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第7話
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店内に入ると、すぐに店員さんが
「いらっしゃいませ。2名様ですか?」
と尋ねてきた。
「いや……、人を探してるんだ。ここに、境界軍の者が少年を連れて来なかったか?」
「あ、はい。先程、軍服をお召しになった方が魔法使いの服を来た男の子と一緒に来店されましたよ」
「そいつらは今、どこに?」
「あちらの席にご案内したのですが……」
店員が指したテーブルには、綺麗に完食されたパフェやプリンの皿が並べられていた。
ところが、肝心のレイアさんとルシフがどこにもいない。
「くそ……、やられたな」
クロノスさんがボソッと呟く。
「何をやられたんですか?もしかして……食い逃げですか?」
その僕の問いかけは無視して、クロノスさんは財布から乱暴にお札を取り出し、「釣りは要らない」とルシフが注文したであろうデザートの代金を店員に支払うと、今度は懐から手帳を取り出した。
境界軍の印が描かれた黒い表紙の手帳だ。
クロノスさんはパラパラと手帳をめくり、何やら様々な住所が書かれたページで手を止めると、そのうちの住所の一つを指でなぞった。
すると、手帳がピカッと光を放った。
同時にクロノスさんは僕の手を握り、いきなり瞬間移動した。
気がつくと、目の前に古代ローマのような円形競技場があった。
「ここは……?」
「境界軍が所有する戦闘訓練用競技場だ。今はあまり使われてない場所なんだけどな。
境界軍の施設にはこの手帳の魔力でいつでも移動できるようになってるんだ。
レイアは気に入らない奴や自分より強そうな奴がいると、いつも決闘を申し込んでここで戦ってるんだよ」
「じゃあ、レイアさんとルシフはこの中に……?」
「おそらくな」
競技場の中から、確かに何やら物音がする。
誰かが戦っているのは間違いないようだ。
ゴゴゴ……。と、地鳴りみたいな音もする。
僕らが中に入ろうとした瞬間、ドォン!と爆発音が鳴り響いた。
「何だ、今の音……!」
クロノスさんと僕は急いで中に駆け込んだ。
まず目に飛び込んできたのは、競技場の床を突き破って生えている一本の大木だった。
「何これ……?」
「レイアの魔法だ。レイアの魔法は、大地を操れる」
レイアさんは、その木の側に立っていた。彼が木にそっと触れると、大きな枝が腕のような形に変形した。
そして、その枝がビュンと動くと、枝から大量の葉が弾丸ほどのスピードで放たれた。
その先に、ルシフがいた。
ルシフが杖を向けると、葉はピタリと動きを止めた。杖を振るうと、葉がくるりと向きを変え、大木の方へ跳ね返っていった。
葉は木に突き刺さり、爆発を起こした。
「いきなり攻撃してきやがって……。お前、何が目的だ?」
ルシフがレイアさんに問いかける。
「少し気になったのさ。君は、ただ魔力が強いだけの魔法使いじゃない。その魔力を使いこなせる魔法使いだ」
「当たり前だろ。俺はその強大な魔力を持つ魔導師から直接指導を受けて育ったんだからな」
「はぐらかさないでおくれよ」
「……あ?」
「まず、その杖の構え方からして……、君、剣術を齧ったことがあるんじゃないかい?」
「……。だったら何だ?」
レイアさんはニコッと笑うと、手から大鎌を出現させ、ルシフに向けて振るった。
ルシフはそれをひらりとかわし、レイアさんの後ろへ回って距離をとった。
「どうして君は剣術を?普通の魔法使いにはあまり必要のないスキルなのに」
そう問われ、ルシフはチッと舌打ちして
「他人に詮索されんのは嫌いなんだよ」
と呟く。
レイアさんは全く悪びれる様子もなく
「うん、でも、僕は君のことが気になる」
と笑顔を見せる。
「ああ、そうかよ……」
ルシフは何かを諦めたように溜め息を吐いた。
「騎士団長だったんだ」
