星屑ロボット

ながやん

文字の大きさ
19 / 20

第19話「星に願いを、月に祈りを」

しおりを挟む
 人類を襲った未曾有みぞうの天災、ムーンフォールダウンから三年が経過した。
 そして、ヴィルは知っている。
 あの大災害が、天災ではなく人災だということを。
 第三世代型だいさんせだいがたのロボットが再び反乱を起こし、集団で外宇宙へと出ていった。それは二重の意味で人災だ。そこまで彼等を追い込んだ人間のもたらしたわざわいであり……当事者たる第三世代型のロボットはもう、人間と何ら変わらない存在だったから。

「お兄ちゃんっ、この先だよ! 今度こそ……うん、今度こそ当たりだよっ!」

 今、ヴィルは高山の薄い空気を己に出し入れしながら歩く。
 先を進むリーラは、この過酷な環境を気にした様子がない。当然だ……彼女の肉体は三年前から、第三世代型ロボットの屈強な身体機能のままで維持されているのだ。
 あの日から、リーラは歳も取らず、病気とも無縁だ。
 一人の第三世代型ロボットの少女が、不治ふじやまいに沈んでいたリーラを救ったのだ。

「リーラ、あまり急いで走らないで。転ぶよ?」
「平気だよっ、お兄ちゃん! あたし、予感してる……直感なの! 今日こそ当たり、大当たりだよ!」

 それだけ言って、リーラは走って行ってしまった。
 けわしい山道は、デスクワークで鈍ったヴィルにはこたえる。
 三年前、人類は存亡の危機を乗り越えた。
 そして、人類を救った存在をヴィルとリーラだけが知っている。一人の少女が、見目麗みめうるわしいメイドロボットという姿を捨ててまで、人類を救ってくれたのだ。
 ヴィルの父が残した、パンドラ・プロジェクトの真実。
 その結果として、今の元気なリーラの姿があるのだ。

「社長っ、急いだ方がいいッスよ! 今回は自分も、妙な予感があるスから!」

 背後では、アフリカの山奥を歩くのに必要な装備一式を背負ったロボットの姿がある。女性型の第四世代型だいよんせだいがたで、ずっと前からヴィルと親しい仲だ。
 以前につとめていた会社で一緒だった、リウスである。
 二人の兄の死と同時に、父の財産と事業を継がざるを得なかったヴィルにとって、彼女はとても頼もしい味方で相棒だ。

「君もそう思うのかい? リウス」
勿論もちろんッス! 自分、社長の秘書兼、運転手兼、後輩で友人スから!」
「はは、嬉しいね。でも……その、社長ってのはやめない?」
「今の社長は自分の上司、自分がお守りするべき人間ッス! 以前みたいに先輩と気安く呼べないッスよ! ……で、でも、そう呼べと命令してくれたら、その、エヘヘ」
「じゃあ、業務命令。昔みたいに先輩って呼ぶか、そうだな……名前でヴィルと呼ばれてもいいな」
「アッー! そこはほら、ほれほれ、うんうん……せ、先輩で」

 大荷物の重さが嘘のように、リウスは軽快な足取りだ。
 そして、彼女をからかいながらヴィルも山道を歩く。
 結局、月の利権を含む多くの父の遺産を、ヴィルだけが相続することになった。謹んで辞退したかったのだが、父の会社が後継者不在となると、困る人が沢山出てくる。
 結局、莫大な富を得て名ばかりの社長をやっている。
 ヴィルの仕事は三つだけだ。
 人材育成に力を入れて、近いうちに会社を渡せる人材を確保する。
 それまで真面目に会社の利益を守って、決済の必要な書類にサインをする。
 そして……三年前に別れた大事で大切な人を探すことだ。

「こないだのアラスカのあれ、酷かったッスよね」

 リウスは隣を歩きながら、過去を思い出す。
 先月もヴィルは、こうして辺境の土地で愛しい者の姿を探していた。
 この三年間、ずっと。
 莫大な富の、その数万分の一を自由にしていいと言われた時……それしか思いつかなかった。他にやりたいことはなかったし、そのための手段に使える財産には感謝している。
 だが、集めた少ない情報の全てが、空振りに終わった。
 ヴィルが探し求める女性の行方は、ようとして知れないのだ。

「今回の情報には信憑性があるよ、リウス」
「そうッスか?」
「君達ロボットは頭がいいからね。この連絡をくれた天文台の責任者は、君と同じ第四世代型ロボットだ。期待してるよ」

 先日、とある天文台が観測した。
 降り注ぐ隕石の中に、不自然なものを見つけたと。
 自然落下するデブリでもない、その物体は……。落下に近い形だが、着陸したのだ。
 それが今、ヴィルが進むアフリカの山奥なのだ。

「この三年、あらゆる落下物を追いかけた。だが、その全てが空振りだったな」
「地球の周囲は今、無数のデブリに覆われてるスから。研究者の間では、あと半世紀もすれば地球に輪っかができるそうッスよ。木星や土星みたいに」
「それは困るな……オービタルリングで働いてる人もいるし、邪魔だよ」
「同感ッスけどね。まあ、それもこれも人間様がやることでして……ニシシ」

 そんな事を話していると、緑に覆われた山道が突然開けた。
 そして、ヴィルの視線の向こうでリーラが振り返る。
 彼女の前には今、長い長いわだちがあった。
 そして、それを大地に刻み付けた巨体が見えた。
 瞬間、言葉にならない想いが辛うじて愛しい名をかたどる。

