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第三章 口腹の幸福
61.大人日記(”巣立ち”)
しおりを挟む奉公を勤めているはずの長女が血だらけの弟を抱えて夜中に突然帰還するものだから、両親は何事かと困惑しながら二人を迎えた。
寝ていた弟妹達も騒がしさに目を覚まし、血だらけの兄を見ては悲鳴を上げた。
イヴリーチは父にアリムを任せ、母が持ってきてくれた掛布を頭から被り、焚いた暖炉の前に座り体を温めた。氷のように冷える手足をさすり抱き締めてくれる母に寄り掛かりながら、こうなった経緯を包み隠さず話した。
自身が勝手な嫉妬心の的になりイジメられたこと……トベインに襲われたこと……そのせいでアリムが傷付けられたこと……ずっと我慢して聞いていた母も、うら若き娘が受けた仕打ちに啜り泣きを始めた。
母が自分を思いやって泣いてくれる。イヴリーチにとってはそれで充分だった。
だが、終わりの始まりはここからだった。
泣く母の隣へ、父は呆然とした様子でやって来た。
「だめ、みたいだ……起こしても……動かない……」
それが誰のどんな状態を示すのかは言わずとも分かった。
母の啜り泣きは、むせび泣きに変わった。イヴリーチは……分かっていた。すぐに処置を施しても助かるかどうか分からない状態で無茶をさせたのだ。無事なはずがない。分かっていた。分かっていても、一生虐げられる未来が確定している場所でおめおめと生き続けるよりも、心安まる帰る方がいいと思ったのだ。アリムだってそう願ったはずだ。最期を迎えるのがあんな場所だなんて、自身と似た思考の弟なら嫌がったはずだ。
きっと両親も分かってくれるはずだ。だって家族なんだから。
せめて生まれた家に帰って来られて良かったと、家族なら……そんな幻想に似たイヴリーチの甘い考えをかき消すように、母は泣きながら金切り声を上げた。
「なんでトベイン様に取り入らなかったのよぉ!! あなたに気があるのならアリムのことだって助けてくださったはずなのにぃ!!」
イヴリーチは耳を疑った。
今、何と言われた? もしかして母は……未成年の娘が、いい歳した権力者に手篭めにされるのを肯定したのか……?
唖然とするイヴリーチを余所に、母は癇癪を起こしたように叫ぶ。
「嫁の実家なら年貢も回収しないわっ、それどころか労働自体免除してくれたかも!! あぁっ、なんて惜しいことをしたの!? 家族全員の面倒を見てもらえる一生に一度の機会を自ら捨てるなんて!! でもでも、そうねっ、まだ間に合うかもしれないわ!! 今から一緒に謝りに行きましょう!! しっかり頭を下げるのよっ!? 何があっても抵抗してはいけないわ!!」
やはりまだ母の言うことにイヴリーチの理解は追いつかなかったが、息子が死に、この世の終わりみたいな顔をしていた父は、妻からかいつまんだ話を聞くとたちまちに表情を明るくした。
「や、やったぞイヴ!! まさかお偉いさまに見初められるなんて……!! お前を屋敷に行かせて本当によかった!! もう飢えの心配をしなくて済む!!」
父は安堵を浮かべて母と意見を揃えた。
そりゃあ生きている家族を養わなければならない父には、またとない機会だろう。でも、今じゃないだろう。後ろで息子の死体が転がっているのに、どうしてそんなに笑顔になれる?
両親の愚鈍な発言は勿論拒否した。すると、どうして受け入れられると思っていたのか、両親はまた取り乱し始めた。
「何を言ってるの!? ほらっ、ほら見てっ? お母さん、お腹の中に赤ちゃんがいるのよっ? 蓄えがないのにっ、アリムだって死んじゃって働き手が減ったのにっ、イヴがトベイン様と仲良くしてくれないと育てられない!!」
「そうだぞイヴ!! お前が我慢してくれれば皆が幸せになれるんだ!! あ……そうだっ、子供をつくればいい!! トベイン様だって今は少し荒々しいが、子供ができれば丸くなるはずさ!! 父親になればきっと変わる!! 自覚が生まれる!! 男ってのはそういうものなんだ!!」
「お願いよイヴ!!」
「頼むよイヴ!!」
この人達は一体何なのだろう。
帰るべき場所はここではなかった。じゃあどこへ行けばいい?