と不意にルシフは言った。
僕は思わず息を呑んで、ルシフを見つめた。
「へぇ。団長?僕と一緒の役職だね」
「別に、就きたくて就いてた役職じゃない。当時俺は5歳だ。剣術も下手くそだったし、団長なんて務まるわけがねえ。だけど、父さんが勝手に早死にしちまったからな。……。まあ、ずっと昔の話だ」
ルシフが、自分のことを話すなんて。
ルシフが騎士団長の息子であることは知っている。
ルシフのお父さんが僕の父と戦って死んだことも知っている。
ルシフがお父さんに見捨てられて、魔法屋に拾われるまで独りぼっちで貧しい暮らしをしていたことも知っている。
でも、それはルシフから聞いた話じゃない。
僕はルシフの言葉にどうしようもなく心惹かれて聞き入っていた。
「普通じゃないね。いくら団長の息子であっても、5歳児に次の長を任せるなんて。反対する者はいなかったのかい?」
「いねーよ。俺の国は魔族との戦争で負けて、滅んだ。国を守れなかった騎士団を民衆は恨んだが、その筆頭である騎士団長は死んじまった。
だから、民衆は息子の俺に怒りを向け、それに乗じて騎士団の奴らも俺に責任をなすりつけた……、恐らくそんなところだろう」
「ふーん……」
レイアさんが再び鎌をルシフに振り下ろす。
「じゃあ、質問を変えるけど」
鎌は杖で受け止められた。
レイアさんは構わず話を続ける。
「魔女に魂を売ったのはいつだい?」
「何の話だ」
ルシフは鎌を杖で押し退け、杖から光を放った。レイアさんは身軽な動きでそれを避けると、ルシフから少し距離を置いて質問し直した。
「君は、魔女の眷属なんだろう?君が忠誠を誓ったのはどんな魔女なんだい?」
「は?何言ってんだ、お前。この俺が誰かに忠誠を誓うように見えるか?俺は誰かに仕えた覚えも、魂を売った覚えもねえ」
「でも、君が何かしらの呪いを抱えていることは事実だ」
「知らねーよ。ベルが俺の藁人形でも作って呪ってんじゃねーのか?あいつは俺のことが嫌いだからな」
「ははは。結構問い詰めたつもりだったけど、なかなかガードが固いなぁ。じゃあ、最後の質問」
レイアさんはルシフの方へ歩み寄り、爽やかな笑顔を崩さずに投げかけた。
「君、人を殺したこと、ある?」
その瞬間、ルシフの手から真っ赤な魔法陣が現れ、稲妻のような紅い閃光が走り、レイアさんの身体を躊躇なく貫いた。
「黙れ。これ以上お前に話す義理はない」
ルシフは憎悪の込もった目をしていた。
レイアさんは弱々しく笑みを零した。
「いいな、その目……。君の本性が、見えた気がする……」
ルシフが稲妻を引っ込めると、レイアさんはその場に崩れ落ちた。
クロノスさんが気を失ったレイアさんのもとへ慌てて駆け寄っていった。
僕はルシフにそっと近づいた。
ルシフがふと振り返った。
「……ベル」
「何ですか?」
「お前、ずっと聞いてたのか」
「え、はい……。もしかして、聞いちゃ駄目でしたか……?」
「いや、それは別に構わない……。俺はお前にも話せないような秘密を、わざわざ初対面の他人に話すほど馬鹿じゃないからな」
「……ルシフ」
「何だ?」
「僕に、何か隠しごとがあるんですか……?」
「そりゃあ、誰にだってあるだろ、秘密のひとつやふたつ。お前だって、洗濯物を畳む時こっそり俺の靴下を全部裏返したり、夕飯の時こっそり俺の皿にだけピーマンを大量に盛り付けたりしてるじゃねーか」
「えっ、いつから気づいてたんですか……!?ルシフが何も言ってこないから、気づいてないのかと思ってました。……というか、僕がしてるのはそういうどうでもいい隠しごとの話じゃありません」
「ベル、俺の隠しごとなんて、本当に知りたいのか?お前は、俺と過ごしてきた時間を信じてるって言ってただろ。今更、俺の秘密なんて知ってどうするんだ」
「どうするって言われても……。特にどうする気もないし、無理に問い詰める気もないです。秘密を知ってルシフの弱みにつけ込もうなんて、一切思ってません」
