コンビニコンビの祭終迷宮《エクスダンジョン》

ながやん

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第12話「真実の頸城」

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 ソロモニアに激震が走った。
 それは、地中深くの祭終迷宮エクスダンジョンディープアビスへもおよんだ。
 新聞の夕刊が飛ぶように売れ、ブレイブマートに訪れた冒険者達は動揺もあらわだった。冒険を切り上げる者、情報を交換する者で店内がごったがえす。
 ヨシュアは仲間達と共に、客達の対応に奔走ほんそうすることになった。
 忙しさはいい……再び訪れた世界の危機も、気になるリョウカの秘密も忘れさせてくれる。そんなこんなで、ようやく静けさが訪れた時には、とっぷり日が暮れていた。

「ヨシっち、どっちがいいスか?」

 生活スペースに戻ったヨシュアは、リビングでぼんやりとしていた。
 振り返ると、レギンレイヴがいつものジト目で見詰めてくる。

「どっち、って」
「こっちがドラカツ弁当、こっちが鳥走竜ちょうそうりゅう南蛮風なんばんふう唐揚げ丼スね」
「ああ、飯か……」
「飯か、じゃないスよ。……ヨシっち、疲れてるんスか?」

 確かに疲労困憊ひろうこんぱいだが、泣けてくるほどじゃない。
 世界が平和を取り戻したのが、まだ一週間とちょっと前だ。つまり、それだけの時間しかソロモニアに平穏は訪れなかったのである。
 世界はまた、未知の脅威によって恐怖に沈んだ。
 そして、
 名乗らず去った、漆黒しっこく十二翼じゅうによく……奴が恐らく、新たな魔王だ。
 だが、うつむくヨシュアの背をバシバシと叩いて、レギンレイヴは向かいに座る。彼女は目元もけわしく思い悩んだ挙げ句、ドラカツ弁当をヨシュアに差し出した。ドラゴンのカツレツは、スタミナ満点でジューシーな人気メニューである。
 今夜もこうして、賞味期限を半時間程ちょっぴり過ぎた弁当が夕食になった。

「ほら、ヨシっち! 腹が減ってはいくさはできぬ、ッスよ」
「戦……また戦いが始まるのか? なら、俺は。今なら、俺は」
「あ、自分はパスで。ぶっちゃけ、この店の経営も軌道に乗ったし、そろそろ帰りたいスね」

 レギンレイヴは淡白な言葉を続けながら、鳥走竜の肉をパクついた。
 彼女は以前から、元いた世界に戻りたいと言ってきた。だが、それを保留してきたのは、彼女がワルキューレだからだ。異世界の戦乙女いくさおとめは、主神オーディンの住むヴァルハラへと、勇者の魂エインヘリアルを連れ帰るのが使命である。
 そのことを思い出したのか、レギンレイヴはスプーンを止めて溜息ためいきこぼした。

「なーんか、すっごい勇者の魂を感じたんスけど……自分の勘違いだったかもスねえ」
「そ、そうか。……そうだよな。勘違いであってほしいよ、俺も」
「……なんでそんなこと言うんスか」
「あ……わ、悪ぃ、レギンにとっては大事な仕事だもんな」
「そゆ意味じゃないス、まったく!」

 レギンレイヴは不機嫌になってしまって、カカカッと白米をかっこんだ。
 だが、彼女が言うように勇者の魂などこの場にはいない……その少女はまだ死んでないし、勇者なんかなはずがない。ポジティブでラジカルな女の子だが、本当に普通のむすめなのだ。
 そのが、このコンビニエンスストア、ブレイブマートを迷宮ダンジョンの奥深くに作った。
 行き来する冒険者に寄り添い、昼も夜も営業し続けるよろづ屋である。
 そう、
 神が召喚せし勇者はトモキという少年で、魔王アモンを倒して自分の世界であるトウキョウへ帰ったのだ。

