そして、腐蝕は地獄に――

ヰ島シマ

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第三章 口腹の幸福

42.ホットスポット・ガガラ

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「あら、文句は言わせないわよ。お前達は私の下僕……私の言葉は絶対なのだから」
「分かってますよ……それで? 内容を教えて下さい」

 毎度の唐突さに慣れてきたベルトリウスは、詳細を急かした。

「イヴリーチがね、どうしても殺したい者がいると相談してきたのよ。いじらしい子だわ、魔物になったばかりだと言うのに大きな戦いに参加して雑用もこなして……だから、そのくらいの願いは叶えてあげたいじゃない?」
「そんなこと言ったら俺はどうなるんです? 出会ってからずっと、命じられた仕事をこなしてますよ?」
「お前は地上で好き放題やってるんだからいいでしょう。それとも、何か叶えてほしい望みでもあるの?」
「まぁ、ありませんけど……」

 ”ほらね”、と言われたベルトリウスは、何だか自分だけが損をしている気分になった。確かに他人の不幸を眺めているだけで満足なのだから、これ以上望むことなどない。
 獄徒は天職だ。強者から特別な力を授かり、その力で弱者いたぶる。この上なく喜びに満ちた生き方だ。ベルトリウスは己の無欲さを惜しんだ。

 そこへ、弱々しく発せられる少女の声が加わる。 

「お待たせしましたぁ……」

 城の修繕を終え、ぐったりと肩を落としたイヴリーチが玉座の間にやって来ると、エカノダは早速彼女に朗報を伝えた。

「イヴリーチ、こいつらを連れてこの前話していた奴らを始末してきなさい」
「えっ、いいのっ?」
「しばらくは雑用もないしね。胸のつかえを取ってくればいいわ」

 そう言われ、イヴリーチは魔物化によって変色してしまった真紅の瞳をキラキラと輝かせて反応した。

「二人もっ、いいのっ!?」
「いいよ。暇だしね」
「……まぁ、元々お前の復讐の方が順番は先だったしな」

 両手を胸の前で組み合わせて期待を寄せる少女の姿に、ベルトリウスは笑顔で答え、ケランダットも分かりにくいが承諾の意を示した。

 ケランダットは同じ復讐者の立場として、若干の申し訳なさを感じていた。
 本来ならばイヴリーチの仇討かたきうちが先に行われていたはずなのに、己が薬で悪酔いしてしまったがために彼女の復讐を一時打ち止めにし、一足先に過去の因縁にけりをつけてしまった。
 幼い少女が自死をしてまで選んだ道に横槍を入れてしまった……帰還してイヴリーチの顔を見る度にそのことを気に掛けていたケランダットが、この申し出を断るはずがなかった。


 大人達の歓迎するような空気に胸を高鳴らせたイヴリーチであったが、”水を差すようで悪いけど”、と切り込んできたベルトリウスの発言により、徐々に気を削がれることとなる。

「イヴリーチは妹の死に関わった奴ら全員を殺したいんだよな? 商会を取り仕切ってるジョウ……何とかって奴も含めて」
「勿論……! みんな残らず後悔させてやるんだ……!」
「そうか……最後に襲った村を覚えるか? 商会の犯罪にはガガラの領主も絡んでるって話を聞いただろ? 君の姿は目立ちすぎるから、まずは俺とケランダットでガガラに潜伏して、ある程度元締めの情報を集めてからイヴリーチを呼んだ方がいいと思うんだけど……どうかな?」
「それは……」

 イヴリーチは表情を曇らせた。ベルトリウスの言う通りにすべきなのは分かっていた。こんな半蛇の肉体では隠密行動に支障をきたすのは重々承知している。
 だが……これは気持ちの問題だ。すぐには返事ができなかった。

 広間に沈黙が続く。静寂は破ったのは、凛々りりしい女主人の声であった。

「二人に任せておけば? お前はおいしいところだけ頂いちゃえばいいじゃない」

 軽い調子で促されたイヴリーチは、ややたじろいだ。

「でも……」
「面倒事なんて他者に押し付けるのが一番よ。しなくていい苦労は避けるに限るわ。男に指示されて動き回る女よりも、男を尻に敷いて成果を待つ女の方がずっと幸せよ」
「俺らの前でそれを言いますか」

 男性陣から抗議の視線が飛んだが、エカノダは鼻を鳴らして一蹴いっしゅうした。その様子を見つめながら、イヴリーチは明らかに落ち込んだ表情で控えめに頷いた。

「……わかった、ここで待ってる。なるべく早く呼んでね。あと、大きなは絶対に私の手で仕留めさせて」
「ああ、任せといてよ」

 しばしの別れを告げると、ベルトリウスとケランダットは城を出た。
 クリーパーを呼び出し、新たな任のために、去ったばかりの地上を再度目指した。



◇◇◇



 街から五キロほど離れた林の中。人けのない場所で降ろされた二人は何食わぬ顔で本道に合流し、行き交う人々とすれ違いながら目的地を目指した。
 同じ晩秋だというのにこちらの日の沈みはカイキョウよりも早く、大門へ到着した頃には真下に置かれたかがり火が全てともされおり、辺りにはたくさんのが集まっていた。