ここじゃないなら、どこが帰るべき場所だと言うのか。
愛しい家族は死んでしまった。目の前の”それ”こそ真に忌むべき者だった。
家族は、こんなに必要ではなかった――。
「あんた達がポンポン生むからああああああああ!!!!」
決壊した気持ちはどうすることもできなかった。
鼓膜を突き破りそうなつんざく咆哮に、両親は未知の生物を見るような恐れの目を娘に向けた。が、イヴリーチは止まらない。止まれない。
「ユーラで止めとけばよかったのよ!! そうすれば頼りがなくても冬を乗り越えられた!!」
「なっ、なんてことを言うんだっ!!」
「事実だわ!! お父さん、屋敷で自分がなんて呼ばれてたか分かる!? ”タネウマ”よ!? 罵られてどれだけ恥ずかしかったか!! 私とアリムがどれだけ酷い目にあったか知らないくせにっ、あんたらはご飯の心配も無くなって平和に過ごして!! なんで私達がヌクヌク生きてる奴らのために必死こいて働かなきゃいけないのよ!? トベインの子を生めなんてよくも言えたもんだわ!! 親なら親らしく守ってよ!! アリムは、わ、わたしをまもって……しんじゃったのにぃ……っ!!」
生まれて初めて両親に反抗した。もっと早くにそうすべきだった。
父は困ったように眉間にしわを寄せ、どうしようもなさそうに呟いた。
「仕方ないさ……アリムはそういう運命だったんだ……」
その瞬間、頭の中で”プツンッ”と大事な何かが切れる音がした。
それからのことはあまり覚えていない。
気付けば家中の物という物が破壊されていて、イヴリーチは破片と化したそれらに囲まれ、部屋の中心で汗だくになってクワを手に立ち尽くしていた。
台所では母がガタガタと震えながら”許して、許して”と繰り返し唱え、自身の頭を抱えて泣きじゃくっている。弟妹も部屋の隅で身を寄せ合い縮こまって泣いている。
父の姿は見当たらないが、不思議と探そうという気は起こらない。
抑圧されていた感情を出し切ると考えがすっきりする。寝床で末の妹が大きな泣き声を響かせているのにようやく気付いた。
情けない親は赤子さえ守らない。赤子さえ守らぬ親が、大きな我が子を守るわけがなかったのだ。
イヴリーチはクワを持って外へ出た。
向かった先は、アリムがいつも休憩場所にしていた家の裏の大きな一本のモミの木。一年を通して葉を保つ常緑樹のモミは、葉に溜まった雪が周辺を取り囲むように落下し、要塞の如く固まり積もっていた。
シャベル代わりにクワを振るい器用に道を開け進んでゆくと、すぐに根元へ到達する。木の真下ではくるぶしの高さまでしか雪がなく、ちょっと掬えば焦げ茶色の土も共に辺りへ散った。
イヴリーチは根っこから少し離れた場所を掘った。楕円形に掘り終わると一旦クワを置き、家の中へ戻って眠るアリムを背負った。力が抜けきった体は帰路の比ではないくらいに重たくなっていたが、何とか木の下まで運び、掘った穴の中へ寝かせる。
土を被せる前に……しゃがみ込み、アリムの頬を撫でる。冷たく固くなった肌。所々に裂け目をつくった額に唇を落とすと、最後の別れを告げる。
支えてくれてありがとう。
こんなことになってごめんなさい。
さよなら、私の愛する家族……。
顔を離し、固まった血の感触をかき消したくて自身の唇をひと舐めする。
イヴリーチは今度こそ掘り起こした雪混じりの土をアリムに被せた。故郷に消えゆく弟に流しても流しても流し足りない涙を捧げると、少女はを思い出の地を立った。
「イヴねぇ!! 待ってぇ!!」
飲食料の詰まった袋を担ぎ、小型のナイフと猪革の外套を身に着けたイヴリーチは背後から駆けてくる声に振り返った。
家を後にしてから十数分。同じように中身の詰まった麻袋を手に、声の主であるユーラが息を切らしながらやって来た。
「あ、あたしも連れてって!」
「なんで?」
間髪入れずに尋ねたイヴリーチに、ユーラはくしゃっと顔を歪めて答えた。
「あたし……屋敷に送られる約束だったのっ! イヴねぇとアリムにぃがいるからってっ、と、トベイン様によくしてもらいなさいってっ、お母さんとお父さんが言っててっ……それでっ……」
「……」
「いままでお仕事しなくてごめんなさいっ! これからは何でもお手伝いするからっ、あっ、あたしも連れてって! イヴねぇの話きいてたら……むりっ!! こわいの!! アリムにぃも死んじゃったし、あたしにはむりだよぉっ!!」
