そして、腐蝕は地獄に――

ヰ島シマ

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第五章 滅亡、または繁栄を祝う輪舞

79.孝行息子

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 不気味な騎士の襲来以降は目立った騒動に遭遇することなく、エイレンは無事にガガラの街の門をくぐって帰城を果たした。入口の大扉の前で馬車を止めると、人目を気にする必要のなくなったエイレンは玄関ホールを脱兎だっとの如く駆け抜け、上階へと続く階段を上っていった。
 そして息を切らしながら自室の扉を壊しにかかる勢いで押し開け……待ち構えていたように手を広げて立っていた半蛇の少女の腕の中へと飛び込んだ。

「ただいまっ、ただいまっ、ただいまぁーーーーっ!! イヴぅーーーーっ!! さびしかったよぉーーーーっ!!」
「エイレンおかえりっ!! ケガはしてない? 酷い目にあわなかった? 一人でよくがんばったね!!」

 約一週間ぶりの再会に、少女達は互いの体温を確かめるように抱擁し合った。イヴリーチは抱き止めたエイレンを幼子を持ち上げるようにして高々と掲げ、二回転、三回転しながら近くにあった天蓋付きのベッドに身を投げた。ボフンッ、と体を弾ませて肌触りの良い掛布の山に埋もれると、至近距離で見つめ合った二人は何が面白いのか、一緒にクスクスと笑いだした。

「んふふっ……! エイレン、仕事バッチリこなしてきたよぉ! イヴこそ留守中にケガとかしなかった? エイレンすっごくすっごくすっごく寂しかったし、心配してたんだよ? 早く帰りたくてね、お話したくてね、だから今日はいっぱいお喋りしようね?」
「ふふっ……そうだね。ブノーシュでのお話、いっぱい聞かせて?」
「うん!」

 変身を解いたエイレンの銀の髪と、イヴリーチの鱗肌に映える金の髪が敷布の上で絡み合う……繊細な織物のように折り重なった髪を二人で指に巻き付けて遊んでいると、どちらかが笑い声を抑え始め、もう片方も合わせるように笑い声を止める……。そうして数秒間無言で見つめ合っているとまた突然に謎の面白さが降りてくるので、二人は同時に笑いだした。
 そんな言葉も理由も必要ないやり取りを何度も続けていると、開きっぱなしだった入口の扉からずかずかと邪魔者の大人が入り込んできた。

「イチャつくのは仕事の話が終わってからにしてくれ」
「……」
「わっ!? おおおっ、おにいちゃっ……!」

 若干呆れ顔のベルトリウス、冷ややかな目をこちらに向けているケランダットが並んで入室してくると、イヴリーチは顔を赤らめながら慌てて上体を起こし、ベッドの上に座り直した。
 せっかくの幸福な時間に横槍を入れられたエイレンはというと、むくれっ面で男達を睨み付けていた。

「勝手に部屋に入ってこないでよね」
「嫌なら扉をきちんと閉めとけばいい。素朴な疑問なんだが、俺達に見られるのと自分のお人形さん達に見られるのはどっちが恥ずかしいんだ?」
「ねぇ、疲れてるの。分からない? 帰って早々に喧嘩を買う気分にはなれないわ。さっさと用件を言って出てって」
「ははっ、つれないな……おかえりくらい言わせてくれよ。俺は君を誤解してたことを謝りたいのにさ」
「……なんですって?」

 最後に付け加えられた思ってもみない発言に、エイレンは理解が及ばないといった様子でベルトリウスを見やった。

「なに……なんなの急に……? あやまる……? あなた……私のことが嫌いなんじゃないの?」
「別に嫌いってわけじゃない、よく言い合いになるだけだ。俺は君のことを我が強いだけの半端もんだと思ってたけどな、ほらあのお坊ちゃん……ローカンだっけ? あいつに一泡吹かせてやった時は見直したよ! あの慌て具合は笑えたよなぁ? 親父の真ん前で面子めんつを潰されてさぁ、貴族の惨めな姿って本当に最高だよ! そりゃ初めは手っ取り早く口付けの一つでもかまして体を乗っ取ってやればいいのにと思ってたけど、こんだけ盛り上がりゃどうでもいいさ! お疲れさん!」

