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1.呪われた魔術師
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……お前は、命を賭して戦い、祖国を守った英雄になった。
「ランスロット。お前は生きて幸せになってくれ。俺が必ず守るから」
お前は最期まで笑顔でそう言った。
馬鹿野郎。それは、俺の台詞だったのに……。
「ねえ、ママ、あのお兄ちゃん何してるの?」
「指差しちゃいけません……! あれは伝説の騎士ランスロット様ですよ」
何が伝説の騎士だ。俺は自分の主人を守れもしない弱い人間だ。
「騎士様だ。また勇者像の前に座り込んでる」
「騎士様もすっかり落ちぶれたな」
「今では城にも出仕していないらしい」
「仕方ないさ。主人が亡くなられたんだからな。それに、噂では勇者様とただならぬ関係だったとか……」
俺は銅製の勇者像を見上げた。凛々しい表情で剣を握る男の姿。お前はもっと間抜け面じゃなかったか?
勇者像にぬるぬると下級の魔物が這っている。魔王軍が手配した魔物の残党だ。魔物は俺の視線に気がつくと、慌てたように逃げ出そうとした。俺はチッと舌打ちして、剣を引き抜いた。魔物を勇者像から剥がし、地面に叩きつけ、剣をブスリと突き刺した。魔物の体液がバシャリと飛び散る。ああ、汚ねえ。
「俺の主人を穢すんじゃねえよ、クソが」
「……お前の主人は銅像なのか?」
後ろから低い声がした。
「あ?」
俺はその冷淡な物言いに怒りを覚えながら振り返った。
そこに立っていたのは、背の高い男だった。男は、端正な顔立ちだが、顔の半分を複雑な黒い紋が覆っている。長い髪をポニーテールに結っているのが特徴で、ローブを羽織り、大きな杖を握っている。
「魔術師……」
俺が呟くと同時に、周りの人々が悲鳴を上げて逃げ出した。
「きゃあああああ!!」
「魔術師だ!!」
この国では、魔法が使える人間は人智を超えた存在として恐れられている。……だが、問題はそこじゃない。この男の顔に刻まれた紋は、確かに俺が魔王城で見たものと同じだ。
「お前、魔王軍の残党か……殺してやる!」
「待て、ランスロット。俺の話を聞け」
「うるせえ、気安く俺の名前を呼ぶんじゃねえ!!」
俺が剣を振るうと、男は杖で剣を受け止めた。
「なっ……」
並のヤツなら、一撃で殺せるのに。こいつ、俺の剣を受け止めやがった。
「感情任せに剣を振るうのは良くない。弱くなるぞ」
助言までしてきやがった。何なんだ、こいつの余裕は。
男は杖を構え、俺に向けた。魔法を使う気か? 俺は身構えて距離を取った。男はブンッと大きく杖を振りかぶり……俺の腹を杖でぶん殴ってきた。俺は吹っ飛ばされて近くの民家の壁に叩きつけられた。魔術師のくせに、物理攻撃だと……? 舐めやがって。俺は咳き込みながら、男を睨みつけた。
「大丈夫か?」
男が手を差し伸べてくる。俺はその手を振り払って立ち上がった。
「何なんだ、お前……」
「俺の話を聞く気になったか、ランスロット」
「気安く名前を呼ぶな」
「とりあえず、カフェで茶でもどうだ?」
「なんで初対面の野郎と2人きりでカフェに行かなきゃならねえんだよ」
「『ふわふわパンケーキ』を食べたいからだ、俺が」
「知るか!」
「分かった。ふわふわパンケーキは今度でいい。ここで話そう」
男は勇者像の台座に腰掛けた。
「俺の名はマーリン。察しの通り、俺はかつて魔王に仕えていた。だが、俺は裏切りの疑いをかけられ、魔王軍から追放された」
「ハハッ、誰が信じるか、そんなこと」
「この紋がその証だ」
マーリンと名乗る男は、するりとローブを脱いでみせた。魔術師とは思えないほど鍛え上げられた肉体に、黒い紋がぎっしりと刻みつけられている。
「お前には分かるだろう。これは、魔王にしか使えない魔法陣の一種だ。そして、これは呪いの紋でもある」
「……呪い?」
「俺は魔王軍を追放されるときに、この紋によって、魔力を封印された。つまり、俺は魔術師だが、魔法が使えない」
じゃあ、さっき、俺を物理的に杖で殴ってきたのは、魔法が使えないからだっていうのか?