「なんか、お前が言うと嘘臭いな……」
「嘘じゃないですよ。だって、僕らは10年間ずっと一緒にいるんですよ?本当に弱みにつけ込む気があるなら、もっと前からつけ込んでます」
さすがに僕もそこまで卑怯なことをする気はない。あるのは、純粋な興味と心配だけだ。
「僕は……、あんたを気にかけてるんですよ。ルシフが、すぐ独りで抱え込む性格なのは、よく知ってますから」
「そういう余計な心配は要らない。かえって迷惑だ」
素っ気なくそう言い放たれ、僕はショックを受けると同時に、なんだかカチンときた。
「せっかく気遣ってやってるのにその言い草はないんじゃないですか……?」
「だから、お前の気遣いは要らねえって言ってんだよ」
「なんだよ、僕の気遣い無しじゃ生きていけないくせに。毎日あんたを気にかけてお世話してやってるのは誰だと思ってるんですか」
「俺はお前にお世話してくれなんて頼んだ覚えはない」
「じゃあ、僕のお世話無しで生きていけるんですか?」
「俺は小さい頃、ゴミを漁りながら路上で生活していたことがある。よって、独りでも十分生き延びられる」
「それ、ただのホームレスじゃねーか!」
「俺はホームレスでも平気だ。だから、余計な心配はするな」
「嫌です!ルシフは、僕と契約した意味をちっとも解ってない。
あんたが僕の背中に刻んだ紋章は一生消えないんです。僕の力を引き出せるのも、僕を使役出来るのも、一生あんたしかいないんです。契約で魔族の人生は決まる。だから、魔族は契約者を主人と呼んで慕うんじゃないですか。
僕にそんな忠誠心は無いけど、僕だって、ルシフに何かあったら困るんです。
なのに、ルシフはなんでも重荷を独りで背負おうとして、ちっとも僕に分けてくれない。
そういうところが嫌いなんだ。何の為に僕があんたと契約してると思ってるんだよ」
「プライドが高くて、泣き虫で、すぐ感情的になるお前に、何が背負えるって言うんだ?
汚れる覚悟もないくせに、軽い気持ちでそういうこと言うなよ。
俺が重荷を背負ってるように見えるなら、それは俺の今までの罪に対する当然の報いだ。
今更、お前がどうにか出来るようなことじゃ……」
ルシフが言い切る前に気づけば僕はルシフをぶん殴っていた。
それくらい、僕にとってはルシフに突き放されることが悔しいことだったらしい。
「痛ってーな!何すんだよ!喋ってる途中だっただろ!!」
「本当は……覚悟がないのはルシフの方じゃないんですか?」
と、僕は投げかけた。
「どういう意味だよ」
「僕に、汚れた自分を知られる覚悟。さっきの言葉を聞いて思ったんですけど、ルシフが僕に隠してることって、過去に犯した罪なんじゃ……」
僕が言い切る前に、僕はルシフにぶん殴られていた。
「痛ったぁ!何するんですか!喋ってる途中だったのに!!」
「何も知らないくせに知ったような口利くんじゃねえ……!!」
「何も知らないのは、あんたが教えてくれないからだろ……!!」
僕はルシフの胸ぐらに掴みかかった。
「離せ!!」
ルシフに容赦なく蹴っ飛ばされて、僕も堪忍袋の緒が切れた。
僕は仕返しとばかりにルシフを蹴り飛ばした。
そこからはもう、あっという間に殴り合いの大喧嘩だ。小さい頃の喧嘩と違って2人ともパンチ力が強くなってるからすぐお互いにボコボコになった。
「やめろ、2人とも!!」
クロノスさんが僕らを引き剥がす。
殴り合ったお陰でちょっとスッキリしたからか徐々に落ち着きを取り戻してきた僕らは、素直にクロノスさんの言葉を聞き入れて喧嘩を中断した。
「早く教会に戻るぞ!」
クロノスさんはレイアさんを負ぶったまま僕らを連れて、さっきの手帳を使い、もう一度瞬間移動した。
教会では、やはりミネルウァさんたちが待っていた。
「遅かったな。会議は終わったぞ」
とミネルウァさん。
「というか、お前ら、一体何があったんだ?ボロボロじゃねーか」
とシェム。
「とりあえず、会議の結果、こんな感じで作戦が決まった。目を通しておいてくれ」
