そして、腐蝕は地獄に――

ヰ島シマ

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第三章 口腹の幸福

51.密会

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 泥に塗れた雛の集団で、一匹だけ真っ白な個体がいたらどうなるか。

 順応すら許されないなら、私はどうすればよかったの?



◇◇◇



 林の中に降り立ったイヴリーチはすぐに、近場で待機していたベルトリウスを発見した。

「ねぇ、獲物はどこ?」
「そう焦るなって。まずは今後の流れについて説明しよう」

 ベルトリウスはイヴリーチと距離を詰め、黒い鱗がびっしり付いた顔……正確には耳に、己の口を寄せた。
 そして、周囲に誰がいるでもないのに小さな声である作戦を伝える。

 内容を聞いたイヴリーチは目を見開き、信じられないといった表情をベルトリウスに向けた。

「本当にそれ、上手くいくの……?」
「大丈夫、連絡を取り合いながら進めよう。エカノダ様は君にコバエを与えてくれてるはずだからね」
「コバエ?」

 ここへ来る前にエカノダから与えられたものなど何も無いはずだと、イヴリーチは自身の体を触り、次にキョロキョロと辺りを見回した。
 すぐ動きに表れる子供らしい反応をベルトリウスは微笑ましく思いながら、顔の前で人差し指を一本ピンと立てた。

「指の先を見ててごらん。こうやって待ってると、奴らは律儀に止まってくれるんだ」
「ンー? ……あっ」

 じっと爪の先端を見始めた数秒後、言葉通り指先に止まった小さな黒い点二つに、イヴリーチは声を漏らした。
 コバエの一匹はベルトリウスの指先に止まったまま。もう一匹はふわっと肌から飛び上がり離れると、イヴリーチの顔周りを旋回し、彼女が差し出した手首へと着陸した。

『こいつらを肌に付けておけば、思ったことを口に出さずに相手に伝えることが出来るんだ』
「うわっ!? えっ、お兄ちゃん、今しゃべっ……た?」
『イヴリーチもやってみな。今からこれで会話しなきゃいけないんだ。練習しておこう』
「あ、うん……」

 イヴリーチは頭の中に直接届く声に驚愕したが、すぐに気持ちを切り替えて言われるがままやり取りを繰り返した。
 何度目かの応答で完全に使い方をものにすると、ベルトリウスは”じゃあ、早速行こうか”、とイヴリーチをどこかへ案内しに歩き出した。

 どこへ行くのか、どこへ連れて行くのかはどうでもいい。
 これからはただ、指示された通りに動くだけだ。

 林を進み続けていると、前方で複数人の気配を感じた。
 地上は真夜中だが、イヴリーチの特殊な肉体の前には暗闇など障害にならない。感覚を研ぎ澄ませば、向こうの彼らの吐息まで感じ取ることが出来た。

『今から合流する人間達の前では出来るだけ乱暴な魔物のふりをしてくれ。でも、攻撃はしないこと。人の言葉を喋らず唸り声を上げて、”如何にも警戒してます”って風を装うんだ。俺より前に出ちゃいけないよ』
『分かった』

 コバエを通してお互いに確認を取ると、二人はいよいよ人前に姿を現した。

 文字通り人蛇一体。その場にいた人間は全員、恐怖混じりの歓声を上げた。

「す、すげぇっ、本当に人間に似た魔物だ!! しかも女っ!! なんちゅー珍しい……」
「オオオ、オレなんて滅多に街から出ねぇから、魔物なんて初めて見んぜ……!」
「結構かわいくねーか? 魔物じゃなかったら連れ去って……なぁー……」
「バカッオメッ、こんな時に!」

 二人が合流したのは、あのガガラの盗賊達だった。
 地下の惨劇を生き延びた下っ端達は緊張感も無く……いや、本人達にしたら一応はあるのだろうが、口々にイヴリーチへの感想を述べた。

 イヴリーチは事前の打ち合わせ通り、盗賊達の顔を確認しながら威嚇するように肩を上げて唸り声を響かせた。
 すると、面白いくらいに大の男達がその場を後退し、爬虫類顔の男……ムドーがベルトリウスに訴えかけた。

「ホンッッッットにそいつ、大丈夫なんだろうな? 頼むから俺らを攻撃させないでくれよ!?」
「安心しろって。彼女、俺の命令には絶対に従うから……ってな訳で、計画通り

 ベルトリウスの言葉に盗賊達、同じくイヴリーチも、悟られないように静かに息を呑んだ。

 ――  ガガラでは定期的に競売が行われる。
 この競売に参加出来るのは一部の選ばれし金持ちのみ。それが意味するのは、合法的な催しではないということだ。
 流れる品は主に、タハボートの大小様々な盗賊団が他国で窃盗を行い掻き集めた骨董品こっとうひんと、表向きは真っ当な商人として活動している者達の”とっておき”。

