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第13話 キアヌと国王様

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「いよいよ城に着いたな……」

 アリアンロッド王国の城は、純白の城で、いかにも女神を祀ってますという感じだ。
 悪魔の俺は完全に場違いだ。

 キアヌがジェミニから魔法の杖を授かる儀式を行うときに、この城には訪れたことがあるのだが、2度目でもやはり緊張はするもんだ。

「キアヌ様、よくお越しくださいました」

 門の前には、案内人が待っていた。

「どうぞお入りください」

 俺たちは門を抜け、城の中に入った。
 城の中には、12人の女神を描いた壁画とステンドグラスが飾られている。
 白い階段を上っていくと、大きな白い扉があった。

 白い扉の先には、王の玉座があった。
 その後ろに、豪華な祭壇と、天井まで届きそうなほど大きな鏡が置かれている。この鏡は、女神が作った鏡で、女神の姿を映し出し、お告げを聞くことができる。

 玉座には、白い髭を生やした王が座っていて、その周りには、大臣や武器を持つ側近たちが控えていた。

「はるばるよくいらした。アーノルド殿」

 国王が玉座から声をかける。
 すごいヨボヨボの爺さんだが、大丈夫なのか?

「お目にかかれて光栄です、国王陛下」

 アーノルドは丁寧に頭を下げた。

「まずは、手土産をお持ちしましたので、国王陛下ならびに女神様に……」

「要らぬ」

 はっきりとそう告げられ、アーノルドは一瞬固まった。

「なぜですか。我が国名産のアップルパイなのに……。甘くて美味しいアップルパイなのに……」

「アップルパイなど要らぬ」

 アーノルドの大好物のアップルパイを初っ端から否定されるなんて、いきなりハードすぎる……。アーノルド、心折れるんじゃねーか……?

「今回の同盟の件じゃが、お断りするためにそなたをここに呼んだのじゃ」

「待ってください……我が国には、たくさんの特産品があります。魔法使いの権利を認め、我が国と同盟を結んでくだされば、必ず貿易でアリアンロッド王国へ利益をもたらしてみせます」

「いや、生まれたときから人ならざる力を手にしている連中と手を組む気はない。我が国は歴史ある王国じゃ。魔法使いの国なんぞに、我が国の歴史は汚させぬ」

 アーノルドの後ろに控えていたヒューがわずかに殺気をまとう。
 アーノルドはそっとそれを制した。

「この国では、昔から、魔法使いは汚れた存在として差別されていますが、それは間違っています。魔法は、人々のために役に立てることができる力です。アリアンロッド王国の格差をなくし、真の平和をもたらすために、魔法使いが生きていく権利を認めていただきたいのです」

 そう言うと、アーノルドは床に膝をついた。

「どうか、よろしくお願いします」

 嘘だろ……。アーノルドが、最強の魔王が、ジャパニーズ土下座だと……!?

 プライドを一切捨てた行動に、キアヌとヒューも衝撃を受けているようだった。

 その場がシンと静まり返った。

「……捕らえろ」

 国王が低い声で命じた。

「元からそのつもりじゃった。今回、そなたをここに呼んだのは、我が国に侵攻するりんご帝国の君主を処刑し、同盟の話をなかったことにするためじゃ」

「なっ……!!」

 なんだと……!?アーノルドを処刑……!?
 そんなことをしたら、りんご帝国はどうなっちまうんだ!?きっとアリアンロッド王国とりんご帝国で、戦争が起こるぞ!?

