマギソンの背中を軽鎧越しに叩きながら、二人は”目当て”の場所へと足を進めた。スビと酔っぱらい達が待つ酒場の裏を抜け、ひたすら市内の上を目指して石段を上ってゆく。
 前方に分かれ道が現れると、マギソンは左の道を指差した。

「次はこっちだ。右は行き止まりだ」
「詳しいな。この辺よく来てたのか?」
「いや……俺はあまり人前に出ることを許されていなかったから……ずっと自室の窓から街並みを見下ろして覚えたんだ。でも一度だけ屋敷を抜け出して訪れたことがあってな、あの時は……いや、つまらねぇ話だ。チッ、ベラベラ喋るなんてらしくねぇな……」
「いいじゃん、話してみろよ。どうせ目的地まで歩くだけで暇なんだし。こういう何気ない会話が親睦しんぼくを深めるんだぜ?」
「……魔物と親睦を深めてどうすんだよ」

 口では冷たく言い放つマギソンだったが、その口端は僅かに上がっていた。

「……昔、家に閉じこもってるのが嫌になって街に降りたことがあった。屋台で信じられないくらい不味いパンを買ったり、当時流行ってた馬のたてがみで作られたお守りを見て回ったりして……あの時は、生まれて初めて好き勝手できて楽しかったよ。街の人間はみんな食い入るように俺を見つめていて居心地は悪かったがな。すぐに屋敷から使いが来て引きずり戻されて、親や教師にしこたま怒られた。お前のせいで家の品位が下がる、ってな。俺はただ、一度でいいから……外で駆けるガキ共と同じように遊んでみたかっただけなのに……」

 マギソンの目の奥には物悲しさが潜んでいた。自分から促したものの、思いのほかしんみりとした空気にベルトリウスが口をつぐんでいると、ある通りを抜けた瞬間から明らかに雰囲気の違う場所に辿り着き、二人は同時に足を止めた。


 石段を越えた先に見えてきたのは、下町とは一線を画す景色だった。
 オーレンの高台にそびえ立つ赤を基調とした立派な邸宅ていたくは周辺を鉄のさくで取り囲まれており、内庭には風景画からそのまま引っ張り出してきたような緑豊かな美しい花園が設けられていた。こんな屋敷に一度でいいから住んでみたいものだと平民なら必ず羨望せんぼうの眼差しを向けるであろう意匠を凝らした住まいは、月明かりを浴びて一層魅惑的に映っていた。

 ―― ダストンガルズ子爵邸ししゃくてい
 
 ここを訪れたのは、間もなく行われる襲撃の視察のためだ。本当なら屋敷に勤める使用人や兵士の数や、ラスダニアと父親の私室の位置などの最低限の情報を揃えたかったのだが、警備が巡回する中で無理をするのは避けた。
 一定間隔で内庭を見て回る警備、柵の外の屋敷周辺を見て回る警備……他の警備の担当経路を確認しただけ良しとする。長居は禁物きんもつだし、何よりマギソンが顔面蒼白だった。

 ベルトリウスは撤退の意を伝え、上ってきた石段をまた下っていった。足元がおぼつかないマギソンに配慮して行きよりも緩やかな歩速であの分かれ道まで戻ると、ついに力が抜けて座り込んで俯いた男にベルトリウスは優しく声を掛けた。

「ここまで来れば心配ない。はは、顔色最悪だから途中で吐いちまうんじゃねぇかと思ったぜ」
「……」
「綺麗な家だったな。中は恐ろしい所かもしれねぇけど」
「……」
「……マギソン、イヴリーチに会った時のことを思えてるか? あの時に俺は約束しただろ、あの子の手で復讐させてやるって。お前もそうだ。お前にも約束してやる。必ずお前自身の手で身内を始末させてやるよ。俺は信用のない男だろうが、今回だけは俺の言うことを信じてくれ。一緒に終わらせて、清々しい気持ちで地獄へ帰ろうぜ」

 ……”地獄へ帰ろう”なんて、それこそ恐ろしい言葉だ。だがマギソンは、地獄こそが己の帰るべき場所ではないかと思い始めていた。誰のことも信用できない不器用な自分を、あの場で生きる魔物達だけは認めてくれる。望んでくれる。たとえ魔術という能力が目当てだったとしても、自分のために尽くしてくれることが嬉しかった。

 励まし、支え合う。
 心から望んだ家族の形だ。やっと見つけた。二十年前に諦めた本当の家族……。



 偽りの関係を灰に変えて今度こそこいねがった家族を迎えるため、マギソンはベルトリウスの言葉に静かに頷いた。
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