おじさんが資料を僕に渡してきた。
「……魔法屋」
ずっと黙っていたレヴィが初めて言葉を発したので、僕らの視線は一斉にレヴィに注がれた。
「もう、第三部隊は数日後に攻めてきてもおかしくない。作戦の成功は、君たちに懸かってる」
それを聞いて、クロノスさんが僕とルシフの背中をバシッと叩いて笑った。
「そう、王子たちも、境界軍も、みんなお前らに期待してんだ。喧嘩なんかしてる場合じゃないぞ!」
魔法屋に帰ってきてからも、僕はしばらく口を利かなかった。機嫌が悪かったからではなく、シンプルに気まずかったからだ。
僕はダイニングテーブルにおじさんからもらった資料を広げて眺めていた。資料をめくろうと少し動いただけで、身体にズキッと痛みが走る。ルシフに蹴られたところに相当ダメージが来ているようだ。
ルシフって見た目に反して馬鹿力だからな……。
「おい」
突然背後からルシフの声がして、僕はまたビクンッとしてしまった。
「何なんですか……、驚かせないでくださいよ……」
僕が振り返る前に、ルシフは僕の頭にポンと触れた。
一瞬ぞわっと鳥肌が立つような妙な感覚がすると、身体が急に軽くなった。
……治癒魔法だ。
「悪かった」
ルシフがぼそっと呟いた。
「え……」
僕はぱっと振り向いてルシフを見つめた。
「お前の言う通りだ。
俺には自分を曝け出す覚悟がない。
お前は俺のことを、独りで抱え込む性格だと言っていたが、それは自分の心の内に留めておけば、傷つくのは俺だけで済むからだ。
俺の本性を知ってお前が俺から離れていったり、俺のせいでお前が傷つく姿を見る羽目になるのに比べたら、そっちの方がずっといいと思ってた」
そんなことを急に言われると思っていなかった僕は若干動揺していたけれど、ルシフには平静を装ってみせた。
「どうしたんですか?そんな弱気なこと言うなんて、ルシフらしくないですね。だったらいつもの我が儘なルシフの方がよっぽどマシですよ」
だって、今更、僕がルシフから離れる訳がないだろ。
そもそも、気味が悪い。
なんだよ。俺から離れて欲しくないとか、お前が傷つくところを見たくないとか。恋人かよ。というか、恋人だったとしても愛が重すぎるだろ。
……いや、違うな。
ルシフの僕に対する想いは、きっとそういう愛情じゃない。
それが何かって言われると、僕にもよくわからないけど。
「俺も、そろそろ覚悟を決める」
「えっ」
突然の宣言に僕はポカンとしてしまった。
「気持ちの整理が出来たら、お前に全部、話そうと思う。だから、もう少しだけ待ってくれないか」
「えぇ……?大丈夫ですか?話したくないことなら、そんな無理に話さなくても……」
「話すよ。それを聞いてお前がどう思うかはわからないけどな」
「じゃあ……。僕もちゃんと受け止められるように覚悟しておきます」
「ああ」
ルシフは僕の向かいにそっと座った。
僕は自分が見ていた資料をルシフに手渡しながら、
「あ、……あと」
と照れ臭いのを我慢して口にした。
「さっきはいきなり殴ったりして、すみませんでした……」
ルシフは一瞬きょとんとした顔をしたけれど、すぐにいつもの調子に戻って言った。
「そんなの気にしてねーよ。お前のDVにはもう慣れた」
「ちょっと!!人聞き悪いこと言わないでくださいよ!」
「事実だろうが。怒るとすぐ暴言や暴力、毎日繰り返される嫌味な執拗な嫌がらせ……どう考えてもDVだろ」
「ち、違いますよ!!そっちだってやられた分だけ、きっちりやり返してくるじゃないですか!!」
「そうだな。じゃあ、俺たちはどっちもバイオレンス野郎ってことで、おあいこだな」
「最悪な結論に達しましたね……」
「そりゃあ、最悪な社会不適合魔法使いである俺と最悪なクズ魔王であるお前が一緒にいて相性最悪なんだから最悪な結論が出るに決まってんだろ」
「うーん……まぁ、そうですね……」
