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男装メガネっ子元帥、敵(女たらし含む)の襲撃を受ける
「貴方の名前を、僕はもう忘れたりしない」
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「でも!」
「いいから離れろ。私に近づくな」
チェシーが、手を振り払って怒鳴る。
また爆発が起こった。突風にあおられたチェシーの馬が、大きく道を斜行し、埒外の茂みに転げ落ちてゆく。
そのせいで走る気力を失ったのか。チェシーの馬は、弓なりに首をそらし、暴れて、ハミを振りちぎった。荒々しく足を踏み鳴らし、後足で棹立ちする。悲痛ないななきが聞こえた。
あのままでは、振り落とされてしまう。
ニコルは、即座に手綱を引いた。馬首をめぐらせる。
「馬鹿、来るんじゃない。君に何ができ……」
青ざめてこわばったチェシーの表情が、にわかに信じられない、といったふうに変わった。
「来るなと言っている!」
「ご冗談でしょう!」
強い拒絶にもかまわず、ニコルは馬の腹を蹴った。元来た道を、チェシーのもとへと駆け戻る。
怪我をした足が、あぶみを踏みしめるたび、焼け火箸を押し当てられたように痛んだ。
森を抜ける道はこの一本だけだ。そして、チェシーは防御のルーンも《カード》も持っていない。
たとえ、自分自身の良心とチェシーとを人柱がわりに投げ捨てて、今だけ無事に切り抜けたとしても。
この怪我では、まともに馬を走らせ続けることもできない。チェシーを喪い、そして自分もいずれ討たれて死ぬ。双方ともに犬死だ。
馬を茂みへと割り入らせ、恐怖に暴れる青鹿毛の前へとあえて近づき、馬腹を晒してみせる。
「大丈夫だよ。僕が分かるだろ、フラーブルイ。君の名付け親だ。どーどー、大丈夫」
ニコルの声に、馬はぶるぶると鼻息を吹いた。前足の蹄で土塊を掻きながらも、ようやく大人しくなる。
「馬の名前まで覚えてるのか」
チェシーが刺々しい毒舌を吐き捨てる。ニコルは口をへの字に曲げた。
「まだ根に持ってるんですか、その話?」
「馬鹿だろ、君。たかが一兵卒の名前を覚えて何になる」
チェシーの顔は、苛立ちにひきゆがんでいた。銀炎の照り返しを受けて、青と黒のまだらに染まっている。
「ホーラダインの命令で人望集めゴッコでもしているのか? つまらない見栄を張っている場合か。馬も兵士も、しょせんは補充のきく駒だ。君の仕事は、無名の駒を動かして名のある敵を屠ることだろう」
「先日までは、倒すべき敵である貴方の名前なんか覚える必要もなかった。でも今はチェシーさん、貴方の」
ニコルは、チェシーを真正面から睨みつけた。
「貴方の名前を、僕はもう忘れたりしない」
「……サリスヴァール」
ふいに、女の声が森を凍りつかせた。姿は闇にまぎれ、見えない。
四方八方から、同じ声がいくつも同時に聞こえていた。異様に尾を引く残響のせいで、どこから声が聞こえているのかも分からない。
「どこに逃げても無駄。帝国は裏切りを許さない」
狂気の桜にも似た陶酔感を振り乱し、女は甲高い嘲笑を投げかける。
「だからせめて私の手で美しく死なせてあげる」
声と同時に、森の奥深くにいくつもの青白い火球が浮かび上がった。一気に直径が膨れ上がる。漏れ出す噴気の発する摩擦音が、夜をあわただしく破った。
「危ない!」
ニコルは、とっさに腕のルーンを防御の構えで身構えた。
芦毛の馬が、おびえたいななきをあげて棹立ちしかかる。
視界が真っ白に焼き付いた。《先制のエフワズ》が真紅にきらめいて、切子の宝石の形に防御結界を張り巡らせてゆく。
目の前に、渦を巻く青白い彗星が見えた。地面に浮き彫りにされた影だけが、どこにも引き伸ばされて逃げることなく、足下に貼りついている。
直後。
爆風が、意識ごと体を吹き飛ばした。馬から振り飛ばされる。道ばたの茂みに叩きつけられた。もんどり打って跳ね転がる。
