12 / 23
第12話「真実の頸城」
しおりを挟む
ソロモニアに激震が走った。
それは、地中深くの祭終迷宮ディープアビスへも及んだ。
新聞の夕刊が飛ぶように売れ、ブレイブマートに訪れた冒険者達は動揺も顕だった。冒険を切り上げる者、情報を交換する者で店内がごったがえす。
ヨシュアは仲間達と共に、客達の対応に奔走することになった。
忙しさはいい……再び訪れた世界の危機も、気になるリョウカの秘密も忘れさせてくれる。そんなこんなで、ようやく静けさが訪れた時には、とっぷり日が暮れていた。
「ヨシっち、どっちがいいスか?」
生活スペースに戻ったヨシュアは、リビングでぼんやりとしていた。
振り返ると、レギンレイヴがいつものジト目で見詰めてくる。
「どっち、って」
「こっちがドラカツ弁当、こっちが鳥走竜の南蛮風唐揚げ丼スね」
「ああ、飯か……」
「飯か、じゃないスよ。……ヨシっち、疲れてるんスか?」
確かに疲労困憊だが、泣けてくるほどじゃない。
世界が平和を取り戻したのが、まだ一週間とちょっと前だ。つまり、それだけの時間しかソロモニアに平穏は訪れなかったのである。
世界はまた、未知の脅威によって恐怖に沈んだ。
そして、それを解き放ったのはヨシュアなのだ。
名乗らず去った、漆黒の十二翼……奴が恐らく、新たな魔王だ。
だが、俯くヨシュアの背をバシバシと叩いて、レギンレイヴは向かいに座る。彼女は目元も険しく思い悩んだ挙げ句、ドラカツ弁当をヨシュアに差し出した。ドラゴンのカツレツは、スタミナ満点でジューシーな人気メニューである。
今夜もこうして、賞味期限を半時間程過ぎた弁当が夕食になった。
「ほら、ヨシっち! 腹が減っては戦はできぬ、ッスよ」
「戦……また戦いが始まるのか? なら、俺は。今なら、俺は」
「あ、自分はパスで。ぶっちゃけ、この店の経営も軌道に乗ったし、そろそろ帰りたいスね」
レギンレイヴは淡白な言葉を続けながら、鳥走竜の肉をパクついた。
彼女は以前から、元いた世界に戻りたいと言ってきた。だが、それを保留してきたのは、彼女がワルキューレだからだ。異世界の戦乙女は、主神オーディンの住むヴァルハラへと、勇者の魂を連れ帰るのが使命である。
そのことを思い出したのか、レギンレイヴはスプーンを止めて溜息を零した。
「なーんか、すっごい勇者の魂を感じたんスけど……自分の勘違いだったかもスねえ」
「そ、そうか。……そうだよな。勘違いであってほしいよ、俺も」
「……なんでそんなこと言うんスか」
「あ……わ、悪ぃ、レギンにとっては大事な仕事だもんな」
「そゆ意味じゃないス、まったく!」
レギンレイヴは不機嫌になってしまって、カカカッと白米をかっこんだ。
だが、彼女が言うように勇者の魂などこの場にはいない……その少女はまだ死んでないし、勇者なんかな筈がない。ポジティブでラジカルな女の子だが、本当に普通の娘なのだ。
その娘が、このコンビニエンスストア、ブレイブマートを迷宮の奥深くに作った。
行き来する冒険者に寄り添い、昼も夜も営業し続けるよろづ屋である。
そう、リョウカが勇者である筈がない。
神が召喚せし勇者はトモキという少年で、魔王アモンを倒して自分の世界であるトウキョウへ帰ったのだ。
「……自分、今まで色んな勇者を見てきたッスよ。皆、大義の元に戦い、力尽きて骸になった……あるいは、最期を悟った時に自分の言葉を聞いてくれた。ヴァルハラに来てくれたッスよ。だから」
ドン! と空っぽになった器を置いて、レギンレイヴがじっと見詰めてきた。
三白眼気味な瞳に今、情けない顔のヨシュアが映っている。
彼女は意を決したように、珍しく熱のこもった言葉を投げかけてくる。
「自分には、ヨシっちが勇者に見えたッス」
「……は? いや、俺は……魔力もないし」
「まさか、自分の住むアースガルズへ干渉して、この異世界ソロモニアに召喚する……そんなとんでもないことを成し遂げる人間がいるとは思わなかったスよ」
そう言ってレギンレイヴは、珍しく表情を和らげた。
いつも平坦な、どこか不機嫌そうな顔をしている彼女が、笑ったのだ。
「どれだけの研鑽を積んだスか? どれほどまでに学んで調べ、孤独の中で戦ってきたか……自分にはわかるッス。ほら、自分は超絶敏腕ワルキューレなんスから」
「……買いかぶりすぎだぜ、そりゃ」
「ヨシっち、今……リョウカっちがもしや、異世界から来た勇者じゃないかって思ってるスね? そして、再び世界に敵が……絶対の敵対者が現れた。だから、悩んでるんスよ」
図星だ。
今のヨシュアを、不安と高揚感が支配している。
グチャグチャに入り交じる想いは、夢と野望、恐怖と怯えに彩られている。
