世界と世界の狭間で

さうす

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第10話

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 ふと気がつくと、そこは薄暗い檻の中だった。
 僕はぐわんぐわんと痛む頭を押さえながら、ゆっくり起き上がった。

「ここ、どこ……?」

と呟いた声が、いつもより高い気がする。
 「あー」とか「うー」とか適当に声を出してみる。
 やっぱり声が高い。
 あと、自分の手のひらがすごく小さい気がする。

「よいしょ……」

 立ち上がってみる。
 目線がだいぶ低い。
 身長的には、小学校一年生くらい……?
 これって……。

 僕はこの前ルシフとテレビで見た「真実はいつもひとつ!」とか言ってるメガネの少年探偵を思い出した。
 いや、でも、僕は別に怪しい黒ずくめの男に変な薬飲まされたりとかしてないし……。

 首や手足は枷と鎖で繋がれている。
昔……ちょうど僕が6歳くらいの時、僕が見世物にされて売られていた時と、同じ枷だ。
 じゃあ、これは、身体が縮んだっていうよりは、タイムスリップしたってこと……?

 錆びついた檻に触れてみる。
 キィ……と軋む音がして、檻は簡単に開いた。
 鍵がかかってない……。
 不思議に思いながら、檻の外に出てみた。

「だれもいない……」

 声が反響する。
 ここは地下らしく、外へ続く階段が見えた。

 僕は夕暮れ時の路地に出て、歩き出した。
 家や店はたくさんあるのに、人が全くいない。
 普通の街並みのはずが、なぜか歪んで見える。
 何かがおかしい。

 不気味さを感じながら進んでいくと、大きな屋敷が見えた。
 貴族が住んでいそうな高級感溢れる建物なのに、長年手入れがされていないようで、壁は植物に覆われて廃墟みたいになっていた。
その屋敷の中から、

「あっちに行け!!」

と怒鳴る男の声が聞こえてくる。

 僕はその声が何となく気になって屋敷の方へ歩いていった。
 少し遠巻きに様子をみる。

「お前はなんでそんなに母さんに似てるんだ……!!お前を見てると母さんを思い出して辛い……。もうお前の顔なんか見たくないんだよ!!」

 扉がガチャッと開いて、男が出てきた。
 色白で黒髪の無愛想な顔をした男だ。
荷物と一緒に、騎士が持つような美しい剣も背負っている。

 一目でルシフのお父さんだとわかった。
 お母さんがどんな顔かわからないけれど、ルシフはかなり父親似の見た目だと思う。

 この屋敷にルシフがいるはずだ……。

 もう少し屋敷に近づいてみた。

 また別の男たちの怒鳴り声がする。

「そんなに弱くてどうするんだ!!お前の父さんはお前の年の頃にはもっと強かったぞ!!」

「立て!!お前には強い騎士団長になってもらわないと困るんだ!!」

「剣術が嫌い?何を言ってるんだ!甘えるのもいい加減にしろ!!」

 僕は背伸びして窓から中を覗いてみた。
 幼いルシフが屈強な男たちにボコボコにされていた。
 剣で斬られ、攻撃魔法をぶつけられ、蹴られ、殴られ……。

「やめて!!」

 見ていられなくて、僕は思わず叫んでしまった。
 男たちがこっちを見た。
 僕はドキッとして、その場にしゃがんで隠れた。

 そこへ、斧やナイフを手にした若者たちがやって来た。僕は慌てて茂みに移動した。

 若者たちは屋敷の扉を壊して中へと入っていった。

「騎士団を倒せーー!!」

 これは、民衆が攻め込んできたんだろう。
 争う音と叫び声が外まで響く。

「騎士どもを皆殺しにしろ!!一人残らず殺せ!!餓鬼だろうが関係ねえ!!」

「出て来いよ団長!!お前の父さんが無能なせいで、俺たちの故郷は滅んだんだぞ!!」

「団長!!侵入者を始末しろ!!魔女の眷属になったお前なら、簡単に殺せるだろ!!」

「父親の代わりに育ててやった俺たちを見捨てる気か!!」

 飛び交うルシフに対するそんな怒号。
 それが次々に断末魔の悲鳴へと変わっていった。
 みんな死んで、俺だけが生き残った……ルシフは前にたしかそう言っていた。
 ルシフは幼い頃からこんな戦いに巻き込まれていたのか……。
 そう思うと僕も悲しくなった。

 しばらくして、小さなルシフが屋敷から一人で出てきた。
 血塗れの服を着て血塗れの剣を引きずっている。
 僕は愕然とした。
 ルシフは笑っていたのだ。

「ざまあみろ」

 確かにそう呟いた。
 呆然としている僕の目が、顔を上げたルシフの目と合った。
 その瞬間、ルシフの顔はさぁっと青ざめていった。

「ベル……、なんで、ここに……」

 ルシフが今まで見たことないくらいに狼狽え始める。

「ああ、そうだ……。おれたち、いっしょに、しにそうになったから……おんなじゆめをみてるんだな……」

「ゆめ……?じゃあ、ここはルシフの、ゆめのなかなの……?」

 ルシフはコクリと頷いた。

「ちからを、きょうゆうしてたから……ゆめも、きょうゆうされてるんだろうな」

「ルシフ、ろれつがまわってませんよ」

「おまえもな」

「からだが、ちぢんでるから……しかたないですね」

「……ベル」

「なんですか?」

「たぶん、いま、みてたよな……?おれが、みなごろしにするところ……」

「みてませんけど……。みなごろしにしたんですか……?」

 ルシフの顔からさらに血の気が引いて真っ青になった。
 もしかして、今、ルシフ……自分で墓穴掘ったのでは……?
 ルシフはいきなり剣を投げ捨てて逃げ出した。

「まって!!」

 走って追いかけようとしたけれど、枷と鎖が邪魔で全然走れない。

「わぁっ!!」

 僕は豪快にすっ転んだ。

「まって、ぼくをおいていかないで…!!ちゃんとはなしをしようよ……!!」

 僕の必死の呼びかけにルシフがぴくんと反応して止まった。そしてこっちに戻ってきた。

「にげて、ごめん……。ちょっと、どうようしちまった……」

 ちょっとどころか、めちゃくちゃ動揺してた気がするけど。

「ベル、おれのはなし……きいてくれるか?」
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