勇者「もうがんばりたくない」~ノベル連載版:過去に戻った勇者はもう悲劇を繰り返させないようです~ 

ちくわブレード

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第一章

7.【君らしい】●

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 ──どうしてこうなったのだろう、とは考えなかった。

「ねぇ、どこまで行くの」

「天使の螺旋までは……うん、まだ少し掛かるよ。町まで戻るかい?」

「え? どうして?」

「んっと……いや、何でもない」

 昨夜の戦いの影響か。王都エストから近い、エストの森の側を通りかかったフェリシアは冷たい雨が降りしきる最中を歩いていた。
 木々の下をなるべく選んで回り道をする彼に何気ない風に訊ねるは、青い髪の少女だ。
 雨の中、日の当たらぬ中に居ても変わらず。透き通るような青の髪を揺らす彼女は興味津々な様子でついて来ている。
 ロセッタ西通りの教会から出てすぐ、再会した少女から渡された依頼書を元にフェリシアは何故か彼女に言わるがままに出て来てしまっていたのだ。
 だから──危険な魔物がいる場にまで連れて行こうとしている自分を責めはするが「どうして」とは思わなかった。
 連れて行くからには護るだけなのだから。

「……依頼書の一枚が遠い地域なんだけど、幸いにも僕は行った事があるんだ。これはその近道をする為の遠回りだよ」

「ふぅん……?」

 最後の言い回しがよく分からなかったらしい少女は小首を傾げている。
 それはそうと、今彼等が歩いている場所はエストの森とは違う。名も無き森林だ。
 王都から歩いて来る際に道すがら、フェリシアは疲労を軽減させる魔術を少女に掛けてある。森林地帯はともかく。そこを抜けると拡がっている山岳は足場が悪く、とにかく疲れるからだった。
 フェリシアはチラと少女に視線を向ける。

「えっと……あの、さ。君の……」

「名前?」

「そうそう」

 青い髪の少女が疲れていない様子なのを確認したついでにフェリシアは、今更も今更。今になって自分の背中を追って来ている彼女の名を知らない自分に気が付いた。
 何なのだろう、と彼自身思う。
 だが自分の身体に呪詛らしい痕跡もなく。雷帝との戦いで受けた雷撃の後遺症もいまや全く残っていない。
 青い髪の少女。
 彼女を見ていると、どこかぼんやりしている気がするのだ。

(なんでだろう)

 内心首を傾げるフェリシアの後ろでは、少女が悪戯っぽく笑っている。

「ふふん、好きに呼んでいいよ」

「……えぇ」

 思わず立ち止まって嫌な顔をする。
 わざとなのだろう。少女はくるくると回りながら、その肌に時折降って来る雨の雫が当たって濡れていく様を見せる。
 助けを求めるように天を仰ぎ見たフェリシアが木々の隙間から降る雨粒に気づく。器用な子だと思ったのも束の間で、すぐに彼は慌てて少女へと歩み寄って手を掴んで引き寄せた。

「風邪引いちゃうよ……えっと」

「困ってますねー」

「な、なんなのさぁ」

 掴み所がないというより、読めない。
 簡単な魔術で雨を遮る障壁を張ったフェリシアは森を抜けてから岩岳を上り始める。掴んだ手をしっかりと握り、引き上げるように導く。青い髪の少女は都度、彼に微笑んでいた。
 どう呼ぼうか悩みながら歩く道は険しい。
 旅をしていた頃はこうした岩肌の悪路を往くのが苦手だった時期もあるフェリシアは少し心配だったが、少女は視線を向けられる度に笑顔を見せて来た。