木の枝にどこかを引っかけたか、布の裂ける甲高い音がした。
「いいから離れろ。私に近づくな」
チェシーが、手を振り払って怒鳴る。
また爆発が起こった。突風にあおられたチェシーの馬が、大きく道を斜行し、埒外の茂みに転げ落ちてゆく。
そのせいで走る気力を失ったのか。チェシーの馬は、弓なりに首をそらし、暴れて、ハミを振りちぎった。荒々しく足を踏み鳴らし、後足で棹立ちする。悲痛ないななきが聞こえた。
あのままでは、振り落とされてしまう。
ニコルは、即座に手綱を引いた。馬首をめぐらせる。
「馬鹿、来るんじゃない。君に何ができ……」
青ざめてこわばったチェシーの表情が、にわかに信じられない、といったふうに変わった。
「来るなと言っている!」
「ご冗談でしょう!」
強い拒絶にもかまわず、ニコルは馬の腹を蹴った。元来た道を、チェシーのもとへと駆け戻る。
怪我をした足が、あぶみを踏みしめるたび、焼け火箸を押し当てられたように痛んだ。
森を抜ける道はこの一本だけだ。そして、チェシーは防御のルーンも《カード》も持っていない。
たとえ、自分自身の良心とチェシーとを人柱がわりに投げ捨てて、今だけ無事に切り抜けたとしても。
この怪我では、まともに馬を走らせ続けることもできない。チェシーを喪い、そして自分もいずれ討たれて死ぬ。双方ともに犬死だ。
馬を茂みへと割り入らせ、恐怖に暴れる青鹿毛の前へとあえて近づき、馬腹を晒してみせる。
「大丈夫だよ。僕が分かるだろ、フラーブルイ。君の名付け親だ。どーどー、大丈夫」
ニコルの声に、馬はぶるぶると鼻息を吹いた。前足の蹄で土塊を掻きながらも、ようやく大人しくなる。
「馬の名前まで覚えてるのか」
チェシーが刺々しい毒舌を吐き捨てる。ニコルは口をへの字に曲げた。
「まだ根に持ってるんですか、その話?」
「馬鹿だろ、君。たかが一兵卒の名前を覚えて何になる」
チェシーの顔は、苛立ちにひきゆがんでいた。銀炎の照り返しを受けて、青と黒のまだらに染まっている。
「ホーラダインの命令で人望集めゴッコでもしているのか? つまらない見栄を張っている場合か。馬も兵士も、しょせんは補充のきく駒だ。君の仕事は、無名の駒を動かして名のある敵を屠ることだろう」
「先日までは、倒すべき敵である貴方の名前なんか覚える必要もなかった。でも今はチェシーさん、貴方の」
ニコルは、チェシーを真正面から睨みつけた。
「貴方の名前を、僕はもう忘れたりしない」
「……サリスヴァール」
ふいに、女の声が森を凍りつかせた。姿は闇にまぎれ、見えない。
四方八方から、同じ声がいくつも同時に聞こえていた。異様に尾を引く残響のせいで、どこから声が聞こえているのかも分からない。
「どこに逃げても無駄。帝国は裏切りを許さない」
狂気の桜にも似た陶酔感を振り乱し、女は甲高い嘲笑を投げかける。
「だからせめて私の手で美しく死なせてあげる」
声と同時に、森の奥深くにいくつもの青白い火球が浮かび上がった。一気に直径が膨れ上がる。漏れ出す噴気の発する摩擦音が、夜をあわただしく破った。
「危ない!」
ニコルは、とっさに腕のルーンを防御の構えで身構えた。
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視界が真っ白に焼き付いた。《先制のエフワズ》が真紅にきらめいて、切子の宝石の形に防御結界を張り巡らせてゆく。
目の前に、渦を巻く青白い彗星が見えた。地面に浮き彫りにされた影だけが、どこにも引き伸ばされて逃げることなく、足下に貼りついている。
直後。
爆風が、意識ごと体を吹き飛ばした。馬から振り飛ばされる。道ばたの茂みに叩きつけられた。もんどり打って跳ね転がる。
木の枝にどこかを引っかけたか、布の裂ける甲高い音がした。
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