「その話が仮に本当だったとして……お前はなんで俺に会いにきたんだ」
魔王軍が差し向けた刺客じゃないとすれば、なぜ俺に会う必要があるのか分からない。
「俺は自分の呪いを解くために、魔王を殺しに行く」
「は……? 魔王は死んだ。勇者が……俺の主人が殺したんだ」
そして、それと引き換えに、あいつは……。
「確かにそうだ。しかし、魔王軍の残党が、魔王のバラバラになった死骸を集めて錬成し、魔王を復活させようとしていると聞いた」
「何だそれ……どこで聞いた情報だ?」
「魔王軍の領地内で、魔術師たちが話しているのを聞いた」
「死者を蘇らせるなんて、あり得ねえ」
「いや。魔王軍は世界でもトップクラスの魔術師たちが集まっている。生き残りの魔術師によって、死者蘇生の魔法の研究が進められていても、何ら不思議ではない」
「チッ……魔王軍の魔術師なんかあのとき一人残らず殺しておけば良かった」
俺の呟きが強がりだということを、マーリンは真っ直ぐな瞳で見抜いた。マーリンは俺の片目を覆う眼帯にそっと触れた。
「魔王城から生きて帰るのが精一杯で、お前にそこまでの余裕はなかっただろう。そうでなければ、こんなにボロボロの身体になりはしない」
俺は片手でマーリンの手を払う。
「うるせえ。……で、それと、お前が俺に会いにくることと、何の関係があるんだ?」
気がつけば、マーリンの話を本当の話かのように受け入れ、耳を傾けている自分がいた。こいつは、元魔王軍……信用できるヤツかどうかなんて分からないのに。完全にこいつのペースに飲まれている。
「俺は魔王復活のときを待ち、魔王に呪いを解かせる。お前は復活した魔王を殺せ」
「は? なんで俺がお前の都合に付き合わなくちゃいけねえんだよ。魔王が復活する前に、魔王軍の魔術師を一人残らず殲滅すればいいだけだろ」
「もちろんその通りだが……」
マーリンは俺の耳元に唇を寄せて囁いた。
「お前、復讐したくないのか?」
甘ったるい声が頭の中で反響し、俺はドキッとして、マーリンを突き飛ばした。
「魔術師というのは、人の持つオーラというのだろうか……魂の色が視えるんだ。お前の魂の色は何色だと思う?」
「知らねえよ」
「黒だ。憎悪と悲しみに満ちた闇の色。お前の魂は、魔王のそれよりもどす黒い。お前の魂は主人を魔王に殺されたときから、闇に染まっているんだ。お前は、本当は復讐したくてたまらないはずだ。お前の目の前で主人を殺したあの魔王に」
「……俺を唆すな、クソ魔術師が」
「では、どうする。このまま城にも出仕しないで、過去に縋ったやさぐれニート生活を続けるのか? 騎士は主人に己の剣を捧げることに生き甲斐を見出すと言われているが、主人を亡くしたお前はさしずめ生きる屍と言ったところか」
「黙れ……!」
俺はマーリンの頬を思いっきりぶん殴った。マーリンは抵抗することもなく、俺の拳を受けた。
「お前なんかに言われなくたって、分かってるんだよ……もうあいつには会えないってことくらい」
ああ。駄目だ。泣きそうになる。
俯く俺を、マーリンはそっと抱き寄せた。
「お前は、主人を恋うているのだろう?」
あいつは、いつも明るく、笑顔で、俺みたいな捻くれ者にも優しく接してくれた。俺にとっての光だった。
「そうだよ。好きだったよ、畜生……」
ボロボロと涙が零れた。初対面の野郎の前でいい歳した男が泣くなんて、情けねえ。
「俺にその代わりが務まるとは思わない。だが、お前の寂しさを埋めてやることくらいはできるだろう。お前の剣を、俺に捧げてみる気はないか?」
「思い上がるなよ。そんな口説き文句で俺を絆そうったって、そうはいかないんだからな。俺に本気で忠誠を誓わせたいなら、あいつより俺の主人に相応しいってことを証明してみやがれ」
「ああ。証明する。だから、俺の騎士になってくれないか」
「……対価は高くつくぞ。俺はそんな安い男じゃねえからな」
「ありがとう、ランスロット」
マーリンはふっと柔らかく微笑んで、俺の頭を撫でた。俺はその手を払って、マーリンの顔を見上げた。
「行くぞ、マーリン」
「どこに?」
「食いてえんだろ、ふわふわパンケーキ」
「ああ、食べたい。お前と一緒に」
……それが、落ちぶれた俺と呪われた魔術師の出会いだった。そして、これは、俺が数多の敵を虐殺し、その旅路の果てに彼が魔王になるまでの復讐の物語の始まりでもあった……。
「ランスロット。お前は生きて幸せになってくれ。俺が必ず守るから」
お前は最期まで笑顔でそう言った。
馬鹿野郎。それは、俺の台詞だったのに……。
「ねえ、ママ、あのお兄ちゃん何してるの?」
「指差しちゃいけません……! あれは伝説の騎士ランスロット様ですよ」
何が伝説の騎士だ。俺は自分の主人を守れもしない弱い人間だ。
「騎士様だ。また勇者像の前に座り込んでる」
「騎士様もすっかり落ちぶれたな」
「今では城にも出仕していないらしい」
「仕方ないさ。主人が亡くなられたんだからな。それに、噂では勇者様とただならぬ関係だったとか……」
俺は銅製の勇者像を見上げた。凛々しい表情で剣を握る男の姿。お前はもっと間抜け面じゃなかったか?
