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第六章 遊猟区域
90.嬉し涙の味 ― 2
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―― ベルトリウス全快後、地獄、エカノダ領…… ――
「何でてめぇらがついて来てんだ……!」
「ご飯作るんでしょ? 手伝ってあげる! 私、人間だった頃はよく家族のご飯作ってたから!」
「イヴすごぉい! エイレンもイヴのつくった料理食べたぁい!」
「うふふ、今度ね!」
地べたに座り、器具や食材の山を全員で取り囲んでいる中……ケランダットは腕を絡ませ合ってキャーキャーとはしゃぐ少女らを見て、額に青筋を浮き上がらせていた。
使用人に用意させた荷を領地まで運んでくれたのはありがたかったが、調理まで手伝ってくれとは言っていない。
被害者であるベルトリウスは恨み言の一つも口にせずに淡々と食材を選り分けているし、一人腹の虫が治まらないケランダットだけが、グチグチと小言を唱えていた。
「いらねぇよてめぇらの手伝いなんざ……! 仲間に手ぇ上げといてよくツラ貸せるな!?」
「さっきのことなら、もうお兄ちゃんから”気にするな”ってお許しをもらってるもーん」
「もーん!」
イヴリーチだけでなく、彼女を真似て猫撫で声で復唱するエイレンにも、ケランダットは血管が破裂しそうでたまらなかった。
見兼ねたベルトリウスが対立する男女を引き離そうと、それぞれに役目を与えた。
「せっかくうまい飯を食おうって時に、そう揉めるなよ。イヴリーチとエイレンには芋の皮むきをしてもらおうかな。一週間分くらいの量のスープを作るつもりだから、ここにあるだけ全部むいてくれ」
「はーい!」
「しょうがないなぁ……」
「チッ……! なんだよクソッ、俺が悪いみたいじゃねぇか……!」
小ぶりのナイフと芋が詰まった籠を持って離れてゆく二人を睨み付けながら、ケランダットは苦々しく呟いた。
エカノダの腕を斬って喧嘩した頃から全く学習していない男に、ベルトリウスは呆れながら尋ねた。
「ケランダットはさぁ、なんでいちいち怒んの? お前が怪我させられたわけでもないのにキレる必要ある?」
「……仲のいい奴が殺されかけたら、そりゃ腹が立つだろう……俺がおかしいのかよ……あのガキ共だってそういう理由でお前の腹をへこましたってのに……どうしていつも俺が悪いみたいになるんだ……」
「悪いってか……毎度よく俺みたいな奴のために怒ることができるな? 最悪だろ、他人から見た俺って」
「自覚があったのか……そう、最悪だ……でも俺にとっては、”最悪”じゃない……」
また叱られてしまったと思い込んだケランダットは、主人を守ろうとして他人に噛み付いたところを、他でもない主人から咎められた飼い犬の如く、大きな背中を丸めてしょげ返った。
ベルトリウスは単純に、”馬鹿だなぁ”と思った。自身を最低な人種だと理解しているからこそ、ここまで健気に味方してくるケランダットを愚かしく感じた。善行が必ずしも報われるとは限らないのに、ましてや悪党である自分に何を期待しているのだと。
「損な人生を送ってるな。まっ、こっちにとっちゃ都合がいいけど……とりあえず、これでも食って元気だせよ。スープの前に味見だ、味見!」
ベルトリウスは香草袋の中から、橙色の実をつけた草を取り出して掲げた。
ケランダットは別段食べ物に詳しいわけではなかったが、その手にある物が薬草の一種ということは知っていた。
「味見って……これ、ジジルじゃねぇか。傷薬の元だろう。食ったって苦いだけだ」
「おっ、よく知ってんじゃん。でも薬に使うのはすり潰した実の方だけだぜ。生の葉っぱは料理の香り付けに使うんだ。ちっと噛んでみろよ、鼻に抜ける感じが煙草に似ててうまいんだよ」
「……」
そう言ってジジルを手渡されたケランダットは、濃緑の葉をまじまじと見つめてから口に運んだ。
すると案の定、ひと噛みした瞬間に口内に強烈なえぐみが駆け巡り、ケランダットは歯型のついたジジルを勢いよく吐き出した。
「ゔぉえ”っっっっ!!??」
「ぶぁははははっ!!!! バーカッ、簡単に引っ掛かってやがんの!! ジジルは香り付け以外に使うもんじゃねぇよっ、生で食ったら滅茶苦茶に苦ぇだけだ!!」
「なんでそんなもの食わせた……!?」
「いひひっ!! まぁまぁ……口直しにこっち食えよ。ターテンって知ってるか? こいつも薬草の仲間でな、味消しの効果を持ってるんだ。こっちはマジなやつだから安心しろよ。スープの前に口の中を整えとけ」
「……」
ケランダットは”信じられない”といった表情でベルトリウスを凝視しながら、渡されたターテンを握り締めた。