そんな最悪すぎる2人なのに、なんだかんだでずっと離れられないなんて、運命って不思議なもんだよなぁ……と思いながら、僕はまた資料を眺め始めた。
「いらっしゃいませ。2名様ですか?」
と尋ねてきた。
「いや……、人を探してるんだ。ここに、境界軍の者が少年を連れて来なかったか?」
「あ、はい。先程、軍服をお召しになった方が魔法使いの服を来た男の子と一緒に来店されましたよ」
「そいつらは今、どこに?」
「あちらの席にご案内したのですが……」
店員が指したテーブルには、綺麗に完食されたパフェやプリンの皿が並べられていた。
ところが、肝心のレイアさんとルシフがどこにもいない。
「くそ……、やられたな」
クロノスさんがボソッと呟く。
「何をやられたんですか?もしかして……食い逃げですか?」
その僕の問いかけは無視して、クロノスさんは財布から乱暴にお札を取り出し、「釣りは要らない」とルシフが注文したであろうデザートの代金を店員に支払うと、今度は懐から手帳を取り出した。
境界軍の印が描かれた黒い表紙の手帳だ。
クロノスさんはパラパラと手帳をめくり、何やら様々な住所が書かれたページで手を止めると、そのうちの住所の一つを指でなぞった。
すると、手帳がピカッと光を放った。
同時にクロノスさんは僕の手を握り、いきなり瞬間移動した。
気がつくと、目の前に古代ローマのような円形競技場があった。
「ここは……?」
「境界軍が所有する戦闘訓練用競技場だ。今はあまり使われてない場所なんだけどな。
境界軍の施設にはこの手帳の魔力でいつでも移動できるようになってるんだ。
レイアは気に入らない奴や自分より強そうな奴がいると、いつも決闘を申し込んでここで戦ってるんだよ」
「じゃあ、レイアさんとルシフはこの中に……?」
「おそらくな」
競技場の中から、確かに何やら物音がする。
誰かが戦っているのは間違いないようだ。
ゴゴゴ……。と、地鳴りみたいな音もする。
僕らが中に入ろうとした瞬間、ドォン!と爆発音が鳴り響いた。
「何だ、今の音……!」
クロノスさんと僕は急いで中に駆け込んだ。
まず目に飛び込んできたのは、競技場の床を突き破って生えている一本の大木だった。
「何これ……?」
「レイアの魔法だ。レイアの魔法は、大地を操れる」
レイアさんは、その木の側に立っていた。彼が木にそっと触れると、大きな枝が腕のような形に変形した。
そして、その枝がビュンと動くと、枝から大量の葉が弾丸ほどのスピードで放たれた。
その先に、ルシフがいた。
ルシフが杖を向けると、葉はピタリと動きを止めた。杖を振るうと、葉がくるりと向きを変え、大木の方へ跳ね返っていった。
葉は木に突き刺さり、爆発を起こした。
「いきなり攻撃してきやがって……。お前、何が目的だ?」
ルシフがレイアさんに問いかける。
「少し気になったのさ。君は、ただ魔力が強いだけの魔法使いじゃない。その魔力を使いこなせる魔法使いだ」
「当たり前だろ。俺はその強大な魔力を持つ魔導師から直接指導を受けて育ったんだからな」
「はぐらかさないでおくれよ」
「……あ?」
「まず、その杖の構え方からして……、君、剣術を齧ったことがあるんじゃないかい?」
「……。だったら何だ?」
レイアさんはニコッと笑うと、手から大鎌を出現させ、ルシフに向けて振るった。
ルシフはそれをひらりとかわし、レイアさんの後ろへ回って距離をとった。
「どうして君は剣術を?普通の魔法使いにはあまり必要のないスキルなのに」
そう問われ、ルシフはチッと舌打ちして
「他人に詮索されんのは嫌いなんだよ」
と呟く。
レイアさんは全く悪びれる様子もなく
「うん、でも、僕は君のことが気になる」
と笑顔を見せる。
「ああ、そうかよ……」
ルシフは何かを諦めたように溜め息を吐いた。
「騎士団長だったんだ」
と不意にルシフは言った。
僕は思わず息を呑んで、ルシフを見つめた。
「へぇ。団長?僕と一緒の役職だね」