目の前で必死に頼み込むユーラに対し、今更調子のいいことをと突き放すような気にはなれなかった。ただ、どこまでも情けない夫婦だと……先程見放してきた生みの親を蔑む気持ちが強くなっただけ。
アリムを助けられなかった。でも、ユーラは助けられるかもしれない。
これは使命だ。彼女は罪滅ぼしとして与えられた愛すべき家族ならば……今度こそ守らなくてはいけない。それが、姉の役目なのだから。
「外は危険だから獣に襲われるかもよ。凍えて死ぬかも。それでもいいの?」
「いいっ、いいよ!! 怖い所で毎日苦しむよりずっとマシ!!」
かくしてイヴリーチはユーラを引き連れ、十二年もの時間を過ごした荘園を後にした。
あてのない道中、凍傷凍死の危機に瀕したり、野犬の群れと遭遇したり……か弱き女子二人の身に訪れた様々な危難は筆舌に尽くしがたい。
いよいよ死が差し迫った際に手を差し伸べてくれた真の善人もいたが、人間不信に陥っていたイヴリーチは心から彼らを信じることができなかった。
信じられるのは己とユーラのみ……そう、以前は憎らしいだけだったユーラも、苦難を共にしていれば愛着が湧いてゆくものだ。
家にいた頃と変わらず泣き言は多いし考えは甘ったるいが、嫌々言いながらも物事をやり遂げる気概を持ち合わせていたのは評価できる。互いに同じ困難に向き合い、乗り越え、喜び合った。とうの昔に置いてきた無邪気さというものを思い出させてくれるユーラは、傷心したイヴリーチにとってかけがえのない存在となっていた。
そして、運命の秋。
とある町の宿屋で住み込みの仕事をして食い繋いでいた二人は、人手過剰を理由に女将から解雇されることとなる。小さな町では他に子供二人を雇ってくれる場所など無い。この際遠出になるが、大きな都市を目指して移動しようかと姉妹で相談していたところ、一人の温和そうな男が話を持ち掛けてきた。
「困ってるようだが、向かう方角が同じなら途中まででも乗せていってあげようか? 他に何人か相乗りするのを気にしなければだが……」
男はそう言って、宿の裏に停めてある馬車を指差してみせた。
確かにそこには今まさに荷台へ乗り込もうとする二人の親子連れと、一人の老爺がいた。そして、その後ろにもう二人、大柄な男達が待ちの列を作っている。
相乗りは町で働きだしてからよく見た風景だったが、実際乗車の選択を迫られると二の足を踏んでしまう。人さらいの可能性が捨てきれないからだ。全員が共犯かもしれないし、本当に人さらいならこんな目立つ大所帯で行動しないだろうという気もするし……そうやって疑いの念を拭い切れずに返事を溜めていると、ユーラが困り顔で”もう野宿はやだよ”と耳打ちしてくるので、イヴリーチは渋々男に甘んじることにした。
この選択がまた誤りだった。
荷台には人の他に、農具や木箱が積載されていた。揺れる荷と共に一言二言の挨拶を終えると、後は皆口を閉ざした。
最初に親子が半日移動した先の村で下りると、翌日に老爺が黄色の花が一面に咲く平原で下りた。
細く入り組んだ道を選ぶでもない。開けた場所を何事もなく進み、下りゆく乗客達は感謝を告げて和やかな雰囲気で去っていく……御者席の運転手は本当に善意で相乗りさせてくれたのだと、そう油断したのが不味かった。
老爺を下ろした数時間後、辺りはすっかり夜に飲まれていた。深く茂る林の横を抜けようとしていた馬車が突然動きを止めると、共に荷台に乗っていた大柄な男達がそれぞれイヴリーチとユーラに掴み掛かった。
「お嬢ちゃんたちぃ、人を簡単に信用しちゃいけないよお?」
そう言って、町で声を掛けてきた男がいびつな笑みを浮かべて御者席から振り返る。組み敷く男達は同調するようにゲラゲラ笑いながら姉妹の体をまさぐり始めた。
「ンなガキによく興奮できるな。俺はこっちのでもギリギリだ」
「ヘヘッ、ガキだろうが女に変わりねぇよ。おれぁ棒さえ付いてなきゃ羊相手でもおったてられんぜ」
「オェッ!! おめぇそのうち病気になんぞ!!」
荷台を支配する二人は余裕しゃくしゃくに品のない話に花を咲かせる。
男達の卑俗な雑音も、その後ろで響くユーラの悲鳴も……何もかもが頭の隅に追いやられ、こもって聞こえた。
イヴリーチは抵抗を諦めていた。もう、疲れたのだ。
どれだけ懸命に抗おうと、どれだけ泣き叫んで乗り越えようと、結局はこのゴツゴツとした汚れた手に掴まれる。どうせここで逃れようが、近いうちに新たな手が絡み付く。ならばいっそ、捕まってしまえば楽になるのでは?