 タハボート共和国、北部最大の都市、ガガラ。
 オーレンの倍ほどの面積を有するこの街は高い城郭じょうかくに加え、街道から門へ至るまでに長く蛇行した一本坂を登らなければ辿り着けない造りとなっていた。街全体が高所に存在するため、敵方に魔術師がいない防衛戦では地の利を活かし、負けなしの戦績を誇っている。

 そんなガガラには前回と違い入場規制などなく、門番から指名手配書に載っていないかと簡単な確認を受けただけで、すぐに通過を認められた。
 軽い手間を経て大門を抜ければ、オーレンの静けさとは正反対の活気が二人を迎えた。この街も民家の戸は一様に締まり切っていたが、とにかく数が多い飲食店からは明かりと騒ぎ声が外部に漏れ出ており、まるで昼間のようなにぎわいをしていた。

「いいね。夜にうるさい街ってのは期待できるぞ」

 そう呟くベルトリウスに、ケランダットは”一体何が期待できるんだ”と内心考えた。


 ガガラは一見明るい雰囲気の街だが、その内で暴力が横行するタハボート屈指の治安の悪い場所でもある。事実、少し路地へと目を向ければ酔っ払い同士の殴り合いの喧嘩や、不良少年らによる非武装者への恐喝きょうかつ現場が確認できた。頼りになるはずの巡回兵は、見て見ぬ振りをして横の通りを歩き去ってゆくし……弱みを見せてはいけない場所だと、誰の目にも明らかだった。
 己の身は己で守るしかない。それがガガラだ。

 ベルトリウスはケランダットに道案内を頼んだ。彼が以前所属していた傭兵団はこの街に長く滞在していたので、どこに何の店があるかなど把握していると自ら話していたからだ。
 というわけで、ケランダットの先導で二人は歩きだした。”たくさんの浮浪者がいそうな場所”というベルトリウスの不思議な要求に、ケランダットは首をひねりながら足を進めた。

「何でそんな所に行きたがるんだ」
「ほら、お前ん家から貰った石。換金しなきゃ」

 ”活動資金だよ”と、下品に親指と人差し指で輪っかを作って見せられても、ケランダットの疑問が解消されることはなかった。
 面倒くさくなったケランダットはそれ以上尋ねようとせず、ひたすら喧騒の中を進んだ。

 ガガラは第一から第五市場まである大きな街だ。どの市場も大変繁盛しているが、ケランダットが案内したのは、街の左面に位置する第二市場の広場だった。
 屋台の前に設けられたテーブル席では、すっかり出来上がった傭兵や現地民などが飲み騒いでいる。その隣……足元の方では、ボロを纏い、汚い格好でほつれた袋を広げて静かに地べたに座り込んでいる男女の列があった。

 誰も見向きもしない。空気と同じ扱いを受けているのは、ベルトリウスが求めていた”浮浪者”だった。
 一人一人の様子を真剣に観察しているベルトリウスに、ケランダットは先程の質問をもう一度投げ付けてみた。

「あいつらに何の用があるんだ」
「んー……ネズミは隠れるのが得意だからさぁ」

 それだけ言うと、ベルトリウスは”あいつかな?”と、ガリガリに痩せた右腕のない初老の男に寄っていった。

「おい」

 ベルトリウスが声を掛けると、物乞いの男は伏せていた顔をゆっくりと上げ、覇気のない表情でベルトリウスを見返した。

「ぜひ、お恵みをくださるならここに……」

 そうするのがやっとといった風に、土のこびり付いた手で麻袋を広げる男……わざわざ乞食こじきに金をばらまく酔狂すいきょうな人間が現れたのかと、周辺の屋台客はベルトリウスらに好奇の目を向けた。
 物乞いの男は注目を集めようが平気で地に額をつけて懇願するが、ベルトリウスは鋭い目付きで首を斜め後ろに傾げ、声を荒らげた。

「恵みだぁ? 人のもん盗んだ挙げ句に施しを受けようってのか?」
「なにを……言っってるのかは分かりやせんが……あたしはただの貧しき物乞いです。ほら、見てくださいな、この落ちた片腕。盗みなんてできるわけが……」
「うるせぇな、こっち来いよ。もう証拠は上がってんだ」

 ベルトリウスは男の肩口を乱暴に掴み上げ、繰り出される唸り声も無視して路地裏へと引きずっていった。ケランダットもその後を追っていく。


 事件性を帯びた一連のやり取りを気に掛ける者は広場にはいなかった。
 見物していた屋台客や、同じ列に並んでいた物乞いですら、すでに興味をなくしている。それがガガラの日常だ。あの右腕を失くした男が金髪の青年から盗みを働いた……そう一言、二言、酒のさかなになって夜が更けるだけ。


 笑い声が飛び交うこの街は、いつでも悪を歓迎していた。
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