 そう……人間だ。

 競売に関わる商人は食べ物などの生活必需品を取り扱う片手間、人間を売買していた。
 ベルトリウスがイヴリーチの身に起こった話を端折ってムドーに話してみると、ムドーは”それはジョイ商会がよくやる手口だ”と語った。

 ジョイ商会はガガラを中心に国内の色んな場所に拠点を抱えている。
 各地で路頭に迷う少年少女に手を貸すふりをしては捕らえ、見目麗しい者は競売行きに、それ以外は単純に労働奴隷として息のかかった施設に送り込む。
 しかし、自分達だけで行うにはいくら頭数があっても足りない作業なので、だいたいは下請けに回しているらしかった。

 この最大の下請けこそが、ムドーらが所属する”コリッツァー盗賊団”なのだ。
 そして、コリッツァー盗賊団と懇意にしているジョイ商会とまた懇意にしているのが、ガガラ領主、”パジオ・アラスチカ”その人だった。

 この裏話を聞いた時、ベルトリウスは笑いが止まらなかった。
 ”裏取引の元締めが領主”、なんて話はどこの国にでもごまんとあるし、実際自分も盗賊時代はよく人さらいをしては仲介屋に流していた。
 当時、”商品”を提供する自分に対し、ゴミを見る目で接してきた中流階級共……下々の命をいいように扱っている権力者も含め、ふんぞり返って生きている連中を苦しめられるのだと思うと、楽しみでならなかった。

 俄然、やる気になるというものだ。
 人の荒れ狂う姿はこの魔物の大好物なのだから。

 そこで、ベルトリウスが考えた作戦はこうだ。

 盗賊団には事前に、商会側へ”珍しい魔物が手に入った”という連絡を入れさせた。
 先方は以前より、珍品収集家向けの高額商品として魔物の死骸を求めていたので、話を持っていくと即答で約束を取り付けることが出来た。
 基本的に生け捕り可能な生物ではないので死骸で良しとされているが、生きているなら尚良い。
 ベルトリウスは”旅の途中で魔物を生け捕りにした男”として商談に混じり、イヴリーチを売りつける。競売はいつも城で行われるらしく、イヴリーチを入り込ませた後にコバエを通じて連携を取り、彼女を陽動として暴れさせている間にベルトリウスが城内へ忍び込む。そうすればこちらのものだ。
 城中の食事や飲み物、とにかく人々が触れる身の回りの物全てに強力な毒を仕込んでやれば、勝手に死んでゆくだろう。
 品行方正の騎士でもなし、わざわざ正面からやり合う必要はないのだ。

 行き当たりばったりだったカイキョウでの活動と比べればマシな方だが、この作戦をベルトリウスから聞かされた時のイヴリーチの不安な気持ちは計り知れない。
 イヴリーチだけでなくコリッツァーの盗賊達も相当不安なのだが、ただ一人、先程からドンと腕を組んで構えている男がいた。

 肩までの長髪を一つ縛りにしている、左目の下に大きな傷跡を残した筋骨隆々な男。
 コリッツァー盗賊団、副団長……いや、現団長。タラハマだ。

 タラハマはイヴリーチをまじまじと見つめると、大変不服そうな表情でベルトリウスに向かって口を開いた。

「今回の品定めには商会の頭であるジョウイも来るらしい。絶対にイカれた真似はするなよ」
「はいはい、それについては耳にタコが出来るほどしつこく聞いたよタラハマさんよ……」

 ベルトリウスがタラハマとどんなやり取りをしたのかは不明だが、”ジョウイ”の名が出てイヴリーチは込み上げる怒りを鎮めるのに必死だった。
 ついに、憎き商会の人間……しかも、頂点の男に会える。そう思うと、細く華奢な上半身が震えた。興奮から歯もガチガチと小さく音を刻み始めると、燃え上がる頭の中になだめる声が響いた。

『落ち着けよ。ここでジョウイを始末したら領主まで手が届かないぞ。妹の死に関わった奴を全員ぶちのめしたいんだろ? じゃあ、ここは我慢するんだ』

 努めて穏やかに囁きかける低音に、イヴリーチはハッと冷静さを取り戻した。
 斜め前の横顔を見上げても視線が返ってくることはないが、普段通りクッと上がった口角には頼もしさを感じた。

 一瞬、殺気を見せたイヴリーチにタラハマが片眉を上げて反応するも、仲間の盗賊達の命を握っているベルトリウスが進行を唱えれば、彼も否応なしに集団を率いて出発するしかないのであった。
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