ジジルの苦みがまだ舌の上で踊っている。携帯していた水を口に含んでも消える気配のない悪夢の味に、ケランダットは半信半疑で差し出された実を口に運んだ。そして黄色い小粒の実が奥歯に挟まれてすり潰された瞬間、ジジルとはまた違った、甘みを有した独特の渋みが味覚を刺激した。
「まっっっっず!!!!」
「だぁははははははっ!!!! 騙されたそばから信じてんじゃねぇよっ、お前マジで馬鹿だなぁ~~!?」
「てめぇぶっ飛ばすぞっ!?」
「あっはははは!! じゃあほら……こっちのハクの実はぁ……」
「食うわけねぇだろ!! もうちゃんとした飯が出てくるまで何も食わねぇよ!!」
「ぐはっ!! そんな怒んなよ、ケランダットよぉ~! 俺なりの励ましじゃん? 元気でただろ?」
「これは元気になってるんじゃなくてっ、ただキレてるだけだっ!!」
ヒーヒーと腹を抱えて笑うベルトリウスに、ケランダットは汗を噴き出しながら大声で吠えた。
おふざけを交えた後、ベルトリウスは荒野の枯れ木の枝を使って火を起こし、焚き火を囲むように手頃な石を積んで土台を作り、そこに水を投入した大鍋を設置した。
水が沸騰する前に毒見を済ませておこうと、事前に狩っておいた魔物四体の肉をそれぞれ一切れずつ削ぎ落とし、直焼きにする。
火が通ると、ベルトリウスは攫ってきた旅人二人のうちの一人を叩き起こし、猿轡を外して口内に肉を突っ込んだ。
「よーく噛んで飲み込めよ? 食わなかったら殺す」
「ン”ッ”……!! ン”ッ”……!! ……の、のみごみまじだ……っ」
「よしよし。どこか痛むところはないか? 腹が痛いとか、頭が痛いとか――」
「ハギッ”―― !?」
旅人はベルトリウスが話している最中に、目玉をぐりんっと裏返して白目をむき、口から黒い泡を吐いて動かなくなってしまった。
唐突で呆気ない死を目の当たりにしたケランダットは、一歩間違えば己がああなるという恐怖心に駆られた。
「おいっ、死んでんじゃねぇか!! こんなもんを俺に食わせる気かっ!?」
「次だ、次。あーぁ、毒見役足りっかなぁ? こんなことならもっと捕まえてこりゃよかったぜ」
ベルトリウスは背後から浴びせられる非難の声を無視して、もう一人の旅人を同様に叩き起こし、別の魔物の肉を食わせた。
しかしこれが当たりで、旅人は肉を飲み込んで数分経っても異常をきたすことはなかった。ベルトリウスは喜びの声を上げながら再度旅人を殴り、気絶させた。
そうこうしていると、向こうで作業していたイヴリーチ達が籠を抱えて戻ってくる。
「おまたせー。皮むけたよー」
「おお、あんがと。ここに置いといてくれ。ケランダットも出番だぞ。あの魔物の肉を好きなだけさばいて持ってこい。左から二番目のやつだからな? あの赤い毛のやつ。間違えたら泡吹いて死んじまうから気ぃ付けろよ」
「じゃあお前が取ってこいよ……」
ケランダットは文句を言いながらも指定された魔物を風の刃で切り裂き、血の滴る肉の塊を浮遊させながら戻ってきた。
鍋に入れる食材は芋の他に、ざく切りにしたキャベツ、殻をむいたソキ豆、種を取り除いた今が旬のテスルコーン瓜だ。
ベルトリウスとイヴリーチは平らな石の上でそれぞれの食材を食べやすい大きさに切り、順に鍋に投下していった。エイレンは自主的に豆の殻むきを行い、一人だけ暇を持て余していたケランダットは、ベルトリウスに命じられるがまま殻むきの手伝いをさせられた。
各々作業を進めていると、心配して様子を見にきたエカノダが声を掛けてきた。
「にぎやかにやってるのね。安心したわ」
「エカノダ様も食ってきますか? 俺は飯には自信があるんですよ」
「ふふっ……それじゃあ一杯いただくわ。特別に私も調理を手伝いましょう。働かざる者食うべからず、ってね」
「そっちこそ意外とまともな感性残ってるんですね……じゃあ、この残りの芋をイヴリーチと一緒に切っててください。俺は味付けに入るんで」
「いいわよ」
ベルトリウスが軽い気持ちで誘いをかけると、意外にも彼女は話に乗ってきた。
二人は場所を交代し、ベルトリウスは荷物を探って必要な調味料を選んび始めた。一方でエカノダは……自慢の怪力で芋を握り潰していた。
”グシャアッ”と切ない音を立てて、粉々になった芋が鍋の中に落ちてゆく。
あまりに一瞬の出来事に、間近で作業をしていたイヴリーチ、エイレン、ケランダットの三人は、一様に驚きの表情を見せた。
背を向けていたベルトリウスも不穏な音に振り向くと、今まさに次の芋を握り潰しているエカノダの蛮行を目撃してしまい、慌てて止めに入った。
「ちょっとっ、何してんですかっ!?」
「何って……芋を細かくして鍋に入れてるのよ」
「俺は”切って”入れろって言ったんですけど!? なんで握り潰してんですか!?」