勇者像にぬるぬると下級の魔物が這っている。魔王軍が手配した魔物の残党だ。魔物は俺の視線に気がつくと、慌てたように逃げ出そうとした。俺はチッと舌打ちして、剣を引き抜いた。魔物を勇者像から剥がし、地面に叩きつけ、剣をブスリと突き刺した。魔物の体液がバシャリと飛び散る。ああ、汚ねえ。
「俺の主人を穢すんじゃねえよ、クソが」
「……お前の主人は銅像なのか?」
後ろから低い声がした。
「あ?」
俺はその冷淡な物言いに怒りを覚えながら振り返った。
そこに立っていたのは、背の高い男だった。男は、端正な顔立ちだが、顔の半分を複雑な黒い紋が覆っている。長い髪をポニーテールに結っているのが特徴で、ローブを羽織り、大きな杖を握っている。
「魔術師……」
俺が呟くと同時に、周りの人々が悲鳴を上げて逃げ出した。
「きゃあああああ!!」
「魔術師だ!!」
この国では、魔法が使える人間は人智を超えた存在として恐れられている。……だが、問題はそこじゃない。この男の顔に刻まれた紋は、確かに俺が魔王城で見たものと同じだ。
「お前、魔王軍の残党か……殺してやる!」
「待て、ランスロット。俺の話を聞け」
「うるせえ、気安く俺の名前を呼ぶんじゃねえ!!」
俺が剣を振るうと、男は杖で剣を受け止めた。
「なっ……」
並のヤツなら、一撃で殺せるのに。こいつ、俺の剣を受け止めやがった。
「感情任せに剣を振るうのは良くない。弱くなるぞ」
助言までしてきやがった。何なんだ、こいつの余裕は。
男は杖を構え、俺に向けた。魔法を使う気か? 俺は身構えて距離を取った。男はブンッと大きく杖を振りかぶり……俺の腹を杖でぶん殴ってきた。俺は吹っ飛ばされて近くの民家の壁に叩きつけられた。魔術師のくせに、物理攻撃だと……? 舐めやがって。俺は咳き込みながら、男を睨みつけた。
「大丈夫か?」
男が手を差し伸べてくる。俺はその手を振り払って立ち上がった。
「何なんだ、お前……」
「俺の話を聞く気になったか、ランスロット」
「気安く名前を呼ぶな」
「とりあえず、カフェで茶でもどうだ?」
「なんで初対面の野郎と2人きりでカフェに行かなきゃならねえんだよ」
「『ふわふわパンケーキ』を食べたいからだ、俺が」
「知るか!」
「分かった。ふわふわパンケーキは今度でいい。ここで話そう」
男は勇者像の台座に腰掛けた。
「俺の名はマーリン。察しの通り、俺はかつて魔王に仕えていた。だが、俺は裏切りの疑いをかけられ、魔王軍から追放された」
「ハハッ、誰が信じるか、そんなこと」
「この紋がその証だ」
マーリンと名乗る男は、するりとローブを脱いでみせた。魔術師とは思えないほど鍛え上げられた肉体に、黒い紋がぎっしりと刻みつけられている。
「お前には分かるだろう。これは、魔王にしか使えない魔法陣の一種だ。そして、これは呪いの紋でもある」
「……呪い?」
「俺は魔王軍を追放されるときに、この紋によって、魔力を封印された。つまり、俺は魔術師だが、魔法が使えない」
じゃあ、さっき、俺を物理的に杖で殴ってきたのは、魔法が使えないからだっていうのか?