苦しい目に遭うのなら、いっそ抵抗を止めて……。
「ィ”、……ぇ”……ッ!」
絞り出された声を聞き、イヴリーチは錆びた人形のように、ぎこちない動きで首を右に回した。
そこには涙を流し、鼻水と涎をだらだらと垂れ流すユーラの顔があった。
ユーラは首を絞められていた。乗り掛かっている男からすれば、逃げ出さないように体重を掛けて押さえ付けている程度の認識なのだろうが、小さな体には充分に応えた。圧迫感に追われ目玉がギョッと外に向かって飛び出し始めると、数秒後にはぐりんと白目が剥かれ、ユーラは動かなくなってしまった。
「あ、やべ。死んだかも」
不自然に大人しくなった幼女の異変にやっと気が付くと、ユーラに乗り掛かっている男はさして興味も無さげに呟き、引き続き服の下で手を動かした。
どうしてこうなる?
また愛する者を守れない。また愛する者を死なせてしまう。
結局同じ結末を迎えてしまうのは誰でもない、非力な己の――。
……いつだって、イヴリーチを突き動かすのは”怒り”だった。
イヴリーチは自身に乗り掛かっている男の股間に渾身の膝蹴りを食らわせると、向こうが悶えている隙に荷台から跳ねるように飛び出した。足を引っ掛けて顔から地面に転げ落ちるが、節々の痛みに気付かないふりをして、とにかく真っ暗な闇の中を駆けた。
極限の状態が直感を冴え渡らせたのだと思う。
そうじゃなければ、こんな辺鄙な場所で第三者の気配を感じるわけがない。
背後から迫りくる男達の怒声に、イヴリーチは姿の見えない誰かに助けを求めながら走り続けた。
「だれかっ!!!! だれかぁーーーーーーっ!!!!」
いるはずだ。善人でもいい。悪人でもいい。力を貸してくれるなら誰でも。
そう願っていると、前方に黒い影が二つ生えた。
渇望の相手に不安と安堵を抱きながら、イヴリーチはさらに疾走した。
あっという間だった。あの怪物のような、威圧に満ちていた男達がいとも容易く斬り伏せられた。
長髪の傭兵はものの一分足らずで立場を変えてしまった。より洗練された力の前には、月並みの暴力など児戯に等しかった。
羨ましかった。
彼らのように自衛の力を持っていればアリムを救えた。ユーラを救えた。結局この世は力が全てなのだ。皆が祈りを捧げる、力のロトナス神は凶暴の味方だ。叡智のマルカダス神は欺瞞の味方だ。他にたくさんいる神々も全て同じだ。
だけれど……それでもどうか、あなた達にか弱き者を憐れむ慈悲があるのなら、死した弟妹に安寧を。
大丈夫だよ。アリムは誠実な子だから、きっと神の国へ招かれる。
大丈夫だよ。ユーラは穢れを知らない子だから、きっと神が救ってくださる。
だから、私は堕ちていい。
二人の命を奪った奴らを、私は絶対に許さないから。
「私……私もつれてって……! 妹を殺したやつらの仲間を、一人でもいいから殺してやる……!!」
イヴリーチは見ず知らずの男へ協力を求めた。
思えば、生まれてからずっと他人にお願いなんてしたこと無かったなと……胸に広がる苦痛に、少女は涙をこぼしながら息を引き取った。
そして……。
「生まれ変わった姿はどう?」
どす黒く染まった心に、凛とした女性の声が差す。
荒野の女王エカノダは、イヴリーチの身に訪れた変化を細かく説明してくれた。地獄のことを、彼女達の目的を、イヴリーチに力を貸してくれた訳を……。
エカノダは死を覚悟して復讐を望んだイヴリーチの心意気を買ってくれていた。