自分だけの力、召喚術を手に入れたその時には……世界は勇者トモキに救われていた。そしてヨシュアは『誰にでもできる簡単なお仕事』と言われて、このコンビニに来たのである。
妹が探してきてくれた仕事だから、それもある。
だが、どこか心の中で安堵していたのだ。
命懸けの冒険をする必要がない、と。あの日初めて、セーレを召喚するために自分の命を使った。七十二柱の魔神が、ヨシュアをいらないと言えば……あの時、死んでいたのだ。
それを思い出せば、今でも震えが止まらない。
なのに、先日また死にかけた時に、仲間のために召喚術を使った。
その時、ヨシュアは平和の訪れたこのソロモニアに、さらなる危機を呼び込んだのだ。
「……なあ、レギン」
「なんスか?」
「お前の言うヴァルハラってさ」
「修練の時間は一日六時間、土日祝日の休みの他に、毎月一週間の有給休暇が出るッス。でも、終末戦争の時には……死して尚、命を賭して巨人族と戦ってもらうスよ」
「なら」
「今のヨシっちはお呼びじゃないスよ。……今はもう、勇者には見えないスから」
身を切るような言葉だった。
そして、その鋭い断言は、言い放ったレギンレイヴさえも切り裂いたように思える。
だが、そんな二人の話に割って入る声があった。
「ちょっとレギン! 今の話……本当? ねえ、そのヴァルハラって……勇者ならその条件で、えっと、アースガルズ? レギンの世界に連れてってもらえるのよね!」
ダイニングに現れたのは、シレーヌだ。
彼女の瞳は、片眼鏡の奥で不安げに潤んでいる。
そして、彼女は少しためらったが、ヨシュアに真実を突きつけた。
「リョウカは、勇者……あのトモキってのと一緒に来た、異世界トウキョウより神が召喚した勇者よ」
「シレーヌ、お前……え、つまり」
「そう、勇者は二人いたの。男の勇者と、女の勇者。そして……もう、リョウカはトウキョウには帰れない、と、思う。そればかりか、今」
再び世界に暗雲が垂れ込めていた。
そんな時、人は無責任に英雄を求める。
セーレ達のような古の神々が去ったあとで、今の神は救いの手を差し伸べた。
誰もが求めて欲する英雄、勇者を異世界から連れてきてくれたのだ。
それが、トウキョウから来たトモキ……そして、リョウカ。
今にも泣き出しそうなシレーヌは、必死に言葉を絞り出そうとしていた。そして、ヨシュアは察した……自分と同じことを思いついたのだと。
リョウカを、レギンレイヴのいた世界、アースガルズのヴァルハラに逃がせないかと。
彼女がどうして歴史の表舞台に出てこないのか、どうしてまだこのソロモニアにいるのか……それはわからない。だが、これからのことは嫌というほど想像がつく。
リョウカは各国の王によって、正義の戦いへと引きずり出されるのだ。
「お願い、レギン……リョウカはもう、十分に戦った! あたしの村を救ってくれたもの! トモキは、そりゃ、勇者よ。この世界を、あらゆる国を救ったわ。でも……でもっ!」
「シレっち……悪いんスけど、それを決めるのはリョウカっちスよ。自分はスカウトはするんスけど、勇者の……気高き勇者の魂の、その自由意志こそが大事なんス」
「……わかってるわよ。あの娘、絶対にレギンの誘いを断るわ……だって!」
それ以上もう、シレーヌは話すことができなくなった。両の拳を握って、その場で立ち尽くしてしまう。床にぽたりと、彼女の涙が零れた。
どうしてシレーヌが、異様に、ある種異常にリョウカに心酔してるかがわかった。彼女自身が、母国に切り捨てられた村の出身だったのだ。
だが、彼女にとっての本当の勇者、救世主はもうすぐ連れていかれるかもしれない。
そのことを告げに来た人物が、店の方から現れた。
「やあ、お邪魔するよ? ……シレーヌ、ゴメン。今日はオレ、リョウカやお前のかつての仲間としてじゃない……円卓会議の遣いとしてやってきたんだ」
現れたのは、シオンだ。
その隣には、両手いっぱいに廃棄のサンドイッチを抱えたリョウカが立っている。
彼女の澄んだ瞳を、どこか悲壮感さえ感じる微笑みにヨシュアは胸が痛んだ。
シレーヌは耐えきれなくなって、リョウカに抱き着いてしまう。
シオンは、苦虫を噛み潰すような顔で自分の仕事内容を告げた。
「各国の王で構成される円卓会議は、勇者トモキを使ってこの世界を、全ての国を救った。でも、その影で民を守ってきたのは、リョウカだ。だからオレは、トモキのパーティじゃなくてリョウカを選んだ。シレーヌも一緒さ」
「そ、そうか、じゃあ」
「ああ。リョウカは影の勇者……決して歴史に記されず、誰も知らない本当の勇者さ」
魔王アモンに怯えた王達は、神が遣わした二人の勇者に狂喜乱舞した。そして、各々に自分の国を守るよう懇願したのだ。やがて、勇者のバックアップを目的とした超法規的組織……国家の利害を超えた円卓会議が結成される。