 ニカッと夏の日の太陽のように晴々とした顔で笑うベルトリウスに、エイレンは開いた口が塞がらなかった。てっきりランカガに目を付けられたことを詰め寄られるものとばかり思っていたのに、この男の考えは全く突飛で予測が付かない。慎重に事を進めたがるくせに刹那せつな的な一面も持ち合わせていて、こんな変人に信頼を寄せているイヴリーチは何か弱みでも握られているのではないかと、なんだか不安な気持ちになった。
 対照的な表情の二人が向かい合っていると、部屋には新たな邪魔者がやって来る。

「これ、忘れ物だよ」

 空気を読まず、”出先で買ってきた土産物を馬車に忘れていってるよ”と言っているのと同じ調子で例の桶を掲げて登場するパジオに、エイレンはほとほと嫌気が差していた。
 ベルトリウスは彼が所持していた重みのある桶をそっと受け取ると、中で声なき悲鳴を上げている青年の赤銅の髪を鷲掴みにして、横に立つケランダットに向かって、ヘラヘラと笑いながら持ち上げて見せた。

「ふはっ!! ほらっ、昨日言ってたやつ! このツラめちゃくちゃ笑えね? 目とか口とかシワとかっ……ぅっ、ふぐっ!! ぐっ、ふふっ……!! あ”~~~~っ、駄目だコイツの間抜けヅラっ、マジで俺の笑いどころにハマるっ!! ぃっひひひっ、ぃひぁはははははっ!!」
「こりゃ生きたまま斬られてるな。死んだ後に首を落としたのなら、もう少しマシなツラで固まってるからな。切り口はガタガタだし……蓋を開けた時に受け取り手により強い衝撃を与えたくて、あえて意識を保たせながら斬り落としたんだ」
「なおさらやべぇじゃん、こいつの親父!! あははっ……あ、おいこっちに首向けんなっ!! クッ……ぐはっ!! んひひっ!! やっべぇっ、ほんきで腹よじれそっ!! んははははははっ!!」

 ベルトリウスは自身の腹を抱えながら、妙にツボを刺激してくるローカンの強烈な顔面をこちらに傾けて、さらなる笑いを誘ってくるケランダットの肩を小突いた。死体に慣れた者ならではの不謹慎な悪ふざけにイヴリーチは先程の冷ややかな視線を送り返すと、血をしたたらせるローカンには少しだけ……哀れみの念を送った。

「自分の子供なのに……ひどいね……」
「あはっ、ははっ……! ハァ~……本当になぁ。こいつ多分俺より年上だろ? せっかく二十年以上も面倒見てきたのに、こんなくだらない脅しのために切り捨てるなんて苦労に見合った使い方じゃねぇぜ。ランカガって野郎には注意しとかねぇとな。この手の異常者が正当性を身に付けちまったら厄介だぞ」

 エイレンの留守中に次なる作戦をくわだてていたベルトリウスは、彼女のコバエ越しに目にした赤獅子の姿を思い返しながら痛めた横腹をさすった。またいつもの薄ら笑いに戻ったベルトリウスをじっと見つめながら、エイレンは心から湧き出た言葉を口にする。

「あなたって……本当に変な人だね」
「俺だけか? ここにいる奴は全員変わりもんだろ!」

 非情で、非道で……最低な男から、さもおかしそうに言いまとめられた室内の全員が一斉に渋い顔をした。

 ベルトリウス達が退室してしまう前に、エイレンはローカンの首を吸収した。西手の息子という肩書きと外見はいつ何時なんどき生きるか分からない。
 役立たずの親不孝者が死後にようやく存在価値を見いだすことを、この時は誰も知るよしもなかった。
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