そして、腐蝕は地獄に――

ヰ島シマ

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第三章 口腹の幸福

45.横暴の穴蔵 ― 3

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 ムドーは青年の突拍子もない宣言のせいで、脂汗が止まらなかった。
 たまらず後ろの赤髭に”助けてくれ”と目で訴えかけたが、彼も硬直してろくに動けず、互いに無言で視線を交えるのがやっとだった。
 地下の隠れ家は完全にベルトリウスの独壇場どくだんじょうとなっていた。

「俺が団長と副団長を殺してやるから、代わりにお前が団を率いろ。そして俺を今度の領主との取引に同行させるんだ」
「いやいやいやっ、ちょっと待ってくれ!! あの人らを殺すなんてそんなっ……そもそも俺はただの会計役で、団長なんて器じゃねぇんだ!! ウチの構成員は各地にバラけてるのも合わせると百人は超える! 盗品を扱ってるだけの俺じゃ筋肉馬鹿共に絶対に舐められちまうしっ、どう説明したって全員を付いてこさせるのは無理なんだっ!!」
「それ、自分で言ってて悲しくならねぇの? じゃあ人望があるのは団長と副団長のどっちだ? 選んだ方を団長に据えてやる」

 そう問われると、ムドーは頭の中で団長と副団長の姿をそれぞれ思い浮かべた。
 団長は基本的に仕事は部下任せで、自身は街で遊び呆ける人だった。文句を口にする者は力で片付ける、如何にも”悪漢”といった振る舞いと風貌をしている男だ。
 対して副団長は、そんな団長の代わりに部下の面倒を甲斐甲斐しく見てくれる上に、持ち前の機転と冷静さで大きな取引を自分で獲得しては自分で完遂するという、まさに理想的な上司であった。

 どちらかを選ぶとするならば……。

「まぁ……言いにくいけど副団長……かな? 太客との仕事を担当すんのもあの人だし……なぁ?」
「え? あ、あぁ……」

 ムドーは団長への罪悪感から、つい赤髭に同意を求めてしまった。だが戸惑いながらも異を唱えずに同意する赤髭を見るに、団内では団長より副団長の方が評判はいいようだ。

 ベルトリウスは掴んでいたムドーの骨張った肩を離すと、行儀悪くテーブルに腰掛けて話を続けた。

「なら副団長は残してやる。そいつが団長、お前が副団長だ」
「いやでも……あの人はちとお堅い人だから、こういう義理の欠いたやり方は気に入らないと……」
「なぁーにが義理の欠いただ! 人の宝石ふんだくって殺そうとしたくせによく言うぜ!」
「それはそのぉ……すまんかった……!」

 ベルトリウスが声を荒らげると、ムドーは居心地悪そうに面を伏せた。

 このムドーか赤髭のどちらかを連れて街へ繰り出し、遊び歩いている団長を見つけさせて始末しようとベルトリウスが目論もくろんでいる時だった。
 ムドーが座っている個人席の後ろ……部屋の最奥地であるはず天井まで積み上げられた木箱の方向から、何やら男女の囁き声が聞こえてきた。

 壁のデコボコとした表面と暗闇に近い鈍色が錯覚を巻き起こして気付けなかったが、実は木箱の裏には空洞が続いており、ベルトリウス達が通って来た経路とは別に上と通じる道があったのだ。
 声は段々と近付き、より鮮明に聞こえてくる。

「やぁ~ん! 部屋まで待ちなさいよぉ~!」
「ゲヘヘ……このデカ尻たぁーぷり可愛がってやっからよぅ……おーう、けぇーったぞぉー」

 甲高い女の声と酒焼けした男の声……木箱の影から現れたのは、冬間近だというのに肩の出た薄っぺらい服を身に着けた女と、そんな女と腕を組んでいる髭もじゃの大男であった。

 二人に目をやった瞬間、ムドーは思わず声を漏らした。

「あっ……!」

 できることなら、この最悪な状況をどうにかしてくれと願った……しかし千鳥足ちどりあしで登場した団長の頭上には、無情にも茶色い水の玉が浮かんでいた。

「団長っ、上だっ!!」
「ん? ―― ッ!!」
「きゃっ!? ちょっ―― ヴボッ!?」

 ムドーの呼び掛けに反応した団長は、腕に引っ付いていた隣の女の腰を瞬時に掴み上げ、頭の上で横向きにして掲げた。まるで荷を雨よけに使うかのように女を身代わりにして毒を受け止めると、叫びを上げる彼女をそのまま後方に投げ捨て、自身の腰に提がっている短剣を手にベルトリウス達の方へと駆け出した。

 ……が、反撃には至らなかった。

 女を投げ捨てている僅かの間に、詠唱は完了していた。
 ケランダットは即座に発動させた風の刃で団長の首と手足を斬り落とすと、テーブルに腰掛けているベルトリウスに冷たい視線を送った。

「馬鹿みたいに座り続けやがって……」
「いやぁー、こういう時どっしりと構えてる方がかっこつくじゃん? へましてもお前が何とかしてくれっかなって……ついでにあの毒も片付けといてくんない?」

 毒を食らい、女を指差しながらベルトリウスはヘラリと笑った。
 ケランダットは呆れた顔でもう一度”馬鹿が……”と呟くと、部屋中の汚染された部分を浄化の光で焼き払った。



 ―― かすかに見えた希望もあっさりとついえ、いよいよ団員達は抵抗する気力を失った。
 見えない何かに攻撃されてぶつ切りになってしまった団長の死体を力なく見つめながら、悪党達は無力な子羊のように静かに震えていた。

「だ、だんちょっ……!」
「手の内を教えるのは卑怯だろ?」
「うっ……!」

 ムドーは意地悪く笑うベルトリウスを怯えた目で見上げた。

「これだけやれば見せしめも充分か……もう俺の言うことを聞く気になったよな?」
「……あ、あぁっ……!」
「よーし、じゃあみんな集まってくれ。壁に張り付いてる奴らも全員だ」

 急に指示を受けた壁側の盗賊達は、恐怖により固まった足腰を何とか動かして、言われた通り個人席へと集合した。
 全員が集まるとベルトリウスは先に殺した者達にしていたのと同じように、生き残った男達の肩をポンッと軽く叩いて回った。ムドーも赤髭も……中には宝石の査定前にすでに接触済みの、となる者もいた。

 皆、この行為の意味を知っている。
 絶望する盗賊達を前に、ベルトリウスはさらに追い打ちの言葉を掛けた。

「俺は魔物だ。今お前達の体に死に直結する猛毒を仕込んだ。こいつは俺以外取り除くことのできない……言わば忠誠のあかしだ。俺らのことを、この場で起こった全ての出来事を口外することは許さない。命が惜しけりゃ、今後命令された通りに動くんだ」

 ”いいな?”と締めれば、悪漢達は皆押し黙ったまま静かにうつむいた。


 ベルトリウスは手駒となった盗賊達に二三事にさんこと注文を付けると、ケランダットと共に表の街に戻ることにした。
 赤髭に案内させて団長が通ってきた道を辿ってゆくと、はしごを上がった先は宿屋が所有する離れの倉庫内に繋がっていた。

「あんたはここでいいよ。またすぐに宿に行くから、そん時は客として歓迎してくれ」
「あ、あぁ……」
「ふっはは! じゃあな」

 すっかり弱々しい顔付きになってしまった赤髭を残し、二人は倉庫を出て、夜の喧騒に消えていった。
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