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レイディ・ニコラ、忘れ得ぬ夜に君と、偽りの愛を
「少女といえば恋、恋といえば乙女。恋は少女を夢みる乙女に、そして愛は少女を大胆な女に――ではなくって」
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サロンって。
何でまたいきなりそんな突飛なものが。
いや、貴族の端くれとして、そういう社交場に出入りするのは何らやぶさかではないが。
知的、かつ優雅な芸術の殿堂であるべきサロンへ、無骨な軍人――無骨という表現から最も縁遠い場所にいるであろうことは、おそらくニコルを知る全員が、雁首揃えてカクカクうなずくと思うが――それも、対外的には息子を同伴してゆくというのは、あまりにも内務卿夫人として似つかわしくない行為だ。
ニコルは疑わしげに確認の質問をした。
「まさか、僕とですか」
「ううん、ニコルさんとではなくてね。ニコラさんと行きたいの」
レディ・アーテュラスは、鈴を振るような声でころころと笑った。
「なっ……何ですと?」
その致命的な一言に、ニコルは石化状態におちいった。
「いくらなんでもそれは」
「ね、ね、ママ一生のお願い」
レディ・アーテュラスは、両手をもみ合わせて、しなをつくりつつ、大きな水色の瞳をきらきらうるうるさせた。顔を寄せてニコルをのぞき込む。
「ニコルさんも、せっかくのお年頃なのに、殿方にちやほやされる喜びを一度も味わうことなく過ごしてしまうなんてあんまりでしょ? 少女といえば恋、恋といえば乙女。恋は少女を夢みる乙女に、そして愛は少女を大胆な女に――ではなくって」
レディ・アーテュラスは、ごほごほと咳をしてごまかす。
「一度でいいからママと一緒にサロンに行ってくれないかしら? ニコルさんは可愛いから、女装したら、きっとお綺麗だと思うの。だから、お願い?」
一気にまくし立てられる。
ニコルは、たじたじとなった。冷や汗が出そうだ。
レディ・アーテュラスは、普段は楚々としたレディの中のレディだが、本来はこういう人だ。サロンでは、たいてい人の輪の中心に陣取り、大輪の花のように良くしゃべり、かつ良く笑い転げている。それはいい。全然かまわないのだが。
「女装って……」
ずーんと落ち込むニコルの様子から、レディ・アーテュラスも失言に気付いたらしい。いかにも取りつくろうかのように、よしよしと扇子でニコルの頭を撫でる。
「あらま、いやだわ。わたくしとしたことが。おほほほほ、ごめんなさいねニコルさん。そう言えばそうだったかしら、おほほほほ」
そもそも女であることを伏せて育てられたのだから、ちょっとぐらいはやむを得ないとはいえ、である。
ニコルは、がくりと肩を落とした。
「いくらなんでも、こうまで見事に忘れられては、さすがに立場というものが……い、いや、だめです」
ニコルは、はっと顔を上げた。
「もし、そんなことしてチェシーさんに見つかったら」
それこそ、何を言われるやら知れたものではない。これだけは安易に想像がつく。あの連中のことだ。どうせ言いたい放題好き放題、毒舌をまき散らすに決まっている。ザフエル作マル秘怪文書も同様だ。これでもかッ! とばかりにデカデカと派手な大見出しが踊ることになるだろう。ニコル司令ご乱心、公務出張先で乱痴気女装パーティか!?
とか。
そんなの、イヤ過ぎる……!