「切っても潰しても一緒じゃない。スープなんて最終的には具が溶けてドロドロになるのだから、どう入れたって同じよ」
「それは何日も煮込み続けたスープだろうが!! 出来立てのスープはでっかい具を味わって楽しむもんなんだよっ!! ったく、信じらんねぇっ……! 飯も作ったことねぇお嬢様かよっ……!」
自分が思い描いていた出来栄えから外れ、言葉遣いが荒くなったベルトリウスにエカノダも”カチン”と来た。
「な、なによっ……! 急にガツガツした食事なんて取ったら腹が壊れてしまうでしょう!? 具の大きなスープなんて相手の負担を考えていない自己満足の塊よ!!」
「ドロッドロのスープなんて火加減もできない鈍臭野郎か田舎もんしか作らねぇよ!! 俺が作り手なんだから俺の満足のいく通りに作るに決まってんだろうが!? 手伝うってんなら俺の言った通りに動いてくれませんかねぇ~!?」
「私は管理者よっ、ここは私の領地!! 私の指揮こそ絶対なの!! お前、このエカノダに逆らおうというの!?」
「職権乱用だっ!! 今管理者の立場は関係ねぇ!!」
食へのこだわりは、時に人を対等にさせる……。
主張の是非は主に食事を口にするケランダットへと投げられたのだが、彼が”どっちでもいい”と芯のない発言をしたことにより、醜い争いはさらに白熱してしまう……。
ともあれ、スープは無事完成した。
あの後も強火で一気に煮込む派のエカノダと、弱火でじっくり煮込む派のベルトリウスが口論を繰り広げていたが、スープは無事に完成したのだ。
ガガラの城から持ってきた木の深皿にスープを注ぎ、奥の者へと連携して手渡ししていく。
と、ここで、また新たに様子を見にきた者が現れた。
「ヤホヤホー。エエにおいしとるやん。オッちゃんも混ぜてやー」
「帰れっ!!」
「ンモォー、ケントくん顔見るなり酷ォーい。せっかくお花チャンの蜜で作ったお酒持ってきたったのにィ。みんなで仲ようしようやー」
領地から出ていないくせにいつの間に用意したのやら、酒瓶らしき物を片手に提げて登場したオイパーゴスに向かって、悪感情しか抱いていないケランダットが思わず拒否の叫びを上げた。
そんなこんなで一部獄徒を除き、領地内でささやかな会食が行われた。
各自に皿が行き渡ると、全員ほぼ同時にスープに口を付けた。
「うんっ……ピリッと辛くて、おいしーい! お兄ちゃんすごいね! お店で出てくる料理みたいだよ!」
「ふっ、まぁな……昔、俺のこと嫌ってた奴らも、俺が出す料理だけは褒めてたからな……」
「城の料理人に作らせれば、もっとおいしい物が食べられるよイヴ!」
「ははは。エイレン、お前には二度と食わせねぇ」
イヴリーチの素直な感想に、野暮な発言を加えるエイレン……乾いた笑い声を響かせるベルトリウスの目は、全く笑っていなかった。
「人には意外な才能が隠れているものね……もっと甘みが強い方が私好みだけれど」
「ワシももっと甘ァ~い方が好っきや。でもヒトの食べモンて、何だか懐かしいっちゅーか、魂にシミるわァ……魔物には食事なんて必要ナイし、食うても気が向いた時に木の蜜舐めるくらいやったしなァ……」
「俺だって甘い味のが好きだけどな。今回は主役の好みに合わせて香辛料強めだ」
管理者勢からも上々の評価を貰い、ベルトリウスは皆が上機嫌で頬張っている光景を満足げに見つめながら、隣で黙々と食べ進める男に目をやった。
「どうだよケランダット、お前辛いもん好きだろ? わざわざお前が好きそうな味にしてやったんだ。感想くらい教えろよ」
「………………うまい」
「くっくっ! 当然だろ! この俺が作ってんだぜ?」
「お前が作ってるから心配だったんだよ……毒とか入ってそうだしな……でも本当に意外だ、こんなうまい物が出来上がるなんて……」
「てめぇもエイレンも、余計な一言がなきゃ会話できねぇのか?」
頬をヒクつかせるベルトリウスを一瞥することもなく、ケランダットは皿の中の汁を呆然と見つめながら、胸の内に広がる”熱”について考えていた。
スープの辛さや熱さによるものではない。”感動”に近い別の感情が、ケランダットの心臓をジリジリと焦がしていた。
自分の好みなど、親兄弟にすら覚えられていなかった。それなのにベルトリウスは日常の何気ない会話の端々をきちんと記憶して、このような味付けにしてくれたのだ。きっと世界には、もっと洗練された料理があることだろう。生家で出されていた物もそうだ。料理人が長年培った技術により生み出した、素材のうまみを引き立てた上品な料理の方が美味に違いない。
だがケランダットにとっては、幼少期に食べ慣れた一流料理人の出した品より……今まで食べたどの料理よりも、この味の濃いスープがうまく感じられた。
夢を見るだって? こんな思いやりに溢れた人間が他にいるか?