だが、すぐにリョウカは王達のやり方に異論を唱えた。
そのことを、泣きつくシレーヌの髪を撫でながらリョウカは語り出す。
「わたし、トモ君と違ってバカだから……大局を見よとか、大事の前の小事だとか……犠牲はつきものっての、わからないんだ。ただ、救いを求めてる人達が沢山いた」
「だから、お前は……」
「うん。でも、多分ヨシ君だって同じことを選択するんじゃないかなあ。本当はきっと、トモキ君も。シオンやシレーヌもね、そう思ってくれた。だからトモキ君に世界を任せて、わたしは小さな村々や各都市を守るために戦ったの」
そして、リョウカは笑った。
笑顔で、円卓会議の招聘に応じると言ったのだ。
ヨシュアには、止める言葉が出てこなかった。一緒に行くとさえ、言えなかったのだ。ようやく見つけた自分の居場所、ブレイブマートに暗い影が差し始めていた。
それは、地中深くの祭終迷宮ディープアビスへも及んだ。
新聞の夕刊が飛ぶように売れ、ブレイブマートに訪れた冒険者達は動揺も顕だった。冒険を切り上げる者、情報を交換する者で店内がごったがえす。
ヨシュアは仲間達と共に、客達の対応に奔走することになった。
忙しさはいい……再び訪れた世界の危機も、気になるリョウカの秘密も忘れさせてくれる。そんなこんなで、ようやく静けさが訪れた時には、とっぷり日が暮れていた。
「ヨシっち、どっちがいいスか?」
生活スペースに戻ったヨシュアは、リビングでぼんやりとしていた。
振り返ると、レギンレイヴがいつものジト目で見詰めてくる。
「どっち、って」
「こっちがドラカツ弁当、こっちが鳥走竜の南蛮風唐揚げ丼スね」
「ああ、飯か……」
「飯か、じゃないスよ。……ヨシっち、疲れてるんスか?」
確かに疲労困憊だが、泣けてくるほどじゃない。
世界が平和を取り戻したのが、まだ一週間とちょっと前だ。つまり、それだけの時間しかソロモニアに平穏は訪れなかったのである。
世界はまた、未知の脅威によって恐怖に沈んだ。
そして、それを解き放ったのはヨシュアなのだ。
名乗らず去った、漆黒の十二翼……奴が恐らく、新たな魔王だ。
だが、俯くヨシュアの背をバシバシと叩いて、レギンレイヴは向かいに座る。彼女は目元も険しく思い悩んだ挙げ句、ドラカツ弁当をヨシュアに差し出した。ドラゴンのカツレツは、スタミナ満点でジューシーな人気メニューである。
今夜もこうして、賞味期限を半時間程過ぎた弁当が夕食になった。
「ほら、ヨシっち! 腹が減っては戦はできぬ、ッスよ」
「戦……また戦いが始まるのか? なら、俺は。今なら、俺は」
「あ、自分はパスで。ぶっちゃけ、この店の経営も軌道に乗ったし、そろそろ帰りたいスね」
レギンレイヴは淡白な言葉を続けながら、鳥走竜の肉をパクついた。
彼女は以前から、元いた世界に戻りたいと言ってきた。だが、それを保留してきたのは、彼女がワルキューレだからだ。異世界の戦乙女は、主神オーディンの住むヴァルハラへと、勇者の魂を連れ帰るのが使命である。
そのことを思い出したのか、レギンレイヴはスプーンを止めて溜息を零した。
「なーんか、すっごい勇者の魂を感じたんスけど……自分の勘違いだったかもスねえ」
「そ、そうか。……そうだよな。勘違いであってほしいよ、俺も」
「……なんでそんなこと言うんスか」
「あ……わ、悪ぃ、レギンにとっては大事な仕事だもんな」
「そゆ意味じゃないス、まったく!」
レギンレイヴは不機嫌になってしまって、カカカッと白米をかっこんだ。
だが、彼女が言うように勇者の魂などこの場にはいない……その少女はまだ死んでないし、勇者なんかな筈がない。ポジティブでラジカルな女の子だが、本当に普通の娘なのだ。
その娘が、このコンビニエンスストア、ブレイブマートを迷宮の奥深くに作った。
行き来する冒険者に寄り添い、昼も夜も営業し続けるよろづ屋である。
そう、リョウカが勇者である筈がない。
神が召喚せし勇者はトモキという少年で、魔王アモンを倒して自分の世界であるトウキョウへ帰ったのだ。
「……自分、今まで色んな勇者を見てきたッスよ。皆、大義の元に戦い、力尽きて骸になった……あるいは、最期を悟った時に自分の言葉を聞いてくれた。ヴァルハラに来てくれたッスよ。だから」
ドン! と空っぽになった器を置いて、レギンレイヴがじっと見詰めてきた。
三白眼気味な瞳に今、情けない顔のヨシュアが映っている。
彼女は意を決したように、珍しく熱のこもった言葉を投げかけてくる。
「自分には、ヨシっちが勇者に見えたッス」
「……は? いや、俺は……魔力もないし」
「まさか、自分の住むアースガルズへ干渉して、この異世界ソロモニアに召喚する……そんなとんでもないことを成し遂げる人間がいるとは思わなかったスよ」