「大丈夫」
妙な確信と断言をもって、レディ・アーテュラスは決めつける。
「念入りにお化粧して、可愛いカツラをかぶれば、案外誰が誰だか、ぜんぜん分からないものよ。それに殿方ってね、どうしようもなくそういうことには疎いものなの。パパなんて、わたくしがお化粧変えても髪型変えても新しいドレスを着ても、全っ然、気付いても下さらないのよ? ママはいつも綺麗だね、とかばっかり。んもう、くやしいったら」
「すかさずのろけるんですね。でも、無理だと思います。僕にはできません」
ニコルは丁重に断った。口の端を引きしめる。
レディ・アーテュラスはニコルの眼を見た。静かに手を取る。
何でまたいきなりそんな突飛なものが。
いや、貴族の端くれとして、そういう社交場に出入りするのは何らやぶさかではないが。
知的、かつ優雅な芸術の殿堂であるべきサロンへ、無骨な軍人――無骨という表現から最も縁遠い場所にいるであろうことは、おそらくニコルを知る全員が、雁首揃えてカクカクうなずくと思うが――それも、対外的には息子を同伴してゆくというのは、あまりにも内務卿夫人として似つかわしくない行為だ。
ニコルは疑わしげに確認の質問をした。
「まさか、僕とですか」
「ううん、ニコルさんとではなくてね。ニコラさんと行きたいの」
レディ・アーテュラスは、鈴を振るような声でころころと笑った。
「なっ……何ですと?」
その致命的な一言に、ニコルは石化状態におちいった。
「いくらなんでもそれは」
「ね、ね、ママ一生のお願い」
レディ・アーテュラスは、両手をもみ合わせて、しなをつくりつつ、大きな水色の瞳をきらきらうるうるさせた。顔を寄せてニコルをのぞき込む。
「ニコルさんも、せっかくのお年頃なのに、殿方にちやほやされる喜びを一度も味わうことなく過ごしてしまうなんてあんまりでしょ? 少女といえば恋、恋といえば乙女。恋は少女を夢みる乙女に、そして愛は少女を大胆な女に――ではなくって」
レディ・アーテュラスは、ごほごほと咳をしてごまかす。
「一度でいいからママと一緒にサロンに行ってくれないかしら? ニコルさんは可愛いから、女装したら、きっとお綺麗だと思うの。だから、お願い?」
一気にまくし立てられる。
ニコルは、たじたじとなった。冷や汗が出そうだ。
レディ・アーテュラスは、普段は楚々としたレディの中のレディだが、本来はこういう人だ。サロンでは、たいてい人の輪の中心に陣取り、大輪の花のように良くしゃべり、かつ良く笑い転げている。それはいい。全然かまわないのだが。
「女装って……」
ずーんと落ち込むニコルの様子から、レディ・アーテュラスも失言に気付いたらしい。いかにも取りつくろうかのように、よしよしと扇子でニコルの頭を撫でる。
「あらま、いやだわ。わたくしとしたことが。おほほほほ、ごめんなさいねニコルさん。そう言えばそうだったかしら、おほほほほ」
そもそも女であることを伏せて育てられたのだから、ちょっとぐらいはやむを得ないとはいえ、である。
ニコルは、がくりと肩を落とした。
「いくらなんでも、こうまで見事に忘れられては、さすがに立場というものが……い、いや、だめです」
ニコルは、はっと顔を上げた。
「もし、そんなことしてチェシーさんに見つかったら」
それこそ、何を言われるやら知れたものではない。これだけは安易に想像がつく。あの連中のことだ。どうせ言いたい放題好き放題、毒舌をまき散らすに決まっている。ザフエル作マル秘怪文書も同様だ。これでもかッ! とばかりにデカデカと派手な大見出しが踊ることになるだろう。ニコル司令ご乱心、公務出張先で乱痴気女装パーティか!?
とか。
そんなの、イヤ過ぎる……!
「大丈夫」
妙な確信と断言をもって、レディ・アーテュラスは決めつける。
「念入りにお化粧して、可愛いカツラをかぶれば、案外誰が誰だか、ぜんぜん分からないものよ。それに殿方ってね、どうしようもなくそういうことには疎いものなの。パパなんて、わたくしがお化粧変えても髪型変えても新しいドレスを着ても、全っ然、気付いても下さらないのよ? ママはいつも綺麗だね、とかばっかり。んもう、くやしいったら」
「すかさずのろけるんですね。でも、無理だと思います。僕にはできません」
ニコルは丁重に断った。口の端を引きしめる。
レディ・アーテュラスはニコルの眼を見た。静かに手を取る。
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