ベルトリウスは優しい男だ。その非道な行いが目立って誤解されているだけで、根はとても情に厚い人間なのだ。懐に入れた者にはとことん尽くす……こんなどうしようもない自分を見捨てずにいてくれているのに、少女達はまだ彼の懐に入れられていないから、酷い面にばかり注目してしまうのだ。
ケランダットはそんなイヴリーチ達のことを逆に哀れむと同時に、とてつもなく大きな優越感を抱いていた。
「さぁさぁ、オッちゃんのお酒も飲んでや。地上から調達した人間に試飲させながら改良した甘ァ~い蜜の酒や。ケントくんの強化成功祝いまで取っとくつもりやったケド、前祝いとして開けちゃいマス! グイッといったって、グイッと!」
「イヴ達も飲める?」
「モチのロンよ! 人間でも飲めるんやしな! そもそも魔物になった時点で酔いなんて無縁やと思うで。考えようによっちゃあ酒も毒みたいなもんやし、相当弱っちぃ魔物でもナイ限り、キミらみたいに強化された子らには軽度の毒なんて効かんと思うのよね」
「よく分かんないけど……じゃあ飲んじゃおう! みんなで乾杯しよっ!」
ケランダットが多幸感に浸っている脇で、オイパーゴスとイヴリーチを起点に、各自へ酒が注がれたコップが回される。
陽気な二つの声が乾杯の音頭を取り、皆で杯を掲げ、一斉に中身を胃に流し込んだ。
フポリリーの花蜜から作られた酒は、魔物から生まれたとは思えないほど穏やかな味わいをしていた。口に含んでいる間の蜜の甘みと香りは強烈であるが、飲み込んでしまえば後を引かない、すっきりとした風味が舌に残る。
スープに使用された肉も下界でいうところの猪肉に似た食感をしているし、安全な種さえ選択すれば、魔物を食らうのも悪くないかもしれない。
酒を飲み進めながら深皿の中身を空にすると、隣のベルトリウスが”もっと食え”とすぐに新たなスープを盛って器を渡してくる。
くだらない話題と仲間達の笑い声が、酔いが回り始めた頭に心地よく響く。家では作法だ何だと常に両親から指摘を受けながら食事を取っていたので、味なんて気にしていられなかった。傭兵の頃は誰にも気を許せず、追われる身であるが故に心労により不食気味であった。
こんなに騒がしい食卓は初めてだ。
ベルトリウスと二人で食事を取るのも楽しいが、これはこれでいいものだ。
弾力のある肉の筋を噛み続けていたケランダットは、己の視界が次第にぼやけていくのを感じた。
「……ぐすっ……」
「うそ……おじさん、泣いてるの……?」
「やめてよご飯がまずくなっちゃう」
こういった時に心ない発言をしてしまうのは、決まってエイレンだ。
ケランダットは対面に座るイヴリーチに言われるまで、自分が泣いていることに気付けなかった。
話に花を咲かせていた大人達からも注目を受ける。しかし酒のせいか、溢れ出す思いを止めることができない。涙が際限なく頬を伝い、あぐらをかいた太ももへとこぼれ落ちて染みを作ってゆく……。
「泣くほどうまかったか、俺の飯は……」
「おっ、おれっ……こんな大勢でさわぐことっ、なかったからっ……!」
「嫌だわお前、泣き上戸なの?」
「キミ辛気臭い上に、いっつも喧嘩腰やしなァ。一緒におってもツマらんのは確かやね」
「この年になるまでいいことねぇしっ……せっかく転機がおとずれたと思ったら、やっぱり上手くいかねぇしっ……! 何やってもダメなんだおれっ……う”ぅ”ぅ”……!」
左手に持った深皿を足元へ下げ、空いている右手で青白い顔面を覆うケランダットに、周囲から同情の視線が集まる……。
ベルトリウスは大柄な彼の肩に優しく手を乗せると、もう片方の手で足元に下げられていたスープの深皿を取り、ボタボタと涙が落下する顔の近くまで持ち上げてやった。
「悪いことは全部、親と薬のせいにしちまえ。ほら、どんどん食えよ! 休まず食え! お前のために作ったんだから、残さずたいらげてくれよな!」
「うん……!」
「お酒もジャンジャン飲みなや! 次回の強化は絶対成功させよナ? カンパーイ!」
「うん……」
オイパーゴスへの返事には明らかに声の調子を下げたケランダットは、そのまま勧められるがままに酒をあおり、腹がはち切れそうになるまでスープを食らった。
◇◇◇
「グゥォ”ーー…………グゥ”ォ”ォ”ーー…………」
「寝ちゃった……大人なのに、あんな風に泣くんだね……」
「大人だってこらえきれない時があるのよ……ベルトリウス、後始末はこっちでやっておいてあげるから、お前はこの男を部屋まで送りなさい。ベッドの近くにオイパーゴスの治癒液を置いておいたから、異変があればすぐに飲ませるのよ。魔物の肉を食らっているのだから、目を覚ますまでしっかり見張っていなさい」
「へいへい……じゃ、あとはよろしくー」
ベルトリウスは酷いいびきをかいて眠るケランダットの腕を肩に掛け、ほとんど担ぎ上げるような状態で城の中へと去っていった。