「見つけたよ……おかえり、ティア」

 その名をつぶやくヴィルは、気付けば走り出していた。
 この三年間、ずっと探していた。
 それは間違いなく、あの時に落下する月を食い止めてくれたティアだった。愛しい姿をリーラにゆずって、本来の姿である強力無比な破壊の化身けしんになった……そして、人類と地球を救って力尽きた愛する少女だった。

「お兄ちゃん……見つけたよ? ティアだよ……これ、ううん、この人……ティアだよ」
「ああ」

 震えるリーラを追い越し、ヴィルはティアに駆け寄る。
 全高10mを超える無骨な巨大ロボットが身を横たえている。
 墜落ついらくしてこの場所で動かなくなったのだ。
 リーラと共に駆け寄り、その身体に触れる。重装甲で硬い表面は黒焦げで、酷く冷たい。この場所に落下してから、すでに一週間が経過していた。
 だが、ティアは帰ってきた。
 どんな姿になっても、どんなに時間をかけても……帰ってきたのだ。
 ヴィルは突っ伏すティアの頭部へと駆け寄り、呼びかける。

「ティア、僕だ、ヴィルだ。わかるかい? 返事をしておくれ、ティア」

 ヴィルの声に、沈黙していた巨体が身震いする。
 頭部にぼんやりと、弱々しい一つ目の光がともった。
 その視線が自分を向いたので、ヴィルは思わず抱き付いてしまう。

「……ヴィル、様?」
「そうだよ、ようやく見つけた……お礼を言わせてくれ。ありがとう、ティア。人類を、僕を……何より、妹のリーラを守ってくれて」

 表情はないのに、瞳の光が優しく明滅した。
 ヴィルと話すこともつらそうにティアが返事をしてくれる。

「ヴィル、様……リーラ様、は」
「君のボティをもらった。第三世代型のボティに記憶と人格を移し替えたことで、リーラは生きてる。さ、触れて感じて……これが、君が用意してくれた僕達の未来だ」

 リーラがティアに触れる。
 昔ティアのものだった手が、今のティアをでる。
 人間と全く同じ機能を持つ、第三世代型ロボットのボディ……それを得て病魔と決別したリーラが泣いていた。そう、第三世代型のロボットは泣くことができる。

「ティア……ばか、ばかばか、ばかぁ!」
「リーラ、様」
「勝ち逃げって、ずるいよ! そんなのあたし、嬉しくない! けど、けどっ! ありがとう……こんなになるまで、ありがとう。こんなになってまで、帰ってきてくれて……」
「あ、ああ……私、帰って、きたん、で、すね?」

 ヴィルもこみ上げる涙を抑えきれなかった。

「ああ! そうだとも。そうさ……おかえり、ティア」
「ただいま、もど、り、ました。ヴィル、様。リーラ様も、それと、リウス、様」

 荷物を降ろして作業を始めていたリウスが、手を止める。
 情のない第四世代型、見るからにロボットという顔を彼女はわずかに歪めた。そう見えただけだが、彼女は消え入りそうな光のティアの視線にうなずいた。
 そして、ティアの声がどんどん小さく弱くなってゆく。

「ヴィル、様……ごめん、なさい。おつき、さま……すこし、わっちゃい、ました」
「いいんだ! あんなの、ただの石ころさ。そうさ……僕はね、ティア。月の裏の資源採掘権を手放す予定なんだ。公共の利益に使うこと、全ての国が平等に恩恵に預かることを条件に管理団体を作る。それと……地球に残った僅かな第三世代型の、その権利と保護のために」
「あ、ああ……ヴィル、さま。なんて、おやさ、しい……そんな、ヴィ、ル、さま、が」

 ティアの声が不鮮明になってゆく。
 リーラも必死に呼びかけるが、その返事はもう消え入るようにか細い。

「リウス、急いでくれ!」
「超特急でやってるッス! 今すぐ準備ができるスから!」
「ティア、いいかい? よく聞いてくれ、時間がなさそうだ。今から君を――ティア?」

 頭部の一つ目が点滅している。
 その間隔がどんどん長くなり、徐々に光は小さくなっていった。

「ヴィル、さま……リーラ、さま、と……どう、か……おし、あわ、せ……に……」
「ティア! ……駄目だよ、ティア! 君がそんな最期でいいものか」

 だが、返事は戻らない。
 あの月すら押し返す力を発揮した、鋼鉄の巨人は動かなくなった。
 泣きじゃくるリーラにしがみつかれながら、ヴィルも呆然ぼうぜんと立ち尽くす。
 リウスだけがただ、せっせと手を動かして作業を続けているだけだった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました

由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。 尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。 けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。 そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。 再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。 一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。 “尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。 静かに離婚しただけなのに、 なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。

忘れ去られた婚約者

かべうち右近
恋愛
『僕はレベッカしか選ばない』 甘い声音でそう話したはずの王太子サイラスは、レベッカを忘れてしまった。 レベッカは、王太子サイラスと付き合っていることを、ある事情により隠していた。舞踏会で関係を公表し、婚約者に指名される予定だったのに、舞踊会の夜にサイラスは薬を盛られて倒れ、記憶喪失になってしまう。 恋人が誰なのかわからないのをいいことに、偽の恋人が次々と名乗りをあげ王太子の婚約者の座を狙ってくる。おかげで不信に陥ったサイラスに、レベッカは自分が恋人だと名乗り出せなくなってしまった。 サイラスの記憶喪失を解消するため、薬師兼魔女であるレベッカは恋人であることを隠しながら、事件調査を協力することになった。そうして記憶が戻らないまま二人の距離は再び近づいていく。だが、そんなおりにサイラスの偽の恋人を名乗りでた令嬢たちが、次々と襲われる事件も起き始めて……!? ※他のサイトにも掲載しています。 毎日更新です。

処理中です...