私を食べて

春夜夢(syam)

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宮食蓮の話(大事な人)

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 いつも彼女との会話は唐突な内容から始まる。
「車買ったんだよね。」
「突然だね。そもそも免許持ってるの?」
「実は持ってるの。言ってなかったけどね。」
彼女が突発的に動くのに慣れていた僕は、正直さほど驚かなかった。
「知ってる?次のデート、記念すべき『first anniversary』だよ。」
彼女の誇張した発音に僕はクスッと笑う。
確かに僕たちが出会って1年ぐらい経つ。
「というわけで、次のデートはドライブデートにします。」
「そのために車を?」
「そうだよ。いつか彼氏とドライブデートしたいなって思ってたんだよね。でも蓮全然車買わないじゃん。」
いつしか彼女は僕のことを蓮と呼ぶようになっていた。
「免許持ってないからね。」
彼女はいつも通り大袈裟に驚いた。そして僕に免許を取るように言った。
「一人だけで運転するの大変だもん。」

 それから一ヶ月後、僕は運転免許を取得した。
彼女の念願のドライブデート。行き先は隣の県。ちょうど紅葉の季節。
「何日くらいかけて行くの?」
「一泊二日だよ。」
思えば初めての泊りがけの旅行だ。
実際僕たちは大学生。時間は有り余っていた。

 旅行当日、僕たちは普段通り一緒の家から出発した。初の泊りがけの旅行とは言え、同じ家に住んでいるので緊張は全くなかった。
最初は彼女の運転。1時間くらいは平坦な道で会話も弾んだ。車を運転していても彼女のハイテンションは変わらなかった。車内に流れる陽気な音楽とともに僕もいつしかハイテンションになっていた。
彼女はいつもの明るい笑顔で笑っている。
「運転するの好きなの?」
「蓮といるから楽しいんだよ。」
彼女は自然と僕を照れさせるようなことを言ってくる。そしてまたニッと笑う。

 山に入る前に運転を交代した。山道を走るのは楽しかった。自分が解放された感覚になる。
「蓮、運転すると人が変わるタイプだね。」
彼女に話しかけられるとまたいつもの僕に戻る。彼女の声は僕を強く惹き寄せる。会話の主導権を彼女に握られる。それからしばらく彼女の冗談に振り回された。
ひとしきり喋った後彼女は眠ってしまった。昨日の夜はしゃいでいたからだろう。
彼女が隣で寝ている。彼女の寝顔を見る。そんな単純な行動、普通の空間、一瞬の時間が幸せだった。

 しばらくして彼女が目を覚ました。彼女は泣いていた。僕はびっくりして彼女を見た。
「怖い夢でも見たの?」
僕が聞くと彼女は静かに頷いた。
「蓮がいなくなっちゃう夢。」
静かに泣いた後、彼女は僕を見つめて言った。
「蓮は私より先に死なないでね。」
彼女は時々見せる真剣な表情をしていた。僕は「約束するよ。」と言った後、彼女を強く抱きしめた。

 しばらくして今日泊まる予定のホテルに着いた。ホテルと言うよりは歴史のある旅館。
まだ日が暮れる前だったので、彼女と紅葉を見に行くことにした。名所までの山道を登る。
その最中に事件は起こった。
突然の落石。20センチくらいの石が突如僕の頭の上に降ってきた。僕は咄嗟に身構えた。世界がゆっくり流れていた。
「人間が死ぬのって呆気ないんだな。」
突如僕は突き飛ばされた。倒れた僕は、僕を庇って落石に当たった彼女を見た。彼女は腕から血を流していた。僕は思わず駆け寄った。落ちてきた石を腕で受けたのだろう。腕以外は無傷だった。それでも腕からは大量の血が流れていた。切れるというよりはえぐれるような傷だった。
「大丈夫?」
彼女はそんな大怪我にもかかわらず僕の心配をした。
「大丈夫って、琴音の方が怪我してるよ…。」
僕は動揺しながら彼女に駆け寄った。僕の心配なんかより自分の心配をするべきだ。
「けが大丈夫?」
彼女はいつも自分のことを後回しにする癖がある。
「大丈夫だよ。私が再生するの知ってるでしょ。」
「知ってるけど…。もっと自分のことを大事にしてよ。」
僕は半分泣きながら彼女を見て言った。
彼女は僕を見ると静かに笑った。
「私は自分のためにも連を助けたんだよ。私の傷はいつでも治るでしょ。」
「それでも…。」
「こんな傷の痛みなんかよりも、蓮がいなくなっちゃうことのほうがつらくて痛い。」
そしてまた彼女は真剣な顔で僕を見た。
「私よりも先に死なないでね。」
彼女はまた同じことを言った。
彼女の腕はもうすっかり治っていた。僕は彼女を強く抱きしめた。

 宿に戻ると彼女は、夜ご飯を食べた後すぐに寝てしまった。彼女は最近よく眠るようになった。
「心配しなくても大丈夫。」
彼女は僕を見つめて笑った。なぜか今日の彼女の笑顔は、僕を不安な気持ちにさせた。何かを隠しているような。取り繕っているような笑顔だった。僕は彼女の目を見つめた言った。
「琴音が僕を心配するのと同じぐらい、僕も琴音のことが心配なんだよ。」
彼女は僕の言葉に嬉しそうに笑った。ぼくも彼女を見て笑った。幸せな時間だった。
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