「別に、就きたくて就いてた役職じゃない。当時俺は5歳だ。剣術も下手くそだったし、団長なんて務まるわけがねえ。だけど、父さんが勝手に早死にしちまったからな。……。まあ、ずっと昔の話だ」
ルシフが、自分のことを話すなんて。
ルシフが騎士団長の息子であることは知っている。
ルシフのお父さんが僕の父と戦って死んだことも知っている。
ルシフがお父さんに見捨てられて、魔法屋に拾われるまで独りぼっちで貧しい暮らしをしていたことも知っている。
でも、それはルシフから聞いた話じゃない。
僕はルシフの言葉にどうしようもなく心惹かれて聞き入っていた。
「普通じゃないね。いくら団長の息子であっても、5歳児に次の長を任せるなんて。反対する者はいなかったのかい?」
「いねーよ。俺の国は魔族との戦争で負けて、滅んだ。国を守れなかった騎士団を民衆は恨んだが、その筆頭である騎士団長は死んじまった。
だから、民衆は息子の俺に怒りを向け、それに乗じて騎士団の奴らも俺に責任をなすりつけた……、恐らくそんなところだろう」
「ふーん……」
レイアさんが再び鎌をルシフに振り下ろす。
「じゃあ、質問を変えるけど」
鎌は杖で受け止められた。
レイアさんは構わず話を続ける。
「魔女に魂を売ったのはいつだい?」
「何の話だ」
ルシフは鎌を杖で押し退け、杖から光を放った。レイアさんは身軽な動きでそれを避けると、ルシフから少し距離を置いて質問し直した。
「君は、魔女の眷属なんだろう?君が忠誠を誓ったのはどんな魔女なんだい?」
「は?何言ってんだ、お前。この俺が誰かに忠誠を誓うように見えるか?俺は誰かに仕えた覚えも、魂を売った覚えもねえ」
「でも、君が何かしらの呪いを抱えていることは事実だ」
「知らねーよ。ベルが俺の藁人形でも作って呪ってんじゃねーのか?あいつは俺のことが嫌いだからな」
「ははは。結構問い詰めたつもりだったけど、なかなかガードが固いなぁ。じゃあ、最後の質問」
レイアさんはルシフの方へ歩み寄り、爽やかな笑顔を崩さずに投げかけた。
「君、人を殺したこと、ある?」
その瞬間、ルシフの手から真っ赤な魔法陣が現れ、稲妻のような紅い閃光が走り、レイアさんの身体を躊躇なく貫いた。
「黙れ。これ以上お前に話す義理はない」
ルシフは憎悪の込もった目をしていた。
レイアさんは弱々しく笑みを零した。
「いいな、その目……。君の本性が、見えた気がする……」
ルシフが稲妻を引っ込めると、レイアさんはその場に崩れ落ちた。
クロノスさんが気を失ったレイアさんのもとへ慌てて駆け寄っていった。
僕はルシフにそっと近づいた。
ルシフがふと振り返った。
「……ベル」
「何ですか?」
「お前、ずっと聞いてたのか」
「え、はい……。もしかして、聞いちゃ駄目でしたか……?」
「いや、それは別に構わない……。俺はお前にも話せないような秘密を、わざわざ初対面の他人に話すほど馬鹿じゃないからな」
「……ルシフ」
「何だ?」
「僕に、何か隠しごとがあるんですか……?」
「そりゃあ、誰にだってあるだろ、秘密のひとつやふたつ。お前だって、洗濯物を畳む時こっそり俺の靴下を全部裏返したり、夕飯の時こっそり俺の皿にだけピーマンを大量に盛り付けたりしてるじゃねーか」
「えっ、いつから気づいてたんですか……!?ルシフが何も言ってこないから、気づいてないのかと思ってました。……というか、僕がしてるのはそういうどうでもいい隠しごとの話じゃありません」
「ベル、俺の隠しごとなんて、本当に知りたいのか?お前は、俺と過ごしてきた時間を信じてるって言ってただろ。今更、俺の秘密なんて知ってどうするんだ」
「どうするって言われても……。特にどうする気もないし、無理に問い詰める気もないです。秘密を知ってルシフの弱みにつけ込もうなんて、一切思ってません」
「なんか、お前が言うと嘘臭いな……」
「嘘じゃないですよ。だって、僕らは10年間ずっと一緒にいるんですよ?本当に弱みにつけ込む気があるなら、もっと前からつけ込んでます」