残った者らで散らばった食器や余った食材などをひとまとめにし、ガガラへ戻るイヴリーチとエイレンに処分を託す。大鍋はその場から動かさず火も止めず、呼び出したトロータンに弱火で延々と掻き混ぜ続けてもらうことにした。
こうして領地で開かれた食事会は幕を閉じた。
生き残った毒見役の一人は死んだ仲間と共に、”キョキョッ”と楽しげな鳴き声を発するオイパーゴスに引きずられながら、暗い城の中へと連れ去られていった……。
「何でてめぇらがついて来てんだ……!」
「ご飯作るんでしょ? 手伝ってあげる! 私、人間だった頃はよく家族のご飯作ってたから!」
「イヴすごぉい! エイレンもイヴのつくった料理食べたぁい!」
「うふふ、今度ね!」
地べたに座り、器具や食材の山を全員で取り囲んでいる中……ケランダットは腕を絡ませ合ってキャーキャーとはしゃぐ少女らを見て、額に青筋を浮き上がらせていた。
使用人に用意させた荷を領地まで運んでくれたのはありがたかったが、調理まで手伝ってくれとは言っていない。
被害者であるベルトリウスは恨み言の一つも口にせずに淡々と食材を選り分けているし、一人腹の虫が治まらないケランダットだけが、グチグチと小言を唱えていた。
「いらねぇよてめぇらの手伝いなんざ……! 仲間に手ぇ上げといてよくツラ貸せるな!?」
「さっきのことなら、もうお兄ちゃんから”気にするな”ってお許しをもらってるもーん」
「もーん!」
イヴリーチだけでなく、彼女を真似て猫撫で声で復唱するエイレンにも、ケランダットは血管が破裂しそうでたまらなかった。
見兼ねたベルトリウスが対立する男女を引き離そうと、それぞれに役目を与えた。
「せっかくうまい飯を食おうって時に、そう揉めるなよ。イヴリーチとエイレンには芋の皮むきをしてもらおうかな。一週間分くらいの量のスープを作るつもりだから、ここにあるだけ全部むいてくれ」
「はーい!」
「しょうがないなぁ……」
「チッ……! なんだよクソッ、俺が悪いみたいじゃねぇか……!」
小ぶりのナイフと芋が詰まった籠を持って離れてゆく二人を睨み付けながら、ケランダットは苦々しく呟いた。
エカノダの腕を斬って喧嘩した頃から全く学習していない男に、ベルトリウスは呆れながら尋ねた。
「ケランダットはさぁ、なんでいちいち怒んの? お前が怪我させられたわけでもないのにキレる必要ある?」
「……仲のいい奴が殺されかけたら、そりゃ腹が立つだろう……俺がおかしいのかよ……あのガキ共だってそういう理由でお前の腹をへこましたってのに……どうしていつも俺が悪いみたいになるんだ……」
「悪いってか……毎度よく俺みたいな奴のために怒ることができるな? 最悪だろ、他人から見た俺って」
「自覚があったのか……そう、最悪だ……でも俺にとっては、”最悪”じゃない……」
また叱られてしまったと思い込んだケランダットは、主人を守ろうとして他人に噛み付いたところを、他でもない主人から咎められた飼い犬の如く、大きな背中を丸めてしょげ返った。
ベルトリウスは単純に、”馬鹿だなぁ”と思った。自身を最低な人種だと理解しているからこそ、ここまで健気に味方してくるケランダットを愚かしく感じた。善行が必ずしも報われるとは限らないのに、ましてや悪党である自分に何を期待しているのだと。
「損な人生を送ってるな。まっ、こっちにとっちゃ都合がいいけど……とりあえず、これでも食って元気だせよ。スープの前に味見だ、味見!」
ベルトリウスは香草袋の中から、橙色の実をつけた草を取り出して掲げた。
ケランダットは別段食べ物に詳しいわけではなかったが、その手にある物が薬草の一種ということは知っていた。
「味見って……これ、ジジルじゃねぇか。傷薬の元だろう。食ったって苦いだけだ」
「おっ、よく知ってんじゃん。でも薬に使うのはすり潰した実の方だけだぜ。生の葉っぱは料理の香り付けに使うんだ。ちっと噛んでみろよ、鼻に抜ける感じが煙草に似ててうまいんだよ」
「……」
そう言ってジジルを手渡されたケランダットは、濃緑の葉をまじまじと見つめてから口に運んだ。
すると案の定、ひと噛みした瞬間に口内に強烈なえぐみが駆け巡り、ケランダットは歯型のついたジジルを勢いよく吐き出した。
「ゔぉえ”っっっっ!!??」
「ぶぁははははっ!!!! バーカッ、簡単に引っ掛かってやがんの!! ジジルは香り付け以外に使うもんじゃねぇよっ、生で食ったら滅茶苦茶に苦ぇだけだ!!」
「なんでそんなもの食わせた……!?」
「いひひっ!! まぁまぁ……口直しにこっち食えよ。ターテンって知ってるか? こいつも薬草の仲間でな、味消しの効果を持ってるんだ。こっちはマジなやつだから安心しろよ。スープの前に口の中を整えとけ」
「……」