 国王の側近たちが武器を突きつけ、アーノルドの身体を押さえつける。

「そんなの……僕が許さない……」

 キアヌが魔法の杖を握りしめる。

「兄さまは、僕が守る。貴様ら全員、僕が処す」

 キアヌが杖を振るおうとすると、

「待て、キアヌ!」

と玉座の後ろから声がした。
 見ると、女神の鏡に、ジェミニの姿が大きく映し出されていた。

「国王よ。アーノルドの処刑はいささか早計ではないか?」

「ジェミニ様……なぜ、そうお思いなのじゃ」

「このアリアンロッド王国も、本来、魔法使いの国だからだ」

 その一言に、その場にいた全員が顔を上げ、鏡を見た。

「この国は、長年、王室の後継者で揉めている……。国王に子供がいないと『されてきた』からだ。だが、この国には、実は正統な後継者がいる」

「なっ、何を仰っているのか……」

「その後継者は、今、この場にいる!」

 ジェミニは祈るように唱えた。

「月と星の12女神、ジェミニより命ず。今、真実を白日のもとに……!」

 すると、鏡から白い光が放たれ、部屋中を包み込んだ。

 やがて、光が止んだ。

 俺は何か力が吸い取られていくような感じがして、その場に座り込んだ。

「何なんだ、この光は……」

 周りを見渡すが、特に異変はないようだ。

 ……みんなの視線が、俺に注がれているということ以外は。

「え、何……?どういうこと……?」

 ジェミニは自信満々の笑顔で言った。

「彼が、国王陛下の一人息子、ウィル王子だ!!」

「は!?俺!?」

「ウィル……人間になってる……」

 キアヌがポカンとして呟く。
 俺は自分の背中に触れてみた。

「ほんとだ!?羽根がねえ!!」

「彼は、少年の姿をしているが、数十年前に生まれた国王の息子だ。呪いで悪魔に変えられてしまったせいで、体の成長が遅くなっていたんだ」

「呪い……!?」

「彼には生まれつき、魔法使いの紋章が刻まれていた。魔法使いの子供がいることを知られてはならないと思った国王は、呪い屋に頼んで彼を人間には見えない悪魔にし、城から追い出してしまったんだ。……そうだろう?国王よ」

「な、なぜ、ジェミニ様がそのことを……」

「私は女神だからな!全てお見通しなのだ!」

 名探偵のように語るジェミニを前に、国王は狼狽え始めた。

「私が魔眼を持つキアヌを勇者に任命したのは、この国の腐った仕組みを変え、ウィルを正統な王位継承者として迎えるためだ」

 そうだったのかよ……。

「王子が呪われて、誰にも見えない悪魔にされてしまうなんてことが許されていいだろうか!罰せられるべきは、己のために我が子を呪った父親ではないのか?」

 アーノルドを取り押さえていた国王の側近たちが、困ったように武器を下ろした。

「ま、待ってくれ……!ワシはただ、この国の伝統を守るために……」

 キアヌが杖を振り下ろした。
 床にビシビシと氷が一直線に走り、国王を一瞬にして氷漬けにした。

「そういう言い訳なら聞かないよ。国王様」

「お、おい、キアヌ……ちょっとやりすぎじゃねーか?一応この爺さん国王だぞ?」

 俺が囁くと、キアヌは悪びれもせず、

「兄さまを殺そうとした罪は重い」

と言い切る。
 ブラコンは怒らせないに限るな……。



 数ヶ月後。
 俺は12人の女神から正式に冠を授けられ、新しい国王として迎えられた。

 魔法使いである俺が王となることに反対する女神もいたようだが、そこはジェミニが上手いこと説得してくれたみたいだ。
 国民も、12人の女神が決めたことであれば、反対する者はいなかった。
 新聞では、前国王の退位と、王室の隠し子である俺の即位を大々的に報じていた。

 そして、ここ最近、俺は国王として、勉強と公務に明け暮れる日々を送っている。
 正直、悪魔として気ままに旅をしてるときの方が気楽でよかった。
 でも、魔法が使える人も使えない人も幸せに暮らせる国を作るには、俺が頑張るしかない。

 玉座に座って法律の本を読んでいると、女神の鏡を介してジェミニが話しかけてきた。

「ウィル、勉強は捗っているか?」

「うーん……まあまあかな」

「アーノルドとヒューが来るのはこれからか?」

「ああ、そろそろだ」

 今日は、りんご帝国とアリアンロッド王国で今度こそ同盟を結ぶため、アーノルドとヒューがこの城を訪れることになっている。

「その前に、お前に良い知らせがあるぞ」

 ジェミニはそう言ってニヤッと笑う。

「勿体ぶらないで早く言えよ」

 俺が急かすと、扉がトントンとノックされた。

「入っていいぞー」

 ジェミニが呼びかける。
 扉が開かれると、そこには、金髪の小柄な少年が立っていた。

「キアヌ……」

「久しぶりだね、ウィル。いや、国王様?」

「ウィルでいいよ。よそよそしくなるだろ。……それよりお前、なんでここにいるんだ?俺はてっきり、りんご帝国にいるのかと……」

「そのことなんだけど、僕、この国に残ることにしたよ」

「え、アーノルドのことあんなに好きだったのに!?同じ国で暮らさなくていいのか!?」

「実は……。僕、このお城で働くことになりました。今日からめでたくウィルの側近です。わーいわーい」

「は!?」

「僕と会えなくて、ウィルが寂しい思いをしてるんじゃないかと思って……」

 俺は呆気に取られてキアヌを見ていた。

「ウィル。これからはひとりで頑張ろうとしすぎないで、僕のこと頼ってよ。友達なんだからさ」

「そっか……そうだよなぁ……」

 俺が悪魔じゃなくなったって、俺が王様になったって、キアヌと俺の関係は何も変わらなくていいんだ。俺はジーン……と感動してしまった。

「さて、そろそろ兄さまたちが来るよ」

 そのとき、扉がトントンと、叩かれた。


 ……魔王の弟、勇者キアヌ。彼はきっとこの国の未来を変えてくれるだろう。

 これからもずっと、俺の隣で。
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