 ふと、思考が偶然深くなる。
 勇者のセンスによる物だった。
 ──少女は自分を教会のそばで『待っている間』に着替えてしまったすら言っていた。それはつまり、事情を把握されてるという事。
 フェリシアが昨夜戦っていた事を知っているのではないだろうか。彼女は、教会に詰め掛けていた騎士団と何かしらの関りがあるのではないか。
 索敵の具合では目撃者はいない。居たとしても遠巻きに眺めているのが精々で、雷帝達含めフェリシアの顔を判別する事が出来る者などいなかった筈だ。
 ならば、それを知る事が出来るのは個人の魔術ではなく、人数規模の大きい詠唱や奇跡を使った望遠視の技を使った者達だ。
 あり得るのは当然──王国と、エスト神聖教会だろう。
 それ以外は、だ。

「あれはなに?」

「──え?」

 気付けば、いつの間にかフェリシアは少女を連れて岩壁沿いに出て来た洞窟に入っていたらしい。
 背後から訊かれた声に反応した彼が不意に立ち止まると、足を止めた彼にぶつからないように添えられた少女の細い指が背中に添えられた。

「ん。なにこれ、シルクじゃないんだ……?」

「あー……どれのことかな」

 緋色の衣装を指先でなぞって興味深そうに呟いた少女に顔を向け、それから洞窟の奥に見える光景を前にフェリシアが問い返した。

「あの階段。どうして途中までしかないのかなって」



 少女の指差した方向には、壊れかけた螺旋階段の様な物が佇んでいた。
 螺旋階段はよく見れば構成する素材や物質がそれぞれ違う。ちぐはぐでガラクタの寄せ集めのように見える。
 フェリシアはどう答えようか迷い、絞り出すように呻いて答えた。

「大工さんの趣味……とか?」

 少女が噴き出すように笑った。

「なぁにそれぇ、大工さんが作るものなの?」

 そう言われるとフェリシアは困ってしまう。
 洞窟の奥にまで到達すると、外が見える。ザアザアと雨が降り注ぎ、雨粒の向こうでは岩山が聳え立っているのが見える。
 その手前にある光景──歪な螺旋階段のそばには誰かが作ったのだろう、灯篭めいたポールと羽根飾りが雨風に吹かれていた。
 あの階段は勇者になるずっと前からある物だ。フェリシアはそうルシールから聞いた、そしてルシールは自身の祖父から聞いたのだと言っていた。
 そういう物だと思っていたのだから、誰が作ったかは気にしたことなど無かったのだ。

 ──天使の螺旋。
 昇り行く回廊、その階段は勇者が使う事で拓かれる『道』でしかないのだ。
 一見すれば途中までしか続いていないオブジェでしかないが、フェリシアが利用する事でその『先』へと行けるようになる。
 世界の何処かにある螺旋階段を見つける毎にその行先は増える。行先は常にフェリシアが魔術記号によって選択していた。

「うーん……形があるんだから誰かが作ってるんだよ」

「材質も適当だもんね。ほら見て、ここなんて粘土で固められてるもの」

「そう言われると、適当に見えるけど……」

 悪気は無いのだろう。だが、フェリシアは誰かが作ってくれたに違いないそれら遺物を笑えなかった。
 フェリシアが表情を僅かに曇らせると、少女がそれを察した様に肩を竦める。

「かわいい造りしてるのは認めるけどね」

 どうやら表現を柔らかくしてくれたらしい。
 フェリシアもそれでいいのか、すぐ無邪気に笑顔を見せて賛同した。

「そう、そう! 僕も可愛いなぁって思ってて」

「うんうん」

「それであんまり気にした事なかった」

「こんな階段を上っただけで、遠く離れた場所に行けるのに?」

「うっ……まぁ、そうだね……」

 また困ったように目を背け、それから階段へとフェリシアが近づいて行く。
 少女はサラサラとした青い髪を揺らしてその背中を追いながら、首を傾げて。
 いつの間にか離れていた手を思い出して振り向いたフェリシアに。少女は手を差し出しながら目を細めて言った。


「君らしい」









※────次回更新は明日、日曜朝8時と夜8時の2本を予告いたします──!
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