ケランダットは”信じられない”といった表情でベルトリウスを凝視しながら、渡されたターテンを握り締めた。
ジジルの苦みがまだ舌の上で踊っている。携帯していた水を口に含んでも消える気配のない悪夢の味に、ケランダットは半信半疑で差し出された実を口に運んだ。そして黄色い小粒の実が奥歯に挟まれてすり潰された瞬間、ジジルとはまた違った、甘みを有した独特の渋みが味覚を刺激した。
「まっっっっず!!!!」
「だぁははははははっ!!!! 騙されたそばから信じてんじゃねぇよっ、お前マジで馬鹿だなぁ~~!?」
「てめぇぶっ飛ばすぞっ!?」
「あっはははは!! じゃあほら……こっちのハクの実はぁ……」
「食うわけねぇだろ!! もうちゃんとした飯が出てくるまで何も食わねぇよ!!」
「ぐはっ!! そんな怒んなよ、ケランダットよぉ~! 俺なりの励ましじゃん? 元気でただろ?」
「これは元気になってるんじゃなくてっ、ただキレてるだけだっ!!」
ヒーヒーと腹を抱えて笑うベルトリウスに、ケランダットは汗を噴き出しながら大声で吠えた。
おふざけを交えた後、ベルトリウスは荒野の枯れ木の枝を使って火を起こし、焚き火を囲むように手頃な石を積んで土台を作り、そこに水を投入した大鍋を設置した。
水が沸騰する前に毒見を済ませておこうと、事前に狩っておいた魔物四体の肉をそれぞれ一切れずつ削ぎ落とし、直焼きにする。
火が通ると、ベルトリウスは攫ってきた旅人二人のうちの一人を叩き起こし、猿轡を外して口内に肉を突っ込んだ。
「よーく噛んで飲み込めよ? 食わなかったら殺す」
「ン”ッ”……!! ン”ッ”……!! ……の、のみごみまじだ……っ」
「よしよし。どこか痛むところはないか? 腹が痛いとか、頭が痛いとか――」
「ハギッ”―― !?」
旅人はベルトリウスが話している最中に、目玉をぐりんっと裏返して白目をむき、口から黒い泡を吐いて動かなくなってしまった。
唐突で呆気ない死を目の当たりにしたケランダットは、一歩間違えば己がああなるという恐怖心に駆られた。
「おいっ、死んでんじゃねぇか!! こんなもんを俺に食わせる気かっ!?」
「次だ、次。あーぁ、毒見役足りっかなぁ? こんなことならもっと捕まえてこりゃよかったぜ」
ベルトリウスは背後から浴びせられる非難の声を無視して、もう一人の旅人を同様に叩き起こし、別の魔物の肉を食わせた。
しかしこれが当たりで、旅人は肉を飲み込んで数分経っても異常をきたすことはなかった。ベルトリウスは喜びの声を上げながら再度旅人を殴り、気絶させた。
そうこうしていると、向こうで作業していたイヴリーチ達が籠を抱えて戻ってくる。
「おまたせー。皮むけたよー」
「おお、あんがと。ここに置いといてくれ。ケランダットも出番だぞ。あの魔物の肉を好きなだけさばいて持ってこい。左から二番目のやつだからな? あの赤い毛のやつ。間違えたら泡吹いて死んじまうから気ぃ付けろよ」
「じゃあお前が取ってこいよ……」
ケランダットは文句を言いながらも指定された魔物を風の刃で切り裂き、血の滴る肉の塊を浮遊させながら戻ってきた。
鍋に入れる食材は芋の他に、ざく切りにしたキャベツ、殻をむいたソキ豆、種を取り除いた今が旬のテスルコーン瓜だ。
ベルトリウスとイヴリーチは平らな石の上でそれぞれの食材を食べやすい大きさに切り、順に鍋に投下していった。エイレンは自主的に豆の殻むきを行い、一人だけ暇を持て余していたケランダットは、ベルトリウスに命じられるがまま殻むきの手伝いをさせられた。
各々作業を進めていると、心配して様子を見にきたエカノダが声を掛けてきた。
「にぎやかにやってるのね。安心したわ」
「エカノダ様も食ってきますか? 俺は飯には自信があるんですよ」
「ふふっ……それじゃあ一杯いただくわ。特別に私も調理を手伝いましょう。働かざる者食うべからず、ってね」
「そっちこそ意外とまともな感性残ってるんですね……じゃあ、この残りの芋をイヴリーチと一緒に切っててください。俺は味付けに入るんで」
「いいわよ」
ベルトリウスが軽い気持ちで誘いをかけると、意外にも彼女は話に乗ってきた。
二人は場所を交代し、ベルトリウスは荷物を探って必要な調味料を選んび始めた。一方でエカノダは……自慢の怪力で芋を握り潰していた。
”グシャアッ”と切ない音を立てて、粉々になった芋が鍋の中に落ちてゆく。
あまりに一瞬の出来事に、間近で作業をしていたイヴリーチ、エイレン、ケランダットの三人は、一様に驚きの表情を見せた。
背を向けていたベルトリウスも不穏な音に振り向くと、今まさに次の芋を握り潰しているエカノダの蛮行を目撃してしまい、慌てて止めに入った。
「ちょっとっ、何してんですかっ!?」
「何って……芋を細かくして鍋に入れてるのよ」
「俺は”切って”入れろって言ったんですけど!? なんで握り潰してんですか!?」