「……自分、今まで色んな勇者を見てきたッスよ。皆、大義の元に戦い、力尽きてむくろになった……あるいは、最期さいごを悟った時に自分の言葉を聞いてくれた。ヴァルハラに来てくれたッスよ。だから」

 ドン! と空っぽになった器を置いて、レギンレイヴがじっと見詰めてきた。
 三白眼気味さんぱくがんぎみな瞳に今、情けない顔のヨシュアが映っている。
 彼女は意を決したように、珍しく熱のこもった言葉を投げかけてくる。

「自分には、ヨシっちが勇者に見えたッス」
「……は? いや、俺は……魔力もないし」
「まさか、自分の住むアースガルズへ干渉して、この異世界ソロモニアに召喚する……そんなとんでもないことを成し遂げる人間がいるとは思わなかったスよ」

 そう言ってレギンレイヴは、珍しく表情をやわらげた。
 いつも平坦な、どこか不機嫌そうな顔をしている彼女が、笑ったのだ。

「どれだけの研鑽けんさんを積んだスか? どれほどまでに学んで調べ、孤独の中で戦ってきたか……自分にはわかるッス。ほら、自分は超絶敏腕ハンパねぇワルキューレなんスから」
「……買いかぶりすぎだぜ、そりゃ」
「ヨシっち、今……リョウカっちがもしや、異世界から来た勇者じゃないかって思ってるスね? そして、再び世界に敵が……絶対の敵対者が現れた。だから、悩んでるんスよ」

 図星だ。
 今のヨシュアを、不安と高揚感が支配している。
 グチャグチャに入り交じる想いは、夢と野望、恐怖と怯えにいろどられている。
 自分だけの力、召喚術を手に入れたその時には……世界は勇者トモキに救われていた。そしてヨシュアは『』と言われて、このコンビニに来たのである。
 妹が探してきてくれた仕事だから、それもある。
 だが、どこか心の中で安堵あんどしていたのだ。
 命懸けの冒険をする必要がない、と。あの日初めて、セーレを召喚するために自分の命を使った。七十二柱ななじゅうにちゅうの魔神が、ヨシュアをいらないと言えば……あの時、死んでいたのだ。
 それを思い出せば、今でも震えが止まらない。
 なのに、先日また死にかけた時に、仲間のために召喚術を使った。
 その時、ヨシュアは平和の訪れたこのソロモニアに、さらなる危機を呼び込んだのだ。

「……なあ、レギン」
「なんスか?」
「お前の言うヴァルハラってさ」
修練しゅうれんの時間は一日六時間、土日祝日の休みの他に、毎月一週間の有給休暇が出るッス。でも、終末戦争ラグナロクの時には……死してなお、命をして巨人族と戦ってもらうスよ」
「なら」
「今のヨシっちはお呼びじゃないスよ。……今はもう、勇者には見えないスから」

 身を切るような言葉だった。
 そして、その鋭い断言は、言い放ったレギンレイヴさえも切り裂いたように思える。
 だが、そんな二人の話に割って入る声があった。

「ちょっとレギン! 今の話……本当? ねえ、そのヴァルハラって……勇者ならその条件で、えっと、アースガルズ? レギンの世界に連れてってもらえるのよね!」

 ダイニングに現れたのは、シレーヌだ。
 彼女の瞳は、片眼鏡モノクルの奥で不安げにうるんでいる。
 そして、彼女は少しためらったが、ヨシュアに真実を突きつけた。

「リョウカは、勇者……
「シレーヌ、お前……え、つまり」
「そう、勇者は二人いたの。男の勇者と、女の勇者。そして……もう、リョウカはトウキョウには帰れない、と、思う。そればかりか、今」