さすがに僕もそこまで卑怯なことをする気はない。あるのは、純粋な興味と心配だけだ。
「僕は……、あんたを気にかけてるんですよ。ルシフが、すぐ独りで抱え込む性格なのは、よく知ってますから」
「そういう余計な心配は要らない。かえって迷惑だ」
素っ気なくそう言い放たれ、僕はショックを受けると同時に、なんだかカチンときた。
「せっかく気遣ってやってるのにその言い草はないんじゃないですか……?」
「だから、お前の気遣いは要らねえって言ってんだよ」
「なんだよ、僕の気遣い無しじゃ生きていけないくせに。毎日あんたを気にかけてお世話してやってるのは誰だと思ってるんですか」
「俺はお前にお世話してくれなんて頼んだ覚えはない」
「じゃあ、僕のお世話無しで生きていけるんですか?」
「俺は小さい頃、ゴミを漁りながら路上で生活していたことがある。よって、独りでも十分生き延びられる」
「それ、ただのホームレスじゃねーか!」
「俺はホームレスでも平気だ。だから、余計な心配はするな」
「嫌です!ルシフは、僕と契約した意味をちっとも解ってない。
あんたが僕の背中に刻んだ紋章は一生消えないんです。僕の力を引き出せるのも、僕を使役出来るのも、一生あんたしかいないんです。契約で魔族の人生は決まる。だから、魔族は契約者を主人と呼んで慕うんじゃないですか。
僕にそんな忠誠心は無いけど、僕だって、ルシフに何かあったら困るんです。
なのに、ルシフはなんでも重荷を独りで背負おうとして、ちっとも僕に分けてくれない。
そういうところが嫌いなんだ。何の為に僕があんたと契約してると思ってるんだよ」
「プライドが高くて、泣き虫で、すぐ感情的になるお前に、何が背負えるって言うんだ?
汚れる覚悟もないくせに、軽い気持ちでそういうこと言うなよ。
俺が重荷を背負ってるように見えるなら、それは俺の今までの罪に対する当然の報いだ。
今更、お前がどうにか出来るようなことじゃ……」
ルシフが言い切る前に気づけば僕はルシフをぶん殴っていた。
それくらい、僕にとってはルシフに突き放されることが悔しいことだったらしい。
「痛ってーな!何すんだよ!喋ってる途中だっただろ!!」
「本当は……覚悟がないのはルシフの方じゃないんですか?」
と、僕は投げかけた。
「どういう意味だよ」
「僕に、汚れた自分を知られる覚悟。さっきの言葉を聞いて思ったんですけど、ルシフが僕に隠してることって、過去に犯した罪なんじゃ……」
僕が言い切る前に、僕はルシフにぶん殴られていた。
「痛ったぁ!何するんですか!喋ってる途中だったのに!!」
「何も知らないくせに知ったような口利くんじゃねえ……!!」
「何も知らないのは、あんたが教えてくれないからだろ……!!」
僕はルシフの胸ぐらに掴みかかった。
「離せ!!」
ルシフに容赦なく蹴っ飛ばされて、僕も堪忍袋の緒が切れた。
僕は仕返しとばかりにルシフを蹴り飛ばした。
そこからはもう、あっという間に殴り合いの大喧嘩だ。小さい頃の喧嘩と違って2人ともパンチ力が強くなってるからすぐお互いにボコボコになった。
「やめろ、2人とも!!」
クロノスさんが僕らを引き剥がす。
殴り合ったお陰でちょっとスッキリしたからか徐々に落ち着きを取り戻してきた僕らは、素直にクロノスさんの言葉を聞き入れて喧嘩を中断した。
「早く教会に戻るぞ!」
クロノスさんはレイアさんを負ぶったまま僕らを連れて、さっきの手帳を使い、もう一度瞬間移動した。
教会では、やはりミネルウァさんたちが待っていた。
「遅かったな。会議は終わったぞ」
とミネルウァさん。
「というか、お前ら、一体何があったんだ?ボロボロじゃねーか」
とシェム。
「とりあえず、会議の結果、こんな感じで作戦が決まった。目を通しておいてくれ」
おじさんが資料を僕に渡してきた。
「……魔法屋」
ずっと黙っていたレヴィが初めて言葉を発したので、僕らの視線は一斉にレヴィに注がれた。