「切っても潰しても一緒じゃない。スープなんて最終的には具が溶けてドロドロになるのだから、どう入れたって同じよ」
「それは何日も煮込み続けたスープだろうが!! 出来立てのスープはでっかい具を味わって楽しむもんなんだよっ!! ったく、信じらんねぇっ……! 飯も作ったことねぇお嬢様かよっ……!」
自分が思い描いていた出来栄えから外れ、言葉遣いが荒くなったベルトリウスにエカノダも”カチン”と来た。
「な、なによっ……! 急にガツガツした食事なんて取ったら腹が壊れてしまうでしょう!? 具の大きなスープなんて相手の負担を考えていない自己満足の塊よ!!」
「ドロッドロのスープなんて火加減もできない鈍臭野郎か田舎もんしか作らねぇよ!! 俺が作り手なんだから俺の満足のいく通りに作るに決まってんだろうが!? 手伝うってんなら俺の言った通りに動いてくれませんかねぇ~!?」
「私は管理者よっ、ここは私の領地!! 私の指揮こそ絶対なの!! お前、このエカノダに逆らおうというの!?」
「職権乱用だっ!! 今管理者の立場は関係ねぇ!!」
食へのこだわりは、時に人を対等にさせる……。
主張の是非は主に食事を口にするケランダットへと投げられたのだが、彼が”どっちでもいい”と芯のない発言をしたことにより、醜い争いはさらに白熱してしまう……。
ともあれ、スープは無事完成した。
あの後も強火で一気に煮込む派のエカノダと、弱火でじっくり煮込む派のベルトリウスが口論を繰り広げていたが、スープは無事に完成したのだ。
ガガラの城から持ってきた木の深皿にスープを注ぎ、奥の者へと連携して手渡ししていく。
と、ここで、また新たに様子を見にきた者が現れた。
「ヤホヤホー。エエにおいしとるやん。オッちゃんも混ぜてやー」
「帰れっ!!」
「ンモォー、ケントくん顔見るなり酷ォーい。せっかくお花チャンの蜜で作ったお酒持ってきたったのにィ。みんなで仲ようしようやー」
領地から出ていないくせにいつの間に用意したのやら、酒瓶らしき物を片手に提げて登場したオイパーゴスに向かって、悪感情しか抱いていないケランダットが思わず拒否の叫びを上げた。
そんなこんなで一部獄徒を除き、領地内でささやかな会食が行われた。
各自に皿が行き渡ると、全員ほぼ同時にスープに口を付けた。
「うんっ……ピリッと辛くて、おいしーい! お兄ちゃんすごいね! お店で出てくる料理みたいだよ!」
「ふっ、まぁな……昔、俺のこと嫌ってた奴らも、俺が出す料理だけは褒めてたからな……」
「城の料理人に作らせれば、もっとおいしい物が食べられるよイヴ!」
「ははは。エイレン、お前には二度と食わせねぇ」
イヴリーチの素直な感想に、野暮な発言を加えるエイレン……乾いた笑い声を響かせるベルトリウスの目は、全く笑っていなかった。
「人には意外な才能が隠れているものね……もっと甘みが強い方が私好みだけれど」
「ワシももっと甘ァ~い方が好っきや。でもヒトの食べモンて、何だか懐かしいっちゅーか、魂にシミるわァ……魔物には食事なんて必要ナイし、食うても気が向いた時に木の蜜舐めるくらいやったしなァ……」
「俺だって甘い味のが好きだけどな。今回は主役の好みに合わせて香辛料強めだ」
管理者勢からも上々の評価を貰い、ベルトリウスは皆が上機嫌で頬張っている光景を満足げに見つめながら、隣で黙々と食べ進める男に目をやった。
「どうだよケランダット、お前辛いもん好きだろ? わざわざお前が好きそうな味にしてやったんだ。感想くらい教えろよ」
「………………うまい」
「くっくっ! 当然だろ! この俺が作ってんだぜ?」
「お前が作ってるから心配だったんだよ……毒とか入ってそうだしな……でも本当に意外だ、こんなうまい物が出来上がるなんて……」
「てめぇもエイレンも、余計な一言がなきゃ会話できねぇのか?」
頬をヒクつかせるベルトリウスを一瞥することもなく、ケランダットは皿の中の汁を呆然と見つめながら、胸の内に広がる”熱”について考えていた。
スープの辛さや熱さによるものではない。”感動”に近い別の感情が、ケランダットの心臓をジリジリと焦がしていた。
自分の好みなど、親兄弟にすら覚えられていなかった。それなのにベルトリウスは日常の何気ない会話の端々をきちんと記憶して、このような味付けにしてくれたのだ。きっと世界には、もっと洗練された料理があることだろう。生家で出されていた物もそうだ。料理人が長年培った技術により生み出した、素材のうまみを引き立てた上品な料理の方が美味に違いない。
だがケランダットにとっては、幼少期に食べ慣れた一流料理人の出した品より……今まで食べたどの料理よりも、この味の濃いスープがうまく感じられた。
夢を見るだって? こんな思いやりに溢れた人間が他にいるか?