 再び世界に暗雲が垂れ込めていた。
 そんな時、人は無責任に英雄を求める。
 セーレ達のような古の神々が去ったあとで、今の神は救いの手を差し伸べた。
 誰もが求めて欲する英雄、勇者を異世界から連れてきてくれたのだ。
 それが、トウキョウから来たトモキ……そして、リョウカ。
 今にも泣き出しそうなシレーヌは、必死に言葉を絞り出そうとしていた。そして、ヨシュアは察した……自分と同じことを思いついたのだと。
 リョウカを、レギンレイヴのいた世界、アースガルズのヴァルハラに逃がせないかと。
 彼女がどうして歴史の表舞台に出てこないのか、どうしてまだこのソロモニアにいるのか……それはわからない。だが、これからのことは嫌というほど想像がつく。
 リョウカは各国の王によって、正義の戦いへと引きずり出されるのだ。

「お願い、レギン……リョウカはもう、十分に戦った! あたしの村を救ってくれたもの! トモキは、そりゃ、勇者よ。この世界を、あらゆる国を救ったわ。でも……でもっ!」
「シレっち……悪いんスけど、それを決めるのはリョウカっちスよ。自分はスカウトはするんスけど、勇者の……気高き勇者の魂の、その自由意志こそが大事なんス」
「……わかってるわよ。あの娘、絶対にレギンの誘いを断るわ……だって!」

 それ以上もう、シレーヌは話すことができなくなった。両の拳を握って、その場で立ち尽くしてしまう。床にぽたりと、彼女の涙が零れた。
 どうしてシレーヌが、異様に、ある種異常にリョウカに心酔してるかがわかった。彼女自身が、母国に切り捨てられた村の出身だったのだ。
 だが、彼女にとっての本当の勇者、救世主はもうすぐ連れていかれるかもしれない。
 そのことを告げに来た人物が、店の方から現れた。

「やあ、お邪魔するよ? ……シレーヌ、ゴメン。今日はオレ、リョウカやお前のかつての仲間としてじゃない……円卓会議えんたくかいぎつかいとしてやってきたんだ」

 現れたのは、シオンだ。
 その隣には、両手いっぱいに廃棄のサンドイッチを抱えたリョウカが立っている。
 彼女のんだ瞳を、どこか悲壮感さえ感じる微笑ほほえみにヨシュアは胸が痛んだ。
 シレーヌは耐えきれなくなって、リョウカに抱き着いてしまう。
 シオンは、苦虫を噛み潰すような顔で自分の仕事内容を告げた。

「各国の王で構成される円卓会議は、勇者トモキを使ってこの世界を、全ての国を救った。でも、その影で民を守ってきたのは、リョウカだ。だからオレは、トモキのパーティじゃなくてリョウカを選んだ。シレーヌも一緒さ」
「そ、そうか、じゃあ」
「ああ。リョウカは影の勇者……決して歴史にしるされず、誰も知らない本当の勇者さ」

 魔王アモンにおびえた王達は、神が遣わした二人の勇者に狂喜乱舞きょうきらんぶした。そして、各々に自分の国を守るよう懇願こんがんしたのだ。やがて、勇者のバックアップを目的とした超法規的組織……国家の利害を超えた円卓会議が結成される。
 だが、すぐにリョウカは王達のやり方に異論を唱えた。
 そのことを、泣きつくシレーヌの髪を撫でながらリョウカは語り出す。

「わたし、トモ君と違ってバカだから……大局を見よとか、大事の前の小事だとか……犠牲はつきものっての、わからないんだ。ただ、救いを求めてる人達が沢山いた」
「だから、お前は……」
「うん。でも、多分ヨシ君だって同じことを選択するんじゃないかなあ。本当はきっと、トモキ君も。シオンやシレーヌもね、そう思ってくれた。だからトモキ君に世界を任せて、わたしは小さな村々や各都市を守るために戦ったの」

 そして、リョウカは笑った。
 笑顔で、円卓会議の招聘しょうへいに応じると言ったのだ。
 ヨシュアには、止める言葉が出てこなかった。一緒に行くとさえ、言えなかったのだ。ようやく見つけた自分の居場所、ブレイブマートに暗い影が差し始めていた。
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