「もう、第三部隊は数日後に攻めてきてもおかしくない。作戦の成功は、君たちに懸かってる」
それを聞いて、クロノスさんが僕とルシフの背中をバシッと叩いて笑った。
「そう、王子たちも、境界軍も、みんなお前らに期待してんだ。喧嘩なんかしてる場合じゃないぞ!」
魔法屋に帰ってきてからも、僕はしばらく口を利かなかった。機嫌が悪かったからではなく、シンプルに気まずかったからだ。
僕はダイニングテーブルにおじさんからもらった資料を広げて眺めていた。資料をめくろうと少し動いただけで、身体にズキッと痛みが走る。ルシフに蹴られたところに相当ダメージが来ているようだ。
ルシフって見た目に反して馬鹿力だからな……。
「おい」
突然背後からルシフの声がして、僕はまたビクンッとしてしまった。
「何なんですか……、驚かせないでくださいよ……」
僕が振り返る前に、ルシフは僕の頭にポンと触れた。
一瞬ぞわっと鳥肌が立つような妙な感覚がすると、身体が急に軽くなった。
……治癒魔法だ。
「悪かった」
ルシフがぼそっと呟いた。
「え……」
僕はぱっと振り向いてルシフを見つめた。
「お前の言う通りだ。
俺には自分を曝け出す覚悟がない。
お前は俺のことを、独りで抱え込む性格だと言っていたが、それは自分の心の内に留めておけば、傷つくのは俺だけで済むからだ。
俺の本性を知ってお前が俺から離れていったり、俺のせいでお前が傷つく姿を見る羽目になるのに比べたら、そっちの方がずっといいと思ってた」
そんなことを急に言われると思っていなかった僕は若干動揺していたけれど、ルシフには平静を装ってみせた。
「どうしたんですか?そんな弱気なこと言うなんて、ルシフらしくないですね。だったらいつもの我が儘なルシフの方がよっぽどマシですよ」
だって、今更、僕がルシフから離れる訳がないだろ。
そもそも、気味が悪い。
なんだよ。俺から離れて欲しくないとか、お前が傷つくところを見たくないとか。恋人かよ。というか、恋人だったとしても愛が重すぎるだろ。
……いや、違うな。
ルシフの僕に対する想いは、きっとそういう愛情じゃない。
それが何かって言われると、僕にもよくわからないけど。
「俺も、そろそろ覚悟を決める」
「えっ」
突然の宣言に僕はポカンとしてしまった。
「気持ちの整理が出来たら、お前に全部、話そうと思う。だから、もう少しだけ待ってくれないか」
「えぇ……?大丈夫ですか?話したくないことなら、そんな無理に話さなくても……」
「話すよ。それを聞いてお前がどう思うかはわからないけどな」
「じゃあ……。僕もちゃんと受け止められるように覚悟しておきます」
「ああ」
ルシフは僕の向かいにそっと座った。
僕は自分が見ていた資料をルシフに手渡しながら、
「あ、……あと」
と照れ臭いのを我慢して口にした。
「さっきはいきなり殴ったりして、すみませんでした……」
ルシフは一瞬きょとんとした顔をしたけれど、すぐにいつもの調子に戻って言った。
「そんなの気にしてねーよ。お前のDVにはもう慣れた」
「ちょっと!!人聞き悪いこと言わないでくださいよ!」
「事実だろうが。怒るとすぐ暴言や暴力、毎日繰り返される嫌味な執拗な嫌がらせ……どう考えてもDVだろ」
「ち、違いますよ!!そっちだってやられた分だけ、きっちりやり返してくるじゃないですか!!」
「そうだな。じゃあ、俺たちはどっちもバイオレンス野郎ってことで、おあいこだな」
「最悪な結論に達しましたね……」
「そりゃあ、最悪な社会不適合魔法使いである俺と最悪なクズ魔王であるお前が一緒にいて相性最悪なんだから最悪な結論が出るに決まってんだろ」
「うーん……まぁ、そうですね……」
そんな最悪すぎる2人なのに、なんだかんだでずっと離れられないなんて、運命って不思議なもんだよなぁ……と思いながら、僕はまた資料を眺め始めた。
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