「その話が仮に本当だったとして……お前はなんで俺に会いにきたんだ」
魔王軍が差し向けた刺客じゃないとすれば、なぜ俺に会う必要があるのか分からない。
「俺は自分の呪いを解くために、魔王を殺しに行く」
「は……? 魔王は死んだ。勇者が……俺の主人が殺したんだ」
そして、それと引き換えに、あいつは……。
「確かにそうだ。しかし、魔王軍の残党が、魔王のバラバラになった死骸を集めて錬成し、魔王を復活させようとしていると聞いた」
「何だそれ……どこで聞いた情報だ?」
「魔王軍の領地内で、魔術師たちが話しているのを聞いた」
「死者を蘇らせるなんて、あり得ねえ」
「いや。魔王軍は世界でもトップクラスの魔術師たちが集まっている。生き残りの魔術師によって、死者蘇生の魔法の研究が進められていても、何ら不思議ではない」
「チッ……魔王軍の魔術師なんかあのとき一人残らず殺しておけば良かった」
俺の呟きが強がりだということを、マーリンは真っ直ぐな瞳で見抜いた。マーリンは俺の片目を覆う眼帯にそっと触れた。
「魔王城から生きて帰るのが精一杯で、お前にそこまでの余裕はなかっただろう。そうでなければ、こんなにボロボロの身体になりはしない」
俺は片手でマーリンの手を払う。
「うるせえ。……で、それと、お前が俺に会いにくることと、何の関係があるんだ?」
気がつけば、マーリンの話を本当の話かのように受け入れ、耳を傾けている自分がいた。こいつは、元魔王軍……信用できるヤツかどうかなんて分からないのに。完全にこいつのペースに飲まれている。
「俺は魔王復活のときを待ち、魔王に呪いを解かせる。お前は復活した魔王を殺せ」
「は? なんで俺がお前の都合に付き合わなくちゃいけねえんだよ。魔王が復活する前に、魔王軍の魔術師を一人残らず殲滅すればいいだけだろ」
「もちろんその通りだが……」
マーリンは俺の耳元に唇を寄せて囁いた。
「お前、復讐したくないのか?」
甘ったるい声が頭の中で反響し、俺はドキッとして、マーリンを突き飛ばした。
「魔術師というのは、人の持つオーラというのだろうか……魂の色が視えるんだ。お前の魂の色は何色だと思う?」
「知らねえよ」
「黒だ。憎悪と悲しみに満ちた闇の色。お前の魂は、魔王のそれよりもどす黒い。お前の魂は主人を魔王に殺されたときから、闇に染まっているんだ。お前は、本当は復讐したくてたまらないはずだ。お前の目の前で主人を殺したあの魔王に」
「……俺を唆すな、クソ魔術師が」
「では、どうする。このまま城にも出仕しないで、過去に縋ったやさぐれニート生活を続けるのか? 騎士は主人に己の剣を捧げることに生き甲斐を見出すと言われているが、主人を亡くしたお前はさしずめ生きる屍と言ったところか」
「黙れ……!」
俺はマーリンの頬を思いっきりぶん殴った。マーリンは抵抗することもなく、俺の拳を受けた。
「お前なんかに言われなくたって、分かってるんだよ……もうあいつには会えないってことくらい」
ああ。駄目だ。泣きそうになる。
俯く俺を、マーリンはそっと抱き寄せた。
「お前は、主人を恋うているのだろう?」
あいつは、いつも明るく、笑顔で、俺みたいな捻くれ者にも優しく接してくれた。俺にとっての光だった。
「そうだよ。好きだったよ、畜生……」
ボロボロと涙が零れた。初対面の野郎の前でいい歳した男が泣くなんて、情けねえ。
「俺にその代わりが務まるとは思わない。だが、お前の寂しさを埋めてやることくらいはできるだろう。お前の剣を、俺に捧げてみる気はないか?」
「思い上がるなよ。そんな口説き文句で俺を絆そうったって、そうはいかないんだからな。俺に本気で忠誠を誓わせたいなら、あいつより俺の主人に相応しいってことを証明してみやがれ」
「ああ。証明する。だから、俺の騎士になってくれないか」
「……対価は高くつくぞ。俺はそんな安い男じゃねえからな」
「ありがとう、ランスロット」
マーリンはふっと柔らかく微笑んで、俺の頭を撫でた。俺はその手を払って、マーリンの顔を見上げた。
「行くぞ、マーリン」
「どこに?」
「食いてえんだろ、ふわふわパンケーキ」
「ああ、食べたい。お前と一緒に」
……それが、落ちぶれた俺と呪われた魔術師の出会いだった。そして、これは、俺が数多の敵を虐殺し、その旅路の果てに彼が魔王になるまでの復讐の物語の始まりでもあった……。
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