そう言ってレギンレイヴは、珍しく表情を和らげた。
いつも平坦な、どこか不機嫌そうな顔をしている彼女が、笑ったのだ。
「どれだけの研鑽を積んだスか? どれほどまでに学んで調べ、孤独の中で戦ってきたか……自分にはわかるッス。ほら、自分は超絶敏腕ワルキューレなんスから」
「……買いかぶりすぎだぜ、そりゃ」
「ヨシっち、今……リョウカっちがもしや、異世界から来た勇者じゃないかって思ってるスね? そして、再び世界に敵が……絶対の敵対者が現れた。だから、悩んでるんスよ」
図星だ。
今のヨシュアを、不安と高揚感が支配している。
グチャグチャに入り交じる想いは、夢と野望、恐怖と怯えに彩られている。
自分だけの力、召喚術を手に入れたその時には……世界は勇者トモキに救われていた。そしてヨシュアは『誰にでもできる簡単なお仕事』と言われて、このコンビニに来たのである。
妹が探してきてくれた仕事だから、それもある。
だが、どこか心の中で安堵していたのだ。
命懸けの冒険をする必要がない、と。あの日初めて、セーレを召喚するために自分の命を使った。七十二柱の魔神が、ヨシュアをいらないと言えば……あの時、死んでいたのだ。
それを思い出せば、今でも震えが止まらない。
なのに、先日また死にかけた時に、仲間のために召喚術を使った。
その時、ヨシュアは平和の訪れたこのソロモニアに、さらなる危機を呼び込んだのだ。
「……なあ、レギン」
「なんスか?」
「お前の言うヴァルハラってさ」
「修練の時間は一日六時間、土日祝日の休みの他に、毎月一週間の有給休暇が出るッス。でも、終末戦争の時には……死して尚、命を賭して巨人族と戦ってもらうスよ」
「なら」
「今のヨシっちはお呼びじゃないスよ。……今はもう、勇者には見えないスから」
身を切るような言葉だった。
そして、その鋭い断言は、言い放ったレギンレイヴさえも切り裂いたように思える。
だが、そんな二人の話に割って入る声があった。
「ちょっとレギン! 今の話……本当? ねえ、そのヴァルハラって……勇者ならその条件で、えっと、アースガルズ? レギンの世界に連れてってもらえるのよね!」
ダイニングに現れたのは、シレーヌだ。
彼女の瞳は、片眼鏡の奥で不安げに潤んでいる。
そして、彼女は少しためらったが、ヨシュアに真実を突きつけた。
「リョウカは、勇者……あのトモキってのと一緒に来た、異世界トウキョウより神が召喚した勇者よ」
「シレーヌ、お前……え、つまり」
「そう、勇者は二人いたの。男の勇者と、女の勇者。そして……もう、リョウカはトウキョウには帰れない、と、思う。そればかりか、今」
再び世界に暗雲が垂れ込めていた。
そんな時、人は無責任に英雄を求める。
セーレ達のような古の神々が去ったあとで、今の神は救いの手を差し伸べた。
誰もが求めて欲する英雄、勇者を異世界から連れてきてくれたのだ。
それが、トウキョウから来たトモキ……そして、リョウカ。
今にも泣き出しそうなシレーヌは、必死に言葉を絞り出そうとしていた。そして、ヨシュアは察した……自分と同じことを思いついたのだと。
リョウカを、レギンレイヴのいた世界、アースガルズのヴァルハラに逃がせないかと。
彼女がどうして歴史の表舞台に出てこないのか、どうしてまだこのソロモニアにいるのか……それはわからない。だが、これからのことは嫌というほど想像がつく。
リョウカは各国の王によって、正義の戦いへと引きずり出されるのだ。
「お願い、レギン……リョウカはもう、十分に戦った! あたしの村を救ってくれたもの! トモキは、そりゃ、勇者よ。この世界を、あらゆる国を救ったわ。でも……でもっ!」
「シレっち……悪いんスけど、それを決めるのはリョウカっちスよ。自分はスカウトはするんスけど、勇者の……気高き勇者の魂の、その自由意志こそが大事なんス」
「……わかってるわよ。あの娘、絶対にレギンの誘いを断るわ……だって!」
それ以上もう、シレーヌは話すことができなくなった。両の拳を握って、その場で立ち尽くしてしまう。床にぽたりと、彼女の涙が零れた。
どうしてシレーヌが、異様に、ある種異常にリョウカに心酔してるかがわかった。彼女自身が、母国に切り捨てられた村の出身だったのだ。
だが、彼女にとっての本当の勇者、救世主はもうすぐ連れていかれるかもしれない。
そのことを告げに来た人物が、店の方から現れた。
「やあ、お邪魔するよ? ……シレーヌ、ゴメン。今日はオレ、リョウカやお前のかつての仲間としてじゃない……円卓会議の遣いとしてやってきたんだ」
現れたのは、シオンだ。
その隣には、両手いっぱいに廃棄のサンドイッチを抱えたリョウカが立っている。