新たな体に慣れるため、領地内にいた巨人と軽く手合わせをすると、イヴリーチは元の非力な人体が馬鹿らしくなるほどの圧倒的力に胸が高鳴った。
「気に入った?」
「はいっ、ありがとうございます! この……この力さえあれば……!」
「下に着いたら、まずあの二人と合流しなさい。奴らは信頼できるわ……なんせ私の命令に逆らえないのだから。頼りにしなさい」
「はい! あのっ、このご恩は必ずお返しします。私、どんな命令でも従い――」
「気に入らないわね」
ピシャリと言葉を遮ったエカノダに、イヴリーチは何か失言してしまっただろうかと身を縮こませた。
だが、エカノダが指摘したのは思わぬ点だった。
「お前、子供のくせにかしこまりすぎではない? どういう生き方をしてきたのか知らないけれど、そうやって顔色を窺うのはやめなさい。子供のうちは馬鹿みたいに笑って、迷惑と我が儘を周りに吹っ掛けていればいいのよ。それが特権なんだから」
知ったような口をと……以前なら思っただろう。会ったばかりの相手に何が分かるのだと。自他共に”成長”を求めていたイヴリーチにとって、”年相応”を要求されるのは難しいことだった。しかし、彼女の言葉に、ずっと肩にのし掛かっていた重い何かが消えて無くなったような気がした。
「人間が尊ぶ法や秩序なんて魔物には関係ないわ。もう我慢はやめなさい。お前をそんな暗い顔にさせた奴ら全員に報いを受けさせるのよ」
上からの物言いに勘違いしそうになるが、彼女の居丈高な態度は優しさのひた隠しに感じられた。イヴリーチはこみ上がってくる感情に涙ぐみながら、再三の感謝を述べた。
「本当に……ありがとう、ございます……っ」
「感謝を繰り返されるほど、まだ何も成し遂げてないけどね。さぁ、泣いてないで気合入れなさい! 今は獄徒も魂も何もかも足りてないの! お前の根性を見込んで拾ってやったのだから、ガンガン働いてもらうわよ!」
「はいっ!」
「ほら辛気臭い!! 笑って!!」
「はいっ!!」
「もっと!!!!」
「はいっ!!!!」
「よし!! じゃああの穴に飛び込みなさい!!」
「は―― えっ!?」
エカノダが指差した方向には大きな口があった。地面にぽっかり空くその穴が魔物のものだと聞かされ一瞬怯むが、イヴリーチにとってエカノダはすでに絶対的な存在になりかけていた。そこへ飛び込めと言われれば、イヴリーチは受け入れるのみだ。
「いってらっしゃい。笑顔、忘れるんじゃないわよ」
魔物の口に飛び込む前に、エカノダはもう一度微笑みをくれた。容姿は似ても似つかないというのに、イヴリーチは会って間もない主に母の面影を見た。
もうあの女を母とは呼べないが……少しだけ、名残惜しさが湧いた。
アリムを生んだあの頃から変わらず、子を想う母でいてほしかった。
地上へ着いたイヴリーチは、仲間となった二人の男達の前に姿を現した。
紫眼の男は日が昇った場で会っても初見と変わらぬ怪しさを醸し出しており、長髪の男は……何故だか己と同じ、空虚さを内に秘めている気がした。
イヴリーチはエカノダに言われた通り、できるだけ笑顔をつくった。
「ところで、まだ名乗ってなかったよね? 私はイヴリーチ、よろしくね!」
手本にするのは最もよく見た笑顔だった。
無垢なる妹を真似て、少女は子供に返った。
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