ベルトリウスは優しい男だ。その非道な行いが目立って誤解されているだけで、根はとても情に厚い人間なのだ。懐に入れた者にはとことん尽くす……こんなどうしようもない自分を見捨てずにいてくれているのに、少女達はまだ彼の懐に入れられていないから、酷い面にばかり注目してしまうのだ。
ケランダットはそんなイヴリーチ達のことを逆に哀れむと同時に、とてつもなく大きな優越感を抱いていた。
「さぁさぁ、オッちゃんのお酒も飲んでや。地上から調達した人間に試飲させながら改良した甘ァ~い蜜の酒や。ケントくんの強化成功祝いまで取っとくつもりやったケド、前祝いとして開けちゃいマス! グイッといったって、グイッと!」
「イヴ達も飲める?」
「モチのロンよ! 人間でも飲めるんやしな! そもそも魔物になった時点で酔いなんて無縁やと思うで。考えようによっちゃあ酒も毒みたいなもんやし、相当弱っちぃ魔物でもナイ限り、キミらみたいに強化された子らには軽度の毒なんて効かんと思うのよね」
「よく分かんないけど……じゃあ飲んじゃおう! みんなで乾杯しよっ!」
ケランダットが多幸感に浸っている脇で、オイパーゴスとイヴリーチを起点に、各自へ酒が注がれたコップが回される。
陽気な二つの声が乾杯の音頭を取り、皆で杯を掲げ、一斉に中身を胃に流し込んだ。
フポリリーの花蜜から作られた酒は、魔物から生まれたとは思えないほど穏やかな味わいをしていた。口に含んでいる間の蜜の甘みと香りは強烈であるが、飲み込んでしまえば後を引かない、すっきりとした風味が舌に残る。
スープに使用された肉も下界でいうところの猪肉に似た食感をしているし、安全な種さえ選択すれば、魔物を食らうのも悪くないかもしれない。
酒を飲み進めながら深皿の中身を空にすると、隣のベルトリウスが”もっと食え”とすぐに新たなスープを盛って器を渡してくる。
くだらない話題と仲間達の笑い声が、酔いが回り始めた頭に心地よく響く。家では作法だ何だと常に両親から指摘を受けながら食事を取っていたので、味なんて気にしていられなかった。傭兵の頃は誰にも気を許せず、追われる身であるが故に心労により不食気味であった。
こんなに騒がしい食卓は初めてだ。
ベルトリウスと二人で食事を取るのも楽しいが、これはこれでいいものだ。
弾力のある肉の筋を噛み続けていたケランダットは、己の視界が次第にぼやけていくのを感じた。
「……ぐすっ……」
「うそ……おじさん、泣いてるの……?」
「やめてよご飯がまずくなっちゃう」
こういった時に心ない発言をしてしまうのは、決まってエイレンだ。
ケランダットは対面に座るイヴリーチに言われるまで、自分が泣いていることに気付けなかった。
話に花を咲かせていた大人達からも注目を受ける。しかし酒のせいか、溢れ出す思いを止めることができない。涙が際限なく頬を伝い、あぐらをかいた太ももへとこぼれ落ちて染みを作ってゆく……。
「泣くほどうまかったか、俺の飯は……」
「おっ、おれっ……こんな大勢でさわぐことっ、なかったからっ……!」
「嫌だわお前、泣き上戸なの?」
「キミ辛気臭い上に、いっつも喧嘩腰やしなァ。一緒におってもツマらんのは確かやね」
「この年になるまでいいことねぇしっ……せっかく転機がおとずれたと思ったら、やっぱり上手くいかねぇしっ……! 何やってもダメなんだおれっ……う”ぅ”ぅ”……!」
左手に持った深皿を足元へ下げ、空いている右手で青白い顔面を覆うケランダットに、周囲から同情の視線が集まる……。
ベルトリウスは大柄な彼の肩に優しく手を乗せると、もう片方の手で足元に下げられていたスープの深皿を取り、ボタボタと涙が落下する顔の近くまで持ち上げてやった。
「悪いことは全部、親と薬のせいにしちまえ。ほら、どんどん食えよ! 休まず食え! お前のために作ったんだから、残さずたいらげてくれよな!」
「うん……!」
「お酒もジャンジャン飲みなや! 次回の強化は絶対成功させよナ? カンパーイ!」
「うん……」
オイパーゴスへの返事には明らかに声の調子を下げたケランダットは、そのまま勧められるがままに酒をあおり、腹がはち切れそうになるまでスープを食らった。
◇◇◇
「グゥォ”ーー…………グゥ”ォ”ォ”ーー…………」
「寝ちゃった……大人なのに、あんな風に泣くんだね……」
「大人だってこらえきれない時があるのよ……ベルトリウス、後始末はこっちでやっておいてあげるから、お前はこの男を部屋まで送りなさい。ベッドの近くにオイパーゴスの治癒液を置いておいたから、異変があればすぐに飲ませるのよ。魔物の肉を食らっているのだから、目を覚ますまでしっかり見張っていなさい」
「へいへい……じゃ、あとはよろしくー」
ベルトリウスは酷いいびきをかいて眠るケランダットの腕を肩に掛け、ほとんど担ぎ上げるような状態で城の中へと去っていった。
残った者らで散らばった食器や余った食材などをひとまとめにし、ガガラへ戻るイヴリーチとエイレンに処分を託す。大鍋はその場から動かさず火も止めず、呼び出したトロータンに弱火で延々と掻き混ぜ続けてもらうことにした。
こうして領地で開かれた食事会は幕を閉じた。
生き残った毒見役の一人は死んだ仲間と共に、”キョキョッ”と楽しげな鳴き声を発するオイパーゴスに引きずられながら、暗い城の中へと連れ去られていった……。
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