彼女の澄んだ瞳を、どこか悲壮感さえ感じる微笑みにヨシュアは胸が痛んだ。
シレーヌは耐えきれなくなって、リョウカに抱き着いてしまう。
シオンは、苦虫を噛み潰すような顔で自分の仕事内容を告げた。
「各国の王で構成される円卓会議は、勇者トモキを使ってこの世界を、全ての国を救った。でも、その影で民を守ってきたのは、リョウカだ。だからオレは、トモキのパーティじゃなくてリョウカを選んだ。シレーヌも一緒さ」
「そ、そうか、じゃあ」
「ああ。リョウカは影の勇者……決して歴史に記されず、誰も知らない本当の勇者さ」
魔王アモンに怯えた王達は、神が遣わした二人の勇者に狂喜乱舞した。そして、各々に自分の国を守るよう懇願したのだ。やがて、勇者のバックアップを目的とした超法規的組織……国家の利害を超えた円卓会議が結成される。
だが、すぐにリョウカは王達のやり方に異論を唱えた。
そのことを、泣きつくシレーヌの髪を撫でながらリョウカは語り出す。
「わたし、トモ君と違ってバカだから……大局を見よとか、大事の前の小事だとか……犠牲はつきものっての、わからないんだ。ただ、救いを求めてる人達が沢山いた」
「だから、お前は……」
「うん。でも、多分ヨシ君だって同じことを選択するんじゃないかなあ。本当はきっと、トモキ君も。シオンやシレーヌもね、そう思ってくれた。だからトモキ君に世界を任せて、わたしは小さな村々や各都市を守るために戦ったの」
そして、リョウカは笑った。
笑顔で、円卓会議の招聘に応じると言ったのだ。
ヨシュアには、止める言葉が出てこなかった。一緒に行くとさえ、言えなかったのだ。ようやく見つけた自分の居場所、ブレイブマートに暗い影が差し始めていた。
0
あなたにおすすめの小説
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~
宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。
転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。
良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。
例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。
けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。
同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。
彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!?
※小説家になろう様にも掲載しています。
第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。
黒ハット
ファンタジー
前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。
大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!
古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。
その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。
『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』
昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。
領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。
一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――
幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~
二階堂吉乃
恋愛
同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。
1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。
一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる